第16章「一ヶ月」
Y.「君が好きだと叫びたい!(21)」
main character:クラウド=ストライフ
location:金の車輪亭前

 

『うえ・・・えええええええええええええん―――』

 子供の頃の事はあまり思い出したくない。
 小さくて、弱くて、泣いてばかりだった自分。

『けっ、まぁたベソかいてやんの』
『クラウドはホント面白いなあ。ちょっと小突いただけですぐ泣くし』
『アハハハハハハ・・・!』

 弱くて、弱くて、自分よりも大きくて強いものに対してどうすることも出来なかった。
 そんなときはいつも―――

『こーらーっ! 弱いものイジメは止めなさいッ!』

 幼馴染のあの子が助けてくれた。

『げっ、ティファだ!』
『逃げろおおおっ!』

 彼女が来れば、いじめっ子は一目散に逃げ出した。
 女の子だったけれど、同世代の中では一番ケンカが強かった。

『まったく・・・あいつら弱いのしか相手に出来ないんだから。たまにはかかってきなさいっての』

 ティファは拳をぶんぶんと振るいながら、逃げていった子供達の背中を睨付ける。
 それからクラウドの方に向き直って、

『ほらクラウドも泣きやみなさい。いつまで泣いているの!』
『うっ・・・ううっ―――』

 ティファに言われても、クラウドは溢れ出す涙を止めることは出来なかった。

 ―――彼女は気づかない。
 ティファに助けられたからこそ、泣くことを止められないのだと。
 いじめられるよりも、女の子に助けられるのが悔しくて情けなくて―――そして。

(いじめられた理由だって・・・ティファに守られてばっかりだから、からかわれただなんて―――)

 絶対に、言うことはできない。

「いい加減に強くなりなさいよ? 私だって、いつまでも守ってあげられるわけじゃないんだから」
「・・・なるから」
「うん?」

 言葉は、自然と口をついて出た。

「僕・・・強くなるから―――強くなって、今度は僕がティファを守るから・・・」

 クラウドがそう言うと、彼女は少しだけはにかんで、

「うん。じゃあ、私がピンチの時には助けに来てね」

 

 

******

 

 

「う・・・」

 目を開ける―――と、空が見えた。
 地面に倒れている、と気づくと同時に声が降ってきた。

「今の一撃を食らってまだ意識があるか―――さすがにタフじゃのう・・・」
「!」

 その声が誰なのかに気づいて、クラウドは反射的に起きあがる。
 立ち上がり、前を見れば白銀の姿のフライヤが立っていた。

 どうやら気を失っていたらしいが、フライヤがそれに気づいていないところを見ると、ほんの一瞬だったらしい。
 その一瞬で昔の夢を見ていたらしい。

(―――嫌な夢を見た)

 夢はしっかり頭の中にこびりついている。
 それは過去の夢―――だが、本当の過去ではない。
 クラウドが彼女と “約束” したのはもっと後―――クラウドが村を出る時の話だ。

「・・・くそったれ」

 最も思い出したくない過去を見て、クラウドは嫌悪を表情に浮かべる。

「まだ、戦意はあるようじゃな」
「・・・当たり前だ」

 フライヤの言葉は勘違いだったが、その言葉を聞いてクラウドの胸に闘志が燃えさかる。

「俺はまだ戦える・・・ッ」

(負けるわけにはいかない・・・俺はあの頃とは違う。弱い頃のあの頃とは!)

 クラウドは巨剣を握る手に力を込め、フライヤに向かう―――

 

 

******

 

 

「があああっ!?」

 悲鳴、はクラウドの口から漏れた。
 もう何度叩きのめされたか解らない。
 クラウドの全身は、外から見える場所も見えない場所もフライヤの槍に突かれてアザだらけだった。

 何度も何度も剣を握りしめ立ち向かうが、一度も白銀の竜騎士を捉えることは出来ない。

「何故・・・届かない!」

 フライヤは刃を使っては居ないが、それでも何度も打撃されれば、幾ら頑強なソルジャーとて限界はある。
 剣を地面に立てそれにすがるようにして、クラウドはなんとか立っていた。

「俺は・・・ソルジャーだぞ・・・!」
「・・・・・・」

 歯ぎしりしながら呟くクラウドに、フライヤはなにも言わずにじっとクラウドを見る。
 圧倒的に攻めてはいるが、ソルジャーの、クラウドの強さをフライヤは実感していた。

 刃を使わずに加減しているとはいえ、もう数え切れないほど打突してもなお倒れぬタフさも驚くが、その動きも侮れるものではない。クラウドの剣は言葉通りフライヤに届いてはいないが、何度かヒヤリとした場面もあった。だが―――

(だが・・・妙な違和感がある・・・)

 フライヤはクラウドに奇妙な “ズレ” を感じていた。
 例えるなら、下手な人形遣いが操る人形のように。どの糸が四肢のどれに繋がっているのか少し戸惑うように、クラウドの反応にズレがあるような気がする。

(それに―――)

 思い返すのは、クラウドが “本気” を出したときの事。
 あの時、クラウドは斬撃ではなく、剣の平面でフライヤを叩き付けようとしていた。だからフライヤも回避できたのだが―――

 もう一つ。
 フライヤが変身したとき。ジャンプしたフライヤを迎撃しようとしたクラウドの動きが一瞬止まった。それが無くとも、フライヤはクラウドの攻撃を回避することはできたが、それにしても一瞬の硬直は不自然だ。

 二つの事柄から、クラウドがフライヤを殺さぬためにブレーキをかけたのだと推測する。
 だとすれば―――

(甘い―――いや、優しいと言うべきか)

 最強を自負するソルジャーだからと言って残忍でなくてはならないというわけではない。
 例えば、バッツ=クラウザーなどはその戦闘力には相反して、どうしようもない甘さがある。
 だが、クラウドのそれはどこか不自然に感じる。

 まるで心と体がズレているような違和感。
 こうして戦ってみて初めて解る。クラウド=ストライフという青年の不安定さ。
 それは、自分の剣の意味が解らずに迷っていた時のバッツに似ているような気もする。

「最強が、負けるわけにはぁぁぁぁぁっ!」
「!?」

 考え事をしていたフライヤは、クラウドの雄叫びに我に返る。
 見れば、クラウドは巨剣を振り上げていた。
 しかし間合いは開いている。如何に巨大な剣とはいえ、届く距離ではない―――にも拘わらず、クラウドは剣を勢いよく振り下ろす!

 

 破晄撃

 

 剣が地面を割ると同時、剣から魔晄の光が地を這う衝撃となって、砂埃を蹴散らしながらフライヤへと突き進む!
 対してフライヤは槍の切っ先を、迫り来る魔晄へと向け、

 

 竜剣

 

 槍から青白い力―――竜気が迸る。
 青と碧は真っ正面から激突し、相殺する。

 ―――本来、竜騎士の使う “竜剣” はそれほど威力のある技ではない。
 にも関わらず、魔晄の力と互角だったのは、それほどフライヤの力がパワーアップしているのだと―――フライヤは勘違いした。

「うおおおおおっ!」

 魔晄の一撃が通じなかったことにも構わず、クラウドは再び剣を振り上げてフライヤに突進する。

「お主の攻撃は届かぬ!」

 対し、フライヤも槍を構えて迎撃しようと跳躍―――しようとしたその時。

「うわああっ!?」

 ギルバートの悲鳴―――それと共に、それまで流れていた “英雄の歌” が途切れる。
 途端に、フライヤの身体から力が抜けた。

「しまった!?」

 その時になって初めてフライヤは自分の勘違いに気がつく。
 先程の魔晄の一撃、フライヤの竜気と互角だったのではなく、激突の寸前に二つに分かれたのだと。
 別れた一方は、演奏に集中していたギルバートを攻撃し、歌を止めた。

 歌の加護が消え、フライヤの力が失われる。
 白銀が白い霧となって文字通り霧散し、急に力が失われたために、飛び出そうとしたフライヤのバランスが崩れる。

「くっ・・・」

 なんとか体勢を立て直したが、その時にはクラウドは剣が届く位置にまで接近していた。
 それをフライヤに向かって勢いよく振り下ろす!

「―――っ!」

 体勢を立て直したばかりのフライヤは跳躍して回避する余裕はない。
 せめて、攻撃を受け流そうと槍を剣に対して横に構える―――が。

 剣は、槍へ触れることなく届かずに、地面へと振り下ろされる。

「なにっ!?」

 驚きの声を上げたのはクラウドではなくフライヤだった。
 剣が届かなかったのはクラウドの目測が誤ったわけではない。振り下ろす寸前に、わざと剣を退いたからだ。

 

 リミットブレイク

 

 クラウドの身体から碧い輝きが噴き出す。
 限界を打ち砕いたクラウドの膂力は、まるで重力を無視したかのように、振り下ろしたばかりの剣を勢いよく持ち上げた。

 

 クライムハザード

 

 剣はフライヤの槍を下から上へと打ち上げる!
 思いも寄らなかった下からの一撃に、フライヤは為す術もなく槍を手放した。
 槍は天高くに飛び上がり、上がりきった頂点で―――

 ぱきり。

 と、地上にささやかな破砕音を届かせて、二つに砕ける。

「これが・・・っ」

 がしゃん、とクラウドの巨剣が地面に落ちる。
 クラウド自身も膝をつきながら、呻くように、

「ソルジャーの・・・俺の力だ・・・・・・っ!」

 そのまま、ばたりと倒れ、意識を失う。
 それを見下ろし、フライヤは小さく吐息。
 空を見上げ、落ちてくる槍の、刃が突いてる方に向かって手を伸ばし、キャッチする。

 もう片方が地面に落ちて、乾いた音をするのを聞きながら、フライヤはギルバートを振り返り。

「王子、お怪我は―――」
「あ、うん、ちょっとびっくりしたけど大丈夫。一応、手加減してくれたみたいだし」

 ギルバートは尻餅をついた状態で手を振って応える。
 立ち上がり、ぱんぱんと身体の砂埃を払いながら、

「―――それにしても」

 呟いて、フライヤをじっと見る。
 フライヤが「なにか?」と首を傾げると、ギルバートはあさっての方向を向いて、

「い、いや、なんでもないよ」
「・・・護衛としての役割を全く果たせんかったが―――なにか?」
「言いたいこと解ってるんじゃないか!」
「りゅ、竜騎士は守ることが苦手なんじゃっ!」
「って、開き直って逆ギレ言い訳!?」
「・・・・・・わ、悪いとは思っておるんじゃよ・・・・・・・・・」

 肩を落とすフライヤに、ギルバートは苦笑する。

「まあいいよ、それよりも―――」

 ギルバートは倒れたクラウドを見て、

「彼は・・・」
「・・・思えば神羅のソルジャーが、こんなところで傭兵をやっていることからして妙な話じゃしな。最強のソルジャー・セフィロスを追っているとは知っておったが・・・」
「何故セフィロスを追っているのかも聞いていないしね。彼も色々と抱えているようだ」
「なにも抱えずに生きている者など居らぬよ。誰も、な」
「―――そうだね」

 と、ギルバートの脳裏に浮かんだのは一人の女性だ。
 愛する人から逃げ回っている女性。

(彼女こそ、なんにも抱えていないように思えたんだけどなー)

 カイポの村からファブールへの道中。ひたすらセシルにラブコールを送っていた姿を思い出して苦笑する。
 けれどすぐにギルバートは思い直して、

(まあセシル=ハーヴィを心から愛しているような人が、ただ脳天気なはずはないか)

 とりあえず、逃げたお姫様のことは当のセシルに任せておいて。

「後かたづけ、しなきゃあね」

 倒れたクラウドやら滅茶苦茶になった “金の車輪亭” の店内やら、そこで倒れているらしいヤンとマッシュのことなどを考えて、はあ、と声に出して溜息をついた―――

 


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