第16章「一ヶ月」
AA.「君が好きだと叫びたい!(23)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・西区
ローザ=ファレル非公式ファンクラブとわッ!?
三年ほど前に、ロイドがまだバロンの国立大学に在籍していた時に、彼が作り上げた団体。
当初は五人にも満たない小さな団体だった。
ローザの美貌は彼女が大学に入る前から噂になっていたが、大学に通うのは、その殆どが将来を約束されている身分の高い貴族の子供達ばかりで、下級貴族であったローザは周囲から浮いていた(本人は気にしていなかったが)。そのため、身分を第一と考える貴族のご子息達は、ローザの外観に目を奪われる者は少なくなかったが、堂々と付き合おうとする人間は限りなく少なかった。
だから、ファンクラブも設立当初は周囲から浮いていたのだが。
しかし、ロイドが巧みに少しずつ少しずつローザの持つ魅力を余すところなく周囲に伝えていったために、徐々に会員数は増えていった。ロイドの家が、かなり位の高い貴族だったことも後押ししたのかもしれない。設立から1年と経たないうちに、大学に通う生徒達の5人に1人はファンクラブ会員であるという偉業を成し遂げた。
それだけではなく、たまたま講師として大学の教壇に立ったとある近衛兵長をも巻き込み、洗脳―――もとい、事あるごとにローザの事を吹き込み、副会長に仕立て上げた。
城へのパイプを作ったロイドは、大学だけではなく、城の中にまでファンクラブ勢力を広げることにした―――が。
「私が好きなのは “こんなの” じゃなくてもっと素敵な人よ!」
活動のせいか、当時ロイドがローザと付き合っているという噂が流れた。
ファンクラブの事は表に出なかったが、逆に出なかったせいで、 “フォレス家とファレル家、身分違いの恋” などと噂は際限なく盛り上がり、ついには大学内で新聞を発行している新聞部が動きだし、本人達に直撃インタビュー。で、ローザが回答した答えが上の台詞。はっきりきっぱりと “こんなの” 扱いされたことにより、ロイドは傷心のまま大学を中退。
そして、 “もっと素敵な人” とやらを打倒するために軍に入隊。その後、色々と紆余曲折あった挙句、ローザと同じくらいに “素敵な人” に心酔してしまったが、それでローザ=ファレルへの愛が失ったわけではなく、今もなおファンクラブ活動を続けている。ちなみに、ロイドが城へ移ったために、ファンクラブのメインの活動も城内に移った。
しかし、会長を失った大学側のファンクラブは、ローザがあっさりと大学を卒業(異例の最年少記録樹立)したこともあり、徐々に勢力を失って今では自然消滅してしまった。
元々、身分という色眼鏡でしか他人を見ることの出来ない貴族達である。あおり立てる者が居なければ、すぐに鎮火してしまったのも道理と言えば道理だろう―――
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「―――と、まあ、そんなわけで、今はローザ=ファレル非公式ファンクラブは、二大勢力の一つとして兵士達の間で広まっていると」
「・・・ほとんどの兵士がファンクラブに入会している・・・って、大丈夫かこの国?」
「割と不安な気がする」セシルは苦笑。
コケていたロックは立ち上がると、半目でセシルを見やり、「・・・にしても随分と詳しいなお前」
「一応、名誉会員だから」
「・・・・・・王様がファンクラブの名誉会員・・・・・・終わってないか? この国」
「いや勘違いしないでくれよ? 名誉会員って言っても僕は―――」
「おしゃべりはそこまでにして貰いましょうか」セシルの言葉を遮り、挑戦的な言葉を投げつけてきたのはロイドだった。
彼は不退転の覚悟を視線に込め、セシルを睨付ける。「どうしても、ローザを追い掛ける気ッスか?」
「ああ。・・・それを僕が望むから」
「ならば・・・戦うしかないッスね」ロイドが腰の剣を引き抜く。
「って、オイマジかよロイド! お前、本気で・・・」
「ロック―――俺はファンクラブ会長として退くわけにはいかないんだよッ!」
「つーか、お前じゃ時間稼ぎにもならんだろうが!」ロイドはセシルの副官ではあるが、その戦闘力は決して高くない。むしろ並よりも低いと言える。
そんなことは本人も解っているのだろう。ロイドは引きつった笑みを浮かべ、「時間稼ぎはなるさ―――それに、俺一人じゃない」
そう、ロイドが言った瞬間。
建物の影や、道の向こうから幾人ものの兵士達が集まってくる。
その数は十以上、ざっと数えても二十人は居る。
兵士達は皆、武器を抜いてロイドではなく、セシル達の方を凝視している。「・・・まさかこいつら」
「そう! ファンクラブの会員達だッ!」
「げえっ!?」心底イヤそうな顔でロックが周囲を見回す。
「つか数多いって! これじゃ逃げることもできやしねえ」
「別に逃げる必要はないだろ?」慌てるロックにセシルはどうでもいいように答える。
そして、一言呟いた。「在れ」
瞬間、セシルの手の中に漆黒の剣が出現した―――