第16章「一ヶ月」
Z.「君が好きだと叫びたい!(22)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・西区

 

 金の車輪亭の裏口から逃げ出したローザとセリスは街中に配置された兵士達を避けながら逃げていた。兵士の一人や二人、見つかってもどうにかすることは出来る、が、無用に騒ぎを起こして他の兵士達を呼び、果てはセシルを呼び寄せては本末転倒だ。だからセリスは可能な限り兵士を避けて街の西側―――ファレル邸の方へ向かって逃げていた。

 セリス曰く。

「ここは一旦、スタート地点に戻るというのも一つの手よ」

 どうやらセシルは兵士達の他にも仲間達にも協力して貰っているようだ。
 まさかレオ=クリストフまでもこんな鬼ごっこに付き合うとは思えないが、それでもバッツやカイン辺りはセシル側につくに違いない。兵士の人海戦術も厄介だが “最強” クラスの相手のほうがなおさら面倒だ。ならば下手に逃げ回るよりは、どこか安全な場所へ隠れ潜むほうがいい。

「・・・でも、家にも兵士達が行ってるかもしれないわ」

 ローザの意見はもっともだった。
 だが、まさか家の中までは押し入らないだろうし、例え強行しようとしてもあのメイドが許さないだろう。
 周囲を見張るのがせいぜいで、だとすれば魔法一つでどうとでもなる。

 魔法、という単語を聞いて、ローザはとりあえず反論を収める。
 策略においてセシルの唯一とも言える欠点が “魔法” だった。つい最近まで魔法というものを使えなかったセシルはそれに対して酷く疎い。一応、自分なりに本を読んだり人に聞いたりして勉強はしたようだが、それでも伝え聞いた知識というのは、どこかに穴があったり誇張されていたりもする上に、上辺だけでしか理解することは出来ない。

 例えばケアルという回復魔法がある。
 魔法をよく知らない人間に言わせれば、これは “怪我を癒やす便利な魔法” というだけの話だが、実際は怪我では無く生命力―――魔道士達はLP(ライフパワー)と呼んだりもするが―――を回復する魔法である。

 生命力、即ち、生命活動を行う力を瞬間的に増幅させて、活性化させることにより、人間が本来持つ自然治癒能力をも増大させるために、結果として怪我が治る、ということに過ぎない。
 だから尋常でないほどに体力が失われていたり、自然治癒ではまかなえないほどの重傷、或いは欠損(腕が切り落とされたり、身体の一部が失われること)などの場合は意味がない。あくまでも生命力を増幅する魔法であって、無いものを生み出すような魔法ではないからだ。

 で。
 この魔法は見習いの白魔道士でも使えるような、初級魔法ではあるが、そのくせ他人の生命に触れるという魔法でもある。
 とはいえ、他人の生命力に自分の魔力を注ぎ込んで、回復を後押ししてやるだけなのでそれほど難しいわけではないが、この時にいらん気合いを入れすぎて、下手に他人の肉体情報―――例えば、痛覚辺りを刺激して増幅しようものならば、どこぞの暗黒騎士のように回復魔法をかけられて激痛にのたうち回るというハメにもなる。
 そのセシル=ハーヴィは、どうしてそんな目にあったのか理解できなかったため、かつバロンはそれほど魔法が普及していなかったために、長い間魔法とは怖ろしいものだと、ちょっとしたトラウマを抱えこむことになった。

 だから、セシルは魔法がどういうものか知識で知ってはいても、いまいち信用できずに、結局魔法関連では後手に回ることになる。

 セシルの策略が完璧であればあるほど、たった1回でも魔法で張り巡らされた網をくぐり抜けることが出来れば、高く強固に組まれた壁がたった一つのヒビで崩れ去るように、瓦解する。

(・・・完璧、か)

 思考の中で浮かんだ二文字を拾い上げて、声には出さずに呟く。
 実際、セシルの張り巡らした網は完璧とは言い難かった。金の車輪亭でヤン達とニアミスした後、一度も兵士達に発見されていない。もしも見つかったときのために、相手を向こうかする魔法―――睡眠魔法(スリプル)や肢縛魔法(ホールド)等の魔法を、すぐにでも発動できるよう、心の準備は常にしていたのだが、それもことごとく無駄に終わった。

(・・・こうまで上手く行くと、逆に不安を感じるな・・・)

 まるで誘導されているような気がして、気持ちが悪い。
 しかしセリスは知っていた。ゴルベーザとの戦い、野盗退治を含めた周辺の街や村の治安活動のための出兵で、今、バロンの城には兵士が半分程度しかいない。数だけ見れば、ガストラの将軍が二人も居れば攻め落とせる程度の兵力だ―――もっとも、セシルを始めとする強力な存在が居るので、額面通りには行かないだろうが。
 戦力はともあれ、兵士の数が少ないのは確かだ。ならば、包囲網に穴が出来るのも仕方がない―――セリスはそう思うことにして。

「見つけたっ!」
「!?」

 聞き覚えのある声に、セリスはハッとする。
 気がゆるんでいた、と舌打ちして、セリスは慣れない突剣の柄に手をやる。魔法はすぐには唱えられない。だから剣で牽制してその隙に―――そう、戦術立てながら相手を確認する。

 相手は一人だった。
 しかも見知った顔だった。

 セリスがその名前を口にするよりも早く、ローザが彼の名を呼ぶ。

「ロ――――――・・・・・・ええと、なんとかいうセシルの副官だった人!」

 もとい、呼ぼうとしてド忘れしていた様だった。
 呼ばれた男は、半泣き笑いといった表情で「・・・一応、同じ大学で先輩でしかも告ったりもしたんだけどなあ・・・」とか自分にしか聞こえないような小さな声で呟いてから、

「ロイド=フォレスっす・・・あと、一応今でも副官のつもりですがね」

 

 

******

 

 

「マッシュが向こうに着いたのは予想外だったなあ」

 のんびりと呟きながら、セシルはやや早足で歩く。
 その両脇をロックと、ボコに乗ったバッツがはさみ、三人と一匹の上を、ファスがチョコに乗ってふよふよと浮かんでいる。

「予想外、っていうには全然余裕っぽいじゃんか」

 バッツが言うと、セシルは苦笑を一つ返す、

「まぁ、多少予定が早まっただけだしね―――でも、ファスが教えてくれなければちょっと後で苦労したかも。ありがと」

 そう言いながら見上げると、チョコの上からこちらを見下ろしていたファスは、さっとチョコボの影に隠れる。それから、小さく「べつに・・・っ」と言う声が降ってきた。どうやら照れているらしい。

 ちなみに、マッシュがヤンを店の外にけり出したとき、それを丁度ファスは空中から眺めていた。
 その直前に、店の裏口から誰かが南の方へ逃げるようにでていくのも見えたので、何かあったのかとセシルに報告しに飛んでいったというわけだ。

 そのファスの話を聞いて、セシル達はセリス達が逃げ込んだと思われる、街の南側を探し回っているのだが。

「いやしかし良い天気だねえ」

 セシルは軽く一つ欠伸。
 見上げれば、太陽はだいぶ西へと傾いていた。まだ日没まで時間はあるが、残された時間は限られている。
 だというのに、セシルには全く焦った様子はない。

 一応、ロックは周囲の様子を確認して、セリス達の姿はないか探してはいるが、当のセシルにやる気というものが見られない。
 探していると言うよりは、決められた目的地に向かって散歩でもしているようだった。

「いくらなんでものんびりしすぎじゃねえか?」
「ま、行き先は解っているからね」
「へ?」
「多分、セリスはローザの家に戻るつもりだと思うよ」
「なんで言い切れる?」
「他に行くところがないから」

 確かに、セリスはバロンの街に土地勘はない。
 行ける場所は限られているだろうが―――

「待てよ、もしかしたらセリスじゃなくてローザが行き先考えるかもしれないだろ?」
「ローザは口出ししないよ」
「なんでだよ。ローザだったらこの街に詳しいから・・・」
「僕も詳しいんだけどね」
「あ・・・」
「ローザが行くような場所は僕だって知ってる―――だからこそ、ローザは行き先を決められない。セリスに頼るしかない」

 反論らしい反論は思い浮かばなかった。
 完璧でないにしても、セシルの言葉に間違いらしい間違いは見つからない。

 そのことを認めて、ふとロックは疑問に思う。

「解っていたのか? あの店にセリス達が逃げたって」

 ファスから報告を聞いたとき、セシルは特に驚いた様子はなかった。
 まるで聞く前からファスがなにを伝えに来たのか解っていたかのように。

「可能性は低くないとは思っていたよ。あそこから近い場所だし、ローザの馴染みの店でもある」
「つっても、可能性の話だろ? 他の所に行ってたら今の “読み” も狂っていたんじゃないのか? そしたらどうするつもりだったんだよ」

 ロックが問うと、セシルはんー、と惚けたように首を傾げ。

「どうするつもりだったんだろうねえ」
「どうにかしてたんだろ」

 どうでも良さそうに、バッツがボコの上で退屈そうに言う。同意のためか、ボコも「クエ」と短く鳴いた。
 それを聞いて、ロックが呆れたようにバッツを見上げる。

「・・・お前、馬鹿だろ」
「なっ!? 今の俺の何処に馬鹿要素が!? ていうかなんか最近、事あるごとに馬鹿呼ばわりされてる気がするんだが!」
「だって馬鹿だしな。つーか、もう少し疑問をもてよ。考えなきゃ頭ってどんどん悪くなるんだぞ」
「・・・フッ」
「なんだその笑い。格好つけてるつもりか? 敢えて親切心で言ってやるが、全然似合ってないぜ」
「お前、いちいちうるせえなあ・・・」

 不機嫌そうなバッツは、少し苛立った声でロックを見下ろして言う。

「馬鹿って言うヤツも馬鹿なんだぜ」
「・・・子供の口げんかか・・・」
「違うってばよ! ・・・いいか、俺今ものすっげえ頭良いこと言うから黙って聞け」
「その言い方からして馬鹿っぽいよな」
「黙って聞けっつーの!」

 そう言ってコホンと一つ咳払い。

「馬鹿に馬鹿って言うことが馬鹿だって言うんだよ」
「はあ?」
「だから、馬鹿に馬鹿って言っても意味無いだろ? 馬鹿なんだから」
「・・・・・・」
「意味無いことをするヤツは馬鹿ってことだ。つまり、馬鹿に馬鹿というヤツも馬鹿」

 えっへん、と得意げに胸を張るバッツを、ロックはなにか切なそうに―――もそもそと残飯を漁る捨てられた子犬でも見るような目で見上げ、

「ああ・・・本当に馬鹿なんだなあ・・・」
「ふははははははっ! 好きなだけ俺のことを馬鹿と呼べー! それ即ち貴様も馬鹿ー!」
「あのさ、バッツ」

 セシルは笑いを噛み殺しながら、バッツに言う、

「それ、自分を馬鹿だって認めていることに気がついてる?」
「なに言ってるんだよセシル。俺は俺を馬鹿と呼ぶヤツを馬鹿にしているだけで、別に自分を馬鹿だなんて―――」
「だから馬鹿を馬鹿にするヤツも馬鹿って話だよね? 今、ロックが馬鹿にしていたのは、なんて名前の馬鹿なんだい?」

 問われ、数分間黙考。
 しかる後。

「誰が馬鹿だあああああああああああああああああっ!」
「「お前だよ」」

 叫ぶバッツに、セシルとロックの声が綺麗にハモった。

「ううっ、馬鹿じゃない、俺は馬鹿じゃないぞ・・・」
「クエー」
「ボコ・・・そうだよな。俺はそりゃあまり頭は良くないかもしれないけど、ここまで馬鹿馬鹿連呼されるほどでも・・・」
「友達を慰めるのもいいけど、互いにしないと同類視されるよ?」

 何気なくセシルが言うと、ボコは少し声のトーンを落として「クエ・・・」と鳴く。

「って、ボコ!? それはイヤってどういう意味だ!?」
「クエー」
「いや、お前より俺のほうが頭良いって絶対!」
「クエッ、クエッ」
「そ、そりゃあの時、お前が注意してくれなきゃ釣り銭間違えるところだったけど!」
「クエー、クエー」
「し、仕方ないだろ苦手なんだから! つかお前にチェスで負けたからって、それが馬鹿って話でも・・・」
「クエッ♪ クエッ♪」
「アルペド語ってなんだよ!? それが解るチョコボに何の意味があるんだよ!?」
「クエッ? クエー?」
「計算問題って・・・ええと・・・・・・解るかああああ!? なんだよルートって! ジジョーってなんだああっ! わっかんねーよっ!」
「クエ」
「は? 答えは1になる? 適当言ってるんじゃないだろうな? おいセシル、この問題解るか?」
「どんな問題?」
「ええっとだなあ・・・・・・ええっと・・・・・・ほれボコ、今の問題言ってみろ」
「クエッ? クエー?」

 解けるかな? とでも言いたげに鳴くボコに、セシルはにっこりと微笑んで。

「いや、僕はボコの言葉解らないし」
「解れよ!」
「無茶だよ。というか、君が通訳してくれなきゃ」
「ええっと、だから・・・ルートはジジョーで? イコールがエックスでワイも・・・・・・」
「クエー・・・」
「てめ、ボコ! なんだその態度ー!」

 さっきからボコがなにを言っているのかはバッツ以外には解らないが、どうやらバッツをコケにしているのだろうと言うことは解る。
 ぎゃあぎゃあと喚き合うバッツとボコを見て、セシルは哀しそうに目を伏せた。

「ああ・・・美しい友情を一つ壊してしまった」
「顔、ほころんでるぜ?」
「気のせいだよ」

 セシルは満面の笑顔でロックに言う。
 と。

「・・・なに騒いでるんスか」

 4つの建物が作る交差点の真ん中で、一人の男が立っていた。
 それを見てセシルが手を挙げる。

「やあロイド、ローザ達は?」

 セシルが呼びかけると、ロイドは申し訳なさそうに頭を掻いて。

「すいません。遭遇したんですが、逃げられちゃいました」
「まあ、ロイドじゃなあ」
「お、ロック。そりゃどーいう意味だ?」
「そのまんまだ。お前がガストラの将軍様に敵うはずねえだろ」
「ま、まあそうだけどよ・・・」

 ロイド自身、自分が戦いに向いていないことは解っている。
 それでも全く手も足も出ないと言い切られるのは悔しいらしい。

「それで、ローザ達はどっちに逃げた?」

 セシルが問うと、ロイドは南の方角を指し示して、

「南門の方に。どうやらそこから街を出るつもりみたいッス」
「あれ? セシルの読みだと、自分の家に戻るつもりじゃなかったのか?」

 ファレル邸は南ではなく西だ。
 すると、ロイドは補足するように、

「あ。最初はそうするつもりだったらしいぜ? でも俺に見つかったから・・・」
「なるほどな。じゃあ―――」
「行こうか」

 と、セシルは身体の向きを変える。
 ロイドが指し示したのとは反対方向に。

「ちょ、ちょっとセシル王!? そっちじゃなくて―――」
「本当はこっちだよね?」
「なにを言っているか解らないッスね・・・俺がセシル王に嘘を吐くとでも?」

 そう言いながらも、ロイドの表情は険しく、セシルを睨む。
 いきなり緊迫した様子に、ロックは困惑して、

「おいロイド! どういうことだ!? まさかお前がセシルを裏切るなんてこと・・・・・・」

 ロイドがどれだけセシルのことを尊敬しているかロックは知っている。
 だから、どんなことであれ、彼がセシルを裏切るなんて、ロックには信じられなかった。

「ロック。今のロイドは赤い翼の副長・ロイド=フォレスじゃない―――」

 最早敵意をむき出しにして睨付けてくるロイドに、セシルは逆に微笑みかけて、

「そうだね? ロイド―――いや。ローザ=ファレル非公式ファンクラブ会長・ロイド=フォレス!」

 そう、セシルが言った瞬間。
 盛大にロックがズッコケた―――

 


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