第16章「一ヶ月」
T.「君が好きだと叫びたい!(16)」
main character:リサ=ポレンティーナ
location:金の車輪亭

 

 誤算だった、とセリスは認めた。
 しばらくは人混みに紛れて次の行動を考えるつもりだったのが、セシルの王命により商人達は城へと向かい、その客達もちりぢりになってしまった。
 セリス一人ならば、商人達の大移動に紛れて逃げることもできたのだが、ローザと一緒ではそれもできなかった。押せ押せと城に進む商人達の群れの中で、はぐれてしまうのがオチだ。最悪、コケて踏みつぶされるかもしれない。
 だから、通りの端に避けてやり過ごすしかなかった。

(セシルめ・・・どこまで本気なのか・・・)

 セシルは商人達がメインストリートを占拠していたことを懸念していたようだったが、このタイミングで商人達を動かしたというのは間違いなくローザをあぶり出すためだろう。
 しかも、通りの向こうから伝言ゲームで伝えられた情報に寄れば、セシルの命令を持ってきたのは暗黒騎士団だという。当然、街に常駐しているわけでもなく、つまりはわざわざ城から呼び寄せたと言うことだ。―――ローザを捕まえるために。

(まさか、城中の兵士をかき集めたんじゃないでしょうね)

 冗談交じりに思ったが、それがまさか本当だとは信じていなかった。

 なにはともあれ。

 路上に留まっていては見つかりやすい。
 しかしバロンの街はセリスにとっては不案内で、どこに行けばいいのか見当もつかない。

(もしもセシルに見つかった場合―――)

 そっと、腰に下げている剣に触れる。
 セリスの剣ではない。セリスの剣は城に置いてきた。
 それは細く長い―――言うなれば、短めのランスと言った形状をした突剣だった。なんでもローザの母、ディアナは昔はレイピアの使い手だったそうで、ファレル邸の中には幾つか細剣や突剣の類が飾られていた。その中でもっとも大きな―――そうはいっても、セリスがいつも使っている長剣に比べれば長さはともかく細すぎたが―――剣を選んで拝借した。飾り物の剣なので期待はしていなかったが、試しに抜いてみたらよく手入れされていて、問題なく使えそうだった。

(問題は、私がこの類の剣に慣れていないと言うこと)

 扱い方は解っていても、実際に使ったことはない。
 雑兵相手ならば問題ないだろうが―――そもそも剣無しでも魔法だけで十分だ―――流石にセシルを相手にするとなると厄介だ。

(ここの商人達を除けたということは、セシルは私達がここに潜んでいると検討付けていたと言うこと。それなら早くどこかへ行かないと―――でもどこへ・・・)

 悩んでいると、くぅ、と音が鳴った。

「うん?」

 と、振り返ってみると、ローザがお腹を両手で押さえていた。
 力のない青ざめた顔に少しだけ朱を交えて、気まずそうに俯いている。

「今の・・・」
「う・・・」

 追求しようとすると、ローザが小さく呻く。
 それから言い訳するように。

「しょ、しょうがないでしょう? だってずっと食べていなかったんだもの。なのにいきなりセリスが連れ回すから・・・」

 どうやらローザは引きこもっている間だ、ろくに食事を取っていなかったらしい。
 恥ずかしそうに言い訳するローザに、セリスはぷっと噴き出して。

「ならまずは食事だな」

 そう考えて、セリスが思いついたのは一つしかなかった―――

 

 

******

 

 

「―――というわけよ」

 セリスが現状をざっと説明し終えると、リサは難しい顔で頭を抱えた。

  “金の車輪亭” の店内だ。
 話し終えたセリスは、出された紅茶を飲んで喉を潤す。

「振られたんじゃなかったの?」

 リサはちらり、とローザの方を見る。ローザは、暖かなスープをゆっくりと飲んでいたが、リサに話を振られて動きを止めた。

「・・・・・・」
「一度退いて懲りずにまた来たんだ」
「しつこい男はイヤだねえ」
「全くだ」

 頷き逢い、小さく笑いあうセリスとリサ。
 しかし、ローザの表情はぴくりとも動かずに、手元のスープを凝視するように俯いている。

「私は・・・・・・なんなのかしら・・・・・・」
「ローザ?」

 リサが名前を呼ぶと、彼女は潤んだ瞳で見上げてきた。
 今にも泣き出しそうな、そんな弱々しい表情。

「セシルが・・・好きなの・・・」

 悲痛さを感じさせる言葉に、リサは言葉を失った。

「けれども怖い・・・セシルの傍にいるのが、セシルを求めるのが、セシルを好きでいるのが怖いの!」
「ローザ・・・」

 言葉を通してローザの心の痛みが伝わってくるようだった。
 その痛みを振り払い、リサは努めて笑顔で明るく言う。

「いいじゃん。忘れちゃいなよ、セシルの事なんて」

 言った瞬間に、馬鹿なことを言ったと後悔した。
 そんな簡単に忘れられるようなことならば、ローザはここまで苦しんだりしていない。
 案の定、ローザは力無く首を横に振った。

「貴女は、どうしたいの?」

 セリスが尋ねる。
 しかしローザはまたも首を横に振る。

「解らない・・・・・・」

 セシルが好きで、セシルの傍にずっと居たいと思っていた。
 でも、そのせいでセシルが傷つき、失われるのが怖い。
 一緒に居たい。でも居たくない。
 相反する二つの想いがローザの中で激突して、その衝撃が自身を苦しめる。

 しばらく、沈黙が店の中に満たされる。
 いつもは何に対しても「興味がない」と淡々と言い捨てるクラウドでさえも、剣を手入れする手を止めて神妙にしている。マッシュも掃除する手を止めて、ひたすら気まずそうに固まっていた。

「―――イヤ」

 静寂を破ったのは、そんな小さな小さな否定。

「私・・・私がイヤ・・・」
「ローザ・・・」
「なんでこんなに辛いの? なんでこんなに苦しいの? こんなの私、イヤ・・・・・・」

 ぽろぽろと、大粒の涙を流してローザが独白する。
 セリスが気遣うようにローザの肩に手を置いて―――

「さわら・・・ないで・・・っ」

 ぱしん、と軽くセリスの手を打ち払う。
 セリスは驚いたように手を引っ込めた。

「私に・・・触れないで・・・心配とか・・・しないで・・・優しくしないで・・・・・・っ!」
「ローザ、落ち着いて!」
「私の名前を呼ばないで! 私は・・・私は・・・私なんか・・・こんなの―――」

 顔面を涙でぐしゃぐしゃにしながらローザは喚いた。

「―――私なんか、居なければ」

 パァンッ!

 快音。
 それは、ローザの頬で鳴った。ローザはなにが起きたのか解らないと言った風に目を丸くする。
 セリスは驚きに口を開けて、快音を響かせた主を見る。それはクラウドやマッシュも同じだった。

 リサはローザの頬をひっぱたいたままの状態で震えている。
 唇をぎゅっと結んで、それは泣くのを堪えているようだった。

「・・・・・・やめてよ」

 ややあって、リサが呟く。

「そんな事を言うのは止めて」
「リ・・・サ・・・」

 ローザは呆然と友人の顔を見る。
 いつも、明るくて楽しそうで元気良くて、まるで小さなお日様のようだと思っていたリサ。
 そのリサが、雨雲が立ちこめているように、泣きそうになっていることに驚いた。

 そして後悔する。

 自分は、リサにそんな表情をさせてしまうほど、酷いことを言ってしまったのかと。

「アイツと同じ事を言うのは止めてよ・・・」
「あいつ・・・?」

 リサはエプロンの裾で目元を拭い、ぽつりと語り出す。

「あたし、嫌いな男が居るの」
「・・・ロイド?」
「なんでそうなるんだよっ! ロイド君は一番大好きな人だよっ。・・・そりゃあ、時々ちょっとエッチで、たまに可愛い女の子と見かけると目で追っかけたりするのはイヤだなあって思うけど」

 でもっ、とリサは勢いよく首を振って。

「あたしが懇切丁寧に足に力を込めてお願いしたら、あたしと一緒にいるときは他の女の人を見ることなくなってたし、言うことも素直に聞くようになったし」
「足・・・?」
「ほらあたし、足が魅力の一つだからっ」
「意味が解らん」

 セリスが呆れたように言う。

「ま、まあともかく、あたしがこの世で一番嫌いな奴の話だよ」

 よいしょっと話を軌道修正。

「そいつもね、身分不相応な恋愛ごととやらで悩んでいてね、ちょっと相談に乗って上げたらそんなことを言い出したのよ」
「 “自分は居なければ良いんだ” って?」
「そ。もっともそいつはローザみたいに泣きながらじゃなくて、笑いながらだったけど」

 だからこそ、リサは余計に腹が立った、と覚えている。
 ローザのように感情的になってそう叫んだわけじゃない。
 本気で、まるでそれが当たり前のことのように普通に思って、普通に口に出したから。

 ―――それは、リサ達が子供の頃に望んだことでもあった。

「それでどうしたんだ? やっぱり今と同じように平手で?」

 セリスが問うと、リサはチッチと指を振って、何故か自慢そうに胸を張る。

「そんな生易しいもんじゃなかったよ」

 それを、当人の口から言われたとき、リサの理性は吹っ飛んだ。
 営業時間内で、しかも他の客が居る中で、リサはテーブルごと蹴り飛ばした。あまりにも感情が暴走したせいで、その時の記憶は所々飛んでいるが、はっきり覚えているのは店から叩き出したあと、二度と来るなと泣き叫んだことくらいだ。

(・・・って、あの時も泣いていたんだなー。あたし)

 でも、そうした自分の行動は思い返しても納得できる。
 きっと、また同じ事を言われれば、同じ事をして返すだろう。
 その時の自分は絶対に悪くない。・・・その後、客に頭を下げまくって、壊したテーブル代を弁償したり、バイト代を減らされたりしたけど、絶対に自分は正しいと思う。

 許せないのはそれを言った本人と、子供の頃の自分自身だ。

「嬉しかったんだよ、あたしは。そいつと逢うことが出来て」

 この店で偶然再会した時の衝撃は絶対に、絶対に一生忘れられない。
 忘れかけていた後悔が蘇り、でもそんな後悔すらも一撃で吹っ飛ばすほどの大打撃。
 驚いたようにこちらをみて、それでも少し懐かしそうに微笑んで挨拶してくれた時、どんな想いを感じたか、きっとリサ以外の誰にも解らない。

「もちろん、ローザともだよ。・・・なのに、それを無くても良かったなんて言われたら、悔しいでしょ!」

 もしも過去へ戻れるなら自分自身に教えてやりたい。
 君が躍起になって否定しようとした相手は、今のあたしにとってはかけがえのない友人になっているのだと!

 勢いよくテーブルに身を乗り出してリサが言う。
 対して、ローザは静かに―――微笑んだ。

「それは仕方がない事だと思うわ」

 いつもの眩しくすら感じる、エネルギー溢れる笑顔ではなく。
 湖面に映った三日月のように儚げな微笑み。普段の友人らしかぬ、しかし何よりもの美しさに、リサは同棲だというのにドキリとする。

 なにが仕方ないの? と聞こうにも言葉が出てこない。
 そんなリサに、ローザは微笑んだまま続ける。

「だって、セシルはずっと後悔し続けて生きてきたんだもの」
「・・・は?」

 困惑した声を上げたのはセリスだ。

「セシル? いつセシルの話になったのよ?」
「今までずっとリサがセシルの話してたじゃない」
「あ、あたし、セシルの名前なんて出したっけ?」
「出してないけど・・・あら、違うの?」
「う、ううん。あってる・・・けど・・・どうして?」

 不思議そうに尋ねるリサに、逆にローザがきょとんとして。

「え、だって解るでしょ、普通」
「「わかるかーっ!」」

 セリスとリサが同時に叫ぶ。
 二方向からつっこまれて、ローザは「きゃん」と首を竦めた。

「な、なに、二人して。声を合わせて仲良し度をアピール!?」
「貴女が解らないこというからでしょうが!」
「はっ!? そう言えばセリスとリサってなんか名前が似てる気が!」
「聞きなさいよ人の話! ていうか名前ネタはもう良いッ」
「・・・だいたい、どこか似てる?  “リ” しか共通してないじゃん」
「リとサ行が―――そうね、リサの頭にもう一つ付け加えて・・・セリサ? なんかしっくり来ないわ。ええと・・・サリサ?」

 

 

******

 

 

 一方その頃―――

 バロン城の客室で。
 窓を開け放ち、気持ちよい風が吹き込んでくる室内で、海賊の長ファリス=シュルヴィッツがベッドに大の字になって眠り込んでいた。
 と、不意にくしゅんっ、と小さく可愛らしいくしゃみをする。

「んん〜・・・・・・」

 だが、別にそれで起きるというわけでもなく、寝返りを一つ打つと、むにゃむにゃと何事か寝言を呟いたまま、眠り続けた―――

 

 

******

 

 

「ていうか、名前の話はいいから。―――仕方ないってどういうこと?」

 リサが問うと、ローザはどう説明したものか、と少し悩んで。

「だからね? セシルは誰に対しても大なり小なり後悔しているのよ。自分が出会ってしまったせいで、自分がなにかしたせいで、何かが変わってしまった―――そのことに対して後悔しているの」
「変わってしまったこと・・・って、なにそれ?」
「というか、誰かが何かをして変わるのは当然だろう? それで不幸になる人間もいれば、幸せになる者もいる」

 セリスの言葉に、ローザはうん、と頷いて。

「でもセシルが居なければ不幸になる人間が不幸にならなかったかも知れない。幸せだった人間は、もっと幸せになれたかもしれない。セシルは自分が 選択 した以外の “可能性” に後悔しているのよ」
「筋金入りの馬鹿だな。 “可能性” なんかにいちいち後悔していれば、なにも選ぶことなどできやしない」

 セリスが吐き捨てる―――が、自分の言葉に違和感があった。
 セシル=ハーヴィとは何か一つ選ぶたびに逡巡するような男だっただろうか?

(いいや、むしろ逆だ)

 ゾットの塔で、セリスが勝利したとき。
 ローザを生かすかセシルを生かすかの二択の時、セシルは迷わずに自分自身を選んだ。それが単なる我が身可愛さの選択では無いことを知っている。それが唯一の正答だと解っていても、自分が愛する者を失うという選択は、迷い無くできるものではない。

「セシルは後悔しても迷わないわ」

 どこか嬉しそうにローザは言う。
 いつの間にか、先程までの病的なほどの青白さは表情から消え失せていた。

「悔やみながら、苦しみながら、それでも躊躇うことなく進んでいく人だから。だから、同じ “後悔” に出会ったとき、セシルはより正しくより強く在ることができるのよ!」

 まるで自分自身のことのように誇らしげに言うローザ。
 だんだんと取り戻すいつもの調子に、セリスとリサはあっけにとられて―――やがて、苦笑する。

 いきなり笑い出す友人二人に、ローザはきょとんと二人の顔を見比べる。

「な、なに? なにがそんなに可笑しいのかしら?」
「自分で気がついていないの? セシルの話をする貴女の表情、とても生き生きしているわよ」

 セリスが指摘すると、ローザがはっとして自分の顔を両手で覆い隠す。

「は・・・はぅ・・・」

 顔を隠しても、両手では隠しきれない。
 はみ出した部分が、真っ赤に染まっているのがはっきりと解る。

「う・・・ううっ、ず・・・・・・ずるいわっ!」
「なにがだ」
「リ、リサがセシルの話なんかするからっ!」
「あたしっ!?」

 自分を指さすリサに、ローザは顔を覆っていた両手を除けて、涙目で詰め寄る。

「私はセシルの話を聞く度に幸せになれちゃうのよっ!」
「・・・いーじゃん。幸せになれば」
「えっ?」
「ローザはセシルに逢うのが怖いんでしょ? だったら逢わずに話だけ聞いていればずっと幸せ」
「そ、それはそうだけど―――」
「そうなのか?」

 セリスの冷静なつっこみを、しかしローザは聞いていない。
 もじもじと、人差し指と人差し指を突き付けたりなんかして、

「でも、セシルの話を聞いちゃうと、逢いたくなるわ!」
「逢いに行けば?」
「だからそれは駄目!」
「なんで?」
「えっ・・・?」
「なんでセシルに逢うのは駄目なんだっけ?」

 リサがわざとらしく首を傾げてみせると、ローザも鏡のように首を傾げる。

「・・・・・・なんで駄目なのかしら」
「「「おいっ!?」」」

 さっきの涙ながらの独白は何だったのかと、セリスに加えて、ずっと傍観者だったクラウドやマッシュまで一緒になってつっこむ。
 しかしローザは本気で忘れているのか、至極難しそうな顔をして悩む、

「ちょ、ちょっと待って。今整理するから―――ええと、例えば私がセシルに逢いに行くとすると、セシルと一緒に居たり、話をしたり、ご飯を食べたりして私楽しくてとても幸せ――――――・・・・・・あら?」
「あ、貴女ねえ・・・その涙の跡はなんなのよ・・・・・・」

 こめかみを抑え、セリスは空いている手でローザの顔を指さす。
 ローザの目元から頬を伝い、涙の跡がハッキリと残っていた―――が。

「困ったわ、セリス」
「なにが」
「涙の跡って、自分からじゃ見えないわ」
「鏡を使えッ!」
「いや、そこまでしなくても―――」

 と、リサが言いかけたとき。

 カランコロン♪ と、店のドアが開いて、リサは反射的に席を立った。

「いらっしゃいませー♪」

 営業スマイル0ギルで来客を迎える。
 それは妙な取り合わせだった。
 モンク僧にネズミ族の女性に吟遊詩人らしき竪琴を持った美形の青年。

 モンク僧は初見だが、ネズミ族と吟遊詩人には見覚えがあった。
 ネズミ族の女性は、つい先日に同じネズミ族の竜騎士を見た覚えはないかと尋ねにやってきた。見たことがないと答えると、そうか、と残念そうに肩を落としたのを覚えている。
 吟遊詩人は、リサがバイトをやり始めた頃に店に来たことがある。竪琴を撫でるようにして奏でるだけで、夢心地のような美しい音色が店内に響き渡ったことは、今でも夢に見るほどだ。

 お久しぶりー、と気安く声を掛けようとした瞬間、モンク僧が大きな声を上げた。

「おお、マッシュ!」

 店の隅で掃除していたマッシュを見つけ、名前を呼ぶ。
 どうやらマッシュの知人らしい。

「あ、ヤンさん。どうしたんですか?」
「いや、セシルのヤツが人手を集めていてな、それでお前の手も借りに来たと言うわけだ」

 ヤンの言葉に、マッシュの眉がぴくりと動く。
 マッシュもリサ達のやりとりは聞いていた。セシルが、兵を動かしてまで無理矢理にローザを捕まえようとしていたことも。

「まさか・・・ヤンさんもセシルに荷担するつもりで?」
「当然だ。同じ男として協力しないわけには―――ぬおっ!」

 ごうっ、とマッシュの剛拳がヤンに向かって振るわれる!
 それを反射的に回避して、ヤンは驚いたようにマッシュを見返した。

「マッシュ!? どういうつもりだ!?」
「どういうつもりも―――ヤン。俺はアンタを見損なったぁっ!」
「な、なんだ? なにを怒って―――」
「ヤン!」

 ギルバートがヤンを呼び、指さす。
 その指の先では、セリスとローザがそろそろと裏口に向かって移動する所だった。

「なっ!? あれはローザ=ファレル!」
「ど、どうしましょう、セリス! 見つかったわ!」
「見つかったが―――どうするんだ、ローザ?」

 逆に問い返す。
 なんだか解らないうちに、ローザはいつもの調子を取り戻したようだった。
 ならばセリスはもうどうでもいい。セリスの目的は、ローザをいつもの “はた迷惑” な女に戻すことだったのだから。

(・・・ホント、なに考えて居るのかしらね、私は)

 苦笑する。自分から迷惑かけられることを望んでいるとしか思えない。しかも、それを否定する材料も乏しい。認めたくはないことだったが―――

(楽しい、のかしらね、私は)

「そうね。私は今、とってもセシルに逢いたい気分よ!」
「それで?」
「でも逃げるわ」
「どうして?」
「解らないわ!」

 断言してから、付け加える。

「敢えて言うなら逃げてみたいから!」
「逃がすかぁっ!」

 ヤンが叫ぶ―――が、その前にマッシュが立ちはだかる。
 それを見て、ギルバートがネズミ族の女性に呼びかける。

「フライヤ―――」
「こちらも通してはくれないようじゃが」

 クラウドが手入れしたばかりの巨剣を掴んで立ち上がるところだった。

「あれっ、どーしたのクラウド君!? いつも “興味ないな” とかスカしてるくせに!」

 リサが驚いた声を上げると、クラウドはいつもの無愛想な調子で、

「・・・気まぐれだ」
「明日は大雪ね!」
「・・・言ってろ」

 自分でもらしくないとは思っているのか、クラウドは特に反論せずにフライヤと向き合う。

「―――というわけで、ローザ! 逃げてオッケーだよ!」
「恩に着るわリサ! また今度二人で食べに来るわ!」

 そう言い残して、ローザはセリスと共に裏口へと消えていく。
 それを見送ってリサは苦笑。

( “二人” って―――誰と来るつもりなんだろうね)

 セリスと一緒にまた来るという意味なのか、それとも―――

 ―――自分は居なくても良い存在だ。

 状況は違えど人を愛し愛されることに悩んで、同じ言葉を口に出した二人。
 二人に対して、リサは同じように怒りと悔しさを感じた。

 じっと、自分の手を見つめる。
 初めて、友人の顔を殴った手。興奮していたせいか、殴ったときの感触はもう思い出せない。

(・・・結局、お似合いって事なのかなあ)

 そんなことを思いつつ。
 リサは一触即発な5人を振り返った―――

 


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