第16章「一ヶ月」
AM.「君が好きだと叫びたい!(35)」
main character:ロック=コール
location:バロン城下町・旧街区
旧市街の道をロックは歩いていた。
土地勘の無い場所だが、目的の場所への道順は解る。
先程、バロンの兵士達がファスの案内で先に進んだからだ。その足跡を見れば、どの道を進んだかは一目瞭然だった。「さて、と・・・あの王様は捕まえることが出来たかね」
「・・・降ろせ」ロックの独り言に反応するように、上から声が降ってきたが無視する。
「セシルのヤツ、最後の最後で甘いヤツだからなー。意外に思わぬ反撃喰らって逃げられてるかも」
「降ろせ・・・!」
「しかし、なんであの美人様、セシルからトコトン逃げてるんだろうかな。やっぱりセシルが言ったとおり、自分には愛する資格がないからとかなんとか言う話なのかねえ―――なあ、セリス」ロックは背中に背負っている者に問いかける。
と、今度はセリスがロックの言葉を無視した。答えない。それが肯定の意味なのか、それともスネて答えないのか、ロックには計りかねたが。
「怒るなよ。降ろしたってまともに立つことも出来ねえだろうが」
「立つことくらいは・・・」
「歩けるのか?」
「お前に心配される筋合いはない」
「お前だって、どうなるか興味あるだろ。大人しく背負われてろよ」
「・・・・・・っ」ロックの背中の上で、セリスはただ歯がみする。
暴れたりしないのは、素直にいうことを聞いたからではなく、それだけの力が無いだけだった。「・・・くそ、次は負けない・・・」
「まあ、勝てないだろうなあ、俺」ケケケ、とロックは意地悪く笑う。
「マトモにやったら、どうあがいてもただのトレジャーハンターが、ガストラの将軍様に勝てるはずもないし」
「くうううううっ・・・」ロックは素直に負けを認める。それがセリスの苛立ちを生む。
勝って当たり前の相手だ。その相手に負けた汚名を返上するには、ただ勝っても意味がない。「・・・・・・お前なんか、大ッ嫌いだ」
ぼそりとセリスが呟く。
耳元で囁かれて、ロックは彼女に気づかれないように淋しく微笑した―――
******
教会の前では人が集まり、ざわめいていた。
「なんだあ?」
状況が飲み込めず、ロックは騒ぎに近づいた。すると。
「あ、ロック君!」
リサがロックに気がついて手を挙げる。
その隣にはクラウドの姿もあった。
ちなみにヤンとマッシュの姿はない。どちらも未だ気を失ったまま、瓦礫となった店の中で眠っている。二人とも、店が半壊してしまったのでやることが無く、兵士達に混じって見物に来たというわけだ。
もっともクラウドはいつも通り「興味ないな」と言ったのだが、リサに引き摺られるようにこの場に来ていた。ロックはリサの顔を見ると、呆れたような顔で、
「そーいや良いのかよ?」
「なにが? お店のこと? でも、まあ、フライヤさんとかギルバート君に手伝って貰って、あたしたちで片づけられるだけ片づけたし、あのまま居てもやることなかったから、別にサボっても良いかなーって」フライヤのことは “さん” 付けなんだなーとかどうでも良いことをロックは思いつつ、
「は? 店? なんかあったのか?」
ヤン達が “金の車輪亭” でマッシュ達と激突したことは知っていても、その顛末までは聞いていない。
すると、リサも「あれ?」と首を傾げて。「そのことじゃないの?」
「いや、お前さんの恋人が、セシルのダークフォースに叩きのめされて伸びてたぞ、って」
「へー」
「へー・・・って、やけに淡泊だな」
「まあ、アイツ頑丈だから。残念だけど死んでないだろうし」
「残念なのか!?」ロックがつっこむと、彼女はにっこりと―――とても素敵な微笑みを浮かべて。
「どーせ、セシルに刃向かった理由はローザのためでしょ」
「・・・あれ、もしかして知ってるのか?」ちょっと意外だとロックは思った。
普通、アイドルのファンクラブ会員だとかそういうことは自分の彼女には隠しておくもんだと思っていたが。「そういうところは律儀だからねー」
「あー、確かに」ロックもロイドと知り合って、それほど長くはないが、リサの言った意味は解る。
割とおちゃらけているところはあるが、根は真面目で堅いところがある。それは自分の上司ではあるものの、家柄も年齢も下のセシルを常に立てて、 “副官” という立場を誰よりもわきまえているところにも伺うことが出来る。「でも、ま、ローザに惹かれるのも解るけど。こんな可愛い彼女が居るのに、ファンクラブだのなんだのは止めてほしいよね。ショージキ」
「じゃあ、俺に乗り換えない? 俺はファンクラブとか興味ないし」冗談めかしてロックが言うと、リサは「んー」と少しだけ考えるような素振りを見せて。
「止めとく。アンタがずっとバロンに居てくれるって言うなら少しは考えるけどね」
「ちぇー、残念」さして残念でも無さそうにロックは笑う。
そんな彼に、リサはにたり、と意地悪いエ笑みを浮かべてロックの頭の上に視線を移す。「それに、アンタには私よりもその上に乗ってる人の方がお似合いに見えるよ?」
「なっ!?」それまで黙っていたセリスは、聞き捨てならないリサの発言に思わず声を上げる。
その下では、ロックがにやにやと笑みを浮かべ。「いやあ、そう見えるかあ? 実は俺もそう思って―――いでぇっ!? おいこらセリスッ! 髪の毛引っ張るんじゃねえっ!」
「うるさい黙れ! だ、だ、だ、誰がお似合いだー!」
「でも、ロックに背負って貰っちゃって。最初見たときはビシッとして隙のない・・・ええと・・・そう、なんていうか、ヤリ手の女性って感じがしたけど、割と可愛いところもあるじゃん」
「う、ううう、うるさいうるさいッ! 私は可愛くなんかなーいっ!」
「痛いっつーのっ! 照れ隠しに俺の頭を引っ張るのは止めろーっ。人をハゲさす気か!?」バンダナからはみ出た髪の毛をぐいぐい引っ張られて、ロックは溜まらずに喚く。
「だ、だったらさっさと降ろせ! もう体力も回復したし、背負ってる必要もないだろう!」
「いやもうちょっと体温というかやーらかい感触を―――」
「死ねーーーーーーーーーーーーっ!」ごすん! と、セリスの肘が勢いよくロックの後頭部に突き刺さる。
「ぎえっ」と悲鳴を一つあげて、ロックはその場に倒れ込んだ。倒れたロックの背中から、セリスはその背中を踏みつけながら立ち上がる。「ぐえっ」
「ふん・・・この変態ッ」とか言いつつ顔を真っ赤にしているのは、怒りのためか照れのためか。
「そっ、そこもニヤニヤするなっ!」
微笑ましげにセリスを見ていたリサに気がついて、セリスは声を上げる。
「真っ赤になったセリスちゃん、なんか可愛いなーって」
「ちゃん付けするなッ」
「頭撫でて良い?」
「却下!」セリスに拒否されて、リサは「えー」と残念そうな声を上げるが、それだけだった。
内心ホッとする。体力が回復したとは言ったが、それは普通に歩ける程度のもので、今のセリスなら子供にも負けるだろう。(あ、頭を撫でられるなんて、そんな屈辱的な・・・)
憤りを感じつつ、ふと想像してしまう。
―――可愛いなあ、セリスは。かーわーいー、
何故か相手はロックだったりする。
―――特に負けた時とか、泣いた顔とか、恥ずかしくなって真っ赤になった顔とかー。
「くあああああああああああっ!」
げしげしげしげしっ!
妄想を打ち払うように、未だ倒れたままのロックにストンピングの嵐。
いきなりの狂乱に、思わずリサが声を上げる。「ちょっ、どうしたのセリスちゃん!?」
「だからちゃん付けするなああああああああっ!」
「なーに騒いでるんだよ。お前ら」と、別の誰かの声が聞こえてセリスは動きを止めた。
声の方を向けば、バッツが呆れたような顔をして、セリスと、その足下でズタボロになって倒れているロックを見比べていた―――
******
「んで? 結局、なにがどうなってるんだよ?」
割とあっさりと復活したロックが、目の前の光景を眺めて隣のバッツに問う。
バッツと合流したロック達は、兵士の間を通って、その最前列に移動していた。近くにはフライヤとギルバートも居る。ロックに問われて、バッツはぽりぽりと頭を掻いて。
「いや、よくわかんねーけどこうなってる」
というバッツ達の目の前では、セシルとローザが相対していた。
しかし、ローザは弓矢を構えてそれをセシルに向け、セシルは声もかけられないほどに真剣な表情で、ローザの弓矢に集中している。ロックはバッツの答えに「はあ」と嘆息して。
「・・・バカに聞いたのが間違いだった」
「誰がバカだ!?」
「は? なにいってるんだ? 俺、ちゃんとバッツって言ったぜ?」
「え、そうか? 悪い、聞き間違えた」謝りながらも納得行かない様子のバッツに、ロックはそっぽを向いてバッツに気づかれないように舌を出す。と、その目が苦笑するギルバートと合った。
「イジメじゃないか、それ」
「それこそバカだろ。 “最強の旅人” をイジメるなんて怖ろしいこと出来るかよ―――それよりも、どういうことなんだ? セシルはローザ=ファレルを追いつめたんだろ?」
「うん。で、追いつめられたローザが、セリスに勝負を持ちかけたんだよ。五本の矢を撃って、それが一つでもセシルに当たればローザの勝ち、全て避ければセシルの勝ち。それで負けたら勝った方の言うことをなんでも聞くってルール」ギルバートに説明されて、ロックは首を傾げる。
「なんだそりゃ。そんな行方が分かり切ってる勝負、セシルのヤツは受けたのか?」
「うん。まあ、セシルも最初は渋っていたけど、最後は根負けするような形で」
「ふうん・・・だけど、そんなの勝負するまでもねえだろ。セシルの勝ちじゃねえか」ロックはセシルの勝ちだと断言した。
ローザが弓の名手だと言うことは、ロックも聞いて知っている。だが、どんな弓の名手でも、弓がヘボければ腕前を発揮できない。
遠目だが、ローザが持っている弓がどういう弓かは解る。普通のものに比べて小さすぎる。子供が遊ぶようなおもちゃの弓だ。当たるかどうか以前に、まともに飛ぶかどうかも怪しい。「なに考えてるんだろうねえ、あの美人様はよ」
「あ、そっか。お前ら見たことがないのか」と、不意に声を上げたのはバッツだった。
ロックはそちらを振り返り、「見たことがないって・・・なにが?」
ロックが問い返すと、バッツはニヤリと笑う。
「アイツは俺と同じだぜ」
意味不明な言葉を吐くバッツに、ロックが「は?」と疑問の声を上げた瞬間。
―――おおおおおおおおっ!
静かなどよめきが響き渡った。
なんだ!? と、思って振り返れば、「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・」
セシルが真っ青な顔で荒く息をついている。
対してローザは先程と何ら変わることなく弓をセシルに向けて―――いや。「矢が無い!?」
弓につがえていたはずの矢が無くなっていた。
つまり―――「撃ったのか・・・!? ―――まさか!」
セシルの様子を見て、ロックは愕然とする。ローザの矢が当たってしまったのかと。
「―――いや、紙一重でかわした」
セリスが神妙に呟く。
それを聞いて、ロックはほっと胸を撫で下ろした。「なんだ避けたのかよ。ビックリさせるな―――って、紙一重!?」
ロックが繰り返すと、セリスは答えずに頷く。
よくよく見れば、セリスもわずかに冷や汗を掻いていた。彼女も驚きを隠せていない。「ちょっと待てよ。あんなおもちゃの弓矢を、セシルのヤツはギリギリでかわすのがやっとだったってのか・・・!?」
まともに飛んだだけでも驚きだが、それをあのセシル=ハーヴィが必死になってようやく回避できたというのも信じられない。
「だから言っただろうが」
周囲が驚く中、たった一人だけ平然としている男が居た。
「あいつは月夜で、しかも敵味方入り乱れた混戦の中、魔物の目だけを正確に射抜いたんだぜ?」
「ンな事が・・・」ロックは唖然とする。
弓は一度や二度撃ったことがあるが、真っ直ぐに飛ばすのが精一杯で、動く的になど何回やっても当たるとは思えなかった。
だからこそ解る。今、バッツの言ったことがどれだけ至難の業であるか。「・・・それだけの腕前だったら、納得も出来るな」
セリスも感心したように呟く、が。
「違うってばよ。腕前とかそう言うんじゃねえんだ」
バッツが否定する。
それを聞いて、ロックが困惑したように、「お前、さっきから何を言ってるんだよ? ワケが―――」
わからねえぞ、と言おうとした瞬間。
目の前からバッツの姿が消えた。「つまり、こういうことだって」
え、と思った瞬間、後ろから声。
振り向けば、そこにバッツはいた。―――無拍子。
緻密な体重移動により、予備動作抜きで始動する。
今、バッツは難なくこなして見せたが、体術の究極とも呼べる技でもある。ロックの視界から消えたように見えたのは、あまりにも唐突すぎる動きだったために、ロックの目がついて行けなかったためである。
「・・・間近でみると、本気で見失うな」
話に聞いただけだが、セシルはこのバッツとまともに剣を合わせたという。
どうしたらそんなことが出来るのか、想像もつかない。「で、なにがそういうことなんだ?」
「今の、別に俺はどうやるか考えて遣ったワケじゃない」
「?」
「やろうと思えば出来るんだよ」
「はあ?」やっぱり解らない。
理解できないロックの様子に、バッツは「だからな?」と前置いて、「どうしてこんなことが出来るのか俺にはわかんねえよ。どういう理屈で自分が動いているのか解らない―――ただ、親父がそうやって動いてるのを見て、真似してやろうと思ったらできた。それだけだ」
「全然解らん」
「天才っつー意味だ」
「自慢なのか?」
「だーかーらー!」上手く意思疎通できず、バッツは苛立つ。ロックも困惑するばかりで訳が解らない。
「―――天賦の才」
不意に、セリスが呟いた。
「つまり、腕前だとか技量だとか関係なく、そういう能力という意味か・・・?」
「そういう能力って?」
「バッツに関して言うならば、こいつは “無拍子” という体術を使っているわけではなく、予備動作抜きで動くことの出来る能力を持って生まれたというだけのこと。そしてローザは―――」こくり、とセリスは小さく息を呑んで続ける。
「撃った矢を絶対に命中させる能力―――いや、絶対に命中する矢を撃つ能力を持って生まれた・・・・・・ “絶対必中” の能力を」
「そうそれ! 俺もそれが言いたかったんだよ」セリスが言うと、バッツが大きく頷いた。
「なんだそりゃ!? 魔法じゃあるまいし―――」
「魔法みたいなものだ。できない人間から見ればな・・・しかし、当人からしてみればそれは息を吸ってはくのと同じくらい自然出来る、当たり前のことに過ぎない」と、セリスはバッツを見る。
バッツの “無拍子” も同じだ。出来ない人間から見れば、普通ではない体技だが、バッツ自身はなんでもない普通の事なのだろう。そのことに、ギルバートがハッとしたように呟く。
「ちょっと待って。本当にローザの能力が “絶対必中” だっていうのなら、この勝負―――」
セシルが負ける―――
誰もがあり得ないと思った結末の予感に、ロック達はセシルを見る。と、セシルは僅かに腰を落とし、右手を左の腰に添えるところだった。
そして、呼ぶ。「在れ―――」
その言葉と共に。
セシルの腰に、真黒の暗黒剣が出現した―――