第16章「一ヶ月」
AP.「君が好きだと叫びたい!(38)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・旧街区・教会前広場
時間が動き出す。
それは、セシルの思考の加速が終わった―――つまり、思考が終わったと言うこと。
後はただ動くだけ。すでに居合いは発動している。
抜き放たれた剣は、瞬時に矢を撃墜する―――その筈だった。だが、そこに異変が起こる。
(―――降ってくる)
先程、ローザが撃ち上げた矢。
それが今更になって、落ちてきた。
しかし、セシルの頭上に出はない。今正にセシルめがけて飛ぶ矢と交錯するタイミングで。二つの矢は、居合いの剣が届くよりも先に交差する。
矢の先端同士が重なり、衝突して、横方向に飛んできた矢は地上へと叩き落とされ、そして――――――馬鹿な!?
エニシェルが驚愕するのをセシルは感じた。
降ってきた矢は、もう一つの矢に当たったことにより、弾かれて、そのままセシルへと正確に向かう。それも、セシルの剣の軌道を僅かに上に行くようにして。
エニシェルが驚愕したのも当然だ。
降ってきた矢に矢を当てて弾き、目標へと当てる―――もしもこれが狙ったものだたとしたら、神業と呼んでもまだ足りない。
もしも狙わずに、単なる偶然だとしたら、奇跡と呼べるほどの偶然だ。どちらにしろ尋常ではない。
―――ただし、尋常ではないのそれだけではなかった。「―――ぉ」
小さく、声が漏れる。
それは、セシルの口から。
小さな呟き―――だが、それは雄叫びだった。
足りない力を求めるように、必要以上の、限界を越えた力を求めたために無意識に出た雄叫び。それが小さかったのは、ただ一瞬のことだったからだ。奇跡的な神業で向い来る矢に反応するために、セシルに許された時間はただの一瞬。しかも、すでに剣は鞘から解き放たれ、その軌道は矢には当たらない。ならばどうするか。
どうにかするために、セシルは全身の力を集約させる。
剣を持ち、居合いの技を放った腕に全身全霊を込める。技の軌道はズレている。
ならばズレを矯正してやればいい。次の瞬間、セシルの絶叫が響き渡った。
******
「ぉおおおあああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
セシルの絶叫が周囲に響き渡る。
その様子を、ロック達は息を呑んで見つめていた。「な・・・なんだ、セシルのヤツ・・・いきなり叫んで」
「叫ぶって言うよりは、なにか最後の方は悲鳴を上げて居るみたいだね」バッツが訝しげに呟くと、ギルバートも困惑した様子で言う。
リサが首を傾げて「えー?」と不思議そうに、「なんで悲鳴なんて・・・だって、セシル、ちゃんと矢を斬ったじゃない」
そう。
リサの言うとおり、セシルはローザの放った矢を斬り落とした。
二つに切られた矢は、セシルの足下に落ちて、これで六つになった矢の破片と、最後にローザが放った一本の矢がセシルの足下で散らばっていた。これでこの勝負はセシルの勝利だ―――だというのに、何故かセシルは居合いの技を放ったまま、苦悶の声を上げている。
「そっか、天才様にも―――いや、お前だからわかんねーか」
ロックが引きつった笑みを浮かべ、言う。
その隣では、セリスが可笑しそうに笑みを堪えていた―――「ク、クク・・・とんでもない、とんでもない勝負だわ、これは」
何がそんなに可笑しいのか、セリスは笑いを堪えきれない。
「どちらもイカれている。矢に矢を当てる芸当をこなせば、それを読み切る―――こんなのシクスズでも見たことがない!」
「よくもまあ笑っていられるのう。私は見ていて背筋が寒くなったぞ」フライヤが呆れた様子でセリスを見やる。
クラウドも、不機嫌そうな顔で苦悶の声を漏らすセシルを見つめる。悲鳴こそ上げては居ないが、未だセシルは何かを堪えるように呻き声を上げていた。「一体、何が起きたのよ・・・」
訳が解らないとリサが言う。
するとロックはバッツに視線を投げて、「おい旅人。何が起こったかは解るだろ?」
「何がって・・・セシルが飛んできた矢を斬ったんだろ」
「もうちょっと細かく説明してみろよ」
「細かくって・・・だから、セシルが飛んできた矢を斬った以外にどう言えと?」
「・・・馬鹿に話を振った俺が馬鹿だった」
「あ、何度も言わせて貰うがな! 馬鹿って言うヤツが馬鹿なんだぜ!」
「だから馬鹿って認めただろうが」
「ああ、そうか」バッツがあっさり納得したのを見て、ロックが「はあ・・・」と嘆息する。
「ローザが最初に打ち上げた矢に、次にはなった矢を当てた―――のは解ったろ?」
ロックが説明すると、バッツとリサとギルバート―――つまり、状況が上手く飲み込めていない三人が頷く。
ギルバートが感心したように、「矢に矢を当てる・・・弓矢の達人でもなければ出来ない芸当だね」
「達人でもできないわよ」ククッ、と笑みを堪えたままセリスが言う。
「あんなの、ローザにしかできやしない。もしも同じ事ができたとすれば、それはローザと同じ能力を持っているか、それこそ魔法でも使ったか―――あるいは単なる奇跡でしかありえない!」
「だから、それをセシルが撃墜したってだけの話だろ?」バッツが言うと、ロックがもう一度深く息を吐いて。
「セシルの居合いの軌道がズレていたのにか?」
「えっ・・・?」ギルバートが疑問の声を上げる。
「ズレていたって・・・だって、現にセシルは矢を―――」
「斬り堕とした。だが、セシルは剣を鞘から抜く直前まで、ローザが最後に放った矢に照準を合わせていたはずだ。そして、矢に弾かれた矢はその居合いの軌道とは僅かにズレていた」
「じゃあ、なんで・・・」
「―――まさか」リサが疑問を口にしようとしたとき、ハッとしてギルバートが呟く。
ロックはニヤリと笑って頷いた。「そうだよ。居合いの軌道を強引に変えやがったんだ」
「そんな―――それこそ無茶だ。居合いの技は一瞬だ、その軌道を変える事なんて・・・」
「だからセリスが言っただろ。 “読み切った” って。多分、セシルがローザの思惑に気がついたのは、鞘から剣を抜く寸前だ。だから、ギリギリ反応できた」ロックはそう説明する。
すると、バッツが不思議そうに呟いた。「そんなのいちいち説明しなくても、みてりゃ解るだろ?」
「解るって―――じゃあ、なんで君は僕らと一緒に首を捻ってたんだよ?」ギルバートが問うと、バッツはセシルの姿を見つめ。
「いや、アイツ、何であんな顔をしてるんだ?」
「・・・は?」
「なんか痛そーな気配が伝わってくるんだけどさ」
「痛ぇんだよ、実際」三度目。
ロックは嘆息すると、バッツに説明する。「勢いよく抜いた剣の軌道を無理矢理変えたんだ。筋肉にどんだけ負担が掛かるかお前にゃ想像できやしないだろうが―――まあ、多分、肉離れぐらいは起こしてるんだろうな」
「はあ? 剣の軌道を変えるなんて、何が難しいんだよ?」本気で解らないと言った風にバッツが言う。
例えば。
勢いよく真横に振った腕を、急に真上に上げて見ようとする。
ゆっくりと直角に腕を動かすだけならば問題ないが、それを素早くやろうとすればするほど、腕に負担がかかる。一瞬を斬る “居合い斬り” で同じ事をやれば、肉離れくらいは当然だろう。下手をすれば骨が外れるかもしれない。
だが、それをバッツは解らない。
“無拍子” を普通に扱えるバッツにとって、その程度のことは容易いのだ。
無拍子とは、無駄な動きを省く、言わば “動作の最適化” だ。無駄な動きがないと言うことは、無駄な力が必要ないということ―――常人の半分以下の力で、常人以上の動きが出来る。バッツならば、今、セシルがやったように 、居合いの軌道を変えるのも、セシル程に筋肉に負担を掛けずにこなすことが出来ただろう。
もっとも、バッツがセシルのように、ローザの思惑を読み切れるかどうかは別問題だが。「ていうか、それならセシルを回復魔法とかで癒やして上げたほうが良くないかな」
ギルバートがセリスに向かって言う。
この中で魔法を使えるのは、セリスとクラウドだけだ。ギルバートも、傷を癒す呪歌を知ってはいるが、効果が出るのに時間がかかる。
セシルはギルバートの視線の意味に気がついて、フッ、と笑う。「そんな義理はないけれど―――まあ、面白いものを見せてもらったし」
などと言いつつ、セリスはセシルの元へと向かおうとして。
―――その腕をロックが掴む。「なに?」
「終わってねえぜ、まだ」そう、ロックが言った瞬間。
ローザが六本目の矢をセシルに向けて放った―――
******
矢を斬り堕とした―――と、思った瞬間に腕に激痛が走る。
裂帛の気合いは途中から激痛による悲鳴となって口から漏れた。(ぐ・・・ぅっ・・・・・・さすがに・・・無茶だったなあ・・・)
腕から伝わった痛みは、脳へと叩き込まれる。
痛みが脳の中で暴れ回り、意識が朦朧とする―――それほどの耐え難い激痛。(これは・・・肉離れくらいは起こしているか・・・!)
痛みのせいで腕に力が入らない―――だというのに、その手は剣を放そうとはしなかった。
何故か。(嫌な予感が・・・止まらない)
ガンガンと痛みが響く脳内の隅で、言い様のない不安感が潜んでいる。
もう、勝負は終わったはずだ。
ローザは五本の矢を撃ち終わり、セシルはそれを全部回避した。間違いなく、セシルの勝利だ。だというのに。(さっき・・・ローザは何をしていた・・・?)
最後の矢を放った直後。
ローザが自分が放った矢の行方を追わず、その場にしゃがみ込んでいた。
最後の矢を撃って、気が抜けたから思わずその場にへたり込んでしまった―――などというワケがない。そもそも。(そもそも、どうしてローザは僕の背後に回り込もうとした?)
背後をとろうとするのはいい。
問題は、背後に回り込んだ後、すぐに矢を撃たなかったことだ。
あれでは、後ろをとった意味がない。(僕の反応が速かったから、後ろに回ってもすぐに矢を撃てなかった? でも、それにしてはローザに焦りや慌てた様子はなかった)
激痛の中で思考し、次第にそれがまとまっていく。
朦朧とした意識の中、一つの予測が導き出される。(ローザが背後に回った理由。その場にしゃがみ込んだ意味―――僕の背後でしゃがみ込んだその目的は・・・)
それに気がついたとき、セシルは煩わしい痛みを無視して前を見る。
ローザが弓を構えていた。
六本目の矢をつがえて。否、正確には―――
(最初に撃った、一本目の矢か!)
一本目の矢はセシルから外れ、その後ろへと飛んでいった。
唯一、セシルの足下に落ちていない矢。
そのことに気がついたその瞬間、ローザが正真正銘、最後の矢を―――射る!
******
目の前に矢が迫る。
剣で防ごうにも、剣を持った右手は居合いの体勢のままでいることが精一杯で、動かそうとすればさらなる激痛が走る。
矢は真っ直ぐにセシルの胸元へと飛び込んでくる。それを防ぐ方法は―――「はあああああああっ!」
激痛をはじき飛ばすように、セシルは声を張り上げる。
それでも右腕は動かない。例え動いたとしても、居合いを放った後の伸びきった状態では、矢を撃墜することは難しい。
だからセシルは右腕は使わない。代わりに左腕を動かす。
居合いの体勢で、鞘を押さえていた左腕を自分の胸元へと動かす。(―――チャンスは一瞬!)
矢が胸元へと伸びる。
その先端が、セシルの胸に触れるか触れないかその刹那―――おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!
周囲から歓声が上がった。
矢は、セシルの胸に当たる直前で止まっていた。
セシルの左手が、矢をつかみとっていた。「勝負―――あったな」
激痛と緊張による、冷や汗を顔中に掻きながらセシルが言う。
するとローザはにっこりと微笑んで頷く。「そうね、この勝負は―――」
フフッ、と笑う彼女にセシルも微笑みかえす。右腕の激痛のためか、どこか強ばっていた微笑みだったが。
「僕の―――」
「私の―――」
「「勝ちだ」」二人同時で勝利宣言。
次の瞬間、セシルは怪訝な顔でローザを見る。「ちょっ、ちょっと待って。どうして君の勝ちだよ!? 君の矢は全部防いだだろ!」
「セシルが今手に持っているのは?」
「矢だけど・・・って、まさか、これが “当たった” とか言うつもりじゃないだろうな!?」
「そうよ?」
「そうよ・・・って」あっさり肯定するローザに、セシルは絶句する。
確かにセシルは矢を手にしているが、これは当たったのではなく、掴んだというべきだろう。「納得行かないような顔をしているわね」
「行くわけ無いだろう!」セシルが怒鳴ると、ローザはわざとらしく身を竦ませた。
「もう、いきなり怒鳴らないでよ。ビックリしたわ」
「僕だってビックリだ! いきなりそんな詭弁で誤魔化されるなんて―――」
「ああ、もう! 解ったわよ。それなら・・・」と、ローザはトコトコとセシルの前まで歩み寄ると、その足下に落ちている矢を拾い上げる。
ローザが五本目に撃った矢―――墜ちている矢の中では、唯一斬られていない矢だ。
彼女は矢を拾い上げると、セシルの目の前で弓につがえて軽く矢をひく。「え、ちょっと、ローザ、まさか―――」
「えいっ」可愛げのある掛け声と共に、弓から矢がぴょいんと飛ぶ。
全く威力のない矢は、しかしセシルの肩に当たって地面に落ちた。「これで私の勝ちよね」
「ちょっと待て」
「あら、なにかしら? 別に私は “五本の矢” を撃つと言っただけで、 “五回しか矢を撃たない” とは言ってないわよ」
「あのね、いくらなんでもそれはないだろ?」
「駄目でーす。どんなに文句を言っても、事前にルールを確認しなかったセシルの負けー」うふふっ、と悪戯っぽく笑ってセシルの渋面を下から覗き込む。
「そういうわけでセシル、言うことを聞いて貰うわ」
「冗談じゃない! こんなの認めて―――」
「目を閉じて」
「は?」
「目を閉じてって言ったの」思いもかけなかったローザの望みに、セシルは困惑する。
てっきり、すぐに “もう顔を見せないで” とか言われると思ったのだが。
などと思いながらセシルは目を閉じる。(―――って、なんで素直に目を閉じてるんだよ!?)
思わず自分につっこむ。
ローザの言葉が予想外だったのと、それが簡単な事だったので、つい反射的に従ってしまった。
セシルはすぐに目を開けようとして―――その直前。ちゅっ、と。
唇に柔らかいものが触れる。
驚いて目を開けると、目のすぐ前からローザの顔が離れていくところだった。
彼女は、セシルが目を閉じる前と同じくらいの場所まで顔を離すと、照れたように笑う。「キスしちゃった♪」
「な・・・え・・・・・・!?」硬直する。
ローザにキスされるのは初めてではない。
だが、何度されても未だに慣れない。恥ずかしくって顔から火が吹き出そうになる。それもこんな大勢の中でならば尚更だ―――「って、こんな場所でッ!?」
「大勢の人の中でするのって、ちょっと恥ずかしいわね」
「ちょっとどころじゃ―――」
「コォォォォル・ストラァァァァァァァァァイクゥッ!」いきなり横から蹴られて、セシルは地面に倒れ込む。
「ぐあああっ!?」
「―――おうおう兄ちゃんよぅ」地面に倒れ込んだセシルのすぐ傍に、今し方蹴り飛ばした本人―――ロックが立って、セシルを見下ろす。どこから取り出したのか、何故かサングラスなんぞ身に着けていた。
「可愛いねーちゃんとイチャついて、随分羨ましいご身分だな? おぅ?」
「ちょ、ロック!? 今のはローザが―――うんぎゃああああああっ!?」
「お? どうした兄ちゃん? なんか肉離れ起こした腕を踏まれたような声上げちまってよぅ?」
「踏んでる! 踏んで―――ああああああああああッ」
「―――おっと、悪ぃな。サングラスのせいでよく見えなかったんだぜ。おぅ」確かに周囲はもうかなり薄暗くなっている。
空もぽつりぽつりと星が見え始めた。隣の人の顔が、目を凝らしてようやく判別できるといったくらいの闇夜。「ていうかなんでサングラスなんか・・・」
「世の中の幸せな野郎に天誅喰らわすときのフォーマルスタイルだからだ」
「ワケわかんないよ!?」
「ハッ! 幸せなヤツはわかんねーよなぁ。誕生日も年の節目の日も祝祭日も一人・・・ “二人だけの記念日(はぁと)” なんてものもありゃしねえ―――俺だってカレー記念日とか作ってみてえよ!」
「だから、君の言ってることワケがわからないぞ!?」ロックの足下でセシルが喚くと、ロックは「チッ」と舌打ち。
「まあ、いいさ。俺には同士が居る―――なあ、バッツ!」
「え。いきなり話振られても」
「お前だって、彼女いねえだろ!」
「いないけど―――別に、いなくってもいいし」そこでバッツはフッ、と笑って。
「「俺にはリディアが居るからな!」」
バッツと、ロックの声がハモる。
ロックはサングラスの闇の向こうで、驚いた顔をしてると思われるバッツに向かって吐き捨てるように、「お前の脳味噌ン中は、リディアしかいねえのか!」
「いねえよッ!」
「・・・言い切りやがった」即答されて、少しロックはたじろいだ。
「な、ならクラウド! お前もシングルだよな!?」
「―――興味ないな」
「でもクラウド君、女性客にやたらと人気あるよね。ていうか、最近じゃ、ウチの店に来る女の子の八割はクラウド君目当てだし」
「―――興味ないな」リサのフォローにも、クラウドはいつもの調子でいつもの台詞を吐く。
だが、二度目のその台詞には、どこか優越感があるようにロックには感じられた。「くうううっ、あのツンツン頭ぁっ! てめえも俺の “殺す♪リスト” に仲間入りだああああああっ!」
「―――ほう」静かな、クラウドの呟き。
何も見えないはずのサングラスの向こう側に、魔晄の碧い瞳が光って見えたような気がして、「な―――なんちゃって。うっそでーす。まさか、この僕が1stのソルジャー様を殺すとかいうわけじゃないですか」
揉み手なんぞしつつ、愛想笑い。
それから、再びセシルを見下ろして。「と言うわけで、俺が殺したいのはお前一人だセシルーーーーーーっ!」
「今の君、凄く最低な人間だぞ?」
「はっはっは! なんとでも言えい! 今の貴様から何を言われても、なーんも怖くねえ!」確かに倒れたセシルに対して、立っているロックは有利だ。
それに加えて、セシルは利き腕を使えない。「言ったよな、セシル! 俺がその気になれば、お前だって倒せるって―――意味がその時だああああっ!」
「ほー」いきがるロックに、しかしセシルは特に騒がない。
その態度に、逆にロックが焦る。「な、なんでしょうかセシルさん、その冷淡な反応は」
「とりあえず君、国王侮辱罪ね。というわけでこいつを捕えて牢にでもブチ込んでおけ」
「「「「「ハッ」」」」」周囲の兵士達がセシル王の命令に従い、ロックを取り囲む。
「え、あの・・・ちょっと!?」
がしっ、とすぐさま兵士たちに両腕を掴まれ、捕えられるロック。
そのまま、運ばれていくロックをセシルは見送って、「とりあえず牢屋の中で頭でも冷やして貰おうか」
「ど、どれくらい?」
「ほんの一生くらい」
「ちょっ、セシル―――いえ、セシル様!? 冗談ですよねーーーーーーっ」ロックの最後の叫びに応える間もなく、彼は連行されていった。
「さて、と・・・」
セシルは起きあがる。
ずきりと腕が痛むが、さっきよりも痛みはひいている。我慢できないほどではない。
デスブリンガー―――エニシェルは、もう用は済んだとばかりに消えていた。「ローザ」
彼女の名を呼ぶ。
ローザは、いつの間にかセリス達と談笑していた。彼女はセシルに名前を呼ばれると、満面の表情で振り返る。「なあに?」
「さっきの事だけど―――」
「え、もう1回してほしいの? やん、もうセシルったら」
「って、違―――」すぐに否定しようとするが、そんなセシルの言葉をかき消すようにして、周囲が囃し立てる。
「全く・・・人騒がせな話じゃ」
「なんだよ、結局こいつらラブラブなのなー」
「うん、それが一番だよ。・・・いや、自然って言うべきかな」
「あたしはいっそのこと、セシルなんか振られちゃえばいいのにーって思ってたけどね」
「興味ないな」おめでとうございまーす、とか誰かが叫んで。
ぱちぱちぱちぱちと、どこからともなく拍手が響き渡る。
祝福ムードの中、ただ一人、セシルだけが焦ったように。「ちょ、ちょっと待って皆―――」
「まあ、私は最初からこうなるとは思っていたがな」などと言ったのはセリスだった。
バッツが意外そうに。「じゃあ、なんで逃げたりしたんだよ?」
「部屋に閉じ篭もって鬱になっていたこいつのままじゃ、いつまで経っても平行線だ。外に連れ出してやる必要があると思ったからだ」こいつ、とセリスはローザの頭を小突いた。
「本気で逃げるつもりなら、もうちょっと上手くやっている」
セリスの言葉は嘘ではなかった。
転移系の魔法を使えば、簡単に逃げられただろう。
だが、彼女はそれを自らしようとはしなかった。なぜなら。
(私は―――)
セリスはローザを見る。
今回の騒動の中心にいた彼女は、周囲から祝福されて、おろおろと狼狽える自分の愛する人を見つめ、幸せそうに微笑んでいた。(私は、こいつのこんな表情を見たかったのだから)
心の中だけで素直に呟く。
本当に、今朝部屋の中で閉じ篭もっていたような、あんなローザの姿は二度と見たくないと思う。(親友、ね)
ローゼの部屋で、自然と漏れた言葉。
なんでそんなことを口走ったのか、未だに解らない。
けれど、少し解ったことがある。それは。(私は・・・コイツのことが嫌いではないらしい)
最初に出会ったときからペース乱されっぱなしで、会話するだけで疲れる女だが。
それでもそれが楽しくなかったといえば嘘になる。「セシル王ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
不意に、聞き慣れた声が響き渡った。
と、周囲のざわめきが少し静まり、道の向こうからぽっ、と小さく灯りが見えた。「セシル王はいずこに―――おおっ!?」
灯りは段々と強くなり、やがて兵士達の間だから、カンテラを持った一人の男が現れる。カンテラの明かりに照らされて、広場が途端に明るくなった。
それを見て、セシルは「げ」と呻く。「ベ、ベイガン!?」
「セシル王、とりあえず商人達の騒動は一段落つきましたぞ。―――それよりも、ローザ殿は?」
「お久しぶりね、ベイガン」ローザがベイガンへにっこりと微笑む。
途端に、明かりに照らされたベイガンの顔が朱に染まる。
しばらくぽーっとローザの表情を眺めていたが、すぐに我に返ってセシルに向き直る。「流石はセシル王! 見事に捕まえたようですな!」
「いや、その、まだ―――」
「ではそろそろ城へと戻りましょうぞ! 商人達の件でウィル殿も話があると言っておりましたし、それに―――」ベイガンは笑みを浮かべる―――だが、その目は全く笑っていなかった。
「約束通り、積もり積もった説教を聞いて貰わねばなりませぬからな!」
「う」
「では行きますぞ!」
「ちょっと待ってよ! 僕はまだ―――!」
「問答無用! 者ども、ひっとらえぃっ!」
「「「「「ハッ」」」」」ベイガンの命令に、兵士達がセシルを拘束する。
「ちょっ!? 君達僕とベイガンとどっちの味方だあああっ!?」
「もちろん、我々の命は王のもの!」
「だったら離せよ!?」セシルが喚くが、兵士達は離そうとはしない。
そのままさっきのロックと同じように連行しようとする―――と。「セーシールー」
ローザの呼ぶ声。
振り返ると、彼女が微笑みながら手を振っていた。「あーいーしーてーるーっ」
「ロ、ローザ―――痛ッ!?」いきなり兵士達の拘束が強くなる。
そんな兵士達の反応に、セシルはまさかと思いながらも、思いついたことを尋ねる。「まさかと思うけど、君達、ロックと同じ理由で―――」
「ははははは、まさかそんな。ちょっと生まれたときから恋人とか無縁なくらいで、王を妬むなんてそんな」兵士達の数人が乾いた笑い声を立てる―――が、その声音は決して笑ってはいなかった。
為す術もなく連行されるセシル。
それをローザは手を振って見送る。そして、誰にも聞こえないくらい小さな声で、呟いた。
「本当に、愛してる―――・・・さよなら」
「うん? なにか言ったか?」セリスが問うと、ローザはきょとんとした表情を見せて、
「え? なにが?」
「いや・・・別に―――それよりもこれからどうする?」
「とりあえず家に帰るわ。疲れちゃったし」
「お前のことだから、セシルを追いかけて城に行くとも思ったんだがな」冗談交じりセリスが言うと、ローザはくすりと笑って。
「そうしたいけれどね。そんなことしたらセシルも迷惑でしょうし」
「お前が他人の迷惑とか考えるような女か?」
「あ、酷いわよセリス。私だって色々考えているんだからね!」怒ったように頬をふくらませて、すぐに口から空気を抜く。
それから話を切り替えて、「あ、セリスもウチに来ない? 御夕食、一緒にしましょ。お泊まりだってOKよ?」
「私は別に構わないけど」
「リサもどう?」
「え、いいの? じゃあ、いこっかな―――あ、クラウド君。とうさんにローザの家に泊まるって伝えといて」
「なんで俺が・・・」
「お店、破壊されたまんまでしょ。あんなところじゃ落ち着かないだろうし、ウチに行って事情を話せば泊めてくれると思うし―――あ、でも、今晩居ないかも。最近、あまり帰ってこないし・・・」働き過ぎでちょっと心配、とリサ。
「あら? シド、今忙しいの?」
「うん。なんかまた飛空艇を作るって言って、ええと・・・最後に帰ってきたの何時だったけなあ・・・」などとローザ達が話している隣で。
「さて、僕らも戻ろうか」
「御意」
「そだな、腹も減ったし―――あれ、そう言えばさ」バッツがふと思い出したようにギルバートに尋ねる。
「あいつはどうしたんだ? ほら、黒チョコボに乗ってたファスっての」
「ファス? あれ、そう言えばどこに行ったんだろ」
「クエー」ボコが声を上げる。
それを聞いたバッツが「へえ」と答えて、「バッツ、ボコがなんて・・・?」
「ずっと俺達の頭の上にいたってさ。それで、セシルが連行されていったのに付いていったと」バッツがそう言うと、ギルバートは苦笑する。
「本当に、随分と懐いたものだね。セシルに」
ギルバートの呟きに、バッツとフライヤはきょとんとする。
トロイアに行っていない二人はファスのことを知らない。
あの子のことを知っているのは、セシルの他にはロックと―――「あ」
ふとあることを思い出してギルバートは声を上げた。
「・・・忘れてた」
******
とりあえず、話が一段落した頃―――
「・・・・・・」
「・・・・・・」“金の車輪亭” の瓦礫の中で、ヤンとマッシュは未だに気を失っていた―――