第16章「一ヶ月」
AF.「君が好きだと叫びたい!(28)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・西区

 

「さっそく行くぜッ―――」

 

 ミラージュダイブ

 

 ロックの姿、その輪郭が無数にぶれる。
 まるで重なっていたカードがバラけるように、ロックの姿が分身して、十数人もののロック=コールが出現する。

 だが、セリスは知っていた。
 それはたった一つを除けば、全て単なる幻影だと。

「それは見せてもらったッ」
「見たからって、見切れるかよッ!」

 何人もののロックがセリスに向かって殺到する。
 皆、手にはナイフを握りしめ、それでセリスに襲いかかる―――が。

「―――見切ったさ」

 何人もののロックが飛びかかってくるのを、セリスはことごとく無視する。
 何本ものナイフがセリスに振り下ろされるが、その全てはセリスの身体を傷つけることなくすり抜け、消える。

「―――ちっ」

 ロック達の中で舌打ちが響く。
 と、不意にセリスが動いた。

「そこだッ!」

 刹那、まるで稲妻のような速度で、セリスは迫り来るロック達の内の一人に剣を突き出した。
 それは、一人のロックの肩をかすめ―――

「くっ!?」

 羽織ったジャケットを破られ、肩から血を流し、ロックが呻く。
 途端に周囲で分身していたロックの幻影も全て掻き消えた。

「な、なんでだ・・・!?」

 血で染まる肩を押さえながら、ロックはよろよろと後退する。
 信じられない、とでも言うかのように目を見開いて。

「お、俺の幻影を・・・どうして・・・!?」
「ふん」

 それを見てセリスが酷く冷たい視線で見下す。

「どうして見破られたか解らない―――か?」
「・・・ぐっ」
「簡単な話だ。そんな子供だまし、見破れないのは子供だけだ」

 子供、という言葉に思い浮かぶのは、ロックがその幻影で打ち倒したラグという少女だった。

「ミラージュベストの幻影は完璧なはずだ! 見破れるはずがねえっ!」

 言うなり、再びミラージュベストを発動させる。

 

 ミラージュダイブ

 

 またもやロックが無数に分身し、セリスに襲いかかる。
 だが、それに対して、セリスは剣を構えることすらせずに、平然と立っている。

「完璧? どこがだ」

 セリスは迫り来る幻影を見やり、蔑むような声音で言う。

「まず一つ、この幻影には “影” がない」

 セリスの言うとおり、分身したロック達の足下には影がなかった。
 影のない幻影達に隠れて見えない、実体のロックに向かって、セリスはさらに続ける。

「そしてもう一つは “音” だ。幻影だから当然だろうが、この幻影達は足音を立てない。だから―――」

 すぽっ、と。
 唐突に、セリスの身体に何かが巻き付いた。

「・・・っ!?」

 次の瞬間、セリスは何かに引っ張られて地面に引き倒されていた。

「なぁっ!?」

 不意打ちで、何が起きたのか解らない。
 立ち上がろうとするが―――両腕が抑えられて身動きが取れない。
 首を巡らせて見れば、ロープがセリスの両腕と身体に巻き付いていた。

「なんだこれは―――」
「いや単なる投げ輪なんだけどな?」

 視界が陰る。
 見上げれば、太陽を背にロックがこちらを見下ろしていた。
 陰ったのは、ロックの影がセリスにかかったからだ―――つまり本物。いつの間にか、幻影は全て消え去っていた。

「―――まあ、単純な罠だよな」

 と、手に持ったロープの端を軽く振って弄ぶ。
 そのロープはセリスの身体を束縛するロープに繋がっていた。

「幻影に隠れて、輪の突いたロープを投げるだけ。簡単簡単」
「ふ・・・ふざけるなあっ!」

 地面に倒れたままセリスが激昂する。

「こんな・・・ガストラの将軍たる私がこんな事で―――」
「はい、ここで問題です」

 にやりとロックは軽い調子で言う。

「ガストラの常勝将軍セリス=シェール殿が、ただのトレジャーハンター・ロック=コール様に負けた原因はなんでしょうか?」
「わ、私はまだ負けたワケでは―――」
「一つは、剣を構えていなかったこと」

 ぴん、とロックは指を一本立てて続ける。

「剣を構える―――つーか、腕を上げてりゃ輪は掛からなかったんだよなあ」

 今、セリスを束縛しているロープは、別にきつく縛られているわけではない。
 輪が上手い具合に両腕を巻き込んで身体にはまって居るだけだ。抜け出そうとすればすぐに抜け出せるだろう。
 そのことに気づいて、セリスはロープを外して身じろぎしようとする。そこへ、ロックは手にしたナイフを、セリスの眼前に突き付けた。思わずセリスは身体の動きを止めて硬直する。

「もう一つは、幻影の欠点をべらべらと喋ったこと―――わざわざ敵に教えてやってどうするんだよ。欠陥が解ったなら、さっさとそこをついて倒せばよかったんだ」

 などということをべらべらと喋るロックに気づかれないように、セリスは小さく魔法の詠唱を始め―――

「んぐっ!?」

 いきなりナイフがセリスの歯と歯の間に差し込まれる。
 がちりと刃と歯が音を立てて、舌の先が冷たいナイフの触感を舐めとる。

 ―――その時になってセリスは気がついた。

 こちらを見下ろすロックの目が笑っては居ないことに。

「最後に俺のことを忘れてたのが致命的だったな。ミストの村でのこと、思い出せるかよ?」

(ミストの村――――――そうか、あの時の!)

 言われて、ようやく思い出す。
 ミストの村で―――この男に殺されかけたことを。

 あの時、ミストが助けてくれなければ、おそらくセリスは今この場にいない。

 そしてもう一つ思い出す。
 ロック=コールの肩書きを。

(反ガストラ組織 “リターナ” の密偵・・・・・・!)

 つまり、ロックにはセリスを殺す理由がある。

「あの時のことを覚えてりゃ、もう少し警戒しただろうによ。―――まあ、俺を舐めてたのが一番の敗因だよな」

 そう言って、彼はケケ、と笑う。
 圧倒的優位の笑い声。

 情けないと、思う。
 ガストラの将軍が、常勝将軍と呼ばれた自分が、異国の地で、戦士でもないトレジャーハンターに殺されるのが。
 涙が出るほど屈辱で、しかし最後の意地で涙をは堪える。

「さて、お別れの時間だ―――死ね」

 最後の一言は酷く無機質だった。
 それを絶望として、セリスは目をきつく閉じて最後の瞬間を覚悟した―――

 

 

******

 

 

「―――なんつって」

 最後の瞬間は訪れなかった。
 口の中に突き入れられていたナイフがひかれる。
 目を開けると、ロックがセリスの身体に巻き付いたロープをナイフで切るところだった。

「じょーだん、冗談。ビビッた?」

 うへへへへ、と下品に笑うロックを、セリスはぽかんと見上げる。
 反応がないセリスに、少し不安になったのか、ロックはセリスに屈み込んで不安そうに問う。

「・・・おい、大丈夫か? ちょっとやりすぎ―――」
「っ!」

 ぱぁん、と快音。
 ロックの頬を、セリスが平手で思い切り打ったのだ。

「ええっと・・・」

 赤く手形のついたほほを抑え、ロックは弱ったような表情を浮かべ、

「あー・・・っと、やっぱ、怒ってる」
「五月蠅い、黙れっ!」
「わ、悪かったって。ホント、俺も少しやりすぎたかなーって思って」
「黙れッ!」

 怒鳴り、セリスは顔を俯かせる。気づかれないように。

 歯を食いしばり瞑る目に力を込める、が。

「くっ・・・ぐっ・・・」

 それでも涙を堪えきれない。

(・・・怖かった)

 本気で死ぬかと思った。殺されるかと思った。それを覚悟した―――覚悟したつもりだった。
 でも覚悟なんて、本当は出来ていなかった。単に諦めていただけだった。
 助かったと思った瞬間、死にたくないと思った。死ななくて良かったと思った。怖かった。怖かった、怖かった、怖かった、本当に怖かった。

 騎士として、ガストラの軍人として、いつでも死ぬ覚悟は出来ていた。
 戦場ではなにが起こるか解らない。例え、 “常勝将軍” の生み出すために作られた戦場だとしても、イレギュラーというのはいくらでも起こる。実際、セリスも死にかけたことは何度かある。

 けれど、それは戦場だからだ。

 こんな異国の地で、こんな戦士でもない男に、こんな意味もなく死ぬのは嫌だった。
 だから、死んでないと理解した瞬間。どうしようもない安堵と、どうしようもない恐怖がこみ上げてきて。

「わっ」

「きゃあああああああああああっ!?」

 いきなり耳元で大きな声が爆発して、セリスは思わず顔を上げて悲鳴を上げた。
 ビックリして瞳を見開き、大声を上げた男―――ロックを振り返る。

「な、な、な・・・?」
「お、ようやく顔を上げたな。心配するじゃんかよ、もしかしたらナイフで舌でも切ったかもって―――」

 言いかけて、ロックは手にしていたナイフを見つめる。
 かなり神妙な表情でナイフを凝視するロックに、セリスは妙に不安になって、

「な、なに・・・? どうかしたの?」
「いや・・・このナイフ―――」

 ロックは真摯な瞳でセリスを顔―――唇を見つめ。

「セリス=シェールの唾液がついたナイフとか言ったら、高く売れるかなーって」
「・・・・・・」
「いや、それよりも商品名:セリスのキッス(はぁと)とか―――」
「よこせっ!」

 セリスがロックに向かって手を伸ばす。
 だがロックは、ぱっとナイフをセリスから遠ざける。

「いや冗談だよ冗談。これはコール家の家宝として永久保存するんだよ」
「ふざけるなああああっ!」
「俺はいたって本気だッ」
「洗え! 今すぐ洗え!」
「誰がそんな勿体ないことするかよ!」

 喚き合いながら、セリスはナイフを奪おうと手を伸ばすが、ロックは巧みにそれをかわす。

「この・・・・・・っ」

 

 アクセラレイター

 

「お?」

 と、ロックが呟いた瞬間、その手の中からナイフが消えていた。

「はあ・・・はあ・・・・・・」

 振り返れば、いつの間にかセリスがロックの背後で立ち上がっていて、ロックのナイフを手にしていた。

「それがアンタの “切り札” ってヤツかよ・・・・・・つーか、ナイフ奪うくらいでそこまでするか」
「ふん・・・これが使えていたら私は負けなかった」
「つーか、負けたから使えたんだろ?」

 ロックも立ち上がり、笑う。
 そんな彼を、セリスは一瞬だけ驚いたような表情で見てから―――笑う。それは、冷笑ではなく、セシルがいつも浮かべる苦笑に近かった。

「負けるわけだ・・・」

 セリスは切り札を使えなかった。
 何故なら、ロックを倒した後、セリスはローザを追うセシル達を追い掛けなければならなかったからだ。
 だから、全ての力を使い果たす “アクセラレイター” を使うわけにはいかなかった。

 そういうことも解った上で、ロックはセリスに “勝てる” と言い切ったのだ。

 しかしセリスは負けた。
 それに、時間も経ちすぎた。今から追っても、間に合わないだろう。

「まさか―――」

 はっとする。
 ロックの言葉の意味を、今こそ理解する。

「お前がその気になれば、セシル=ハーヴィですら倒せると言ったのは・・・」

 セリスの言葉に、ロックはにやりと笑う。

「そうだよ、常勝将軍。アンタと同じだ」

 

 

******

 

 

「しっかし、大丈夫かあ?」

 建物と建物の隙間にできた路地を進みながら、バッツが疑問を呟く。
 今、セシル達は旧街区を歩んでいた。
 早足ではあるが、走ってはいない。代わりに、ローザの進んだ痕跡を見逃さないように、注意深く周囲に気を配っている。

「なにが?」

 問い返したのはセシルだった。

「なにって、あのバンダナ男のことだよ。あいつのこと、よくは知らないけどさ、相手はガストラの将軍だろ?」

 ガストラの将軍、と言ってバッツが思い浮かぶのは、レオ=クリストフという男。
 まさかあの男よりも強いとは思わないが、比肩しうる存在ではあるはずだ。

「ロックは勝てるって言っただろ? なら勝算があるんだろ」
「お。随分と買ってるんだな、あいつを」
「買ってるっていうか・・・・・・」

 セシルは苦笑。

「君や僕と違って、勝てない相手に身を張って立ち向かうような相手じゃないからね、彼は」

 例えば、ロックは二度 “強敵” と遭遇した。

 最強のソルジャー・セフィロス。
 ダークエルフの王・アストス。

 だが、そのどちらも自分から立ち向かおうとはしなかった。

 セフィロスを相手にしたときは、ナイフを構えたまま身動き一つしなかった。
 アストスがダークドラゴンへと変化したとき、ロックは誰かが助けに来てくれることを願った。

 それは、戦士としては情けないことだろう。
 けれどロック=コールは戦士ではない。
 そして自分の力量を知り、相手の力を計れる人間だ。だから、自分にとってできることと出来ないことを理解できる。

 セシルが知る限り、ロックが自分から戦おうとしたのはたった一度だけ。
 メーガス三姉妹の末妹、ラグを相手にした時だけだ。
 あの時、ロックは自分から戦うことを選び、そして完勝した。

 勝てると解っているから、戦えば勝てる。
 ただそれだけの話だ。

 正直なところ、セシルに不安が無いと言えば嘘だった。
 単純に戦闘力を比べれば、どうあがいてもロックはセリスに勝てないはずだ。

 けれど、セリスはロックに任せようとしたセシルに、自分のこと “舐めているのか” と言った。
 逆を言えば、セリスはロック=コールのことを舐めているということ。
 ならば、腕利きのトレジャーハンターならば、その隙につけ込んでいくらでも罠を張ることができるだろうとは思った。だから任せた。

「ま、ロックのことよりも今はローザだ」
「でも、旧市街ってのはお前ですら迷うんだろ? 本当にこの道で合ってるのか?」
「合ってるはずだよ―――多分ね」

 そう言いながらセシルは空を見上げる―――と、建物と建物に挟まれた、狭く切り取られた空の向こうから、翼を持つ何かが飛んでくるのが見えた―――

 

 


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