第16章「一ヶ月」
AD.「君が好きだと叫びたい!(26)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・西区
「なんだと―――」
ウィーダスの背後に控えている暗黒騎士達が、セリスの挑発に憤る。
だが、ウィーダスは特に感情を荒げることなくセリスを見つめ返し。「―――ゾットの塔とやらでの話は聞いている。一対一でセシル王に勝ったそうだな」
ウィーダスの言葉に、ざわめいた騎士達が押し黙る。
同じ力を使うからこそ、セシルの力の強さをはっきりと認識している。
そもそも、100人からなる暗黒騎士達が束になって放ったダークフォースが通じなかったのだ。セシル=ハーヴィの名前は彼らにとって、そのまま畏怖の対象となる。この場に暗黒騎士が十数人しかいないのも、なにも手分けしているわけではなく、今稼働できる暗黒騎士がこれだけしかいないのだ。大半の暗黒騎士は、未だセシルのダークフォースに怯え、まともに暗黒剣に触れることすら敵わない。「あれは・・・・・・」
ウィーダスに言われ、セリスは逆に口ごもる。
確かにセシルに勝ったとは言え、素直に勝利したと喜べる戦いでもなかった。
人質が居て対等では無かった―――という理由ではなく、単に勝利できたのが。(・・・こいつのお陰だったから・・・)
と、ローザをちらりと振り返る。視線を向けられたローザは、その行為の意味が解らずに目をぱちくりと瞬かせた。
「セシル王の強さは知っている―――その王に勝利した貴公が我らを見下すのも当然であるといえよう」
だが、とウィーダスは剣を握る手に力を込める。
「我らにもプライドというものがある。そこまで言われたからには、こちらも退くわけには行かぬ!」
「来るか・・・」セリスも剣を構え、ウィーダス達暗黒騎士を油断なく見ます。
「勘違いされるな」
セリスの反応を見て、ウィーダスは低い声音で呟いた。
「相手をするのは我一人」
「私としては、全員でかかってきても構わないのだがな」嘘だった。
いつも使っている剣ならばともかく、慣れない突剣ではかなりの不安がある。
しかし、だからこそハッタリでもなんでも、相手の優位に立っておく必要があった。そのことを知ってか知らずか、ウィーダスはセリスの挑発を無視して、
「受けて貰うぞ我のダークフォースを!」
髑髏の剣
手にした骨の柄から黒い気が吹き上がり、それは剣全身を覆う!
「ぬおおおおおおおっ!」
振り上げた剣を、セリスに向かって振り下ろす。
セリスとウィーダスの間合いは広く、剣を振っても届く位置にはない―――が。
振り下ろした刃から、斬撃が黒い三日月の形となって、セリスに向かって放たれる! 骨に刻み込まれた “無念” を力の源とするダークフォースだ。その黒い力から放たれる威圧感は、一般人ならば感じるだけで負の感情に呑み込まれる。破壊力で言うならば、レオ=クリストフの “ショック!” よりも上だろう。もしもセリスが、その力を初めて目の当たりにしたならば―――あるいは、セシルの扱うダークフォースに直に触れていなければ、それなりの反応を表しただろう―――が。
しかしセリスは知っている。
もっと怖ろしい “恐怖” を感じ取ったことがある。だから、迫り来るダークフォースにも動じずに、冷笑を浮かべて呟く。
「受けて見せよう。そして知るが良い・・・ “ガストラの将軍” ―――その名の威を!」
言葉と同時、眼前に迫ったダークフォースに、セリスは突剣を突き出した―――
******
「!」
不意に、歩いていたセシルが足を止めた。
「どした、セシル?」
吊られたように他の面々も足を止め、ボコの上からバッツが振り返る。
セシルは、少し困ったように眉根を寄せて、「・・・どうやらウィーダスがセリスと接触したようだ」
「ウィーダス?」
「確か、暗黒騎士団の長だったっけか?」バッツが首をかしげ、ロックがうろ覚えに答える。
セシルが頷くと、バッツが疑問の声を上げた。「・・・って、なんでそんなこと解るんだよ?」
バッツがきょろきょろと辺りを見回す。その下でボコも同じように首を巡らせるが、見えるのは街並みの風景だけで、セリスや暗黒騎士の姿は何処にも見えない。
「・・・黒い力が・・・向こうの方で・・・」
ぽつりぽつりと、小さな声が空から降ってきた。
見上げれば、黒チョコボのチョコに乗ったファスが、不安そうな眼差しで北―――今、セシル達が向かっている方向を見つめている。 “運命” を “視て” 居るのか、それとも、それ以外の力の流れも在る程度は感じられるのか、ともあれファスもセシルと同じモノを感じ取ったようだった。「ダークフォースの力だ」
「だから暗黒騎士―――てのは解るけどよ、でも相手がセリスとは・・・」
「断言しても良いけど、今この時に暗黒騎士団がダークフォースを放つような相手は、セリスだけだよ」
「でも、ダークフォースつったらあれだろ? バロンでも最強の力の一つで―――軽々しくブッ放してよいもんじゃ・・・」軽々しく放つモノじゃない―――と言いかけて、ロックは口を閉じた。
その力を、さっきブッ放した男が目の前にいる。もっとも、セシルの場合、ダークフォースを完全に制御できているから、かなりお手軽に発動したりするのだが。
しかし、追い掛けている相手とはいえ、女性や外国からのゲストに放つような力ではないことは確かだ。暗黒騎士団の長たる者が、それをわきまえていないはずはないのだが。「セリスが挑発したんだろうさ」
「なんでわざわざ」
「僕がセリスだったらそうする―――それが一番勝算がある」
「相手に必殺の力を使わせることがか?」バッツが疑問を繰り返すと、ロックが「そうか」と呟いた。
「必殺の・・・最強の力だからか」
「はあ? だからなんでだよ」
「ちったあ自分の脳味噌使えや馬鹿たれ」
「馬鹿っていうなああああああっ!」
「それよりもバッツ。予定が狂った」
「予定?」
「本当は、セリスがウィーダスたちを退けるまでには追いつける予定だったんだけど、このままじゃ間に合わない!」
「って、暗黒騎士団と遭遇するのも予定のウチかよ」驚いた声を上げるロックに、セシルは苦笑を返す。
「完全に予定通りには行かなかったけどね―――ともかくバッツ」
「先に行けってことだろ?」
「そう―――僕もすぐに追いつくから」
「オーケイ! じゃ、先に行ってるぜッ」
「クエーーーーーッ」ボコが鳴き声を上げると、猛烈な勢いで走り去る。
「あ・・・私も!」
ファス・・・チョコもその後を追い掛ける。
ボコよりも速度は出ないが、それでも障害物のない空を飛んでいる分、真っ直ぐに進みそれほど離れることなくボコを追い掛ける。「さて、僕らも急ごうか」
二匹のチョコボとその騎手を見送って、セシルも小走りに駆ける。
ふと、ロックが、「・・・けど、お前も酷いヤツだな」
「なにが?」
「負けると解っていて、セリスに暗黒騎士団をぶつけたんだろ?」そう言って嫌味な笑みを浮かべるロックに、セシルは悪戯っぽく笑みを作って首を振る。
「少し違うよ」
「へ?」
「負けてもらうためにぶつけたんだよ」
「はぁ?」今度こそ意味が解らずに、ロックは困惑の声を上げた―――
******
魔封剣
剣を闇の斬撃に突き入れた瞬間、色の付いた水を紙が吸い取るように、ダークフォースは突剣に吸収された。
「な―――我のダークフォースが!?」
「フッ・・・私はセシル=ハーヴィのダークフォースすら受け止めたのだぞ―――そら、返す!」
「!?」髑髏の剣から放たれた “無念” のダークフォースが、逆にウィーダスに返される。
ダークフォースはウィーダスに直撃し、彼は少しよろめいた後、後ろに倒れ―――かけた所を、部下に支えられる。「ウィーダス様っ!?」
「ば・・・かな・・・・・・」自分のダークフォースがそのまま返された。
その結果に、否が応でもあの時のことを思い起こされる。
セシルが、暗黒騎士団のダークフォースを跳ね返したときのことを―――「言っただろう?」
フン、とセリスは文字通りウィーダスを見下して告げる。
「お前達ごときでは、私を倒せないと」
「おのれっ・・・」ウィーダスの部下達がいきり立つが、セリスに一睨みされると、「くっ・・・」と悔しそうに唇を噛んで視線を反らす。実力差ははっきりしていた。暗黒騎士団最強の髑髏の剣、その使い手であるウィーダスが放ったダークフォースをあっさりと返されてしまった。ならば、それよりもランクが下がるダークフォースでは逆立ちしても通用しないだろう。
「フッ・・・意気地のない」
「まあ、セリスったらいじめっ子」
「うるさいな。仕方ないでしょう」ローザの茶々に、セリスはやや不機嫌そうに返す。
「それよりもさっさと逃げるわよ。今のダークフォースで、確実にセシルに気がつかれたはず―――」
「ちょおおっと待ったああっ!」ドドドドドドドッ、と通りの向こうから砂煙が上がる。
砂煙の中央では、黄色っぽい影が、こちらに向かって猛進してくるのが見えた。「あれは―――!」
「追いついたぜっ!」
「バッツ=クラウザー!」暗黒騎士の誰かが叫んだその時、チョコボは暗黒騎士達の前で急停止。
バッツはボコの背から飛び降りて、「そう、俺はバッツ=クラウザー! ただの―――」
「馬鹿の旅人!」
「ただの旅人だああああっ!」スパーン! と、馬鹿発言をした近くの暗黒騎士の頭をハリセンで叩く。
「俺が来たからにはここまでだぜ!」
「ちっ・・・」セリスは舌打ちする。
バッツとは共に行動したこともなければ、実際に戦ったこともない。というかそもそも遭遇していなかった。
だが、その強さは話に聞いている。特に、レオ=クリストフを倒したという話は、本人から聞かされても信じられないほどに衝撃だった。セリスにとって、レオは紛れもなく最強の存在だったからだ。自分にとっての “最強” を下した男が目の前にいる。
どうしても緊張し、身体が強ばるのを止められない。だが、そんなセリスには構わず、バッツはやたらフレンドリーにローザに向かって声を掛けた。
「いよう。ファブール以来だったよな?」
「ええ、久しぶりね。ええと・・・お兄ちゃん」
「・・・なんだそれ」
「いえ、つい・・・なんか、リディアと兄妹ごっこしていた事しか思い出せなくて」
「それなら良し」いいのか?
と、ローザとバッツ以外の全員がそう思った。「いや、だが俺の事を “お兄ちゃん” と呼ぶなら、もうちょっとリディア声で頼む」
どんな声だよ!?
と、ローザとバッツ以外の全員がそう思った。「ええと、こんな感じかしら―――お兄ちゃん♪」
「ああ、ちょっと惜しいな。もうちょっと明るく強めに―――そうだな、お兄ちゃんの “ちゃ” の部分にアクセントを置いてみようか」
「なるほど、こんな感じかしら――――――お兄ちゃん♪」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ! かなり良し! じゃあ、これからは俺のことはそれで」
「解ったわ、お兄ちゃん」
「って、いつまで続ける気だ!?」いきなり展開された似非兄妹ワールド(Inバッツ&ローザ)に呆気にとられていたセリスが、ようやくツッコミを入れた。
「たった今終わったところだぜ」
「ああそうかそうかそれは良かった・・・それで、何の用だ? 最強の旅人」
「最強じゃなくてただの旅人だっつーの。だいたい、旅人が最強でどうするんだよ」
「・・・・・・ローザ、先に行け」
「えっ?」ぶつぶつと訂正を入れるバッツを無視して、セリスが言う。
「ここでまごまごしていたら、セシル達に追いつかれる―――ここは私が食い止めるから、早く!」
「え、ええ・・・でも―――」大丈夫? とローザが視線を投げかける。
バッツの強さはローザも知っている。・・・嫉妬してしまうほどに。(・・・セシルが、カイン=ハイウィンド以外に “認めた” 旅人の青年)
ローザが動けずにいると、セリスは柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だから・・・私を信じろ」
言われて、ローザは頷いた。
「そうね、貴女も同じだから」
「え?」きょとんとするセリスには答えず、ローザは身を翻す。
(セリスも、セシルが “認めた” 一人だから)
建物と建物の間の路地に入り込み、北へ―――旧街区へと駆け出しながら、ローザは少しだけ心に痛みを感じた。
(カインも、バッツも、セリスも・・・セシル=ハーヴィは認めた。それなら私は・・・? セシルは私のことを―――)
それはゾットの塔でも知りたかった疑問。
その疑問を確かめるために、ローザはセシルを傷つけてしまった。(駄目よ、ローザ)
疑問を考えないように心の底へと押し込める。
それを求めないために、自分はセシルから逃げているのだから―――
******
「見えた!」
僅かに息を切らせ、セシルは西街区のメインストリートに辿り着く。
通りの向こうではちょっとした騒ぎになっていて、暗黒騎士の一団を、通行人が遠巻きに眺めている。とはいえ、暗黒騎士の威圧感のせいか、見物人はまばらであり、その様子は外からでもうかがうことができた。
その暗黒騎士の中に、金髪の女性―――セリスの姿も見える。そして―――「バッツ!?」
その時、セシルは思わず立ち止まり、息を止めてしまうほどに驚愕した。
セシルと死闘を繰り広げ、 “最強” の一人であるレオ=クリストフをも突破したバッツ=クラウザー。「なんだ・・・? あいつ、倒れてるぞ!」
ロックの言うとおり。
剣を構えるセリスの前で。
茶髪の旅人が、相棒の黄色いチョコボと共に、地面に倒れていた―――