第16章「一ヶ月」
S.「君が好きだと叫びたい!(15)」
main character:リサ=ポレンティーナ
location:金の車輪亭

 金の車輪亭―――

 宿屋も兼ねている、フォールスでは珍しくないタイプの酒場である。
 一応、すぐ近くにある西門から訪れる外来者を相手にしているのだが、実際はバロンの城からやってくる兵士達のほうが多く客としてくる。場所的には城からは少し距離があるが、通りを挟んだ反対側にある初心者の館までチョコボ車が出ているので、割と気軽にこれることもある。この店の看板娘がバロン軍では知らぬ者は居ない飛空艇技師シド=ポレンティーナの娘、リサ=ポレンティーナと言うことも理由の一つにあげられるかもしれない。ついでに言うと、出される料理も地味に美味い。

 昼を少し過ぎた辺りの店内は、閑散としていた。
 客と呼べるものの姿は無く、リサは暇そうにカウンターの椅子に腰掛けている。

 マッシュは生真面目に掃除をし続け、窓の縁や部屋の隅など、普段は掃除しないような所まで綺麗に磨いていた。意外に細かい性格をしているのかもしれない。

 そしてクラウドは五人がけの丸いテーブルの一つに陣取り、自前の巨剣の手入れをしている。店内でそんな物騒なものを出すのはどうかとリサは思ったが、客も居ないことであるし、まぁいっかーと考え直す。

(ヒマだなー)

 ぼんやりと店内を見回してみるが、何度見直しても客の姿は見えない。
 基本、酒場メインの店なので、ピークは夜に来る。一応、宿屋兼食堂として日中も店を開けてはいるものの、ここのところバロン国内がゴタゴタしているせいで、街を出入りする人間が多くない。すると当然、西門を使う人間も少なくなりイコール店を利用する人間も少ない。
 ここのところ、昼間に客として来るのは西門を警備する門兵くらいなものだった。その彼らも、一週間に数えるほどしか使われない門の警備なんてする必要があるのか? と疑問を零していたりする。

(まー、よくわからないうちにセシルが王様になったりして、なんか国の中も落ち着いて来たような気がするし、魔物の数も減っているし、そろそろ客も増え始めるんじゃないかなとは思うけど)

 セシル=ハーヴィがバロン王になったことについて、リサは自分でも意外に思うほど驚くことはなかった。
 それも不思議なことではなく、彼女の友人二人―――カインとローザに、事あるごとに「セシルは王になる」と言ったような事を繰り返し聞かされたせいなのだろう。
 加えて、この店に来る常連客の兵士達―――その殆どが陸兵団や赤い翼の団員だ―――もセシルの事を悪く言う人間は殆ど居ない。彼女の恋人であるロイドはセシルに心酔しているし、父であるシドもセシルに一目置いている。
 早い話、リサの周囲はセシルを肯定する人間しか居なかったのだ。

 けれど、リサ自身はあまりセシルの事を良くは思っていなかった。
 リサだけではなく、この辺りに生まれ育った同世代のものはおおむね似たり寄ったりの感情を持っているだろう。
 なにせ、彼女たちはセシルの少年時代を知っている。
  “親無し” であり、たまに見かければいつもボロ雑巾のような汚い身なりでいた。今にして思えば少しくらいは同情も出来るだろうが、当時の子供の感情としてはあまり触れたくない存在だった。・・・いや子供だけではなく、大人達でさえ「アレ」と遊んではなら無いと釘をさしていたほどだった。

 しかしリサ達―――子供達は、大人とはまた違った意味でセシルの事を嫌悪していた。
 それは子供達のリーダー的存在だった二人―――カインとローザに原因がある。

 親が竜騎士団の長を務め、また自身も幼くして槍を使わせれば大人顔負けの動きを見せ、なおかつ金髪碧眼の顔立ちはまさに貴公子と呼ぶに相応しい、カイン=ハイウィンド。

 末席とはいえ貴族の娘だというのに身分を鼻に掛けることなく、老若男女問わずに見た者を魅了する美貌と、天真爛漫な活力を秘めたローザ=ファレル。

 誰もがその二人に憧れた。カインが街を歩けば、それを見かけた子供達はその後をついて周り、何時の間にやら大行進となった。
 ローザが一声掛ければ、朝だろうが夜だろうが、勉強中だろうと親に叱られていようと、例えお楽しみの3時のケーキを目の前にしていようと、すぐにローザの周りに集まった。

 それほどまでに、二人にはカリスマ性があった。
 リサ達の子供時代における青春の象徴と言っても大げさではないくらいだ。

 だというのに、その二人が最も親しくしていたのが、 “親無し” のセシルだった。
 事あるごとにカインとローザは、あの薄汚い穴蔵みたいなスラム街からセシルを連れ出して、遊びの輪に入れようとした。子供達はセシルのことは嫌いだったが、カインやローザに嫌われることを畏れ、仕方なくセシルと遊んだ。

 けれど誰もが許せなかった。 “親無し” のセシルなんかが、自分たちの “憧れ” のすぐ近くにいることが耐えられなかった。だからカインやローザの居ないところで、セシルの悪口を言ったり、セシルを突き飛ばしたり、仲間はずれにして虐めていた。

 セシル虐めにはリサも荷担したことがある。
 ペンキを溶かした水をセシルに向かって思いっきりぶっかけたのだ。暑い日だった。緑と青の混ざった不気味な色に染め上げられたセシルに向かって、リサは笑いながら言った。

「どう? 涼しくなったでしょ。今日は暑いもんねえ!」

 ・・・・・・今、思えばどうしてそんなことをしてしまったんだろうかと後悔する。
 もしも可能なら、今すぐ過去に言って自分自身をけっ飛ばしてやりたいとすら思う。
 どれだけ自分が最低なことをしたのか、今ならはっきりと解るからだ。

 ただ、一つだけ言い訳出来るならば、あの当時はそれが “普通” だった。
 セシルという存在は、子供たちにとって嫉妬と嫌悪の対象であり、それを苛め、否定することで自分たちを保ち続けてきたのだから。

(・・・本当にただの言い訳だね)

 昔の事をぼんやりと思い返していたリサは、自嘲気味にそう思った。
 なんのことはない。子供の頃の自分は、単に情けなかっただけなのだ。カインやローザと言ったカリスマに平伏し、それ故にセシルに嫉妬した。子供でさえ―――いや、子供だったからなおのこと、カインとローザ、それからセシルの間に見えない絆が感じ取れた。それはまるで聖域のようで、容易に踏み込むことの出来ない繋がり。だから、リサ達はセシルを攻撃するしかなかった。

 最も、リサが直接イジメに荷担したのはその1回だけだった。
 別にそれで気が晴れたというわけではない。むしろその逆だった。

 ―――ペンキまみれになったセシルを笑い声が取り巻く。
 その場に居たのは実行犯のリサだけではない。他の仲間も一緒にいた。一緒に、情けない姿になったセシルを大笑いした。
 だけど、その笑い声はすぐに消えた。何故なら―――

「確かに今日は暑いね。お陰で涼しくなったよ。ありがとう」

 そう言って、セシルが笑ったからだ。
 感情を堪えて無理に笑ったのではない。自棄になって大声で笑い飛ばしたわけでもない。
 ただ、普通に苦笑していた。

 イジメられているのが解っていないわけじゃない。自分がどれだけ酷いことをされたのか、解らないはずもない。
 だというのに、平然と笑っている。それが、子供達には理解できなかった。

「・・・なんなんだよ」

 子供の一人が苛立ち混じりに言葉を吐く。

「なんなんだよ、お前っ!」
「なんなんだよって言われても」

 困ったようにセシルは笑うだけ。
 それがさらに苛立ちを呼ぶ。
 その子供はセシルに詰め寄ると、どんっ、とセシルを突き飛ばした。セシルは押され、後ろに数歩よろめく。それを指さしてその子は若干乾いた笑い声を上げた。

「はははっ、ヘンな格好! あはははははっ!」

 周囲の子供も―――もちろんリサも―――同調するように笑い声を上げる。
 セシルも―――変わらずに苦笑する。

「なんだコイツ、怒りもしねえ! やっぱりコイツは腰抜けだ! ずっとずっと昔っから腰抜け野郎だ!」

 ―――リサ達がセシルを嫌う理由はもう一つあった。
 それは、まだリサがローザと出会う前。カインがいつものように無理矢理セシルを連れてきて、広場でボール投げをして遊んでいた時の事だ。翼を持つ魔物が、外壁を乗り越えて街の中へと進入し、広場へと舞い降りたのだ。

 初めて見る魔物に子供達が震え上がり、足も竦み、逃げることすらできなかった。
 ただ一人、カインだけがいつも持ち歩いている子供用の槍を握りしめ、戦おうとしていたが、その槍の穂先は震え、彼もまた身動き一つ取れなかった。突然の襲来に、兵士達はすぐにはこれない。このままでは全員、魔物に食べられてしまう―――誰もがそう思ったとき。

「うわああああああああああああああ!」

 セシルが悲鳴を上げて逃げ出した。
 無様に、よろめきながら、大きな悲鳴を上げて広場から逃げ出した。
 魔物はそれを追い掛けて、カインもそれを追い掛けた。他の子供達は、とりあえず魔物がいなくなった安堵感に、その場にへたり込んで、わんわんと泣き始めた。

 その後、カインが魔物を一人で仕留めたと聞いて、ますますカインの人望が強まり、逆にセシルは嫌われ者となった。
 友達を見捨てて一人で逃げたセシル。腰抜けセシル―――そう言うと、何故かいつもはクールなカインが、烈火の如く怒り出すので誰も口には出さないが、思っていることは同じだった。

 そんなことがあったから、イジメてもイジメてもただ苦笑しかしないセシルのことをみんな腰抜け呼ばわりした。
 だけど本当は皆、知っていた。
 セシルは腰抜けだから笑っているわけではないことに。

(・・・いまなら解る。アイツは “解っていたんだ” )

 どうして自分がイジメられるのかセシルは解っていた。
 カインとローザと仲良しだから、嫌われているのだと解っていた。
 虐められる自分を納得していた。

 諦めていた、というわけではない。

 例えるなら、大人と子供。悪戯を繰り返す子供に「仕方ないなあ」と苦笑する大人の反応。
 そう。セシルは同じ歳の子供達よりも何歩も前に進んだ “大人” だった。
 だから子供達は―――リサは―――恐怖した。子供の姿をした大人という得体の知れない存在を、未知の存在を恐れた。
 恐怖を怒りで誤魔化し、苛立ち、セシルに八つ当たりした―――けれど、セシルはただ苦笑するだけ。だからさらに恐怖は増長する。

 リサはセシルに対して直接虐めたのは1回だけだった。1回しかできなかった。
 実際やってみれば解った。相手は子供の自分では足下にも及ばない “大人” なのだと。
 それはリサだけではなく、殆どの子供がセシルに対して直接手を出したのは一度限りで、自然に無視する方向へと流れていった。

 その後、セシルはカインと共に兵学校へ進み、さらには飛び級を繰り返して史上最年少で卒業してしまったため、リサ達とは縁が切れてしまった。しばらく年月が経ち、リサがこの店でアルバイトを始めた頃、セシルがこの店を訪れた。カインとローザの三人で。

(あの時はあせったなー)

 殆ど忘れかけていた頃の再会だ。
 というか忘れていた。ローザがセシルの名前を呼ばなければ思い出せなかっただろう。ついでに言えば、カインとローザもリサの事はすっかり忘れていた。まあ、二人にとってリサは単なる取り巻きの一人でしかなかったのだから、当然と言えば当然だが。

 しかし、ただ一人。セシルだけが。

「あれ、久しぶり」

 と、少し驚いたように挨拶をしてきた。
 その瞬間のショックをリサは一生忘れられないだろう。

「なんだ、知り合いか?」
「ええええっ、セシルが浮気ーっ!?」
「・・・いや、君らも友達だろ。ていうか浮気ってなんだよ」
「友達?」
「うわ、本気で忘れてるのか? リサだよ。子供の頃一緒に遊んだだろ」
「覚えてないな」
「・・・ったく。リサは覚えているよね、僕たちのこと」

 苦笑するセシルに、リサは頷いた。
 その後、改めて自己紹介をして、昔話なんかをして談笑した記憶がある。主にセシルが色々と話をしてくれたお陰で、カイン達もリサのことを朧気ながら思い出したようだった。ただ、その時、どんな話をしたのかリサは覚えていない。茫然自失として―――つまりそれほどまでショックだったのだ。

 カインとローザに忘れられていた事よりも。
 セシルが普通にリサのことを覚えていて、普通に挨拶をして笑いかけたことが。

 ・・・それからセシル達は店に来るようになった。
 城の方で、セシルがリサの父であるシドと出会ってからは、家の方へも遊びに来るようになった。
 まるで昔のことなど無かったかのように、リサはセシル達と親しくなれた。

 昔イジメたことを謝ろうとも思ったが、結局謝ってはいない。
 そもそもセシルはそんなこと気にしてはいないだろう。いや、気にするという次元ですらない。あれはセシルにとっては「仕方ない」と思えることであり、今更そのことについて話しても、セシルが困るだけだ。

 だから、このまま昔のことは気にせずにいよう―――そう思っていた・・・のだが・・・・・・

 

 ―――カラン、コロン♪

 

 不意に、店の入り口が開いた。
 来客を告げる鐘の音に、リサは物思いを中断して顔を上げる。

「いらっしゃ―――!?」

 来客の姿を認めてぎょっとする。
 店の中に入ってきたのは、いつか見たことのある、剣を腰に携えた金髪の女性と、その女性に支えられるようにして入ってきたのは―――

「ローザ!?」

 青ざめた力のない表情で店の中に入ってきた友人の姿に、リサはしばし立ちつくした―――

 


INDEX

NEXT STORY