第16章「一ヶ月」
W.「君が好きだと叫びたい!(19)」
main character:クラウド=ストライフ
location:金の車輪亭前
肩当てを吹き飛ばしただけでは槍は停まらない。
フライヤの槍が素早く両肩を突き、クラウドの身体が僅かによろめく―――「ちィッ!」
よろめきながらも、クラウドは強引に地に刺した剣を引き抜くと、下から上へとフライヤに向かって斬りつける―――だが、剣がフライヤの小柄な身体を引き裂くよりも速く、彼女は後ろへと跳んでいた。
「ちょこまかと―――」
「まだ終わらんよ!」
「ッ!?」一旦、後ろに退いたフライヤが、即座にクラウドへと再び突進する。
剣を上げた状態で、無防備な腹部にフライヤの槍が突き刺さる―――が、クラウドは構わずにフライヤに向かって剣を振り下ろしてきた!「遅いッ!」
フライヤは振り下ろされた剣をかいくぐるようにして、槍を引き抜きつつ、クラウドの脇から背中側へと回り込むように通り抜ける。
「後ろかッ」と、顔だけ振り向いたクラウドの顔面に、槍の石突きでごつんと一突き。二突き。三突き。四―――と突こうとしたところで、クラウドが横凪に振り回して来たので、緊急退避。クラウドと間合いをとりつつ向き合う。「くっ、ネズミみたいに・・・」
「如何にも私はネズミ族じゃが?」おどけたようにフライヤが言うと、クラウドは眉間に皺を寄せてフライヤを睨付ける。
「すごい・・・」
そんな二人の様子を見て、ギルバートは竪琴を構えたまま動きを止めて驚きを込めて呟く。
先程、マッシュがヤンを圧倒していたのと同じように、これもまた予想外の光景だった。
ソルジャーの強さは話に聞いて知っている。おそらく “人間” というくくりで言えば、もっとも強力に強化された個体。
暗黒の武具を身に纏う暗黒騎士、魔道の力を埋め込まれた魔道戦士と、ヒト以上の力を与えられたヒトというのは幾つか例があるが、その中でもソルジャーは別格だった。如何にフライヤが、ナインツでは名の知れた竜騎士であろうとも、ソルジャーの中のソルジャー、1stクラスのクラウドに叶うはずないとギルバートは思っていた。だから、竪琴で援護をしようと思っていたのだが。
「必要ない?」
「いや―――」ギルバートの呟きが聞こえたのか、フライヤが振り向かずにクラウドの方を見つめたまま否定する。
「流石はソルジャーじゃな。今の私では敵いそうにない」
今の攻防、判定するとしたらフライヤに軍配が上がる―――が、実際にはクラウドにダメージは殆ど無い。
両肩に突き刺さったのは槍の切っ先だけ。当然、殺し合いをするつもりなど無いので手加減はしたが、それでも刃は肉体には入り込まずに浅く留まった。というか、下手に踏み込んでいたらクラウドの反撃を回避できなかったかもしれない。実はそれほどまでに際どい回避だった。その後の、石突きでの突きなど軽く小突いた程度でしかない。
(実際に対峙して解る・・・ソルジャーというのは、ヒトのカタチをした魔物じゃな)
外見は人間そのものだが、中身は全くの別物だ。
下手な攻撃は通用せず、怖ろしいほどの力と速さで反撃してくる。
速さはフライヤのほうが上という話も、実際は獲物の差だ。同じ重量の武器を持ったならば、速さでさえフライヤを上回るだろう。(私が勝っておるのは速さではなく―――)
「その速度、確かに厄介だ」
不意にクラウドが呟いて、フライヤの思考が打ち切られる。
クラウドは冷めた目でフライヤを睨付け、「ならば俺も本気で行くとしよう」
「なに!?」と、フライヤが訝しんだ瞬間。
リミットブレイク
こおっ!
と、クラウドの身体から碧い光が吹き上がる!
凄まじい “力” の奔流に圧倒されてフライヤはその場に立ちすくむ。「―――行くぞ」
という言葉は眼前から。
フライヤが気圧された一瞬、その隙をついてクラウドが肉薄する。
反応したときにはすでにクラウドの肩がまともにフライヤの胸に当たっていた。突然のショルダーチャージに、フライヤは全身がバラバラになるような衝撃を受けながら吹き飛ぶ。「くあ―――」
「終わるか?」疑問形で投げかけられた言葉と共に宙に浮いた状態のフライヤに風圧がかかる。それは眼前に迫る巨剣の腹だった。クラウドが剣の平面でフライヤを地面に叩き付けようとしている。
そんなものを喰らえばただでは済まない。良くて行動不能、下手をすれば命に関わる。「くぅ―――ッ!」
全身に響く激痛の中、フライヤは咄嗟に未だ地に着かない足を必死で伸ばす―――と、ほんの僅か足の爪先が何かに当り、フライヤは残された全身の力を使って跳躍する。
ばたムッ
風が地面を叩く音と共に、剣が振り下ろされた―――が、その下にはフライヤの姿はない。
間一髪、フライヤは振り下ろされた剣のすぐ隣りに回避していた。「―――っ! は―――っ、は―――っ!」
青ざめた表情で、半分死んだような気分で息を吐く。
僅か今の数秒の間で力を使い果たし、フライヤはもうまともに動くことすら出来ない。
対し、クラウドは特に追撃する様子も無く、ゆっくりと剣を持ち上げる。「ふん・・・」
何か興味を削がれた様子でフライヤを一瞥。
「こんなものか」
それは侮蔑の言葉ではなかった。
単なる自分の力の確認。
ソルジャーの力がどういうものか、誰よりもクラウドは良く知っている。―――だからこそ腑に落ちない。
(ゴルベーザ―――それにあの男・・・)
同じソルジャーであるセフィロスは別枠として、クラウドはこのフォールスに来て二人の男に敗北している。
ゴルベーザにはダークフォースという良く知らない力で抑え込まれ、格闘家ダンカンを相手にしたときはあろうことか力で打ち負かされた。(ソルジャーは最強のはずだ―――それなのに俺は何故負けた・・・)
最早、戦闘不能に近いフライヤには目もくれず、クラウドは自問する。
ソルジャーは最強でなければならない。
それなのにクラウドはソルジャー以外の存在に二度も負けた。ならば。「俺はソルジャーではない・・・・・・?」
ふと呟いた言葉は何気なく出たものだった―――が、はっとして首を横に振る。
剣を持っていない、自分の左手を見る。ぽぅ、と掌に碧い光が浮かび上がった。(なにを馬鹿な・・・俺はソルジャーだ。この魔晄の光がその証―――)
あり得ない考えを打ち消すように、クラウドは自分が生み出した碧い燐光を握りしめる―――と。
ポロロン・・・♪
さっきも聞いた竪琴の音色が響いた。
顔を上げれば、ギルバートが竪琴を奏でている。「―――なんのつもりだ?」
「いや、さきほどは説明が途中だったからね。改めて―――」竪琴を奏でながら、ギルバートは続ける。
「吟遊詩人の謳う詩は聴く者に力を与える。戦士の詩を謳えば、聴く者に戦士の体力を。魔道士の詩を謳えば、聴く者に魔道士の魔力を―――」
「それはさっきも聞いた。だが詩程度で追いつけるほどソルジャーは浅くない」先程と同じ否定の言葉。
しかし、今度はギルバートは竪琴を止めず、言葉も続ける。「武闘家の詩を謳えば腕力を、盗賊の詩を謳えば素早さを―――そして」
曲は段々と滑らかに、複雑に、深みのあるメロディへと昇華していく。
気がつくと、クラウドはその曲に聴き入っている自分に気がついた。「そして―――英雄の詩を謳えば、聴く者を英雄へと変える!」
ギルバートがそう叫んだその時。
クラウドの視界の隅で、赤い影が踊った―――