第16章「一ヶ月」
P.「君が好きだと叫びたい!(12)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ファレル邸
「で、どうなんだ?」
ファレル邸を出たところで、ロックが尋ねた。
「なにが?」とセシルが問い返すと、「だから、ローザ=ファレルの事だよ。どうして逃げなかったのか解ってるのかよ?」
「逃げる必要がなかったんだろう」
「それでさっき思い切り駄目出しくらったろうが」ロックが言うが、セシルはだからどうした、とでも言うかのように肩を竦める。
「駄目出しだろうがなんだろうが、それが答えさ。街の外へ逃げないのも同じ理由」
「はあ?」
「逆に聞くけど、なんでローザは逃げなければいけないんだ?」
「それは―――・・・」ロックは言いにくそうに口ごもる。セシルは苦笑して、
「思った通りに言ってくれていいよ」
「その・・・お前に会いたくないからだろ?」
「そうだね」セシルは頷く。
その表情には、しかし愛する者に厭われているという苦みのような感情は無い。
代わりに苦笑したまま、ふう、と吐息。「そう、会いたくないだけなんだ―――ああ、もう! そう考えると自分自身に腹が立つ! ディアナさんから憎まれるのも当たり前だ」
「いや、ちょっと待て。なにを言ってるのか意味が解らんぞ?」困惑するロック。
ファスもチョコの背に乗ったまま首を傾げていた。「資格だよ」
「資格?」
「彼女は僕を愛する資格がないとか思ってるんだろーね―――昔の、僕のように」子供の頃、セシルは孤独であることを望んだ。
それは、自分を育ててくれた “神父” を見殺しにしてしまったことから、自分は人を愛することも、愛される資格もないと思い込んだ。だからこそ、あからさまに “愛” を振りかざして踏み込んでくるローザを拒絶していたのだ。
「きっと原因はゾットの塔での一件じゃないかな。ちょっとうろ覚えだけど、僕がセリスに敗れたことを、かなり気にしていたみたいだから」
正確には、ローザがセシルが傷つくことを望んでしまったから、愛する資格はないと思い込んでいるのだが、流石のセシルもそこまで細かいことは解らない。
「なるほど―――って、ちょっと待てよ。それで、どうして逃げない理由になるんだ?」
「だから―――」と、言いかけて。
何故かセシルは顔を赤く染める。「とにかく! ローザとセリスは街の中だ。ロック、ファス、探すのを手伝ってくれ」
「お、誤魔化した・・・まあ、いいけどよ。どうやって探すんだ? バロンの街ったって、割と広いぜ?」フォールス一の美女とも呼ばれているローザの知名度はかなり高い。それに加えて、ガストラの将軍であるセリスも共に行動しているのだ。かなり目立つので、通行人に尋ねていけばすぐに見つかるだろうが―――
セシルは空を見上げる。
太陽は、もうそろそろ頂点へと達しようとする頃だった。「時間制限があるからね。日没まで捕まえないと、ディアナさんは僕を認めてくれない」
「わたしが、 “運命” を見たほうがいい?」ファスが自分の瞳を指さす。
彼女は、人の運命―――命の流れというものを見ることが出来る。それを辿れば、すぐにローザを捕まえられるだろう―――が。「いや、いいよ」
しかしセシルは首を振る。
「君のその能力は、君にとっても負担だろうから」
ファスの能力は、その命の行く末―――いつ死んでしまうかも見えてしまう。そこら辺に歩いている普通の通行人の中にも、事故や病気などで数日中に死んでしまう人間も居るだろう。
しかし、それを知ったところでファスにはなにも出来ない。死ぬことが解っていて、それを見殺しにすることしかできない―――それは少女にとって、耐え難い苦痛だと言うことをセシルは知っている。「でも、どうするんだよ? 探すだけならともかく、セリスだって居るし、日没までに捕まえるのは―――」
「そこで、ファスに頼みがあるんだ」
「わたし?」
「ああ。城に行って、ベイガンという男に伝えて欲しい―――城にある全兵力を、城下町の広場に集結させてくれって」
「わ、わたしが・・・?」セシルの言葉に、ファスは戸惑う。
人見知りな彼女にとって、顔も知らない相手に伝言を伝えるというのは、かなり困難なのだろう。
しかし、セシルはそれを解っている上でにこりと微笑みかける。「できる、よね?」
「うう・・・」
「トロイアの大使として来たんだから、それくらいは出来ないと」
「セシル・・・いじわる・・・」拗ねたようにそういいながらも、ファスはチョコにぎゅっとしがみついた。
クエー、と黒チョコボは一声鳴いて、ふわりと浮き上がる。そのまま、城の方へと飛んでいった。「・・・まさか、人海戦術で?」
ファスが飛び去った後、ロックが問うと、セシルはにやりと笑って。
「ま、王様だし、使える権限は使わないとね」