第19章「バブイルの塔」
Y.「再会」
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character:キスティス=トゥリープ
location:バブイルの塔
「―――ようやく一息付けそうね」
部屋とも思えるくらいの広い通路の途中で、キスティスは歩みを止める。
ふう、と嘆息して彼女は壁に背を預けて、荒れた息を整える。あれから―――監視カメラの存在に気づき、それを破壊してから魔物を切り抜けてからも、魔物とは遭遇した。
しかしそれは偶発的な物であり、魔物の大群が押し寄せてくる、などということは無かった。大群となった魔物ですら、軽く退けたカイン達だ。
出会い頭の魔物達など、全く相手にならず蹴散らしていった。
その途中、何度か例の監視カメラ―――アイズと遭遇したが、どうやら攻撃能力は持たないらしく、発見するたびに速攻でカインやヤンに叩き落とされていた。などということがあって。
気がつけば、完全に魔物達を振り切っていた。
そのうちまた遭遇するだろうが、とりあえず休憩するくらいの余裕はありそうだ。「なんだ、バテたのか?」
カインが小馬鹿にしたようにキスティスを見やる。
全く疲れた様子を見せないカインに、流石にキスティスも苛立ちを覚える。「そりゃあ貴方は良いでしょうね」
皮肉を返すキスティスの足下では、ブリットが小さな身体をころんと転がして寝っ転がる。
ヤンもその場にそっかと胡座をかいて座り込んだ。
何も疲労しているのはキスティスだけではない。ヤンもブリットも、連戦に次ぐ連戦で消耗している。「貴方は “竜剣” で攻撃するたびに回復できるから永遠に戦っていられるでしょうけど」
ドワーフの城でSeeDを相手にした時と同じように、カインは体力を消耗するたびに、 “竜剣” で魔物達から熱を奪い、それをエネルギーとして補給してきた。
カイン=ハイウィンドを相手に数は意味を為さない。カインを倒すには、数ではなく強さ。カインよりも強い者でなければ、この最強の竜騎士を倒すことはできない。だが、キスティスのその皮肉にも、カインは冷笑を返すだけだ。
「ヤンとそこのゴブリン―――ブリットと言ったか? そいつらは仕方がない。補給もなしにあれだけ戦い続ければ、俺だって消耗するさ。だが―――」
そこで勿体振るように間を置いて、カインはキスティスを見下ろした。
「―――お前は殆ど戦いもせずに、俺達に指図していただけだろう? やはり女というのは脆弱な生き物だな」
「それは私のことを含めて言っているのか?」冷たく響く声。
それはセリスの発したものだ。
カインと同様、彼女もまた殆ど消耗していない。何度か強力な魔法を放っていたが、まだまだMPには余裕がありそうだった。というのも。
「・・・まあ、私とて貴様同様に、 “魔封剣” で補給していたが」
そう言って笑う。
「セリス・・・貴様は特別だ。女だてらに将軍などやっているやつが、そこら辺の女と同列なわけがないだろう」
「ほう。ようやく私を認めてくれるようになったか。いつもいつも “お嬢さん” と小馬鹿にしていたこの私を?」さらに皮肉を返す彼女に、カインはチッと舌打ちしてそっぽを向く。
と、さらにキスティスが追い打ちをかけるように。「と、いうか。もしかしてカイン? 貴方、私に指図されたのが気に食わなかったのかしら?」
「む・・・」図星だった。
戦闘には参加しなかったものの、キスティスの戦闘指揮は見事だった。
突出しがちな前衛の手綱を取り、セリスが魔法を放つのに絶妙なタイミングを見極め、敵の群れを突破する時も、包囲の薄い部分を見破った。
個々の能力は高いが、それ故にまとまりなど無いこのチームが上手く連携できたのは、ひとえにキスティスのお陰と言って良い。もしもキスティスが居なければ、少なくともカインは前に出すぎて、今頃孤立していただろう。そのことに関して、なにも反論できず、カインはふて腐れたように全員から目を反らす。
そんなカインの態度に、キスティスはクスクスと笑い。「貴方、ウチの問題児によく似てるわー。自分がやりこめられると、そうやってすぐふて腐れる」
「フン! ・・・おい、もう十分休んだだろう。とっとと先に行くぞ!」
「そうやってすぐに苛立ちを撒き散らす所なんかもね―――と、ちょっと待って」ふと、キスティスは今まで自分が背にしていた壁を振り向いた。
先程から、なにか違和感を感じていたのだが―――「この壁・・・壁じゃないわね」
壁を見る―――と、壁になにやら継ぎ目のようなものが見えた。
「壁ではない? 壁ではないならばなんだというのだ?」
ヤンの問いかけに、キスティスは答える。
「扉よ」
「扉だと? 馬鹿を言え。扉にしては取っ手もなければ鍵穴もない。・・・確かに引き戸のような継ぎ目はあるが、それだけだろう」
「いえ、間違いないわ」そう言って、キスティスは周辺の壁を見回して―――
「やっぱり、あった」
キスティスが見つけたのは、 “扉” のすぐ横の壁に取り付けられていた直方体の箱だった。
縦に細長いその箱は、なにやら細いスリットが入っている。「カードリーダーね。これが “鍵穴”よ。解りやすく言うと、このスリットに特殊なカードを通すことによって、扉が開く仕組みになっているの」
「つまり、その特殊なカードとやらが “鍵” ってわけね」
「そう・・・だから、そのカードがない今は開けられない」
「開けられないなら、ブチ破れば良いだろう」そう言ってカインが槍を扉に向かって構える。
「やっても良いけど、怪我するだけよ。おそらくアダマンタイトよりもさらに硬い素材で作られてる―――この床と同じね」
と、キスティスはヒールでこつこつと床を蹴る。
その言葉にカインは渋い顔をして構えを解いた。戦闘の度に跳躍しているが、まだ一度も床に傷一つ付けていない。全力でドラゴンダイブをぶつければ、傷つける自信はあるがそれだけだ。間違っても打ち砕くとまでは行きそうにない。「ならばここで立ち止まっていても無駄だろう。先に進むぞ」
「そうなんだけど・・・ねえ。なにか気になるのよ」キスティスは名残惜しそうに扉を見る。
カードキーでロックされた部屋。普通に考えれば、鍵のある部屋というのは、何か特別な部屋である。(もしかしたらあのゴルベーザが居たりして・・・)
などと考えるが、開かないなら仕方がない。
この場所のことはよく覚えておいて、もしもカードキーを見つけたら戻ってくればいい、と頭を切り換えて。「そうね、休憩も取ったし。そろそろ行きましょうか―――」
******
「リディア?」
不意にブリットが呟く。
8階へと昇るエレベーターの中だ。
1階ずつしか昇らないエレベーターだが、一つの階の天井がやたらと高い(カインの跳躍力でも天井に届かない)せいで、1階昇るのにも少し時間が掛る。
そんな待ち時間に、不意にブリットが自分のパートナーの名前を呟いた。エレベーターの中だ。
当然、リディアがいないかどうかなどすぐに解る。どころか上昇中は、どこからも入ってくることはできない。「リディアがどうかしたのか?」
ヤンが問うと、ブリットは軽く首を振って。
「リディアの “念話” だ。セフィロスを倒したらしい」
「 “あの” セフィロスを・・・?」驚きの表情を浮かべたのはキスティスだ。
ソルジャーであるクラウドがいないこのメンバーの中で、もっともセフィロスの強さを知っているのがキスティスだった。
彼女自身、セフィロスにあったことがあるわけではない。ただ、SeeDが傭兵として派遣される際の、要注意人物としてセフィロスの名前があった。現在、世界には三人の “最強” がいる。
バロンの竜騎士カイン=ハイウィンド、ガストラの将軍レオ=クリストフ。そして、最強のソルジャー・セフィロス。
その内、カインとレオは居場所がハッキリしているが、セフィロスだけは神羅を飛び出した以降、その足取りは殆ど掴めていない。つまり、世界中の何処にいるか解らない―――ヘタをすれば、傭兵として派遣された先に出現するかも知れないのが、セフィロスという名前の “最強” だった。
ちなみにその “セフィロス” と遭遇した際の、SeeDに指示されているのは『とにかく逃げろ』。この一言だけである。
現状のSeeDでは、セフィロスという “最強” 相手には太刀打ちできないという上の判断だが、SeeD――― “最強の傭兵集団” としての誇りがある者ならば、納得できるわけがない。
キスティスもその一人だった。つい先日までは。(最強・・・か)
キスティスはエレベータの中、槍を肩にかけて佇む竜騎士を見やる。
考えを改めたのは、つい先日のドワーフ城攻防戦の時だ。
あの時、キスティスはその場に居たわけではなかったが、その時の話を聞いて戦慄した。
バックアタックだったとはいえ、カイン=ハイウィンドという “最強” の前に、幾つものの過酷な任務をクリアしてきたSeeD達が為す術もなく屠られたというのだ。その時感じたのは、仲間を殺された怒りよりも、奇妙な納得感だった。
『とにかく逃げろ』―――もしもキスティスが “最強” と出逢った場合の対処法を聞かれたら同じ事を言うだろう。付け加えるなら『奇跡を願え』だろうか。その “最強” ―――セフィロスが倒されたと言うのは、ちょっとどころではない驚きだった。
「・・・驚く程じゃあないだろう。あんなモノ、期待外れも良いところだ」
「あんなモノって・・・一応、貴方と並ぶ最強の筈でしょう?」吐き捨てるように言うカインに、キスティスが言うと、彼は「ハ」と軽く笑い飛ばし。
「一緒にするな。・・・というかあんなモノと同列にされたことが腹ただしい。レオ=クリストフだって同じ事を言うだろうさ」
「いや・・・どうやら、アレはセフィロスではなかったらしい」
「なに?」ブリットの言葉に興味を引かれたのか、カインは身を乗り出して問う。
「やはり偽物だったと?」
「よく解らないが・・・とにかく本物ではなかったらしいぞ。それで、バッツとクラウドの二人が戦闘不能になったらしい」
「サイファーは?」反射的にキスティスが聞き返す。
やはり教え子のことは心配らしい。「特に誰かが死んだとは聞いていないな」
「そう・・・良かった」
「それで、リディア達は合流するために、こっちに向かうらしい」
「なに? 戦闘不能者が二人もいるなら、外へ出た方が良くないか?」ヤンが口を挟むと、それに対してセリスが反論する。
「入り口は閉ざされているんじゃないか? それに私達が塔に侵入したことは気づかれている。私ならば入り口にはある程度の戦力を配置して、逃がさないようにするが」
「ああ。ロイドも同じ考えらしい。だから俺達と合流する、と」
「ならば仕方ない。次の階に着いたら一旦戻るか」と、言ったのはカインだった。
その提案に、その場の全員が驚いた顔でカインを見る。「・・・なんだ?」
「いや、貴方がそう言うとは思わなかったから」やや呆然とした様子でキスティスが言う。
カインの事だから「そんな足手まといは放っておけ。俺達は先へ進むぞ」くらいは言うと思っていたのだ。
そんな周囲の様子に、彼はチッ、と舌打ち一つ。「二人も戦闘不能ならば仕方ないだろう。そいつらを捨てていくならともかく、お荷物を二人も抱えてこの塔内の魔物の群れを切り抜けられるとは思えん」
「うわ、正論。ちょ、ちょっとどうしちゃったの!?」本気で驚くキスティス。
そんな彼女を忌々しげに睨付けて、カインは大きく嘆息する。「一応、この部隊長は俺だからな。ミスは俺の責任になる―――ちっ、ロイドのヤツめ。もう少し上手くできると思ったのだがな!」
腹ただしそうに言い捨てるカインに、セリスはにやにやと笑い。
「成程、ね。つまりはセシルに叱られるのが怖いってわけか」
「怖いワケじゃない。セシルからの初任務だ。汚点を残したくないだけだ!」
「はいはい。そんなに怒鳴らないの。密室なんだから五月蠅いわよ」キスティスが場の雰囲気を切り替えようとするためか、パンパンと手を叩く。
「なんにせよ、カインの言うとおりに戻った方が懸命ね。最悪、ブリットには召喚魔法で先に戻って貰って―――」
と、言いかけたところでエレベーターが止まる。
そして、ゆっくりと扉が開いていくのを見て―――キスティスは困ったように苦笑した。「残念。ちょっと戻るのは遅くなりそうね」
エレベーターの外は通路ではなく、今までよりもかなり広い部屋になっていた。
部屋の奥には巨大なモニターがあり、そこには外の風景――― “赤い翼” の爆撃に翻弄されるドワーフ戦車隊の様子が移されていた。そして、エレベーターの入り口を取り囲む魔物達の群れ。
さらには―――「久しぶりね、キスティス。まさかこんな風に再会するとは思っていなかったけど」
魔物達の向こう側。部屋の中央に、刃を仕込んだムチを手に佇む女性が一人。
その隣には、見慣れない、醜く折れ曲がった背をした白髪の老人が立っている。その老人は、白衣を着込み、如何にも “科学者” と言った風体だった。キスティスは、はあ、と嘆息一つして。
「私も同感よ。・・・シュウ」
困ったような苦笑を浮かべたまま、キスティスは親友の名を呼んだ―――