第19章「バブイルの塔」
AB.「ゴブリンキャッパーズ」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:バブイルの塔

 

 塔の中を、キスティスはヤンと共に駆け抜ける。
 途中、何度か魔物と遭遇したが、ヤンの蹴りで突破して、目的の場所―――先程、休憩した例の “扉” がある場所へとたどり着いた。

「ここね! 扉を開けるわよ!」

 キスティスは、扉の横に備え付けられたカードリーダーにカードキーを通す。
 と、扉の継ぎ目が発光し、1秒とたたずに “扉” が開かれる。

 扉の先は、小さな部屋だった。
 小さな、とは言っても、それはこの塔の規模に比べればという話で、ちょっとした会議室くらいの広さはある。
 扉以外の三面の壁には、それぞれキーボードやボタン、レバーなどが所狭しと敷き詰められ、それらのコンソールの前には―――

「フェッ!? 侵入者ゴブ!?」
「ここの扉は博士しか開くことができないはず―――」
「お前ら何者だーーーーー!」

 などと、喚く三体の・・・

「ゴブリンッ!?」

 と、キスティスが叫んだように、その部屋に居たのはぶかぶかの白衣を着込んだ三体のゴブリンだった。

「お、俺らをただのゴブリンと侮るなオバサン」
「そうだぞ! 我らは誇り高きルゲイエ博士の一番助手×3!」
「リダル・ヒッグ・エストのゴブリンキャッパーズとは私達のことですぞ!」

 などと言ってポーズを取る三匹のゴブリンキャップ。
 なんというか、以前、ゾットの塔で遭遇したメーガス三姉妹と良い、ゴルベーザ陣営の配下というのはキワモノ揃いなのかとヤンは感想を抱きつつ、

「いや、知らんが」
「なんと! この田舎者! 俺らの事を知らんとは、なんたる流行遅れか!」

 やれやれと、肩を竦める “俺” 口調のゴブリンキャップ。
 そんなゴブリン達に向かって、キスティスはにっこりと微笑んで、ムチをばしんと床に打つ。

「それはともかく・・・なにか、聞き捨てならない単語を聞いた気がするのだけれど?」
「む? なんだオバサン」
「うむ。我らは特にオバサンの気に障るような事を言った覚えはないのだが」
「仕方あるまいオバサンなのだから。耳が遠いので聞き間違いもあるのでしょう―――」

 ばしいいんっ!
 一際強く、キスティスはムチを振るう。
 にこにこと表情は微笑んでいるが、その瞳は全く笑っていなかった。
 唇を振るわせ、それでもギリギリ平静を保ちつつ、キスティスは問う。

「それで? ここがルゲイエってマッドサイエンティストの言っていた “砲台” の制御室で良いのかしら?」
「ほほう。オバサンにしてはよく解っているではないか。その通り、ここがルゲイエ様の開発された超重力撃滅砲――― “ブラックホールクラスター” の制御室だ」
「今、ようやく色々と複雑で厄介な発射設定が終わりかけたところだ。後は座標を設定すれば即発射できる状態」
「まあ、オバサンのシワのない脳味噌では理解できないでしょうけれど。そんなわけで今忙しいので邪魔しないでくれなさい」

 まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、口々に言葉を連ねるゴブリンキャッパーズ。
 対し、キスティスの神経は臨界寸前だった。

「・・・ヤン?」
「う、うム・・・?」

 静かに自分の名前を呼ばれ、ヤンは身体を強ばらせる。
 キスティスは微笑みを―――先程からピクリとも動かない、凝固した笑みだ―――をヤンに向けて、静かに・・・なにか感情を押し殺した声で言う。

「あれ、ブチのめして頂けるかしら?」
「こ、心得た」

 キスティスから覚えのある迫力―――具体的に言うと、ついぞ自分の妻に向かって「お前、ちょっと太ったんじゃないか?」などとこぼしてしまった時に感じた殺意をを感じ取り、ヤンはコクコクと頷いた。
 と、そのやりとりを聞いていたゴブリンキャッパーズはにやりと笑う。

「ふははは! 俺達をブチのめすだと!?」
「クックック・・・我らの連携を知らぬとは幸せな事よな!」
「ならば見せましょう、私達の合体攻撃! ゴブリンストリームアタックを!」
「ゴブリンストリームアタックだと!? なんだそれは!?」

 思わずヤンが問い返すと、ゴブリンキャッパーズは一列に縦に並んだ。

「ふははは! 説明しよう! ゴブリンストリームアタックとは!」

 先頭に立つゴブリンキャップが声高らかに言い放つ。

「まずはこの俺、ゴブリンキャッパーズリーダーのエストが敵に向かって突進し―――」
「敵がエストに気を取られている間に、我、ゴブリンキャッパーズチーフのヒッグがエストを飛び越え敵を強襲! さらに!」
「例え敵がヒッグの攻撃を回避したとしても、この私、ゴブリンキャッパーズコマンダー・リダルがヒッグのさらに上から敵を攻撃するという三段構えの戦法!」
「この俺達の連携を防げたものは誰一人―――」

 

 風神脚

 

 ずどがああああああああああああんっ!
 と、ヤンの蹴りが良い調子で説明していた、先頭のエストを蹴り飛ばす。
 蹴られたエストは、そのまますぐ後ろのヒッグに衝突し、さらに玉突きとなってヒッグが最後尾のリダルへと激突して―――

「のわああああああっ!?」

 リダルの身体が、その背後にあったコンソールにブチ当たった。

「ぐ、ぐおおおおおっ!? 人が解説している時に攻撃しかけるとは! ワビサビの解らぬヤツめ!」

 エストが蹴られた顔面を抑えて、涙目で叫ぶ。
 それを見て、ヤンはぽりぽりと頭を掻いて。

「いや、まあ、折角説明してくれたのだから、連携される前に蹴った方が良いかと―――というか、割と頑丈だな。ゴブリンのくせに」

 ブリットのような特殊な例を除けば、ゴブリンというのは魔物の中でも最弱の種類の筈だった。
 だというのに、ヤンの蹴りを受けて倒れないというのは・・・

「フッ・・・馬鹿め! 科学者を舐めるなよ!」
「開発・研究のため、三日三晩どころか一週間以上も徹夜する事もある俺達!」
「・・・・・・・・・」

 さっきまでの調子で、言葉を繋げるゴブリンキャッパーズだったが、何故か最後のリダルが無言のままだ。
 おや? と、他の二人―――エストとヒッグが背後を振り返る。

「おいおい、なにしてんだよリダル」
「そうであるぞ。お主が最後に “なにせルゲイエ博士が私達を助手にしたのは、その頑丈さを買ってのことなんですからね!” とかいってくれないと!」

 などとつっこむが、当のリダルはぎぎぎぃ・・・と強ばった動作で、こちらを振り返る。

「こ、困ったことになりました・・・」
「困ったこと?」
「発射ボタン、押しちゃったようです」
「「「「は?」」」」

 エストとヒッグの二匹のみならず、ヤンとキスティスの声まで一つになって唱和する。

「ちょ―――ちょっと待て! まだ座標設定してなかったはずだろう!? どこに発射されるって―――」
「ええと、座標設定されてないって言うことは・・・・・・もしかすると」
「ここですね」

 と、リダルが言った瞬間。
 部屋の中央に、黒い球体が現れた―――

 

 

******

 

 

 それは正確には “球体” などではなかった。
 物体ではなく、その逆。それは空間にできた “穴” だった。

「この感じ、時空魔法の・・・」

 キスティスの呟きに、ヤンも思い出す。

(この感じ・・・アストスを次元の狭間へ送った時の・・・!)

 テラとスカルミリョーネの二人が、アストスを倒すために使った時空魔法デジョン。
 その時に生まれた “穴” と同じものだった。

 その “穴” は握り拳程度の小さな穴だった。
 が、それはみるみるうちに、次第に大きくなっていく。

「やばいやばいやばいやばい!」
「逃げるぞー。逃げなきゃ―――」
「時空の彼方にレッツラゴーですよおおおおおおおおお!?」

 などと叫んだ三匹のゴブリンズが。
 次の瞬間には子供―――ゴブリン程度の大きさに育った “穴” が、ゴブリン達を吸い込んでいた。

「いかん! 逃げるぞ!」
「え・・・ええ!」

 ヤンとキスティスは部屋の外へと駆け出す―――が、部屋から出かけたところで、それ以上進めなくなる―――いや。

「くっ・・・引っ張られる!?」

 進むのと同じ勢いで、ヤン達の身体は “穴” に吸い込まれようとしていた。
 少しだけ振りかえれば、 “穴” は人間大の大きさまで広がっている。

「駄目・・・もう・・・・・・!」

 ヤンよりも出口に近かったはずのキスティスの身体が、じわりじわりと穴へと引き寄せられ、ついにはヤンよりも後ろへと下がっていく。

「キスティス!」
「ごめんなさい! 私、もう限界・・・・・・!」
「くっ―――許せよ!」
「えっ!?」

 ヤンは片足を振り上げると、その足をキスティスの腹部へと添える。そして、そのまま―――

「おおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああっ!」
「ちょっ、ヤン―――くふ・・・・・・っ!」

 回し蹴りの要領で、キスティスの身体を蹴り飛ばす!
 腹部に強い衝撃を受け、キスティスの意識が遠くなる。

「ヤン・・・そん、な・・・!」

 意識が闇に墜ちる寸前、キスティスが見たのは、黒い穴の中へと墜ちていくモンク僧の姿だった―――

 

 

******

 

 

「なに・・・!? この感じ!」

 塔を進んでいたリディアは、不意に足を止めた。

「どうかしたんスか?」

 ロイドが問いかけると、リディアはやや青ざめた表情で、

「なんだろう・・・時空が乱れてる―――イヤな感じがする」
「時空って・・・アレか? ブリットから連絡が来た、超重力なんとかいう砲台が関係してんのか?」

 クラウドを背負ったギルガメッシュが問うが、リディアは首を横に振る。

「わかんない・・・でも」
「そうッスね。急いだ方が良さそうだ」
「・・・ケッ。その砲台とやらはキスティス先生が止めに行ったんだろ」

 ぶっきらぼうに、確認するような言葉を吐いたのは、バッツを背負ったサイファーだった。

「あのセンセーなら、なんとかするだろうよ。 “最年少SeeD” は伊達じゃねえ」
「へえ、随分信頼してるんッスね」
「信頼? ハ! ンなモンじゃねえ。ただ―――」

 サイファーは何かを言おうとして―――上手く言葉にできなかったのか、そのまま濁す。

「とにかく、ブリットから伝えられた部屋はもうすぐなんだろ? さっさと行こうぜ」
「・・・うん」

 ギルガメッシュの言葉に、リディア達は駆けだした―――

 

 

******

 

 

「フン・・・この俺が退かねばならんとはな」

 エレベーターの中。
 カインが忌々しそうに呟く。
                                                                     ロ  ス
「仕方ないだろう・・・元々少ない戦力での突入だ―――セフィロスなどのイレギュラーもあった。・・・未だにこちらに犠牲者が出ていないだけでもマシだと・・・思うが」
「・・・そうは言うがな―――おい、セリス」

 重みを感じて見れば、セリスがカインに身体を預けていた。

「おい?」
「すまん、そろそろ限界だ。 “アクセラレイター” を使ったせいで、MPがスッカラカンなんだ・・・・・・寝て良いか?」
「・・・馬鹿なこと抜かすな」
「そうだな。それもそうだ」

 苦笑して、セリスはカインから身体を放す―――と、カインはその身体を引き寄せた。

「・・・カイン?」
「下に着くまでだ。それまで休んでいろ」

 カインの憮然とした台詞に、セリスは小さく笑う。

「すまない。そうさせて貰う」

 セリスはカインに体重を預け、そのまま瞳を閉じる。
 そしてすぐにかすかな寝息が聞こえてきた。

「・・・・・・」

 セリスの寝息を聞きながら、カインが微動だにせずに居ると、こちらを見上げてくるブリットと目が合った。

「・・・なんだ?」
「いや――― “お嬢さん” と小馬鹿にしている割には優しいところもあるのだと思ってな」
「貴様が代われるなら代わって貰うがな。・・・仕方ないだろう」

 やれやれと、カインは最後になにかを誤魔化すように言い捨てる。

「・・・全く、やはり女というのは脆弱で困るな」

 

 

******

 

 

「クエッ、クエッ」
「わかっておる!」

 ココの鳴き声に、 “彼” は苛立たしげに応えた。

 ドワーフの城だ。
 置いて行かれたリディアの連れ―――チョコボのココ、ボムのボムボム、コカトリスのトリス、そしてローブにその身を秘めた者。
 召喚獣として、ココ達はリディアと精神の奥底で繋がっている。だから、バブイルの塔でリディアとブリットが苦戦していることをずっと感じ取っていた。

 リディアの危機を感じ取ってからというもの、ココはずっと喚いていた。
 そんなココに、ローブ姿は深い溜息を吐く。

「ここで騒いでいても仕方あるまい。リディアが我らを呼ばぬ限り、我らにはどうしようもないのだから」

 言いつつも、ローブ姿はリディアが自分たちを呼ぶことは、あまりないと思っていた。
 単純に戦闘能力だけを比べるなら、リディア、ブリットの二人と、その二人の他の面々では天と地ほどの差がある。リディアは召喚士として、ブリットはゴブリンとして、並のレベルを遙かに凌駕しているが、ココ達は普通の魔物に毛が生えた程度の能力しかもっていない。

 それでもココ達がリディアに着いてきたのは、戦闘面以外でサポートするためだ。
 ココはチョコボとして、リディアの足になれるし、空を飛べるボムボムとトリスは様々な場面で活躍できるだろう。ローブ姿には知識があり、リディアに色々と助言することができる。
 だが、今のリディアの助けになるのは戦闘力だった。そもそも、ココ達の力が必要だとリディアが感じたなら、すぐに召喚されるはずだ。

「クエ〜・・・」
「それでもなにかできることはないか、じゃと? そんなものがあるなら、言われる前にやっておる」
「クエ・・・・・・」

 ローブ姿に言われ、ココはがっくりと項垂れる。
 そんなココに、別のチョコボが慰めるようにクチバシでつついた。バッツの相棒であるボコだ。

「クエッ、クエッ」
「・・・クエエエエエッ!」

 ボコの励ましの行為に、ココは苛立ったように翼を広げ、ボコを威嚇する。
 なにやらボコはココのことを気に掛けているが、ココはボコの事を何故か気に食わないようで、ボコが近づくたびに今のように威嚇して追い払う。

 聞いた話によると、リディアが幻獣界に来る前は、それなりに仲が良かったらしいのだが。

「クエ〜・・・・・・」

 ココに追い払われ、ボコはがっくりと項垂れて去っていく。
 そんな哀愁漂うチョコボの尻を見やり、ローブ姿はココに言う。

「そう邪険にするものではないだろう。ボコも、バッツのことを気に掛けながらも、お主を慰めようと・・・」
「クエッ」

 いらんお世話だ、とココはそっぽを向く。
 ローブ姿は「やれやれ」と苦笑して―――ふと、思う。

(待てよ・・・リディアの・・・リディア達の事を気に掛けているのは私達だけではない。さっきのボコも、それに―――)

 あることに気がついて、ローブ姿は連れの二匹―――ボムボムとトリスを振り返る。

「ボムボム、トリス、ついてくるんじゃ! 我らにもできることがあるかもしれんぞ!」
「クエ?」
「すまんがココは留守番しておいてくれ」
「クエ・・・・・・」

 哀しそうに目を伏せるココに悪いと思いつつ、ローブ姿はボムボムとトリスを引き連れて、城内を駆けだした―――

 


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