第16章「一ヶ月」
L.「君が好きだと叫びたい!(8)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:金の車輪亭

 

 

「―――そんなわけで、セシル君はものの見事に振られてしまいましたとさ。おしまい」
「う。うう。全部話されてしまった・・・」

 ロックが話し終えた隣で、セシルが力無くテーブルに突っ伏していた。

 場所は先程までの路上ではなく、金の車輪亭というセシルやロックの馴染み酒場だ。
 五人がけのテーブルに、セシル達は座っている。
 セシルとロックはなにも注文していないが、ファスの目の前には氷で冷やされたオレンジジュースが注がれたグラスが置かれている。この店のウェイトレスが「サービスサービス♪」と言って、運んできたものだ。

 酒場兼宿屋という店柄、この時間帯は客が少ない。それでも普段なら、学校や仕事抜け出してきた不良がたむろっているのだが、今日に限ってはセシル達以外に客は居なかった。

 なので。

「ふうん、まあいつかこういう日が来るんじゃないかと思ってたけどねー」
「興味ないな」
「―――って、なんでキミらも聞いてるんだよ!?」

 セシルは顔を上げ、ヒマそーにテーブルに座っている店の従業員二人に怒鳴りつける。

「いいじゃん別に」
「良くないよ! というか、ちゃんと仕事しろよ!」

 至極もっともなことをセシルが言うと、リサとクラウドは顔を見合わせて。

「だってヒマだし」
「掃除とかやることはいくらでもあるだろ、ほらぁっ!」

 と、セシルは先程から一人で黙々と店内を掃除しているマッシュを指さす。
 最初、店に入ったときに居たときには驚いたが、なんでも彼の師匠が踏み倒した宿代分、働かされているらしい。
 この間、トロイアのクリスタル奪取、それからローザを救出に協力したという名目で、十分な報酬を支払ったはずだったが。

「それでもちょっとだけ足りなかったんだよねえ。あのオジサン、ウチ以外でも結構飲み食いしていたらしいし」

 そういうわけで、足りない分を補填する形で働かされているらしい。

「でもさ、セシルが振られるのも当たり前だと思うよ? だって、傍からみてて思ったもん、ローザが必死で求愛しているのをいっつも袖にしてさ」
「う」
「セシルってさ、カインに比べて実績や知名度の割には人気無いけど、そーゆー風にローザをないがしろにしていたことが大きな理由だと思うんだよね。酒場で流れる、キミの悪評の八割以上はローザ絡みだったし」

 まあ、その半分以上は単なる嫉妬だったけど、とリサは付け加えた。

「し、仕方ないだろ。だってあの頃は、僕とローザじゃ全然釣り合わなかったし・・・だいたい、なんでローザが僕のことを追いかけ回すのかもよく解らなかったし・・・」

 いや、とセシルは思い直す。
 正直、今でもつりあっているとは思えないし、ローザがセシルのことを愛してくれる理由も上手く理解できたつもりはない。
 ただ、今はつりあうとかそういうことは考えず、彼女のことを愛したいと思う。

(・・・そう、思って居るんだけどなあ・・・)

 思った途端に振られてしまった。
 どうして振られたのかも解らない。
 ゾットの塔で、何か間違えてしまったのだろうか―――

「ま、あたしのウェイトレス経験から言わせて貰うと、別の恋を見つけることだね。それがお互いのためなんじゃないかなー」

 リサがうんうんと頷きながら言う。
 ウェイトレス経験がなんで関係するのか解らないが、

「それは・・・僕もそう思うけど」

 セシルも渋々頷く。
 というか、そんなことはセシルにも分かり切っていた。
 このまま別れて忘れてしまう。それがお互いにこれ以上傷つかなくて、苦しまなくて済むベターな選択だと。

「まあ、待てよ。ここは大先生に聞いてみようじゃねえか」
「大先生?」
「そうそう―――おい、マッシュ、ちょっとこいよ」

 ロックが手を挙げて掃除中のマッシュを呼ぶ。
 呼ばれたマッシュは、モップを壁に立てかけて小走りに駆け寄ってきた。

「え、ええと、ご注文でしょうかお客様」

 棒読み。どうも接客業に離れていないらしい。

「いやそうじゃなくてだな。この王様が女に振られて悩んでるんだが、なにかアドバイスないか?」
「・・・え。いや、俺はそういうのは・・・」
「ぶっちゃけ、泣きながら『帰って!』とか叫ばれるくらいに見事に振られたわけだが、なんかないかよ?」
「それは・・・諦めた方が良いんじゃないか?」

 ぐさ、とマッシュの言葉がセシルの胸に突き刺さる。
 何か痛みを堪えるように顔を歪ませるセシルを気遣いながら、マッシュはゆっくり続けた、

「その・・・泣かれるって言うことはそれほどイヤだってことだろうし。いや、諦めないにしても、しばらく時間を置くのが良いんじゃないかと」
「う・・・・・・」

 マッシュの言葉はもっともだった。
 彼女の事は諦めたくはない―――が、しかし、あのローザの様子からすると、今すぐどうこうというわけにはいかないだろう。
 やはり、しばらく間を置いて、また尋ねてみるのが一番なのだろうか。

「いや、待てよ」

 不意に、ロックが声を上げた、

「時間をおいて・・・それで、どうにかなるのかよ?」
「そりゃあ・・・どうにかなるかもしれないし、ならないかもしれない・・・」
「そうやって、離れていたせいで、取り返しのつかないことになったらどうするんだ!?」

 何故か感情的に叫ぶロックに、皆の視線が集まる。
 マッシュは、困ったように頭を掻いて、

「やっぱ、俺にはこういう事はわかんねえよ」

 そういって、掃除へと戻っていった。

「とにかく、今すぐどうにかしなきゃ駄目だ」
「どうやって?」
「どうにかしてだろ! ほれセシル、いつもの調子でなんか思いつけ!」
「無茶言うなあっ! こういうことは慣れてないっていっただろ! 下手なことをすればローザを傷つけるだけだ。せめて、彼女がどうして僕を厭うのか、その理由だけでも解れば・・・・・・」
「わかんない」

 ぽそり、と呟いたのはそれまで黙っていたファスだった。
 彼女は、きょとんとした表情でセシルを見やる。

「今のセシル、わかんない」
「わかんないって、なにが」
「正しいのかどうか、わからない」
「・・・そんなの、僕だって解らないよ」

 セシルは嘆息。
 自分の行動が正しかったのか―――それとも、どこかで間違ってしまったのか―――それすらも解らない。
 けれど、ファスは首を横に振る。

「・・・セシルは正しかったよ?」
「え?」
「セシルはずっと正しかった。少なくとも、トロイアで見たセシルはそうだった」
「・・・僕は正しくなんか無いよ。ただ―――」

 言いかけて。
 気がついた。
 目の前の少女が、なにを言いたいのか。

(そう・・・僕はただ、自分にとって正しいと思ったことを選んできただけ―――)

「セシルは正しい人だよ。例え間違っていたとしても、正しくあろうとした。だから、迷わない」

 今のセシルは迷っていた。
 どうすればいいのか解らない。なにが正しいのか解らなくて迷ってる。
 だから、とファスは続けた。

「今のセシルはセシルらしくない」
「でもっ」

 ばん、とセシルはテーブルを叩く。
 身を乗り出して、ファスを見つめ、

「じゃあ、僕はどうしたらいいんだ・・・!?」
「解ってるよ、セシルは」
「解らないよ! 解ってたら!」
「セシルは迷ってるだけ。ううん・・・怯えてるだけ」
「僕が・・・怯えてる・・・?」

 呟くセシルに、ファスは手を差し出した。
 ひんやりと冷たい小さな手が、セシルの頬を撫でる。

「さっき、会ったときにそう思ったの。元気ないって言うか、怯えているように私には見えた」
「怯えてるって・・・僕がなにに怯えてるって?」
「 “傷つくこと” 」
「え・・・?」
「さっき言ったよね。 “下手なことをすれば傷つけてしまう” って―――セシルは傷つけてしまうことに怯えてるんだよ。大切な人を傷つけて―――それで自分が傷つくことに怯えてる」
「傷つけて―――傷つくことに、怯えてる・・・」

 心がざわめいた。
 思い出したのは、さっきのローザの言葉。

 

 ―――お願い、だから、帰って・・・・・・お願い・・・・・・

 

 嗚咽混じりの言葉。
 初めて聞く否定の言葉に、セシルはそれ以上踏み込むことが出来なくて、その場を後にした。
 それ以上、傷つくのが怖かったから。

 胸に手を当てる。

「ああ、そうか」

 ぎゅっ、と心臓を掴む勢いで胸を握る。
 今更ながら、情けなさがこみ上げてきた。

(僕は・・・あの場から逃げただけなんだ・・・)

 傷つけたくないから。
 傷つきたくないから。

 でも、完全には諦められず、逃げられなくて、中途半端にこんな所に居る。

 セシルは乗り出した身体を引く。
 ファスの手が離れ、セシルは席を立った。

「本当に・・・僕は駄目だ・・・ッ」
「おい、セシル?」

 苦笑して自嘲するセシルに、ロックが戸惑うように声を上げた、そちらを見返し、

「ロック、君の言うとおりだ。本当に僕は情けない・・・!」

 なにも言い返す言葉はない。
 ロックが「情けない」というのも然り、そして―――

(キャシーの言葉が一番正しい。僕は彼女が絡むと駄目になる!)

 セシルはテーブルに背を向けると、店を出る。
 慌ててロックとファスもテーブルをたった。

「お、おいセシル待てよ!」
「私も行くー!」

 ロックがセシルの後を追って店を出て、ファスは出る直前でリサを振り返り。

「オレンジジュース、ありがとうございました」

 ぺこり、と頭を下げてから店を飛び出す。

 少女の後ろ姿に「どういたしまして」と小さく手を振ってから、リサは隣のクラウドに言う。

「たぶん、セシルはローザの所へ行ったんだよね?」
「だろうな」
「・・・上手く行くかどうか、賭けない?」
「興味ないな」

 即答が返ってきて、リサは「言うと思った」とクラウドを真似て肩を竦めた―――

 


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