第16章「一ヶ月」
AN.「君が好きだと叫びたい!(36)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・旧街区・教会前広場
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
息が荒い。
たった一射避けるだけで、自身の全精力を使い切った気分だった。今、ローザが放った一射は、セシルの右肩のすぐ上をギリギリかすめずに外れた。
セシルはローザの弓矢の射角に集中し、矢の通る射線を見極め、ローザが矢を放つと同時に動いた。
普通なら、それで回避できるはずだった。しかし。(・・・・・・撃った瞬間に、矢の角度を変えた―――)
撃った瞬間に、弓を動かせば当然目標はズレる。
だが、それで狙った場所に撃つなんて芸当、普通は出来るはずもない。余裕を持って回避できたはずの矢を、しかしセシルはギリギリ回避するのでやっとだった。
(いや・・・)
と、心の中で否定する。
今のはセシルが避けたわけじゃない。当たらなかっただけだと。「やっぱり、当たらなかったわね」
そんなセシルの思考を肯定するかのように、ローザが言う。
当てるつもりが無かったわけではないだろうが、当たるとは思わなかったということだ。「久しぶりに使う弓矢だから、感覚を忘れてしまっていたわ」
てへ、と舌を出して笑う。
彼女は、びんびーん、と竪琴をつま弾くように弓の弦を何度か引っ張ってから。「でも次は当たるわ」
“当てる” ではなく、 “当たる” とローザは言った。
必中予告。
しかしそれが妄言でないことは、セシルが良く知っている。(ローザの・・・能力)
ローザのあまりにも正確すぎる射撃が、腕前だとかそう言うものを超越している “能力” だということを、セシルは知っていた。
世界で一番、ローザの技を間近で見続けて来たのがセシルだったからだ。幼かった当時、セシルはカインに剣の稽古を付けて貰っていたが、何度やってもカインには敵わなかった。
そのことにローザが憤慨して、弓矢を使って特訓しようと言い出したのだ。今、ローザが手にしているおもちゃの弓矢で。
最初はローザの放つ矢を回避することは出来なかった。だが、何度も何度も繰り返し練習するうちに、ようやくローザの矢を避けることが出来た―――もっともそれで、カインに勝てたりはしなかったが。(あの時はローザの矢を回避することは出来た―――だけど)
あの特訓で、ローザはセシルに当てようとはしていなかった。
ただ、セシルに向けて、矢を放っただけ。
初めてローザの矢を回避したときのことを、セシルはまだ覚えている。あの時、セシル以上にローザは喜んではしゃいで笑いながらこういったのだ。「 “やっぱり” 当たらなかったわね! さっすがセシル!」
矢を放った瞬間、ローザは当たらないことを解っていた。
逆に言えば、矢を撃つ前から当たるか当たらないか解ると言うこと。それはつまり―――(当たると思ったときだけ矢を放てば必中確実だということ)
そのことに気がついたセシルは、ローザの矢を回避したことよりも、彼女の “能力” に戦慄した。
ローザの “絶対必中” の元になるのは二つの能力だ。
一つは “空間支配” 。
周囲の状況、相手の動きを見極め、そしてそれがどう動くのかを完全に予測する能力。セシルも同じ能力を持っているが、セシルが長年の修練と経験によって会得したのに対して、ローザは天性の才能としてそれを持っている。しかも、セシルの場合は周囲の状況を判断し、次の展開を頭で思考して予測しているが、ローザは考えることなく “感覚” としてそれを感じ取っているのだ。
そしてもう一つの能力。それは完全な “身体支配” だ。自分の体を完全にコントロールすることができる力。狙ったとおりの場所に狙ったとおりのタイミングで正確に矢を放つ―――それができて初めて “空間支配” の能力が生きてくる。
どこに撃つてば命中するかが解り、そして正確にそこへ打ち込む事ができる。だからこその “絶対必中” 。そして、それと良く似た技を、セシルは知っている。
どうすれば斬ることが出来るかを見極め、そこに正確に斬り込むことによって、あらゆるものを斬断する最強の必殺剣―――(ローザの能力は、僕やオーディン王の使う “斬鉄剣” と良く似ている)
剣であるか弓であるかの違いだけ。
しかも、セシルやオーディンが修行を重ねて身につけた技を、ローザは生まれたときから当たり前のように使うことが出来た。
もしも、彼女が剣を扱っていたならば、セシルなど軽く凌駕していたかもしれない。(まあ、本当にそうなのかは解らないけれど)
今の結論は、セシルがローザの能力を見てそう結論づけただけである。実際はもっと別の、それこそ魔法みたいな力が働いているのかもしれない。なにせ、ローザ自身、どうして矢が当たるのか理解しているわけではなく、全て感じたまま矢を放つだけなのだから。
「撃とうとして、当たると思えば当たるでしょう。当たらないと思えば当たらない。普通はそういうものでしょう?」
というのは本人の弁。
普通は当たると思っても当たらない場合もあるし、当たらないと思っても、何かの拍子で当たることもあるだろう。(なんにせよだ。理屈を抜きにして、ローザの矢は外れない―――避けられない。それなら)
セシルは回避を諦める。
逃げることは考えずに腰を落とし、右手を左腰に添えて、それから、
「在れ」
もう何度口にしたかわからない、己の相棒を呼ぶ言葉。
ひねくれ者で、セシルのことを自分の “恋人” と比べてはこき下ろすが、なんだかんだいっても呼べば素直に来てくれるし、力も貸してくれる。
今も、瞬時に腰に鞘ごと出現した。最強の暗黒剣が。―――・・・まだ捕まえておらぬのか。
早速呆れたような調子で嘲笑してくる。
セシルは心の中で苦笑しながら「悪かったね」と返す。―――自分の恋人一人捕まえておけない情けない男が、よくもまあ王になどなれたものよな。
なりたくてなった訳じゃないといいわけが浮かぶが、情けないことには代わりがない。
力を貸してくれと心で伝えると、彼女はやれやれと、もしも剣の状態でなければ、肩でもすくめてそうな雰囲気で、―――使い手がおぼつかなければ妾が苦労する羽目になる。全く、レオンに比べてそなたは―――
(君の恋人の自慢話は後でつきあうよ。だから今は―――)
―――解っておる。今は貴様の恋人につきあってやろう。
そう、エニシェルが返したその瞬間。
ローザが必中の矢を放つ!
******
ひゅんっ!
と、空を斬る音が羽に響き渡る。
文字通り、セシルの剣が空を斬ったのだ―――もっとも斬ったのは空だけではない。
空斬る音が響いてから一拍の後、セシルの足下におもちゃの矢が二つに分かたれて落ちる。
それを見て、ギルバートが感心したようにつぶやいた。
「そうか! 避けられないのならば撃ち落とせばいい」
剣を鞘に納めた状態から引き抜き放つ、セシルの得意とする剣技 “居合い斬り” 刃を鞘に滑らせ加速するその秘剣は、バッツの使う斬鉄剣を除けば、最速の剣と呼べる。普通の矢ならばまだしも、おもちゃの矢を撃ち落とすなど、造作もないことだった。
「・・・ていうかさ、わざわざ剣を使わなくても、ダークフォースを使えば簡単に弾くことができるんじゃねえか?」
「多分、そりゃ無理だ」
ロックがいうと、すぐにバッツが否定を返す。
なんでだよ? とロックが問うと、バッツは「んー」と少し自信なさそうに唸ってから、
「だって俺の剣でさえ届いたんだぜ。恋人の矢が届かないわけない―――と俺は思うんだけどな」
以前、セシルとバッツが剣を交えたとき、全てを拒絶する セシルの“闇” を、バッツはそれを偽物の力だとして無効化した。ならば、ローザの放った矢もセシルのダークフォースは障害にならないのではないかとバッツは言う。
あのときのセシルの力は、普段使っているダークフォースとは違う、異質な力だ。もしかすれば有効かもしれないが、それを試して通用しなければ、セシルの負けが確定する。だから、セシルはダークフォースに頼らないのかもしれない。
「フン・・・そこらの暗黒騎士とは違うというワケか」皮肉げにセリスが言い捨てながら、セリスはダークフォースを跳ね返されただけで戦意を喪失した、暗黒騎士団の団長をみやる。双方にとって幸いと言うべきか、セリスの皮肉が届く範囲にウィーダスは居なかったが。
ダークフォースはセシルにとっても最強の力だった。しかし、その最強の力に頼ることはあっても、すがることはない。バッツやセリスなど、ダークフォースが通じなかったとしても、心を折ることなく、互角以上に戦って見せた。しかし、ギルバートは不安そうな声で呟く、
「だけど、居合いは放った後に大きな隙ができる。なにより、次を放つには剣を鞘に収める必要がある。もしも、ローザが連射したら―――」
「いや。それはないぜ」にやりとバッツは笑って言う。
それをロックが「ほほう」とわざとらしく感心したように、「良く解らんが、天才様は流石に色々とご存じのようだ。なんでローザ=ファレルが連射することがないのかこの凡夫めに教えて頂けませんかね」
「・・・なんでいきなり卑屈なんだ、お前」セリスが半目で見やる。
ロックは口を尖らせて、「だってよー、天才だとか自慢されて面白いわけないだろー。こちとら天下無敵の凡才様だぜ?」
ハ、やってられねえぜ、とでも言いたげに肩を竦めるロック。
それを、バッツはじっと見る。「な、なんだよ?」
じっと見られて居心地悪そうに、ロックは身を退いた。
バッツは小さく笑って。「なるほどな。それがアンタの “罠” か。・・・ようやく、セシルがアンタを信頼した意味が解ったぜ」
「・・・何の話だ?」ロックは恍けてみせる、が、
「そうやって、駄目なヤツの振りをして力を見誤らせる―――だけじゃなくて、周囲の全ての “隙” を見逃さない」
「天才様の言うことはワケわかんねえな」へっ、とロックは笑う。
「いいさ、アンタがそう恍けるならそういうことにしといてやるさ」
ロックから視線を反らし、バッツは再びセシル達の方を向く。
「さっきの話だけど、なんでローザが連射できない理由だけどさ」
「―――天才だからだろ」ぼそりと呟いたロックの言葉に、バッツは思わず振り返る。
「・・・なんだよ気がついてたのか」
「今の二射を見て気づかねえほうがどうかしてる」
「・・・すいません、気づかないんだけど」と、ギルバートが挙手。あたしもあたしもーっ、とリサも手を挙げた。
クラウドは興味なさそうにさっきから無言で、フライヤとセリスも解っているようで、特にロックとバッツの会話には耳を貸さず、セシルとローザの “ゲーム” の行方に注目している。ロックはギルバートに―――ではなく、リサの方に向けて指を一本立てて、
「ヒント1。ローザ=ファレルが一射撃ってから、セシルは剣を召喚して居合いの構えをとったよな? で、その後で二射目が放たれた」
「は? それがヒント?」きょとんとするリサに、ロックはもう一本指を立てて “チョキ” の形にする。
「第二ヒント。今、セシルはどうしてる?」
ロックに問われ、リサとギルバートはセシルの様子を見る。
セシルは再び剣を鞘に収め、居合いの構えをとっている。「また、さっきと同じ構えをしてるよ」
「じゃ、ローザは?」ローザは矢を弓につがえ、セシルに向かって弓を引き絞るところだった。
「今、矢を撃とうとしてる」
「それが第二ヒント」
「はあ?」
「わかんないんだったら黙ってみてな。そうすりゃ解るぜ」
「む〜」バッツが言うと、リサは納得行かない様子で首を傾げる。
一方ギルバートは、ふっ、と息を吐いて。「そうか―――」
「お、解ったか?」
「つまり、ローザは天才で、セシルは天才じゃないからって事だね」
「だからわかんないってそれ!」リサが抗議の声を上げる。
そんな彼女にギルバートは苦笑して、「まあ、見てれば解るよ」
「結局それなんだ」ふて腐れた様子で、リサはセシル達の方へ注目する。と、リサが目を向けたその時、ローザが三射目を撃ち放った―――