第19章「バブイルの塔」
Z.「超重力撃滅砲」
main
character:キスティス=トゥリープ
location:バブイルの塔
「それで? どうしてキスティス達はそっちにいるの?」
魔物の群れの向こうからのシュウの問いかけ。
達、というのはキスティスとその他のSeeD達のことだろう。「契約したのよ。ロイド=フォレスと―――バラムまで送り届けて貰うという報酬でね」
「ロイド・・・セシル=ハーヴィの副官か・・・」シュウもその名前には心当たりがあった。
もっとも、名前に聞き覚えがある程度で、どんな人物なのかは知らなかったが。「勝手に契約を結んで良いと思っているの!?」
「現場の判断よ。こんな状態で、まさか学園長の判断を仰げ、なんて言うつもりじゃないでしょうね?」シュウの言葉に、キスティスは皮肉で返す。
ぐ、と押し黙ったシュウに、今度は逆にキスティスが問い返した。「それよりも貴女こそ、何故まだここに居るのよ? ゴルベーザとの契約は、闇のクリスタルとやらを奪った時点で終了しているはずでしょう?」
「・・・なりゆきで契約延長しただけ」
「なりゆきね。どんななりゆきかは知らないけど、そっちこそ勝手にアフターサービスなんてやっていいと思っているのかしら?」
「・・・・・・」言われてシュウはなにも言い返せなかった。
そもそも、シュウが未だにここに残っているのは、捕虜になったキスティス達を助けるためだった。
だが、当の本人達は自力で交渉し、契約を結んでいる。
本当ならば、シュウの目的は達成しているのだから、わざわざキスティスと戦う必要もない、のだが。(・・・ゴルベーザ)
ふと、思い出すのは傷ついたゴルベーザの姿。
彼がなんのために戦っているのか―――どうして、あれほど傷つかなければならないのか、シュウは知らない。
けれど、ただ一つ言える事は。「―――キスティス」
「なにかしら?」
「最後に一つだけ聞くわ。―――退く気は無い?」
「それはこちらの台詞よ。貴女こそ、私達の所へ戻る気はないの?」問い返され、しかしシュウは即座に首を横に振る。
「私は彼を裏切れない」
「彼って・・・ゴルベーザの事? ―――って、貴女まさか!」キスティスの表情が半笑いにひきつる。
まさかまさかと、思いついたそのことを口にするのを躊躇う。と、不意にカインが低い声で笑う。「フッ・・・どうやら “洗脳” されているようだな」
その浮かべた笑みが、若干歪んでいるのは、かつて自分も操られたことを思い出してのことだろう。
が、即座にヤンがそれを否定する。「いや、洗脳ではないな。彼女からはダークフォースが感じられん」
「ということは・・・」セリスはじーっと、魔物の群れの隙間から見える、シュウの様子を見つめて言う。
魔物の群れ、と言ってもそれほど数は多くない―――とセリスが感じるのは、先程までが多すぎたためだろうか。
群れと呼べるほどには多いが、向こう側が見えるほどには間隙がある。或いは、シュウが話をしやすいために考えて、わざわざそう配置しているのかも知れないが。「ゴルベーザに惚れたとか」
「んなっ!?」言われるとは思っていなかったのか。
シュウは瞬間的に表情を真っ赤に染め上げて、非情に解りやすく狼狽える。「だっ、誰が・・・っ!」
「ちょ、ちょっとシュウ! 本当なのマジなの本気なのー!?」
「ちっ、違う! 彼とはまだあったばかりだし好きとか嫌いとかそんなーーーーーーーっ!」
「じゃあ、嫌いなのね?」
「べっ、別に嫌いとは言ってない!」
「じゃあ、好きじゃないのね?」
「すっ、好きじゃないわけでもなくて・・・」
「じゃあ、好きなんじゃない」
「〜〜〜〜〜っ!」キスティスの指摘にシュウは顔を真っ赤にしたまま口をパクパクさせる。
何か言おうとするが、上手く言葉にできない様子だ。
それを見て、カインが息を呑み、戦慄に身を震わせた。「まずいな・・・あれはマジだ。マジで恋する乙女というヤツだ」
「いや、なんでそんなに戦慄しているんだ?」思っても見なかったカインのリアクションにヤンが問うと、
「知っているからだ・・・・・・恋する乙女の恐ろしさを―――俺は、いつも近くで見続けてきていた」
「あー」カインの言葉に心当たりを思い出して、セリスが苦笑する。
「確かにあれはもの凄いな。世界最強と言われても納得してしまうかも知れない」
そんなカインとセリスの反応に、ヤンはようやく思い至る。
「もしかしてローザの事か?」
「他に誰が居る!」
「・・・何故怒る」
「とにかく、これは死力を尽くさねばならんようだな・・・!」ぎっ、と槍を持つ手に力を込めるカイン。
ちなみにカインの反応はちょっとしたジョークとか巫山戯ているわけではなく、心底本気で言っている。対し、そのカインのテンションにヤンはついて行けない。
というか、どうしてそこまで本気なのかと首を傾げていると。「これは聞いた話なんだが」
と、言ったのはまたもやセリスだった。
「以前、ローザがセシルを追って城を飛び出そうとした時、それを追いかけたカインを足蹴にしたらしい」
「ほう」
「って、違う! 踏み台にされただけだ!」
「同じ事だろう」
「ぐううううううううううう・・・・・・っ」その時のことを思い出したのか、カインはギリギリと歯ぎしりをする。
「・・・カイン=ハイウィンドをも足蹴にする恋する乙女のパワー・・・確かに侮れないな」
とか真面目に呟いたのはブリットだ。
そして、当の恋する乙女本人は。
「―――傭兵の仁義!」
ようやく言うべき言葉を思い出したらしい。
まだ顔は赤いままだったが、声高らかに言い放つ。「雇い主を決して裏切らない・・・私は傭兵の仁義を通したいだけ!」
「だから、契約はもう終了しているでしょう?」
「契約終了したからって、その場で刃を返すのが正しいと言いたいの?」
「う・・・」言い返され、今度はキスティスが言葉に詰まる分だった。
確かに、契約終了したからと言って、その場で裏切るというのは仁義に反する。(言いくるめるのは無理か・・・)
仕方ない、とキスティスは吐息して、
「・・・やるしか、ないようね?」
「ええ」魔物の群れを挟んで、二人は同時にムチを構える。
(・・・まずはエレベータの周りにいる魔物達を何とかしないと・・・カインとヤンに突破して貰って―――)
「おおーっと。そこまでじゃ!」
いきなり大声を上げたのは、シュウの隣にいた白髪の老人。
今まで黙っていたので、その存在すら気にしていなかったのだが、「・・・そう言えば、シュウ。それなに?」
「さあ?」
「酷いなシュウちゃあああああああんっ! ワシらはホラあれじゃ! SとMな関係じゃろう!?」
「ちゃん付けするなというかそんな関係でもない!」とかいいつつ、シュウは持ってたムチでばしーーーんと白髪の老人―――ルゲイエを叩く。
誰もが、説得力ねえなあ、とか思っていると、そのルゲイエが涙目でキスティス達の方を見やる。「とにかくお前さんら、今ココで降参して貰おうかい」
「あら? 何故、そういう話になるのかしら?」
「何故なら! 今、ちょーーーー強力な砲台がドワーフの城を狙っておるからじゃ!」
「ちょっと待て。それって、以前に言ってた暴発すれば塔の半分が吹っ飛ぶとか言う・・・?」
「塔が吹っ飛ぶ!?」やや顔を青ざめさせてシュウが問う。その言葉に、キスティス達にも戦慄が走った。
緊迫した雰囲気の中、ルゲイエだけは軽い調子で手を振って。「いんやー、ちょっとアレは言い過ぎじゃった。出力が思ったよりもあがらんでのう。せいぜい、塔の一階が消滅する程度じゃ」
「十分強力だ! ていうか、許可をもらわなければ作れない筈じゃなかったの!?」
「フェッフェッフェ・・・バレなければ何やっても良いのじゃよ」
「良いわけあるかあああああっ!」
「・・・なんか、大変そうね・・・」絶叫するシュウに、同情するようにキスティスが声をかける。
「とーもーかーく! ワシの作った超重力撃滅砲 “ブラックホールクラスター” を発射されたくなければ、大人しく降参せい!」
「くっ・・・」
「もっとも、今現在、ワシの助手達が、発射準備して―――そろそろ発射する頃かのう?」
「なんだと・・・!」思わず前に出たヤンを、キスティスが腕を上げて押しとどめる。
そして、ルゲイエの方を見て。「・・・解ったわ。降参しましょう」
「キスティス!?」
「仕方ないでしょう? その砲台の威力がどれほどのものかは知らないけれど、城を人質に取られたらどうしようもないわ」いいつつ、キスティスはブリットに目配せする。
その合図に、ブリットは小さく頷いた。(・・・私達が捕まっても、まだロイド達が居る。とりあえず、砲台の発射を遅らせて、私達が捕まっている隙に、砲台を見つけて破壊して貰えば・・・)
「私達が降参すれば、発射するのを止めてくれるのでしょうね?」
確認のため、キスティスが尋ねると、何故かルゲイエはきょとんとして。
「は? 止めやせんよ。何故、お前さんらが降参したからと言って、止めなければならんのだ?」
「はい?」
「お前らが降参しようとしまいと、発射するにきまっとろーが! だって発射したいしー!」
「はああああああ!? なにそれ! じゃあ、私達が降参する意味がないじゃない」
「お?」キスティスに怒鳴られて、ルゲイエは「おー、おー、おー」と何かを発見したように、奇声を上げる。
「それもそうじゃのう」
「・・・ねえ、シュウ。そこのおじいさん、ちょっと私達に引き渡してくれない。タコ殴るから」
「キ、キスティスがキレるのって珍しい―――・・・気持ちは解るけど」とにかく、とヤンとカインが前に出る。
「戦うしかないということだな。そしてあの狂った老人を蹴り飛ばして、砲台の場所を聞き出す!」
「間に合うかどうかは知らんが―――それしかない、か」だが、ルゲイエはフェーフェッフェッフェと笑い声を上げる。
「無駄じゃ無駄じゃ! 絶対にワシは言わんし、かといって探そうとしても無駄じゃぞ? 砲台の制御装置のある部屋は、ちょっと見には入り口が解らないようになっていて―――」
「・・・あ、もしかして下の階にあった、壁みたいな扉のこと?」
「ぬお!? 何故知っとるんじゃ!?」ぽつりと呟いたキスティスに、驚愕するルゲイエ。
だが、ふと思い出したようにセリスが問う。「しかし、あそこは鍵が必要だって言っていただろう? 確か、カードの鍵とか・・・」
「そのとおおおおおり! あそこはこのカードキーがなければ開かんのじゃああああ!」などと言いつつ、懐から白いカードを取り出すルゲイエ。
「ば、馬鹿!? なんでわざわざカードキーを見せるのよ!?」
シュウが慌てたように叫ぶが、ルゲイエがその意味に気づくよりも早く、カインがブリットの腕をがっしと掴んだ。
「よし、ブリット」
「ちょっと待てなんかすごくイヤな予感が」
「とってこいっ!」ぶうんっ、とカインは全力でブリットの小さな身体を放り投げる。
「やっぱりかああああああああっ!?」
ブリットは魔物達の頭の上を越え、ルゲイエの掲げ持ったカードキーに向かって飛んでいく。
悲鳴をあげながらも、ブリットはカードキーを睨付け、それを奪い取ろうと手を伸ばすが―――「おおっと!?」
反射的にルゲイエが手を下げ、ブリットの手は空を掴む。
そしてそのまま、ルゲイエの後ろに墜落した。「ぐえええええ・・・・・・」
痛そうに呻き声を上げるブリット。
それを振り向いて、ルゲイエは愉快そうに言う。「残念じゃったのー。そう簡単にこの鍵を渡すわけには―――」
「下ッ!」
「ぬ?」シュウの叫びに、ルゲイエが小首を傾げると同時。
「はい、ありがと」
いつの間にか、ルゲイエの足下にしゃがみ込んでいたセリスが、ルゲイエの持っていたカードキーをかすめ取っていた。
「んな!?」
「転移魔法か―――くっ!」シュウがムチを振るう。ムチの先端に装着された刃が、セリスを狙う!
セリスはしゃがみ込んだ状態だ。防ぐことも避けることも難しい―――だが。キィンッ、と刃と刃が激突する音。
セリスを襲った刃は、横から割り込んできた剣によって弾かれていた。「大丈夫か?」
「そっちこそ」刃を防いでくれたブリットに、セリスは微笑しながら立ち上がる。
そして立ち上がった勢いで。「キスティス!」
手にしたカードキーをキスティスに向かって投げた。
「ナイスキャッチ、ってね」
キスティスはカードを受け取ると、それを懐にしまい。
「この場はお願い! 私は戻って砲台を止めるから!」
「私も行こう! 護衛は必要だろう!」そう言ったのはヤンだ。
「そうね、頼めるかしら?」
「承知!」
「―――カイン、セリス、ブリット! 後はお願いね!」
「させるか! かかれ!」シュウの号令で、それまで待機していた魔物達が動き出す。
キスティス達が入ったエレベーターに向かって殺到するが―――
ドラゴンダイブ
カインの突撃が、魔物達を押しとどめ―――そしてそのまま群れの向こう側、セリス達の傍へと突き抜ける。
その一撃で、魔物達が怯んだ隙にキスティスはエレベーターの下降ボタンを押す。エレベーターの扉が閉まる―――「さて、と」
カインはセリスに背を向けると、エレベーターを取り囲んでいた魔物達へ向き直る。
そして背中を向けたまま、セリスへと呼びかける。「そっちは女同士仲良くやっていろ。こっちは―――」
すっ、とカインと並ぶように、ブリットが前に出た。
それを見下ろし、カインは「フッ」と笑い。「俺一人でも十分だが―――二人いれば余裕だな」
その言葉を合図として。
魔物達がカインに向かって襲いかかってきた―――