第16章「一ヶ月」
R.「君が好きだと叫びたい!(14)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの街・西街区

 東西を分ける中央通り。
 その真ん中当りから西へ向かって真っ直ぐと伸びる、西街区のメインストリートにローザ達はいた。

 セリスは今朝も通った道だ。
 ダムシアンからやってきた行商人達が押しかけたために、道の至る所に露店が開かれ、まるで祭のようににぎわっている。
 一応、チョコボ車も走る道なのだが、露店と客のせいで混雑して、車は別の道を迂回しているようだった。

 街の警備を担当する兵士達も、露店を整理しようと苦心しているようだが、路上で店を開いてはいけないという決まりはバロンにはない(今まではそんな決まりがなくても問題がなかった)ため、兵士達も商人達に向かって強くは言えない。

 結果として―――

「まあ、身を隠すのには都合が良い程度には人混みができてくれているわけだ」

 人と人との波に揺られるようにして、セリスは呟く。
 その右手にはローザの細く白くすべすべした手が握られていた。
 普段の言動はアレだが、ローザ=ファレルという造形は間違いなく、絶世の美女と言えるほどだった。その手も名匠が繊細に作りあげたと思うほどに華奢である。対してセリスの手は、剣を握ることもあって意外にゴツいし握力もそれなりにある。ローザの手を握りつぶして壊してしまわないかと少し心配してしまう。

 セリスも自分自身、悪くはない部類だとは思っている―――実際は悪くないどころか、十二分に美女と呼ばれるほどの美貌なのだが―――しかし、それもローザと並べると霞んでしまう。特に、今は普段のやたら溢れた行動力は無く、大人しく淑女然としているから尚更だ。

「・・・大丈夫か?」

 ファレル邸を逃げ出してから、一言も喋らないローザに、流石に心配になって問いかける。
 しかしローザは「・・・・・・」と、返事どころか反応もしない。
 ただ、セリスに手をひかれるままに、とぼとぼと歩くだけ。

(いつものコイツに戻すには・・・)

 どうしたらローザの元気を取り戻すことが出来るのだろうかと考える。
 思考の中で論理的な部分から、こんな女に構う必要はないはずだと反論が聞こえるが無視。確かに、ローザに構ってやる義理など無いし、むしろこのままのほうが五月蠅くなくて都合が良い。

 しかし。

(・・・・・・嫌だな)

 元気なく歩くローザを振り返ってセリスは心底そう思う。
 いつもはローザの事を『人の話を聞かない迷惑女』としか思っていなかったが、こんな状態のローザを見るくらいなら、迷惑を掛けられていたほうが良いとさえ思える。

 そのためには―――

「・・・セシルの所へ戻るか?」

 問う。
 セシルの名前を聞いた瞬間、ローザがびくんと反応した。
 おそるおそる、怯えるように瞳を揺らしてセリスを見ると、小さく首を横に振る。

「駄目・・・今、逢ってしまったら私は・・・」

 ローザの心は狂おしいほどにセシルに逢いたいと叫んでいる。
 だからこそ逆に逢うことは出来ない。ここで逢ってしまったら、もう二度とセシルから離れることは出来なくなってしまう。そうしたら、またセシルを傷つけて―――失ってしまうかもしれない。それだけは決して許せることではない。

 粉々に砕け散りそうな心を堪え、ローザは震えてはいるが、しかしはっきりとした言葉で言う。

「私は、もう二度とセシルには逢わない」
「・・・そうか」

 無理矢理逢わせてしまえば良い。
 セリスの脳裏にそんな考えが浮かぶ。
 けれど、無理矢理逢わせても、ローザの心は解決しない。きっと、セシルを愛することを悔やみながら愛していく。痛みを抱えたまま生きていくローザ=ファレルも、セリスは見たくなかった。

 それになによりも、セリスは少しだけ怒っていた。

(・・・そもそもは、アイツがもっとしっかりしていれば良かった話なのよ)

 アイツとは誰のことでもない、セシル=ハーヴィだ。
 詳しくは知らないが、ローザとセシルの関係はあまり良好ではなかったらしい。
 思い出してみれば、セシルがミストに出立する前夜に部屋を訪れたときも、ローザに対してセシルにはなにか躊躇いのようなものがあった。

 さっきもそうだ。
 ローザに拒絶されてあっさり引き下がった。あそこで強引にでも逢っていれば、自分がここまで気に悩む必要も無かったというのに。

 ―――と、そこまで考えてセリスは苦笑する。

 セシルに合わせた方が良いと判断しながら、ローザを連れて逃げている。
 矛盾していると思いながら、そんな自分に違和感を感じない。
 目的がはっきりとしているからなのかもなのかもしれない。

(あの時と同じか―――)

 ファブールで、暴走したセシルを止めたいと思ったときと同じ。
 決意も覚悟もなく、単にあるのはなんでもないただの目的。

(私は私が知る人を取り戻したいだけ。知っている人が “違う” というのはとても嫌なものだから)

 苦笑する―――そんなセリスを、ローザはきょとんとして見つめ。

 ―――その時、騒ぎが起きた。

 

 

******

 

 

「許可無く路上に店を開いている商人達に告ぐ!」

 通りの入り口で、漆黒の鎧に身を包んだ騎士が声を張り上げる。
 ウィーダス=アドーム。バロンが誇る八大軍団―――その主力の一つである暗黒騎士団の軍団長だ。
 その背後では十数人の暗黒騎士が並んでいる。

 悪魔を象った鎧を着た暗黒騎士は、居るだけで周囲を威圧する。意匠だけではなく、その鎧そのものから滲み出るダークフォースに人々は恐怖する。
 その恐怖に、つい先程までにぎわっていた露店街は、見えるものは黙って暗黒騎士に注目し、見えないものはなにが起きたとざわめき出す。

「セシル王の君命である! これより、城の許可無くして路上に店を開くものは処罰の対象となる!」

 その言葉に、商人達は鼻白む。

「横暴だ! 今までは許可なんて必要なかっただろう!」
「そうだそうだ! 王様の命令だからって勝手すぎるぞ!」

 怒りのためか、暗黒騎士に対する恐怖もしばし忘れ、商人達が抗議の声を上げる―――が。

「黙れ」

 ウィーダスのその一言で、商人達は威圧されて押し黙る。

「思い思いに店を広げた結果がこの有様だ! メインストリートが混沌と化し、チョコボ車も通れずに、人の通行も困難だ。さらには、スリなどの窃盗も多発し、治安も乱れ始めた。これ以上は放置できぬとの王のお考えだ!」

 全くの正論だった。
 それは商人達も解っている事だろう―――が、そこで納得できるようならば、そもそもこんな事態になりはしない。

「し、しかし・・・ここで店を開けなければ、我々はどうしろと? 飢えて死ねと王は言われるのか?」

 気圧されているのか、やや丁寧な口調で商人の一人が問う。
 と、ウィーダスはそれまでの厳しい表情をふっ、とゆるめ。

「だから城で許可を得ろと言うのだ。城で許可を得れば、店を開く敷地を割り当てて貰える。そこでならば、なにも文句を言われることもない」
「で、でも、今までそんなこと必要なかったのに、今更・・・」
「ああ、ちなみに」

 尚も食い下がる商人の言葉を無視して、ウィーダスは続けた。

「当然だが場所は早い者勝ちだ。早く許可を取った者ほど、良い場所を割り当てられる」

 その言葉を聞いた瞬間、商人達は一斉に店をたたみ始めた。
 自分の商売道具を抱え、慌てて城へと向かって駆け出していく。中には後続に押され、転倒し、踏みつけられてさらに転倒して怒号を発するものもいる。
 そんな押し合いへし合いの大移動の中でも、ダークフォースを身に纏うウィーダス達には近寄ろうともしない。本能的に忌避しているのだろう。そんな様子に、ウィーダスは納得する。

(なるほど、何故わざわざ我々が選ばれたのか解らなかったが、こういう事か・・・)

 もしもこれが普通の騎士ならば、商人達の大移動に巻き込まれて怪我を負っていたかもしれない。そもそも、ざわめきにぎわっていた商人達が、素直に話を聞いたのかも怪しい。

 もっとも、これでウィーダス達には怪我はないが、転倒した商人やそれに巻き込まれた一般人には怪我人が多く出るだろう。
 とりあえず、医者と白魔道士団はは要請しておくべきだと、ウィーダスは部下に伝令を伝えた―――

 

 

******

 

 

「おー、走ってく走ってく」

 西街区のメインストリートから商人達が溢れ出し、城の方へと地響きを立てて向かうのを見て、バッツが小気味よさそうに笑う。

「すげえ数だな、あれ」
「それだけダムシアンのバザーの規模が大きかったって言うことだよ。当然、バロンだけじゃなくて他にも流れているはずだから、あれでもその一部というわけだ」

 セシルがそういって、ギルバートを振り返る。
 ギルバートは頷いて。

「砂漠だからね。広げるだけなら際限なく広げられる。それを街に納めようと言うのは無茶があると思うけれど―――」

 そうギルバートが懸念しているのは、果たして上手く商人達に場所を割り当てられるかどうかという話だ。
 街の中では場所に限りがある。元々街に店を持つ商人達との兼ね合いもある。それらを上手くまとめるのは並大抵のことではない。

「ま、なんとかなると思いますよ」
「・・・なんか人ごとみたいだね」
「そういうことは得意な人に任せるので」

 ニ、と笑ってセシルはベイガンに目配せする。
 ヤンの必殺の一撃を受けたベイガンにはしかし怪我らしい怪我は見えない。ヤンが手加減したと言うこともあるが、ベイガンの身体も魔物の力のおかげで強化されているようだった。
 そのベイガンは、まだセシルの命令に納得がいかないのか、不機嫌そうな様子で、

「ウィル殿ですか? 確かにウィル殿ならば適任でしょうが、しかし一人では・・・」
「そうだね。だからベイガンも頼むよ」
「わ、私も!? しかし私は―――」
「ローザを追い立てるのは君も本意ではないだろう?」

 セシルのその言葉に、ベイガンはぎくり、とあからさまに表情を変えた。
 やや青ざめた様子で、がくがくと身を震わす。

「ま、まさか・・・・・・気づいておられるのか・・・!?」
「気づくもなにも、一応僕は名誉会員だしなあ」
「う、うううっ」

 今度は顔をかーっと真っ赤に染めて、ベイガンは自分の顔を両手で覆い隠す。

「なんだ? なんかキモいことになってんぞ?」
「キモいとかいわんで下されロック殿!」
「なーなー、何の話なんだよセシル?」
「こ、こらっ、セシル王に向かって呼び捨てとは―――」
「いやそれがさあバッツ。実はベイガンはローザの」
「セシル王ーーーーーーーーーーーーーッ!」

 顔を真っ赤にして喚くベイガンに、セシルは「冗談だよ」と苦笑。

「それよりも、早く城に戻ってくれ。ウィルさんも大変だろうし」
「りょ、了解しました」

 かくかくと、ぎこちない動作でベイガンは城へと向かう。
 それを見送り、セシルは次の指示を騎士達に飛ばす。

「おそらくローザ=ファレルは露店街に紛れ込んでいたと思われる―――先程分けた班毎に西街区の南から路地を抜けメインストリートを探索。目標を北へと追い立てる!」
「・・・あれ、でも北は旧市街があるよ? あそこに逃げ込まれたら厄介じゃないか?」

 旧市街はスラム街に成り果てている場所で、建物が混沌と建ち並び、地図らしい地図も作れないほどに入り組んでいる。
 ギルバートの懸念に、しかしセシルは自信を持って答える。

「セリスは街に不案内だし、ローザも旧市街に迷い込めば、抜け出ることが困難だと言うことも知っています。だから自分から旧市街に入ることはないでしょう」
「それなら良いんだけど・・・」
「それよりも俺たちはどうするんだよ。適当に探し回ればいいのか?」

 バッツが相棒であるボコの背中を撫でながら問う。

「ボコって匂いとか嗅いで追跡したりできるのかな?」
「いや無理だろ」
「クエー」
「無理だと」

 そうか、とセシルはさして期待もしていなかったように言うと、

「それなら今は特にして貰うことはないよ。君達の力が必要になるのは追いつめたとき―――セリスを取り押さえる時だから」

 追いつめられたローザとセリス―――というかセリスが抵抗するかどうかは解らない。だが、もしも抵抗された時に、できるだけ無傷で捕えたい。そのために、バッツやヤン、それにフライヤの協力が必要だった。

「できればレオ将軍にも手伝って欲しかったけど・・・」
「気が乗らないとさ。あとファリスにも声を掛けようとしたんだけど、昼寝してたから」
「うん? バッツ、なんか顔が赤いけど大丈夫かい?」
「赤くねえよ! 大丈夫だよ!」

 何故か必死になって否定するバッツに、セシルは首を捻ったが深くは追求しなかった。
 ちなみにファスは、城へセシルの命令を伝えた後、そのまま即座に空に飛び去ったまま降りてこない。太陽の眩しさに目を細めて見上げれば、黒い点の様なものが陽光の中をちょこまか動いている。

「ところで、女性を追い立てることに対して意外とみんな協力的だけど・・・」

 ふとセシルが疑問に思っていたことを呟く。
 話を聞いて集まってくれたバッツ達は、特にセシルを責めることなく進んで協力してくれようとしている。
 さっきのベイガンのように、権力を笠に着て大勢で女性を二人を追いかけ回す、破廉恥な行為だと言われても仕方ないと思うのだが。

「当然だ! 一人の男として、私は全身全霊を持って協力しよう!」

 ぐっ、と握り拳を作るヤン。

「ま、てめえの事だ。悪いことにはなんないだろ」
「クエー」

 あっけらかんとバッツが言うとボコも同意するように鳴く。
 すると、ギルバートもポロロン♪ と竪琴をつま弾いて。

「恋人と離れ離れになる痛みは知っているからね。愛する人を失ってはいけない―――」
「かといって、やりすぎとは思うのじゃが」
「フ、フライヤ・・・」
「まあ、雇い主である王子が協力するというのならば、わしもそれに従うまでじゃ」

 フライヤだけはあまり気乗りしないようだった。
 まあ、彼女だけはセシルと共に行動したことがほとんど無い上に、なによりも女性である。心情的にはローザの方に傾くのも仕方がない。

「ま、そういうことだ。―――もっとも、これで美人様を不幸にするような結果になれば、許せねえとも思うがな」

 冗談交じりにロックはにやりと笑う。

「ありがとう、助かる」

 セシルが素直に礼を言う。
 と、ふと思い出したようにヤンが呟いた。

「おお、そうだ。まだ出番がないようならば、ヤツを呼んでくるとしよう」
「ヤツ?」
「マッシュだ。確か金のナントカ亭で働いているはずだが・・・」
「金の車輪亭だよ」

 ヤンの言葉を訂正したのはギルバートだった。

「知って居るんですか?」

 セシルが聞くと、ギルバートは頷いて。

「昔、まだアンナと出会う前に、吟遊詩人として旅をしていた頃にね。バロンに立ち寄ったときにお世話になったことがあるんだよ。・・・そういえば、色々あってまだ顔を出していなかったな・・・」

 そういって、ギルバートはヤンへ向き直り、

「マッシュを呼んでくるなら僕が行こうか? 店のマスターに挨拶もしたいし」
「いや、どうせ暇潰しだ。私も行こう」

 ギルバートの提案に、ヤンも同道することを告げる。

「当然、私も王子の護衛としてついていくが・・・」

 フライヤがセシルを見ると、彼は頷いて。

「問題ないよ。まだ君達の出番は後だから」

 ―――そういうわけで。
 ヤンとギルバート、フライヤの三人は金の車輪亭へと向かうことになった。
 そしてそれがどういう結果になるのか、セシルは未だ気づくことはなかった―――

 

 

 


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