第16章「一ヶ月」
AB.「君が好きだと叫びたい!(24)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・西区
ざわり・・・
セシルがデスブリンガーを手にした瞬間、取り囲むローザ=ファレル非公式ファンクラブ会員達が動揺する。
ローザ=ファレルのファンである彼らは、彼女が愛するセシル=ハーヴィのことも良く知っている。特に、暗黒騎士としての能力は、バロンの暗黒騎士団長よりも格が上であると。「ダークフォースの前に数の差は関係ない」
人というのは集団となることで強さを得ることができる生物だ。
その反面、集団の規模が多ければ多いほど、一度恐怖や混乱が広まってしまえば収拾は難しい。
良い例がファブールの攻城戦で、セシルはたった一人でバロンの軍勢を追い払った。ファブールの戦いの事は、バロンにも伝えられているのだろう。
だからこそ、セシルがデスブリンガーを手にした瞬間、会員達は畏れ、動揺した。「恐れるな!」
動揺を打ち消さんと、声を張り上げたのはロイドだった。
彼だけは、唯一デスブリンガーを手にしたセシルを前にして、僅かも揺れ動かなかった。
それは、副官としてセシルの最も近い位置に居たために、ダークフォースへの耐性があるということだけではなく、ファンクラブ会長としての矜恃もあるのだろう。「ダークフォースは “恐怖” を根源とする力だ! 恐怖に屈しなければ無意味となるッ!」
セシルとバッツが戦ったとき、セシルのダークフォースをバッツが無効化したように、恐怖に対抗できれば影響を及ばさない。
「いや無理だろ。セシルが剣を手にした時点でビビってる様じゃな」
ロックが周囲を取り囲む面々を見やり言うが、ロイドは構わずに声を張り上げる。
「いいか! お前達は何のためにここにいるッ!? 皆が愛するローザ=ファレルの為だろう! なら、彼女のことを考えろ! 想って想って想いまくれば、それが恐怖に打ち勝つ力となる!」
ロイドの言葉に、周囲の動揺が静まっていく。
その様子に、セシルは苦笑した。「なかなかのリーダーシップだ」
「セシル王・・・貴方の “恐怖” と俺たちの “想い” ―――どちらが勝つか勝負だッ!」
「なら行こうか―――魔剣よ、黒き恐怖を響かせろッ!」ガッ、とセシルが地面に向かって思いっきりデスブリンガーの切っ先を突き刺した!
次の瞬間、剣を中心として、黒い波動が波紋となって放たれる―――
******
―――ロイド=フォレスには勝算があった。
(確かにセシル王のダークフォースは強力だ―――が、だからこそ対抗できる!)
セシルの使うダークフォースには、大別して二つの力がある。
一つは剣に秘められた濃密な “恐怖” を破壊の力として、さらに恐怖も与える力。
もう一つは物理力には変換せずに、恐怖のみを与える力。ダークフォースの元である “恐怖” は、すなわち精神の力。
精神力とは目に見えない力だが、強大すぎる力は、目に見える現象として発現させることが出来る。
それの代表的なものが “魔法” であり、故にダークフォースも魔法の一種と呼べる。そして、精神力を根源とする魔法は、同じ精神の力で対抗することが出来る。
鉄を溶かすほどの魔法の猛炎も、魔法的な抵抗力が高い者に対しては、髪の毛一つ焦がすことが出来ない。(セシル=ハーヴィの本気の一撃に俺達が耐えられるはずはない。でも、だからこそ手加減するはずだ)
戦場では時に冷徹に、容赦の無い判断をするセシルだが、まさかこんな追い掛けっこで人死にを出そうとは考えないだろう。
ならば、セシルは手加減するしかない。
今、ロイド達は数十人で取り囲んでいるが、セシルが本気になれば一撃で殲滅させられるだろう。このバロンにおいて、ダークフォースとは間違いなく単騎最強の力であり、その中でも彼はバロン史上最強の暗黒騎士なのだから。だから手加減しなければ、最悪の被害になる。
そして、加減されたダークフォースならば、(俺達のローザ=ファレルに対する熱い想いで対抗できるッッッッ!!!)
心の中で彼女の微笑み―――主にそれはセシルに向けられるものだが―――を思い浮かべ、ロイドはダークフォースに対抗するために歯を食いしばった。
そのロイドの目の前で、セシルは剣を地面に振り下ろす。
次の瞬間、視界が僅かに暗転したような気がして―――ズン、と下腹になにか重いモノを打ち込まれたような嫌な感覚。ぞわりっ、と全身の毛が泡だって、不快感が足の爪先から頭の天辺まで駆けめぐる。奇妙な嫌悪感はすぐに気分の悪い不安感へと変化し、それはそのまま恐怖と―――(恐怖にッ、呑まれるなッ!)
竦んだ足に力を込め、背筋を無理矢理伸ばして周囲を見れば、ロイドの周りも彼自身と同じように恐怖に打ちのめされていた。
逃げ出す者は居ないが、恐怖に震えて立ちすくむ事しかしかできていない。
唯一平然としているのは、恐怖の渦の中心に居るセシルだけだった。そのすぐ傍に居たロックは青ざめた―――というよりむしろ青白い顔色で腰を抜かし、その場に尻餅をついている。なんとも無様な悪友の姿だったが、ロイドは笑う気にはなれなかった、というより笑う余裕など無かった。
チョコボのボコもその場に蹲って哀れなほど震えている―――本来、チョコボとは臆病な幻獣なのだ。(ま、負けるかっ、う、うおおおおおおおお――――――)
「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
恐怖を吹きとばさんと、顔を上げ、声を張り上げて叫ぶ。
顔を上げた瞬間、空にふよふよ浮いているチョコに乗ったファスと目が合うと、少女はビックリしたように目を開いた。どうやら上空にはダークフォースの影響はないらしい。驚いたまま目を丸くするファスには構わず、ロイドは腹の底から力を込めて、自身の持つ最大声量を解き放つ!
「L!」
一際大きな声で一言叫ぶ。
すると、それに続くようにして別の誰かが叫んだ。「O!」
それを受けてさらに別のファンクラブ会員が―――
「V!」
続けて、今度はロイドを含む、殆どの会員が絶叫する!
『E!』
それは熱烈なラブコール。
彼らが愛するアイドルへの熱い声援だ。『L・O・V・E! L・O・V・E!
ろぉざっ、ろぉざっ、ろーざ・ふぁれるうううううううううううううっ!』
その声援を聞いて、今まで平然としていたセシルが思いっきりズッコケた。
それを見て、ロイドは恐怖が消えていくのを自覚する。
「フッ、どーだ! 俺達の愛がセシル王に打ち勝ったぞおおおおおおおおっ!」
勝利の歓声。
拳を天に突き上げる―――その瞬間。「う・・・」
「ぐう・・・」ばたり、ばたりとロイドの周囲に居た数人がその場に倒れていく。
拳を振り上げたまま、ロイドは何事かと困惑する。「恐怖に負けた―――って言う割には、なんか妙な気が・・・・・・」
「いやまあ、趣味は人それぞれだけどよー」背後から声が聞こえ、反射的に振り向く―――よりも早く、頭の上にゴン、という音と共に衝撃が響く。
脳震盪でも起こしたのか、軽い目眩がして、膝が崩れてその場に倒れ込んだ。「なんつーか、恥ずかしいヤツらだなあ・・・」
倒れたロイドの上で、バッツがエクスカリバーを肩に担ぐように持ち、呆れたような顔で自分が叩きのめしたファンクラブ会員を見やる。
流石にこの短い時間で全員を倒しきることは出来なかったが、半数近くは戦闘不能にできた。残った面々も、いきなり倒れた―――ように見えた同胞に、なにが起きたのか解らずに困惑している。「・・・ていうか、君がリディアリディア騒いでるときとあんまり大差ないよ?」
ローザへのラブコールから立ち直ったセシルが、起き上がり様に苦笑して言う。
「はあ? 俺、こんなにイタくないぜ?」
「・・・・・・まあ、趣味は人それぞれだしねえ」バッツには聞こえないようにぼそりと呟くセシル。
と、そのバッツの下でロイドが呻き声を上げた、「う・・・ぐ・・・お前・・・何時の間に―――」
「お、生きてた」
「死んでたまるかああッ!」ロイドは歯を食いしばって勢いよく立ち上がる。
それを見て、バッツが首を傾げ、「あれぇ、加減を間違えたか?」
「あー、ロイドは弱いけどその分打たれ強いから」
「弱くって悪かったッスね!」頭を強打されてふらつく身体を精神力で支え、ロイドはセシルを軽く一睨みしたあと、バッツに目を向ける。
「みんなお前の仕業かッ!?」
片手を振って、倒れている仲間を指し示しながら叫ぶ。
すると、バッツはあっさりと頷いた。「うん」
「うん、じゃねええっ! 何時の間に!」
「お前らがセシルにビビッてる間に」
「俺達がダークフォースに耐えていた間にって事か―――って、お前、恐怖を感じなかったのか!?」
「全然」
「なにいいいっ!」あまりにも簡素なバッツの答えに、ロイドが納得できないように叫ぶ。
「バッツには僕のダークフォースは通じないからなあ」
「ダ、ダークフォースが通じない!?」セシルとバッツが剣を合わせたとき、ロイドはシドの手伝いをロックと共にしていた。
だから、あの時の戦いを知らない。結果を話として聞いていても、内容まで細かには知らなかった。「へっ。セシルのダークフォースと俺の剣。合わせて名付けて―――」
ストームブリンガー
「―――なんてな」
「バッツ、格好つけるのも良いけどそろそろ行くよ。思ったよりも時間をロスした」
「おう、わかった。―――おらボコ、なにうずくまってるんだよ。気合い入れろって」バッツの声に叱咤されて、恐怖に震えていたボコは、それでもなんとか立ち上がると「クエー」と一声鳴く。本来臆病なチョコボだが、それでも相棒の前で無様な姿は見せ続けられはしないとでも言うかのように、必死で恐怖を追い出したようだった。
「ロックも・・・大丈夫かい?」
「ふっ・・・」尻餅をついていたロックは、涼しげに笑うと素早い身のこなしでその場に立ち上がった。
「俺は最初っから全然平気だぜ! さっきのは演技だ!」
「・・・足、まだ震えてるけど」
「う、うるせえよ! つーか、いきなり傍でダークフォースなんかブッ放すなよッ! モロに影響受けてマジ泣くかと思ったわああああああっ!」とか喚くロックの目の端にちょっとだけ涙。
流石のトレジャーハンターも、至近距離からのダークフォースは少々キツかったらしい。「ま、待て・・・行かせてたまるか・・・!」
ロイドが力無く叫ぶ―――が、最早セシルを押しとどめる力がないのは明白だった。
ダークフォースには耐えたものの、半数はバッツに打ちのめされて、残った会員達も殆ど戦意を失っていた。「行かせて貰うよロイド―――ま、ローザの事は悪いようにはしないから・・・」
「ンなことは知ってます!」
「は?」思わぬロイドの返答に、踏み出しかけていた足が止まる。
ロイドは真剣な眼差しでセシルを見つめ、「本当にローザの事を想うのなら、セシル王に任せるべきだって解っているッス! でも・・・」
「でも?」
「最近、ローザが長い間城にいなかったり、第三勢力が台頭したり、その他色々あってウチの会員減ってるんですよ」
「それで?」
「そんな時に結婚とかされたら、さらに会員が離れていっちゃうじゃないッスか。聞いた話だと、結婚したせいで人気無くなったアイドルはけっこー居るって・・・・・・」
デスブリンガー
「ぎょえええええええええええええええええッ!?」
割と強めのダークフォースの一撃を受けて、木の葉のように吹っ飛ぶロイド。
「・・・君、そんな理由で―――」
「セシル、伏せろッ!」
「!?」セシルがさらに追撃を放とうとした瞬間、ロックの警告が飛ぶ。
困惑しながらも、反射的にセシルはその場にしゃがみ込む―――と、そのすぐ上を黒い影が過ぎ去った。
ファルコンダイブ
「ちっ、避けましたか」
「ちっ・・・って、自分の国の王様にその態度はどうかと思うんだけど」今、急襲してきた黒い鎧を身に着けた竜騎士を見てセシルは苦笑。
彼はにっこりと静かに微笑み、「私が敬意を払うのはカイン=ハイウィンドだけです。例え王だろうと神だろうと、このカーライル=ネヴァンは従う必要を認めません!」
「・・・その割りには結構、置いて行かれるけどな」
「うっ」カインは竜騎士団の長であるが、その割には単独行動が多い。
バロン最強と言われるカインだが、最強故に他人と足並みを揃えることがほとんど無い。彼を御しきれるのは、オーディン王かセシル=ハーヴィくらいで、 “竜騎士団” として作戦に参加するのは “赤い翼” と合同の時のみだけで(しかもその時の指揮はほとんどセシルやロイド任せである)、それ以外では愛竜アベルと共に単騎で行動するのが常だった。一応、ゾットの塔に向かう飛空艇で指揮をとっていたことを見ても解るように、統率することができないわけではなく、ただやらないだけなのだ。
で、その部下であるカーライルを始めとする竜騎士達は、殆ど留守番だったりする。
「た、確かにファブールの時も留守番だったし、その後も・・・」
「あれ? でもバロンに俺達が攻め込んだときに、お前ら居たっけ?」バッツが疑問を問う。
あの時、竜騎士らしい姿を見かけた覚えはなかったが―――「言ったでしょう? 私はカイン隊長以外には従いませんと。バロンが攻められたときは、ずっと詰め所に詰めていましたよ」
「・・・・・・なあ、本当に大丈夫なのか、この国?」バッツがセシルに向かって問うが、セシルはそっぽを向いて答えない―――答えられない。
「で、そのカイン隊長にしか従わないアンタがなんで邪魔をするんだよ」
ロックが皮肉を込めて言うが、カーライルには通じず、
「一応同盟を結んでいますから」
「同盟?」
「ファンクラブ同士のです」
「そのとーり!」ゆらり、とロイドが立ち上がり叫ぶ。
かなり足にきてはいるが、流石はセシルの副官。ダークフォースにはそれなりに耐性があるらしい。「俺達ローザ=ファレルFCとカーライル達、カイン=ハイウィンドFCは同盟関係にあるんだよ!」
「かいんはいうぃんどふぁんくらぶぅ〜!?」
「しかもなんで同盟?」ロックとバッツが疑問の表情を浮かべるとセシルが、
「カインとローザは幼馴染だからね。結構、共通のネタもあったりして、そう言った情報をやりとりしているんだよ」
「・・・おい、セシル、お前またなんか詳しいけど・・・」
「カイン=ハイウィンドFCの名誉会員でもあるんだ。・・・・・・言っておくけど、強制的に入らされて」
「そんなことはどうでもいいでしょう?」カーライルが黒塗りの槍をセシルに向かって突き付ける。
「とにかく、私達が来た以上は、ここから先は進ませない!」
「・・・私達?」
「上をご覧下さい」言われて見上げてみれば、周囲の建物の上に十数人の竜騎士の姿が。
「フッ・・・竜騎士団の殆どはカイン=ハイウィンドFCの会員です。その戦闘力は、あらゆるファンクラブを凌駕します!」
「・・・戦闘力の高いファンクラブって・・・」
「って、ヤバいぜセシル。竜騎士団って言えば、昔はバロンのナンバー1だったんだろ? そんな連中相手に・・・」危機感を感じているのか、ロックが油断なく周囲を見回しながら言う。
セシルも困ったように苦笑して、「確かに、竜騎士を相手にするのは厄介だね」
そう言ってから、カーライルに向かって、
「ところで、ついさっき聞いた話なんだけど。アイドルとかって結婚すると人気が下がるらしいね」
「はい? それがどうしました?」
「・・・例えば僕とローザが結婚したりしたら、ローザ=ファレルFCの会員も減って、そうすると別のファンクラブの勢力が増すんじゃないかなーって」
「・・・・・・」
「お、おい、カーライル・・・?」嫌な予感がして、ロイドは同盟相手に呼びかける。
すると相手はしばし考え込んだ後―――セシルに向けていた槍をロイドに向け直した。「すみませんロイド。私達の栄光のために―――死んでください」
「ちょっと待てえええええええ」
「待ちませーーーん! あ、セシル王。今のうちにお先へどうぞ。そして頑張ってローザさんをゲットしてくださいね」などと爽やかにいいつつ、黒い竜騎士はロイドを追いかけ回す。
他の竜騎士達も、逃げまどうローザ=ファレルFCの会員達を追いかけ回して、「なあ・・・本当にこの国―――」
バッツの疑問を、頑なに無視して、セシルはローザを追い掛けた―――