第16章「一ヶ月」
AE.「君が好きだと叫びたい!(27)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・西区
「バッツ!」
セシルとロックが倒れたバッツに駆け寄る。
「来たか・・・セシル」
「セリス・・・」倒れたバッツと、無傷で佇むセリスを見比べて、セシルは困惑を隠せない。
セリスの強さは知っている―――が、それでもバッツより上だとは思えない。それも、バッツがセリスと遭遇してからセシル達が辿り着くまで、それほど時間は掛かっていないはずだ。そんな短時間で、バッツ=クラウザーを倒しきる方法を、セシルは想像すら出来なかった。「どうやってバッツを・・・」
「おい待てよセシル! こいつは・・・!」バッツの傍にしゃがみ込み、様子を伺っていたロックが言う。
なんだ? とバッツを見下ろしてみれば、「くぅ〜・・・くぅ〜・・・んー・・・むにゃむにゃ、りでぃあー・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・寝てる?」
「寝てるな」げし、とセシルはバッツを蹴り飛ばした。
「ぬあっ!? いてえっ!? ・・・・・・あれ、リディアは?」
「なにが起きたと思ったら・・・」いきなり謎が解けて、セシルは苛立つ。
「君、単に眠らされていただけかあああああっ!」
「あー・・・お? おおっ」どうやら状況を思い出したらしく、バッツは頷きながら立ち上がる。
「そうそう、そうだ! こいつと向き合ったら、なんか呟き初めて―――気がついたら寝てたぞ俺」
どうやら状態変化を起こすような魔法を受けたのは初めてだったらしい。
だから、抗することもできずにあっさりと眠ってしまったようだった。「セリス、ローザは?」
ローザの姿が無いことに気がつき、セシルが問う。
「セシル王! ローザ=ファレルは旧街区へ!」
暗黒騎士の一人が、セリスの背後にある路地を指し示して答えた。
セリスは頷いて。「そういうことだ・・・ここを通りたければ、私を倒していくことだな」
「・・・僕ら相手に勝てると思っているのか?」人数でも圧倒的に差がある上に、ゾットの塔では互角だったセシルが相手だ。バッツだって、同じ手は通用しないだろう。
それを解っていて、セリスは不敵に微笑む。「時間稼ぎにはなる」
「・・・どうしてそこまでローザを・・・?」
「知るか」ぶっきらぼうな返事だが、間違いなくそれはセリスの本心だった。
なんでここまでローザのために尽くしているのか、自分でも理解できない。親友―――なんて言葉が頭に浮かんだが、即座に打ち消す。
ただひとつ、解っていることは―――(ま、こういうのも悪くはないと思う)
口元を僅かにゆるめて、思う。
「・・・君が立ちはだかるというのなら、遠慮無く打ち破らせてもらう」
と、セシルはデスブリンガーを手の中に召喚する。
それを見て、ロックが声を上げた。「待てよ、セシル」
「ロック?」
「ここは俺に任せて、お前らは先にいっちまえ」
「任せるって・・・・・・セリスを?」セシルが尋ね返すと、ロックは頷く。
お前 ”ら” とロックは言った。
それはつまり―――「一人でセリスと戦うつもりか?」
「当然」
「・・・勝てるとでも?」
「でなきゃこんなこといわねえよ」にやり、と笑ってロックは続ける。
「てめえが言ったんだろ? 俺がその気になれば、お前にだって勝てるってな」
「言ったね。確かに」苦笑して、セシルはセリスの方に向き直る。
「なら任せようか」
「なにを―――」セリスが苛立ちの声を上げる。
まさか本気で自分の相手を、あのお調子者の自称トレジャーハンターとやらに任せるつもりなのか。
だとしたら―――「舐めているのか、私を」
「なるほど」苛立つセリスの様子を見て、何か得心がいったようで、セシルは頷いた。
「なにが “なるほど” ―――」
「じゃあ任せた――――――よっ!」
デスブリンガー
唐突にセシルは剣の切っ先をセリスに向けて、ダークフォースを放つ。
それと同時に、セリスに向かってダッシュ!「セシル王! ダークフォースは通じませぬ!」
ウィーダスが叫ぶが―――遅い。
魔封剣
先程と同じく、セリスが突剣を向い来るダークフォースへと突き入れると、それを吸収する。
ウィーダスと違い、セシルは構わずに突っ込んでくるが―――(だが遅い!)
セリスは受け止めたダークフォースを、そのままセシルへと返す―――その瞬間。
セシルの口元が笑みの形に歪む。
それを見て、彼女は己の失策に気がついた。「しまった!?」
脳裏に浮かんだのはゾットの塔の戦い。
あの時もセシルにダークフォースを跳ね返して―――しかしセシルには全く通用していなかった。
そのことに気がついたが、もう遅い。ダークフォースはセシルに命中し―――しかし、それに構わずセシルがセリスに迫る!「おおおおおっ!」
「くっ―――」剣を振り上げるセシルに対して、セリスは迎撃の体勢が整っていない。
いつもの癖で、剣を横にして盾として受けようとするが―――(突剣では―――っ)
刃の細い突剣では、渾身の一撃を受け止めるのも受け流すのも不十分だ。
やられる―――と、覚悟を決める、が。「―――!?」
振り下ろされた剣は、セリスには当たらなかった。
セシルがデスブリンガーを振り下ろした瞬間、剣が消失したのだ。「えっ・・・!?」
戸惑うセリスの横を、セシルはすり抜けるようにして通り過ぎる。
「ウィーダス!」
セシルが暗黒騎士団の長の名を叫ぶ。
その意味に気がついて、ウィーダスも部下達に声を張り上げた。「セシル王に続けっ!」
自身も駆けだして、セリスの隣を通りすぎていく。
便乗するように、バッツとボコもその後に続く。「あ・・・くっ、行かせるかっ!」
呆然としていたセリスが我に返り、セシル達を追おうとするが―――その眼前に、バンダナを頭に巻いた青年が唐突に出現する。
「!?」
思わず追撃しようとしていた足を止めると、彼の姿は霞のように掻き消えた。
それは、先日、飛空艇の上でも見た―――(幻影かッ)
「―――俺のことを忘れて貰ったら淋しいねえ」
背後から声。
振り返れば、ただ一人その場にロックが残っていた。「・・・いやあしかし、そういうことかよあの外道」
納得したようにロックが呟く。
「倒されると解っていて、じゃなくて、倒されるためにってのはそう言う意味か」
セシルがウィーダスたちをセリスにぶつけた理由。
それは、セリスにダークフォースを跳ね返させるためだった。如何にガストラの将軍であろうとも、バロンの精鋭である暗黒騎士を相手に勝利することは容易いことではない。
それも、数が多ければ尚更だ。
だからこそ挑発して、ダークフォースを使わせた。ダークフォースは暗黒騎士が持つ最強の力だ。
逆に言えば、その最強の力を無効化すれば、なにも打つ手が無くなる―――そう、錯覚させるために。
実際、もしもウィーダスがダークフォースを使わずにまともに剣で戦えば、それなりに良い勝負になったはずだった。だが、ダークフォースを返されたことで、戦意を喪失してしまったために、そこで決着がついてしまった。それは他の暗黒騎士達も同様だ。セシルはそこまで読んでいて―――なおかつ、それを利用した。
セリスにダークフォースを跳ね返す、という行動を植え付けたのだ。
普段の彼女ならば、ゾットの塔のことを思いだし、セシルにダークフォースは通用しないと気づいたかもしれない。
だが、ダークフォースは跳ね返せば良い、と身体が認識してしまったために、反射的に跳ね返して―――それが隙となった。ちなみに、セシルにはダークフォースそのものが通用しないが、ウィーダスが放った髑髏の剣のダークフォースもウィーダス自身には通用しない。何故なら髑髏の剣に秘められた “無念” の力を制御し、支配しているからこそダークフォースを放てるからであり、自分が支配している力を受けてもどうということはない。彼がよろめいたのは、単に驚いたせいだった。
なんにせよ、セシルは “セリスに一瞬の隙を作るため” だけに、ウィーダスに敗北させたのだ。
「やっぱ、あいつとはなにがあっても戦う気にはなれねえな」
「なにをぶつぶつ言っている?」突剣の先をロックに向けて、セリスが苛立たしく叫んだ。
「私は貴様に構ってる暇など無い―――やる気がないのなら行かせて貰うぞ」
そう言って、後ろを振り向こうとして―――その眼前に、銀色の影が通り過ぎた。
びくり、と身体を強ばらす。ややあって、影が通り過ぎ去った向こうでジャリン、と硬いモノが地面に落下する音が響く。
ロックを振り返れば、ちょうど懐からナイフを取り出すところだった。どうやら今のは彼がナイフをなげたらしい。「負けるからって逃げるなよ、常勝将軍」
「―――誰がッ」安っぽい挑発だと言うことは理解していた―――それでも挑発に乗ってしまう。
その事にセリス自身驚く。自分の感情を抑えられないくらい、その皮肉は耐え難いものだった。「―――いいだろう」
セリスは剣を構え直すと、その切っ先をロックへと向ける。
「相手をしてやる―――が、ただで済むと思うなよ!」
「駄目だぜ将軍。そんな頭に血が昇っていると―――」セリスの怒りを前にしても、ロックはにやりと笑って受け流す。
彼は手にしたナイフを弄びながら、言う。「―――罠にハマって終わりだぜ?」