第19章「バブイルの塔」
X.「マトモじゃない」
main character:キスティス=トゥリープ
location:バブイルの塔

 

 敵の数は多い。

(幾らなんでも多すぎるわよねえ)

 キスティスは戦場の中で嘆息する。
 ロイド達と別れてから戦いの連続だった。

 戦っては蹴散らし、蹴散らして移動するたびに次々と魔物が襲いかかってくる。
 特に、上に登るたびに魔物の大群が押し寄せてきていた。

 このバブイルの塔には階段はなく―――キスティス達が発見できなかっただけで、実は何処かにあるのかも知れないが―――エレベーターで上り下りするようだった。
 だが、攻め込まれた時の対策なのか、一気に上まで行くようなエレベーターはなく、1回ずつ登っては別のエレベーターに乗り換えて次の階へと進む、という塩梅だ。不便な話だが、妙な罠が仕掛けられていたり、動かずに立ち往生する、などという事がないだけマシだと言える。

 つまり、早い話がエレベーターに乗って次の階へと行くたびに、魔物の大群に襲われるという状態。
 この塔に入ってから、数えるヒマなど無かったが、襲ってくる魔物の数はゆうに百は越えている。千に手が届くんじゃないか―――というのは少し言い過ぎかも知れない。

 対して、こちらの戦力はたったの5人。
 さらに加えて言えば、相手は人間ではなく多種多様な魔物の群れ。四足で駆けてくるモノも居れば、空を飛んでいるモノもいる。魔法を使ったり、ブレスを吐いたりと特殊能力も満載だ。

 魔物故に統率は取れていないが、それを差し引いても、たった五人では物の数分と持たずに全滅するだろう。

 普通なら。

「・・・普通じゃないものねえ」

 ムチを構えたまま戦場を眺め、キスティスは溜息を吐いた。それは半ば感心、半ば呆れのこもった吐息。

 

 ドラゴンダイブ

 風神脚

 

 キスティスの目の先。魔物の群れに向かってまともに突っ込んでいるのはヤンとカインの二人だ。
 モンク僧であるヤンはその蹴りで、竜騎士であるカインは槍を持って。襲い来る魔物達に退くどころか、むしろ勢い任せに踏み込んでいく。

 二人に共通しているのは、どちらも突破力に長けた前衛だと言うことだ。
 鍛え抜かれたその脚力で突進し、その勢いを持ってそれぞれの武器を叩き込んで、魔物達を屠っていく。

 勢い任せの突撃は、威力が高い―――反面、勢いを殺されればそれでお終いという欠点もある。何度も繰り返すが、敵は数が多い。前の数体は倒せても、後続は倒せない。十数体の魔物をなぎ倒したところで、二人の動きが止まった。停止したヤンとカインに向かって、魔物達が殺到する―――が。

「フッ・・・・・・」
「はあああああああッ!」

 

 大車輪

 旋風脚

 

 カインは槍の中心を持ち、勢いよく回転させ、ヤンは身体を捻りながら軽く飛び上がると、捻った反動で自身を回転させて回し蹴りを放つ!
 蒼い闘気―――竜気を放った槍と、風をはらんだ回し蹴りが近づいてきた数体の魔物を吹っ飛ばした。
 突進の一撃よりは威力は低いが、それでも牽制にはなったようだ。他の魔物達が思わず二の足を踏む。ヤン、カインの二人と、魔物達との間に僅かな間合いができて―――

 

 ドラゴンダイブ

 風神脚

 

 間髪入れずに二人は踏み込んだ。
 間合い、と言っても距離は駆け足で二、三歩程度しかない。だが、この二人にはそれだけあれば十分だ。

 最初の一歩で急加速して、二歩三歩踏み込んだ時にはすでにトップスピードまで加速している。
 そして後は同じことの繰り返しだ。

「たった三歩で加速できるなんて、普通はあり得ないわよねェ」

 キスティスは苦笑。
 先程も述べたように、突撃は威力はあるが、反面、その勢いを失ってしまえばお終いだ。
 が、ほんの少しの間合いで再突撃できるヤンとカインにはまるで関係ないようだった。

「―――けれど、いくらなんでも踏み込み過ぎよね」

 いいつつ、キスティスはヤン達に向けて手をかざす。そして。

「“ダブル” ・・・ “サンダー”!」

 唱えると同時、前線でさらに踏み込もうとしていたヤンとカインの目の前に、細い稲妻が落ち、二人は踏みとどまった。
 その魔法が、敵ではなく味方からのものだと気がついて、二人は一瞬だけキスティスの方を振り向いた。振り向いた瞬間に合わせるように、キスティスはにこりと微笑む。もっとも、目の前に敵がいる状態だ、すぐに前を向いてしまったが。

 だが、キスティスの放った魔法の意味に気がついたらしい。ヤンは即座に後ろへと飛び退くと、反転してこちらへと駆けてくる。カインは暫く苛立たしそうに二、三度槍を振り回した後、渋々といった様子でこちらへ跳躍する。

「よしよし、物分かりの良い生徒達ね―――っと、あら?」

 うんうん、と満足そうに頷いたキスティスの目の前に、不意に大きな影が立ちはだかる。
 岩でできた巨人―――ストーンゴーレムだ。

 ストーンゴーレムはその巨大な腕を振り上げて、キスティスを押しつぶそうとする―――が。

 

 円月殺法

 

 キスティスが特になにもしようとせずに、眺めているその目の前で、振り上げたゴーレムの腕が切断された。
 断たれた腕が、重力に従い落ちてゴーレムの頭に激突する。何が起きたのか解らないうちに、両足も切断され、ゴーレムは地に伏した。生きてはいるようだが、両足を失ってはなにもすることができない。戦闘不能になったゴーレムを見下ろしていると、

「下がれ!」

 警告の声。
 見れば、ゴブリンのブリットが、ひも付きの剣をその身をコマのように回転させながら、剣を文字通り振り回して、迫り来る魔物達を迎撃していた。
 殆どの魔物は、ヤンとカインが相手をしていたが、突進の繰り返しで、ヤン達前衛とキスティス達後衛のあいだに大きな隙間ができてしまった。そこへ、別の魔物達が入り込んで、襲いかかってきたというわけだが。

「これ以上は通さんッ!」

 魔物達を、ブリット一人で迎撃している。
 柄にくくりつけた紐を握り、リーチの差を埋めた特殊剣を、円運動を連続させて振り回して、連鎖し続ける斬撃で次々に魔物達を斬り飛ばしていく。
 これも、カイン達の “突撃” と同じく、 “勢い” を必要とする攻撃だ。つまり、一度でも止まればそれで終わり。

「ウオオオオオオオオオオオッ!」

 だが、ブリットの振り回す剣は、勢い殺すことなく次々に魔物達を斬り裂いていく。
 キスティスは足下に転がるストーンゴーレムをもう一度見下ろして、

(このゴブリンも異常よねー。ゴブリンにも色々種類があるけれど、その上位種よりも強いんじゃないかしら)

 ストーンゴーレムは岩の塊だ。
 ブリットの持つ剣も良い剣なのかも知れないが、幾ら勢いよく振り回した剣でも、岩を斬るなんて容易い話ではない。

 ゴーレムの腕は、丁度人間で言う関節部分を断ち切られていた。
 ストーンゴーレムは複数の岩の集合体だ。そして、その “間接” は岩と岩との継ぎ目である。ブリットはそこを狙って断ち切ったのだ。

 他の魔物達も同様だ。
 ブリットは “斬れる” 場所を狙って斬っている。刃が跳ね返されてしまうような場所は完全に避けて剣を振り回していた。
 ただ斬るだけならばともかく、自分も回転しながら振り回した剣でそれをやってのけているのだ。

(全く・・・これからはゴブリンと言っても馬鹿にできないわね。最も、こんな “達人” なゴブリンはそうそういないでしょうけれど)

 そう思い―――というかむしろいないで欲しいと願いつつ、キスティスは “最後の一人” に目を向けた。
 金髪の魔法剣士。女性であり、またキスティスと同じような年頃でありながら、軍事国家の将軍職についている “常勝将軍” 。

 彼女は、先程と同じように魔法を詠唱していた。

(セリス=シェール、か。会ってみたいとは思っていたけれど、まさかこんなところで会うとわね)

 などと、キスティスが思っているうちに、セリスは魔法詠唱を終わらせて、強力な魔法を解き放とうとする―――

「『ブリザ―――」
「はい、そこまで」

 ぺちん、とキスティスが軽く振るったムチがセリスの頬を叩いた。
 思っても見なかった不意打ちに、僅かにセリスの精神が乱れて、反射的に放とうとした魔法を制止する。心が乱れた状態で無理に魔法を放てば、暴走する危険があるためだ。

「いきなり何を・・・!」
「やるだけ力の無駄遣いよ」

 言いながらキスティスは周囲を見回す。
 いつの間にか、魔物の攻撃は止まっていた。前衛と後衛の間隙に入り込んでいた魔物達も、半分はブリットに迎撃されて、後の半分もヤンとカインが戻ったことで、身を退いていた。
 魔物達の数はまだまだ多かったが、こちらが一筋縄では行かないとようやく理解したのか、遠巻きに取り囲むだけで襲いかかってくる気配はない。

「魔物達の攻撃が止まったって? そんなことは気づいてる。だから、この隙に魔法で数を減らして―――」
「数を減らしても、その分増えるだけよ。それよりも―――」

 ヒュッ、とキスティスは手にしたムチを真上に振り上げる。
 すると、パシッとムチがなにかに絡み付く音が上から降ってきた。

「え・・・?」

 セリス達が見上げると、底には丸い何かが浮かんでいて、キスティスのムチはそれを絡み取っていた。

 丸い、それは目の玉のような機械だった。
 人の目の玉をモチーフにしたような丸い機械が、ムチに絡め取られてこちらを見下ろしている。

「なんだアレは?」

 ヤンが首を傾げる。

「多分、監視カメラのようなもの―――よっ、と」

 キスティスはムチを、思いっきり振り下ろす。
 ムチに捉えられた監視カメラ――― “アイズ” はムチによって地面に叩き付けられ、バリン、となにか砕けるような音を立ててそのまま動かなくなった。

 キスティスは、ヤンの方を振り向いて。

「念のため、お願いできるかしら」
「ふむ」

 察したヤンは、地面に墜ちたアイズに向かって足を振り上げると、そのまま勢いよく振り下ろす。
 ボン、と軽い小爆発を起こして、アイズはヤンの足に踏み砕かれた。

「さっきからおかしいと思っていたのよ。幾らなんでも魔物達の数が多すぎるって」
「敵の本拠地なのだから仕方ないのでは?」

 ヤンが問うと、「フン」と小馬鹿にしたようにカインが鼻を鳴らす。

「これだけの広い塔だ。それにしては魔物の群れは狙ったように俺達の所へと集まってくる―――極端な話、なんの仕掛けもなければ、魔物はこの塔を埋め尽くすほどに居ることになる」

 カインの言葉にヤンはムッと顔をしかめたが、何かを言い返すよりも早くセリスが続きを口にする。

「・・・実際は外でドワーフたちに襲いかかったのものよりも、少し多い程度だろうな。あの局面で塔内に戦力を温存する必要はない―――ロイドの作戦を見抜いていたならともかく、な」
「同感ね。だというのに、魔物達はまるで私達の位置が解っているかのように集まってくる。・・・考えられるのは二つ。監視カメラか何かで常にこちらの位置を把握しているか。或いは、魔物達は何らかの伝達手段を使って、常に連絡を取り合っているか」

 キスティスの説明に、セリスは壊れたアイズをみやり。

「で、コレか」
「ええ。塔の中を進みながら気を配ってたんだけど、どこにも監視カメラらしい物は見えなかったし。そしたら、なにか魔物達に混じって丸いものがふよふよと浮かんでいたから。何の攻撃も仕掛けてこなかったから、これが監視カメラかと思ったのよ」
「ああ、どうりでな」

 ブリットが何か納得したように頷く。

「さっきから、妙な音が聞こえてくるような気がしていたんだ。もしかすると、その音で魔物達を集めていたのかもな」
「音、ね。私には聞こえなかったわね・・・多分、魔物達にしか聞こえない、魔物専用のアラームでも発していたんじゃないかしら」
「まあ、なんにせよ、これで魔物の追撃からは逃れられるってワケだな」

 ヤンが言うと、キスティスは首を横に振る。

「いいえ。監視カメラは複数あると見るべきよ。普通のカメラとは違って、飛行能力を持って勝手に侵入者を追いかけてくるみたいだから、数自体はそれほど多くないかも知れないけれど、今までにも数台見かけたしね」
「ならばどうする?」
「どうすればいいと思う?」
「む・・・」

 キスティスに問い返され、ヤンは首を捻る。
 その横から、カインが口を挟んだ。

「強行突破だ。監視が無い隙に魔物達をまく」
「そうね。ただ、この監視カメラには気をつけて。見つけたら即座に破壊すること。そうすれば、今までのように魔物の大群に襲われるということはないはず」

 キスティスの言葉に、ヤンは頷く。

「良し解った。ならば私とカインが包囲を破る―――他の者は遅れないようについてきてくれ」

 ヤンが言うと、他の面々は頷く。
 と、不意に彼はキスティスを見やり。

「しかし・・・それにしても」
「なにかしら? 私の顔に何かついてる?」
「いや・・・先程、私とカインの突出を止めたことと良い・・・よくも、これほどの魔物の大群に取り囲まれていて、そこまで冷静になれるものだ」

 そう言うと、セリスも。

「私も魔法で魔物を倒すことしか頭になかった。魔物の数が多いとは感じていたが、そこまで深くは考えなかった」
「ストーンゴーレムに襲われた時も、まるで俺が助けることが解っていたかのように、余裕で何もしなかったな」

 セリスに続けて言ったブリットは、ゴブリンなのでよく解らないが、おそらくは苦笑しているのだろう。
 カインは素直に認めるのが癪なのか、「フン」とあらぬ方向に顔を向けつつ、

「セシルならば同じ事を、自ら剣を振るいながらやってのけるさ」
「ほう? ならばキスティスをセシル並の実力を持つと認めるわけだな」
「・・・ちっ」

 セリスの皮肉めいた言葉に、カインは忌々しそうに舌打ちする。

「まあ、何にしても―――」

 と、ヤンは呆れ混じりの苦笑―――先程、キスティスが浮かべたような―――を浮かべて、彼女に言う。

「お主の冷静な分析能力、マトモではないな」
「ええと・・・それは褒められているのかしら?」
「勿論だが」

(あー・・・。普通じゃない連中に普通じゃないって言われるって・・・もの凄く微妙よね)

 そう思いながらキスティスも苦笑を返す。
 それは、自分でも引きつっていると自覚した苦笑だった―――

 

 

 

 


INDEX

NEXT STORY