第16章「一ヶ月」
AC.「君が好きだと叫びたい!(25)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・西区

 

「・・・ちょっと予定が狂ったな」

 街中を歩きながら、セシルがぽつりと呟いた。
 「予定?」とロックが問うと、セシルは嘆息を一つ返して。

「ロイドが裏切る―――というかローザの味方をするのは予想していたけど、まさかカーライルまで出てくるとは思わなかった」
「てかなんなんだアイツ。竜騎士だってのは見て解ったけどよ」
「―――カーライル=ネヴァン。僕にとってのロイドのような存在で、カインの副官だよ」
「副官だからって・・・カイン=ハイウィンドFC―――まさか、そっちの趣味の人間か!?」

 心底気持ち悪そうにロックが「うげえ」と舌を出す。
 セシルは苦笑して、

「ローザもそうだけど、カインって男女構わずに人気があるんだよ」
「そうなのか?」

 不思議そうにバッツが首を傾げる。
 槍さばきは天下一品で竜騎士団の長という肩書きがある。なおかつルックスも上等でと来れば、黄色い声を上げる女性は後を絶たないだろうが。それが男となれば、それこそ “そっちの趣味” かと疑いたくなる。

 そんなバッツやロックの疑問を感じ取ったのか、セシルは少し言葉を考えて、

「・・・解りやすく言えば “憧れ” かな。カイン=ハイウィンドのように強くなりたいって言う・・・」
「だったらお前はどうなんだよ? セシル=ハーヴィだって強いだろ」

 バッツに言い返されて、セシルはさらに苦笑。
 カインに及ばないまでも、バロン最強の一人という自負は確かにある。
 しかし。

「つまり、カイン=ハイウィンドになりたい人間は居ても、セシル=ハーヴィになりたい人間は居ないって事だよ」
「ああ、なるほど」
「・・・そこで素直に納得されると少し切ないなあ」

 肩を落としてみせると、ロックが「くっく」と押し殺すように笑い、

「当たり前だ。誰かセシル=ハーヴィになりたいかよ。お前みたいな生き方をするって想像するだけでしんどいぜ」
「俺はセシルってよりも、他の誰かになるって想像するだけでしんどいけどな。俺は俺でしかないんだし」

 そう言って、バッツは「なあ、ボコ?」と自分の相棒に呼びかける。
 それに同意するように、チョコボ「クエー」と鳴き声を返した。

「解るような解んねえような」

 ロックはバンダナの上から頭を掻きながら、ぼんやりと呟く。

「俺はあるけどな。他の誰かになりたいって思ったこと。・・・俺が俺じゃなかったら、トレジャーハンターなんかじゃない俺だったら、もしかしたら・・・」
「なにを後悔してるのか知んないけどな」

 ボコと会話していたバッツが顔を上げてロックの方を見る。

「他の誰かだって色んな事後悔して抱え込んでるんだぜ? 俺だったらイヤだね、別の人生なんて―――今の自分の後悔だって手一杯なのにさ」

 心底しんどそうに大きく息を吐く。
 ムッ、と眉根を寄せてロックが口を大きく開けた、

「だからッ! そういう後悔とか全部やり直して―――」

 言いかけて―――言葉が段々小さくなっていく。
 続けようとしていた言葉を止めて、ロックは頭を横に振った。

「・・・ああ、そうだな。やり直したくてもやり直せるわけじゃない。だったら、別の人生分を想像して悔やむだけ損だよな」

 

 

******

 

「―――さて、結局戻ってきてしまったわけだけど」

 西街区を北と南に二分するように真っ直ぐ貫くメインストリート。
 その北側にある建物の影に潜むようにして、セリスとローザは居た。

 今朝まで商人達でごった返していたストリートは平穏を取り戻し、今では普通に人やチョコボ車が行き交いしている。
 中には兵士達の姿を見かけるが、彼らは “ローザを探す” というよりは単に見回っているだけのようで、物陰に潜んだローザ達には気がつかずに過ぎ去っていく。どうやら彼らはローザを捜索しているわけではなく、単に街の様子を見回る警備の兵士のようだった。

「ロイドの言葉を信じるなら、兵士達は南から押し寄せてくるらしい。なら、このまま北へ逃げるのが普通だけれど・・・」
「問題は何処へ逃げるかよね? 北へ逃げても、城の方へ追いつめられるだけだし」

 セリスの言葉を受けて、ローザもううん、と唸る。
 空を見上げれば、太陽は大分西へと傾いていた。だが空が赤く彩るには、まだ少しだけ間がありそうだった。
 夜になれば、逃げるにも隠れるにも有利になるだろうが、問題はそれまでどうやって逃げるかだ。

「いっそのこと、後ろの方へ逃げ込むのも一つの手よね」

 身を隠している建物の影―――その背後には隣の建物との間にちょっとした道が出来ていた。道の先は薄暗く見通し悪く、何処へ続いているのかは解らないが、その先がなんと呼ばれているのか、ローザは知っていたし、セリスも話には聞いていた。

「旧街区、というヤツ? ・・・でも、貴女でも道が解らないのでしょう?」

 旧街区とやらが、どれだけ混沌としているかセリスは知らないが、想像は出来る。
 ガストラの首都ベクタにも似たような場所が無いわけではない。

 やや不安そうに反論するセリスに、ローザは「セシルもね」と返す。

「セシルは幼い頃に住んでいたけど、それでも旧街区の半分も把握していないはずよ。だからこそ、身を隠すには丁度良いわ」
「裏を返せば、住民すら不案内なほどに迷宮化しているということでしょう? 危険すぎない?」
「セシルもきっとそう考えるはずだわ。なら、その裏をかけるはず―――」
「そこに居るのはまさか―――」

 ローザの言葉に男の声が割り込んだ。
 それはつい先程も耳にした声だ。見れば漆黒の、悪魔を象った鎧に身を包んだ壮年の騎士がこちらを覗き込んでいた。

「あら」

 と、ローザは困ったように愛想笑い。
 セリスも相手の姿を認めて、渋い顔をする。
 さっきも顔を見たし、ファブールの攻城戦では同じゴルベーザ側についていたから覚えてもいる。

「暗黒騎士団の長で、確か名前はウィーダス・・・と言ったか」
「ほう・・・ガストラの常勝将軍殿に名を覚えられているとは光栄ですな」

 まんざらでも無さそうに笑うウィーダスに、セリスも笑みを返して、

「たった一人に壊滅させられた暗黒騎士団の長というものを、忘れることのほうが難しい」
「・・・あれは相手が悪すぎただけだ!」
「たった一人?」

 ローザが首を傾げる。攻城戦では、最初の頃シェルターに押し込められていたため、ローザは戦いの詳細を知らない。
 セリスは冷笑を浮かべ、ローザに説明する。

「あれは見ていて笑えたな。100人からなる暗黒騎士のダークフォースを、たった一人で受け止めた挙句、その反撃を受けて暗黒騎士団は壊滅。その後の戦いにも姿を見せることなかった」

 実際は笑えるような光景ではなかったが。
 たった一人で暗黒騎士団や陸兵団の軍勢を追い散らしたセシルには戦慄を禁じ得なかった。
 もしも同じ事をやれと言われても、出来る自信はセリスにはない。

「えっと、もしかしてセシルのこと?」
「100人分のダークフォースを跳ね返せるような男が他にいるなら教えて欲しいものだが」
「やっぱりセシルの事なのね! もう、セシルったら素敵に無敵なんだから♪」
「素敵で無敵かどうかは知らないけれど、少なくともそこにいる連中よりは強いわね」

 挑発するようにセシルはウィーダスと、その背後に控える十数人の暗黒騎士たちを冷めた目で見やる。
 ダークフォースを制御するために精神の修練を積んだ暗黒騎士は、挑発された程度で怒り狂うことはなかったが、少なくとも気には障ったようだった。
 殺気じみた気迫が放たれるのを、セリスは感じ取る。

「・・・確かにセリス殿の言うとおり、我らではセシル王には及ばぬだろう―――だが」

 す―――っ、とウィーダスは慣れた動作で腰の剣を引き抜く。
 それは、柄が骨でできた暗黒剣だった。柄の先には髑髏の意匠までされている。
 バロン暗黒騎士団に代々伝わる、 “髑髏の剣(どくろのけん)” デスブリンガーには劣るものの、かつてセシルが持っていたシャドーブレイドと同クラスの暗黒剣だ。

「やる気か・・・しかし」

 フッ―――と、セリスは微笑み、慣れない突剣を抜きはなつ。

「貴様ら程度のダークフォースでは、セシルどころか私ですら倒せない」

 

 


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