第16章「一ヶ月」
X.「君が好きだと叫びたい!(20)」
main character:フライヤ=クレセント
location:金の車輪亭前
立っているのがやっとだった。
悔しさを噛み締めながらフライヤは認める。
自分では、ソルジャー1stには遠く及ばないと。“本気” を出したクラウドの速さはフライヤとほぼ互角。
だが、今みたいに不意を突かれなければまだ戦うことは出来る―――そう自分に言い聞かせてみるが、無駄だった。(力が・・・入らんのじゃ・・・)
ともすれば沸き上がる震えを抑えるので精一杯だった。
クラウドの今の攻撃。なんとかギリギリで回避することができたが、それはクラウドが手を抜いていたからだ。
もしも本気でフライヤを倒す―――殺すつもりならば、剣で普通に斬撃を放っていたならば、フライヤは痛みを感じる暇もなく両断されていたに違いない。そのことを認めてしまったフライヤに、最早戦う気力はない。
「――――――」
クラウドがフライヤに向かって何事か呟いている―――がそれすらも耳に入らない。
今にもくじけて、地に折れそうな膝を必死になって奮い立たせるので精一杯だったからだ。―――と。
ポロン―――♪
竪琴の音が、何故かはっきりと耳に響いた。
(・・・む?)
困惑。
その竪琴の音を聞いた瞬間、身体から自然と力が抜ける。
それは、戦う力が失われたという意味ではなく―――(なん・・・じゃ・・・? 震えが止まる―――?)
身体からは怯えが消え去り、それを抑えるために込めていた力が無意味となる。
体中に今まで以上の力が沸き上がる。(これは―――!)
******
「―――がっ!?」
視界に赤い影が踊ったと気づいた瞬間、クラウドは胸を強打されていた。
「お前―――」
見る。今、槍の刃が突いているのとは反対側―――石突きで胸を突いたネズミ族の女性を。
「まだやるつもりか?」
「正確には、やる気にさせられた」フライヤが嘆息しながらギルバートをちらりと見る。
吟遊詩人は竪琴を鳴らす手を止めないまま、苦笑で応えた。フン、とクラウドはまるで興味なさそうに、
「何度も言わせるな。英雄の力だろうとなんだろうと、限界を打ち砕くソルジャーには勝てやしない」
「ならば見て貰おうか、私の限界を!」
「なに?」疑問符を浮かべるクラウドに、フライヤは意識を集中させる。
ギルバートは竪琴を鳴らしながら詩を謳う。
それは “英雄の歌” 。かつて混沌と戦った4人の英雄の英雄譚。
希望を失った世界で、英雄達は土の恵みを取り戻し、水のせせらぎを取り戻し、炎の煌めきを取り戻し、風の囁きを取り戻す。
その果てに英雄達がどうなったのかは誰も知らない。
世界の果てを越えて異世界へと向かったのだとも、次元を越えて事とは違う同じ世界へ辿り着いたのとも、はたまた時の流れに逆らって誰も知らない過去へと流されたのだとも。
吟遊詩人達は語り合い、想像し、かくて英雄の詩は終わりを知らぬまま語り継がれる―――その終わりのない英雄譚に己をノせて、フライヤは力を求める。
それは、彼女の故郷を覆う忌まわしき力。
そして、 “それ” に臆することなく支配した時に己の力となる!(本来ならば “アレ” がなければ使えぬ力じゃが―――今、私の奥から沸き上がるのは確かにあの気配!)
シューーーーッ!
と、フライヤの身体から白い上記のようなものが吹き出る。
否、それは蒸気ではない。「・・・煙!?」
「いや、霧じゃ!」フライヤが訂正している間に、霧はフライヤの身体を包み隠す。
「なんのつもりだ!?」
なにが起きているのかクラウドには解らずに困惑する。
それは竪琴を鳴らすギルバートも同様だが、しかし竪琴の手を休めず、詩も淀みなく謳い続ける。「これは私の故郷、ナインツを覆う霧―――」
その霧がどういったものか、住民達は良く知らない。
だが、それが良くないモノだと言うことは、本能的に察知していた。
だから、ナインツの住人達はその霧を避けて、限られた高地で生活をしている。しかしなにも霧に怯えるばかりではない。
ナインツではその霧を利用した飛空艇も存在するし、霧の中で生活し続けるものもいる。フライヤも、探し人を求めて深い霧の中をさ迷い歩いたこともある。
その時に、 “力” に目覚めた。「本来は霧の影響下にあるナインツで、しかも私の調子の良いときにしか使えなかった力じゃが」
“英雄の歌” の影響か、フライヤは自分の中にかつて感じた新たな力がわき起こるのを認める。
「霧との融合―――これが私の最強の力じゃ!」
ト ラ ン ス
魔霧融合
フライヤを覆っていた白い霧が一際目映い光を放つ。
油断無く眺めていたクラウドの目が一瞬眩み―――視界が戻ったときには、フライヤの姿は変質していた。「なんだ・・・それは・・・!?」
赤を基調とした旅装束は、ギラギラと不穏に燦めく白銀へと塗り変わっていた。
それだけではなく、その質感は布だったものから、金属を思わせる硬質を見せる。
何よりも大きく変化したのは顔だ。
フライヤの表情は銀の仮面に覆い隠され、その表情は見ることができない。(―――凄いな。まさか身に着けているものごと変わるなんて)
ギルバートは謳いながら内心驚いていた。
話には―――噂話程度には聞いたことがある。ナインツでは常に原因不明の霧が立ちこめていて、その霧の力で変化する者が居ると。
フライヤがそうだとは、彼女にナインツの話を聞いたときに知っていた。それがフォールスでは出来ないと言うことも。だからこそ、今ここで変身したフライヤの姿に驚きを禁じ得ない―――が、それでもなんとか謳い続けることはできたが。
「驚いたか―――?」
仮面の下から、からかうようにフライヤが問う。
問われたクラウドは、唖然としていた表情を消し、静かに言い放つ。「変身したからと言って―――」
瞬間、衝撃がクラウドの身体を打ちのめした。
それも三発。
両肩と胸―――その三発とも、先程突かれたところを性格に打ち抜いていた。「う・・・ぐっ!?」
(速い・・・だと!?)
フライヤが動く瞬間は見えた。
こちらに向かって槍の石突きを突くのも確認した。
だが、見るのが精一杯で身体は反応することすらできなかった。「―――霧との融合は、自分でも別人かと思うほどに能力を向上させる。それに加え、今の私には英雄の加護もある―――正直に言うが、今の私はかつて無いほどに最強じゃぞ?」
「抜かせッ!」クラウドは両手で巨剣を振りかぶり、フライヤに斬りかかろうとして―――その両肘を圧倒的な速さで打撃される。
「ぐ・・・っ!」
たまらずに振り上げていた剣を地面に降ろす。
「ほう。剣を放さなかったのは流石じゃな」
「く・・・・・・ッ」今の攻撃、並の人間ならば肘が砕けている。
霧と歌の力は、フライヤの攻撃力も上昇させていた。フライヤがパワーアップしてからの5撃。もしもそれが、石突きではなく刃であったならば、クラウドはすでに戦闘不能になっていただろう。下手をすれば胸を貫かれて致命傷となっていたかもしれない。
「ふむ」
肘を打たれ、力の入らない手でなんとか巨剣を支えるクラウドを見て、フライヤはなんでもないことのように呟く。
「こんなものか」
「なんだとッ!」それはさっきクラウドが呟いた言葉。
自分の力を再確認したときの言葉だ。
しかし、今のフライヤの言葉はそれとは意味合いが異なる。「1stのソルジャーとはこんなものかと言ったのじゃ」
「・・・ッ」
「はっきり言うが、私よりもクラウド・・・お主のほうが強い」今、フライヤがクラウドを圧倒しているのは “英雄の歌” というドーピングのせいだ。
それがなければ、もしも魔霧融合で変身したとしても、クラウドとは互角に持ち込むのがせいぜいと言ったところだろう。「だが、私より強い人間など幾らでもいる―――それこそ “最強” と呼ばれる者たちの足下にも及ばないじゃろう」
表情を覆い隠す仮面をクラウドに向けて、彼女は続ける。
「つまり、貴様よりも強い人間などといくらでも居るという事じゃ。それもソルジャーでは無い人間でな?」
違和感が、あった。
それは感じてならない違和感。「黙れ・・・」
自分の中の不安を追い出すように、クラウドは低く呟く。
「俺は・・・」
さっき、心を掠めた疑問。
自分が―――「俺は最強のソルジャーだあああああっ!」
叫び、肘の痛みを無視して剣を握る。
振り上げ、フライヤに振り下ろす―――ずがああっ!
巨大な剣が地面を割る。だが、そこにフライヤの姿は無かった。
「上ッ!」
剣を振り下ろす直前、フライヤが上に跳んだのは見えていた。
すぐ顔を上げれば、空に白銀の竜騎士が跳躍している。「捉えるッ!」
振り下ろしたばかりの剣を再び持ち上げる。
天へと、落ちてくるフライヤへと向けて。(空中では回避しようがない! 避けることは出来ないはずだ!)
落ちてくるフライヤに対して、絶妙のタイミングで剣を振るう。
絶対必殺を心の中で確信し―――だからこそクラウドの動きが一瞬止まった。「なっ!?」
困惑の声はクラウド自身の口から。
何故、剣を止めてしまったのか自分でも理解できない。困惑しながら無我夢中で再び剣を振るう。若干ズレたが、剣はフライヤの身体に接触し―――「惜しいな」
剣がフライヤの身体に触れようとした瞬間、その身体がさらに跳躍した。
「二段ジャンプだと!?」
クラウドが驚いた時には、もう剣はフライヤには届かずに、代わりに別の白い何かを切り裂いた。
それは霧。
フライヤの身体から漏れた魔の霧だ。フライヤはそれを蹴って空中で追加跳躍したのだ。「そんなことがッ!?」
「この姿だからできる妙技じゃ―――沈め」いかなソルジャーでも攻撃した直後はすぐには動けない。
そこに、Wジャンプで遙かな高みから急降下してくるフライヤの槍が、クラウドの脳天に直撃した―――