第16章「一ヶ月」
V.「君が好きだと叫びたい!(18)」
main character:クラウド=ストライフ
location:金の車輪亭
「え、えええええっと、マッシュー、マッシュくーん!? なんかすっごい音したけど大丈夫〜!?」
マッシュが店内に叩き込まれた後。
のっしのっしと、その後を追い掛けるようにヤンが店内に入り、しばし放心した後泡食ったように喚きながらリサも続いた。「げおげほげほげほっ・・・うっわ、すっごい埃―――って、なんで二人とも倒れてるの!? というかマスターは!? マスター無事ー!?」
店の中から響くリサの声を聞きながら、クラウドはゆっくりとフライヤ達から離れると、向き直る。
「さて―――そろそろ始めるとするか」
「ほほう、やる気じゃな」フ、と笑ってフライヤもクラウドの方を向いて槍を軽く一振り。
戦闘開始直前の空気を感じ取り、ギルバートが驚いたように声を上げる。「ちょ、ちょっと!? やる気って・・・なにを?」
「おや王子、お忘れか? わしらはローザ=ファレルを追い掛けるために、目の前の敵を突破せねばならぬのじゃ」
「いや、もおそんな状況でも無いような―――というか最初から」ギルバートはやや呆然とした面持ちで、“金の車輪亭” の方を見る。
店内はもうもうと埃が立ち上り、外からでは中の様子が見えないが、どうやらヤンもマッシュも二人ともダウンして、なおかつ店主が行方不明らしいとリサの悲鳴から解った。割とヤバイ状況だよなあとかギルバートは思ったが、その一方であの二人なら殺しても死なないような気もするとどこか楽観もしていたりする。店主についてはどうだか解らないが。
だいたい、標的であるローザ=ファレルはさっさと店の裏口から逃げ出してしまったのだ。あの時はその後を追い掛けようとしたギルバートたちを、マッシュとクラウドが立ちはだかったが、今となってはわざわざ店の中を突破する必要もない。というかそもそも裏口がまだ無事であるかも怪しい。
(というかヤン、絶対に途中からローザを追い掛けること忘れてたよねえ・・・)
かく思うギルバートもヤンとマッシュの戦闘が終わるまで忘れていたのだが。
「だからフライヤ、別にもう戦う必要は―――」
「ローザ=ファレルを追う私達の前に立ちはだかる1stソルジャー、クラウド=ストライフ!」
「フ、フライヤ?」
「まあ、1stのソルジャーなんかに邪魔をさせれば、これ以上の追跡は不可能じゃのう」
「・・・ああ、なるほど」と、ギルバートは苦笑。
早い話、フライヤはローザを追い掛けることにあまり気乗りがしないと言うことだ。
それが同じ女性だからなのか、それともマッシュのようにセシルに幻滅したせいなのかは解らないが、「それなら最初からイヤだと言っていれば良いのに」
セシルは王としてローザ=ファレルの捕縛を命じたが、しかしそれは絶対的な命令ではないとギルバートは思う。
現に、ローザの追跡を渋るベイガン(理由は解らないが)などは理由を付けて城へと返している。
付け加えれば、ギルバートとフライヤはセシルの配下というわけではなく、単なる善意の協力者だ。それこそ「気乗りしない」と城に残ったレオの様に拒否してもなんの問題もない。「私は王子の護衛として雇われました」
しかし、とフライヤは首を振り、
「あまり護衛として王子の役にたった覚えがないのじゃ」
「あー・・・」言われてみればそうかもしれない。
何故か基本的に別行動で、というかギルバートとフライヤが共に行動したのはダムシアンからホブス山を越えて、ファブールに辿り着いて攻城戦が終わるまでの短い期間だ。「だからせめて今回は護衛として傍にいようと」
「でもここで戦うのって護衛とはあまり関係ないような」
「王子がローザ=ファレルを追うために、それを邪魔する者と戦う―――立派な護衛じゃ!」
「立派な詭弁だなぁ」呟きつつも、フライヤに退くつもりが無いと悟ると、ギルバートは竪琴を抱え直す。
その様子を見て、クラウドが訝るように、「なんだ? BGMでも奏でるつもりか?」
「ああ、君は知らないはずだね―――そう言えばちゃんとした自己紹介もしていなかった」元々、クラウドはダムシアンに傭兵として雇われていた―――が、その時ギルバートは城を出ていたし、帰ってきた途端にゴルベーザに襲撃されて、そのままクラウドはバロンへ向ったため、クラウドはつい先日までギルバートとは面識はなかった。
一方のギルバートも同様ではあるが、フライヤやセシルから1stソルジャーの話は聞いていた。「―――改めまして、僕はギルバート=クリス=フォン=ミューア。見ての通りの吟遊詩人さ」
「それ以前にダムシアンの王族じゃがな」フライヤが補足する。
対し、クラウドはフン、と鼻を鳴らし、「だからどうした? 吟遊詩人など御伽噺を語って聞かせるだけの “賑やかし” だろ」
あざ笑う―――というわけではなく、全く興味なさそうな様子だ。
ギルバートはポロン、と竪琴を鳴らして、「まあ概ねその通りだけど―――けれど聞いたことはないかい? 吟遊詩人の謳う “詩” には不思議な力があることを」
ポロロン♪ と静かに竪琴を奏でながら、その音程に乗せるように言葉を紡ぐ。
「戦士の詩を謳えば、聴く者に戦士の体力を。魔道士の詩を謳えば、聴く者に魔道士の魔力を―――」
「聞いたことがある。呪歌と呼ばれる魔道の一種か」だが、とクラウドは嘆息し、
「それがどうした? 言っておくが、少しばかり力や魔力が上乗せされたからと言って勝てるほど、ソルジャーは甘くない」
クラウドは背中に負った身の丈ほどもある巨大な剣を片手で引き抜くと、軽々と振り回して切っ先をフライヤへと向ける。
常人ならば片手どころか両手ですら持ち上げるのに難儀するであろう剣を易々と使いこなしその膂力に、対する二人は緊張のためごくりと唾を飲み込む。「流石は1stのソルジャー・・・力は想像を絶するが、速さは―――」
フライヤが呟いたと思った瞬間。
だんっ!
地を打つ音と共に、クラウドの視界からフライヤの姿が消える。
竜騎士の脚力と、ネズミ族ならではの身軽さとで、瞬時にクラウドの左側面へと回り込む。バッツと似たような戦法だが、バッツよりも遙かに速い。(あまり好む戦法ではないが―――)
自分の戦法がセコくて嫌だと言ったバッツを、フライヤは諭したことがある。
その一方で、その戦法を彼女が好まないのは、騎士としての誇りに欠けるからであった。が、相手が相手だ。圧倒的なパワーを見せつけられたクラウドに、真っ向から飛び込むのは愚か者のすることだ。「―――速さはどうだッ!」
叫びながらクラウドに向かって槍を突く。しかし。
「甘いッ」
素早く反応したクラウドは、巨剣の腹を盾としてフライヤの槍を防ぐ。
ぎぃん、と鋼同士のぶつかる音がして、槍が弾かれる。「・・・っ」
自分の武器が弾かれた反動を利用して、フライヤは後方に跳び、クラウドと間合いをとる。
特に追撃する様子も見せず、クラウドは淡々と告げる。「・・・速さはお前のほうが上のようだが―――捉えられない速さでもない」
フライヤの動きは、バッツよりも圧倒的に速い。
だが、バッツの動きのほうが見切りにくい。(これが・・・私とバッツの差か・・・!)
確かにバッツよりもフライヤのほうが “速い” が、もしもバッツだったならばクラウドは反応すら出来なかっただろう。
バッツと、フライヤやカインを始めとする竜騎士の動きは、似て非なるものだ。
どちらも、ゼロから一瞬で加速するのは一緒だが、竜騎士は鍛え抜かれた瞬発力で全力で地を蹴り加速する―――言わば、力任せの加速だ。動く前には足に力を込め、動く方向とは反対方向に踵を向けて跳躍する。つまり、動けば一瞬であっても、動く前の動作を見れば、どう動くのか予測はつく。しかしバッツの動作は力を必要としない。
限りなく力の無駄を無くし、ほんのごく僅かな重心移動だけで唐突に動き出す。それはまるで気まぐれな風のようで、捉えることなどできはしない。反面、無駄が無さ過ぎて、真正面からぶつかったときの突進力に欠けるのだが。フライヤは槍を構え直してクラウドを真っ正面から見据える。
その口元には笑みがあった。「―――やはり、好かぬな」
「なに?」
「騎士とは真っ向から向かうものだということだ!」宣言して。
フライヤはクラウドに向かって真っ正面から跳躍する。
強大な力を持つソルジャーに真っ向から立ち向かうのは愚か者のすることだが―――(私は己の誇りを汚すくらいならば愚者になることを選ぶ!)
フライヤの限りなく低い跳躍だ。
槍は地面と平行に、地面のすぐ上を滑るように槍の切っ先がクラウドへと突き進む。膝の辺りを狙うような低い突き―――だが。「甘いと言ったぁ!」
クラウドは剣を地面に突き立てるようにして、槍の進路を阻む。
槍の切っ先はまたしても巨剣の盾に弾かれる―――が。「それはこちらの台詞じゃ!」
槍が弾かれ、しかしフライヤは後退しない。
さらに踏み込み、跳ね上がる槍の切っ先を抑え込むように体重を掛ける。跳ね上げられた槍の切っ先はもはや水平ではなく、山を描くように上へと伸び上がる!「!?」
まさかの連撃に、クラウドは驚くほかになにも出来ない。
フライヤの槍がクラウドの肩揚げをはじき飛ばした―――