第16章「一ヶ月」
K.「君が好きだと叫びたい!(7)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの街・メインストリート
晴天。
雲一つ無い澄み切った青空の下、街のメインストリートでは人や荷車が行交い、ようやく街全体が目覚め、活性化してきた―――そんな朝の時間帯。周囲の明るいざわめきとは正反対に、セシルはどんよりとした表情でとぼとぼと歩いていた。
その様子からは、まさかこれが “バロン最強の暗黒騎士” にして、この国の王であるとは到底思えない。―――あの後。
ローザに「帰って」と拒絶された後。
気がつくと、セシルは街の通りを呆然と歩いていた。手に薔薇の花束はない。ファレル家に置いてきたのか、何処かに落としてしまったのか、それすらも覚えていない。
城に戻る道でもない。何処に行くのか自分でも解らない―――いや、というよりなにも考える気力がなかった。それほどまでに、ローザに否定されたことが苦しい。「まァ、気にすんなよ」
その隣で、ロックが努めて明るく言う。
「長い人生、女に振られるなんざ良くある良くある」
「・・・うるさいな」セシルは立ち止まると、険悪な表情でロックを睨付ける。
ロックも立ち止まり、おどけたように肩を竦めて見せた。「おいおい、人がせっかく慰めてやろうとだな・・・」
「大きなお世話だ! ・・・ああ、くそ! 君は満足だろうね、僕がものの見事に振られるところが見られてさ! 気が済んだのならどこかへ消えてくれ、僕に構うなよ!」ぶんっ、と威嚇するようにセシルは腕を大きく振るう。
ロックは、やれやれと言うように頭を掻いて、「お前さぁ、カッコ悪いぜ?」
「・・・・・・」心底呆れたようなロックの様子に、セシルは押し黙る。
「振られて気落ちしてるのは解るけどな。そこで他人に当たるのはみっともなくないか?」
「・・・・・・ッ」セシルははぎしりすると、そのまますたすたと歩き出す。
その後に、ロックも続いた。セシルの背中を早足で追い掛けながら、「しかし、らしくねえよなあ。セシル=ハーヴィ。まさか女に振られたくらいでこんなに取り乱すなんてよ」
「・・・・・・」
「ああ、でも少し安心したかもな。お前もただの人間の男だって解ってよ」
「・・・・・・」
「トロイアとか、あの空飛ぶ塔でのお前はさ、なんかフツーじゃなかったからよ。本気で宇宙人か何かだと―――」
「ついてくるなよッ」セシルはロックを振りかえり、怒鳴りつける。
突然、怒鳴りつけられて、ロックは驚いて動きを止める―――が、眉をひそめて。「ホント、カッコ悪ぃな」
「別に、自分が格好良いなんて思ったことは―――」
「違う」
「なにが!」
「違うんだよ、セシル。てめえはそうじゃいけねえんだよ」ロックの表情は真剣だった。
普段の、どこか軽い調子はなりを潜め、まっすぐにセシルを見つめ返す。「お前はセシル=ハーヴィだろ? 元赤い翼の長で、暗黒騎士最強の男。狂ったバロンから出奔し、たった独りでその軍事国家に立ち向かった大馬鹿野郎だ」
「・・・・・・」
「そしてついには国を取り戻し、さらわれた自分の恋人も助け出して、王にまでなったヤツだろ」びしっ、とロックはセシルの顔を指さし。
「格好良いじゃねえか。すげえ格好良いよ、お前」
だから、とロックは続けた。
「セシル=ハーヴィは格好良くなくちゃいけないんだよ!」
「・・・・・・どいつもこいつも」セシルは頭を抱えながら吐き捨てるように言う、
「どうして皆、僕を持ち上げるんだ。僕はそんなに立派な人間じゃない!」
「お前の意見なんか知ったことか。てめえがやってきたことを、周りが認めただけだろーが。賞賛されるのも貶されるのも、己自身の行動次第だってこったろ!」
「・・・・・・」
「だったら、てめえのやってきたことはてめえで責任取れよ」それは、かつてバッツにも言われた事に似ていた。
もしも、この場にあの旅人がいれば、そっくり似たようなことを言うだろう。
いや、バッツだけではない。カインやベイガン、ロイド・・・セシル=ハーヴィを良く知るものならば、皆、同じ事を言うのだろう。つまり、セシル=ハーヴィというのはそういう男であり。
そのことを一番解ってないのが当の本人なのだから。「だから胸を張れ。正直、お前の情けない姿って言うのは、見てて楽しいもんじゃねえ」
「・・・・・・人が振られるところを見に来たくせに」
「そりゃ、最初は愉快だったけどな。美人様に振られてざまあみろとか思ったし」へっへ、といつもの軽い調子で笑ってみせる。
「だけどなー、やっぱ違うんだよなー。お前は情けなくても、みっともなくても、それでも格好良くなくちゃいけねえ」
「情けないと格好良いって相反するものだと思うけどなー」いいつつ、セシルは苦笑。
その笑みは、まだ弱々しいものだったが、「お、ようやく調子出てきたな。そうやって、いっつも困ったように笑ってるのが、一番 “らしい” ぜ」
「・・・好きで苦笑してるわけじゃないんだけどな」はあ、と嘆息してから。
「何度も言うけど、僕はそんな格好良い人間じゃないよ」
「何度でも言ってやるが、そんなことはお前自身が決める事じゃねえよ」
「・・・その証拠に、これからすごく情けない相談するつもりなんだからな」
「相談?」うん、とセシルは頷いて、
「ロ、ローザの事なんだけど・・・」
「おー」
「な、なんだよそのやる気のない声は!?」
「いや微妙に驚いたとゆーか、感心したとゆーか―――てっきり、このまま諦めて城に帰るのかと思ったし」
「帰るんだったらさっさと帰ってる」きっぱりと答える。
セシルは駄目なら駄目で、すぐに頭を切り換えられる人間だ。
だから、振られて即諦められるなら、もう今頃は城に戻って、ローザのことは忘れようとしているだろう。「諦められないんだ。振られて、駄目だったとしても、僕は彼女を諦められない・・・」
「ふうん、それでどうするんだ?」
「どうすればいいんだろう・・・」
「うっわ、すげえ情けねえ顔ですがりつかれてるよ俺!?」ずーん、と効果音がのしかかってきそうな暗い表情。
よく見ると、目が潤んでる。下手につっつくと泣き出しそうなほどに超情けない顔。「・・・・・・ホント、情けねーな」
「うるさいよ! だって仕方ないだろ! こういうこと初めてで、どうすりゃいいのかわからないんだよっ!」
「喚くなよ」
「喚く以外にどうしろっていうんだよ!」
「いや、落ち着け」落ち着いたと思ったら、途端にキレだす。
かなり情緒不安定になっている様子だ。「うう、好きな人に振られるのがこんなに苦しいものだなんて思わなかった・・・・・・」
「ほほう、なんとなくそんな気はしていたけど、お前って恋愛経験とかあまりないんだな?」
「うん。基本的にずーっとローザがアタックしてきてたくらいかな。・・・・・・で、僕はそれをずっと迷惑に思ってて、拒絶していて―――」
「うわ最低」
「うううううううううっ、わ、解ってるよそんなことは! 気づいてたさ!」叫びながら、セシルは自分の胸が酷く重くなるのを感じた。
ずっとセシルの事を追い掛けて来ていたローザ。そんな彼女を、いつも邪険にしていた。セシルに拒絶されるたび、ローザはどんな想いを感じていたのかと想像すると、心臓をナイフで抉られるような幻痛を覚える。「今、思えば本当に酷いことをしてきたと思う。これがその報いだというのなら、仕方ないとも思う・・・だけどっ、僕はどうしても彼女を諦められない―――ロック、教えてくれ! 僕はどうすれば良いんだ!? 君なら解るだろ?」
「・・・おい、なんか暗に振られることには慣れてるような言い方だが?」ロックが言うと、セシルはちょっと驚いたように目を丸くして、
「え、違うの? でもトロイアなんかでナンパに失敗してたし」
「違うわあああッ! あんなナンパなんて遊びだ遊び! 言って置くけどな、俺は本命には―――」
―――あなたが誰かは知らないけれど、あなたのせいでお父さんもお母さんもつらい顔をするの。
―――だから・・・出て行って。もう来ないで。私に顔を―――見せないで・・・
「ぐはあああああああああッ!?」
「ロ、ロック!?」いきなり胸を押さえ、その場にうずくまる。
ロックはぜぇはぁと荒く息をつき、「くっ・・・思い出しちまった」
「・・・ええと、もしかして僕、地雷踏んだ?」
「ああ、割とドでかいのをな」軽く息を整え、ロックは立ち上がる。
「ええと、だな」
ロックはまだちょっと青い顔で、歯切れ悪く呟く。
「悪い。このことに関しては、俺もどうしたらいいかわかんねえ」
――― “あの時”
本当はどうすれば良かったのか、ロックにはまだ解らない。
愛する人に拒絶されても、それでも傍に居るべきだったのか。
それが正しかったのか、それでも間違っていたのか、解らないが、ただ一つ解っていることは・・・・・・「・・・間違いは覆せない」
「え?」
「取り返しのつかない罠ってのはあるんだよ。だから、さ」(ああ、そうか―――)
きょとんとするセシルを見て、ロックは苦笑する。
(やっぱ、こいつは俺とは違うんだ)
“彼女” に拒絶されて、ロックはすぐに村を逃げ出した。
―――その結果、本当の意味でロックは愛する者を失うことになってしまった。セシルは、逃げない。
迷いながら、悩みながら、それでもまだ “彼女” のことを諦めていない。(逃げ出さないのが正しかったのか―――解らねえけど、それでも・・・)
諦めず、苦しみ続けてでも、迷いながら考えて、悩み続けていれば、なにか違う道が開けたのかもしれない―――
「考えようぜ、どうすればいいかさ。答えが出るまで、付き合ってやるからよ」
「ロック・・・。ありがとう」
「礼なんか言うなよ。俺は―――」(俺自身、どうすれば良かったのか、それを知りたいだけなんだからよ)
言葉の後半は飲み込んだ。
首を傾げるセシルに、誤魔化すようにロックは周囲に首を巡らせて、「いい加減、こんな道の隅っこで立ち話もなんだし、どっか落ち着いて相談できるところへ―――うん?」
ふと、なにか聞こえた気がした。
「どうかした?」
「いや、なんか呼ぶ声が―――」
「せしる〜・・・」
「ほら、セシル、お前を呼ぶ声が―――えっと・・・」
「僕を呼ぶ声? でも、周りには誰も・・・」セシルは辺りを見回すが、特に見知った顔は居ない。セシル達の方を見ている人間も見あたらない。
「いや、ええと・・・」
ロックはなんとなく声の聞こえてきた方へと顔を向ける―――空へと。
「あ」
という声と共に、ロックは後ろに下がった。
なんだ? と想いながらも、セシルは空を見上げると。「え?」
「せしるーっ」見上げれば、聞いたことのある少女の声と共に、黒いチョコボが振ってくるところだった。
なんか、さいきん見たことがあるような光景だなあ―――と、何か諦めきった気分で呟くセシルの顔面に、黒チョコボが着地する。
めし、とそのままセシルは地面に倒れ、チョコボは無事着陸した。「って、お前―――ファス!?」
黒チョコボの背中に乗っていたのはファスだった。
ファスはロックを見ると、こくん、と頷いて。「ど、どぉして・・・君が・・・?」
ずるずると、チョコボの足下から這い出しながらセシルが問う。
少女は、ん、と小さく頷いて。「セシルを、見張りに来たの」
「は!?」
「だ、だって、それがわたしの使命だからっ!」力強く言うファスの黒い顔は、何故かちょっと赤いように見える。
セシルが痛みを堪えてなんとか立ち上がると、その眼前にチョコの嘴が差し出された。嘴には手紙らしきものがくわえられている。「・・・僕に?」
「クエ」
「なんだろ・・・ああ、ファーナからか」ファスの姉からの手紙を読む。
内容は、トロイアの神官としてバロンの新王へと宛てた、挨拶のようなものだった。時節の挨拶から始まって、トロイアの近況などが簡単に記されており、そして最後に―――『・・・ファスがどうしても貴方の傍に居たいというので、仕方なく、トロイアの大使という名目で派遣することにいたしました。セシル王、私の大切な妹のことをくれぐれもよろしくお願い致します。・・・・・・ちなみに、もしも万が一ファスを泣かせたりした場合は―――――――――解っていますね?』
「怖―――ッ!?」
手紙を読み終えて、戦々恐々しながらファスを見る。
少女は手紙の内容をしらないのか、きょとんと首を傾げるだけだった。「てゆか、いくら妹だからって、ファスを大使に仕立て上げるなんて」
妹馬鹿と言えばそれまでだが、その一方でしたたかだと言えなくもない。
名も知らない人間よりも、セシルと親しいファスのほうがなにかとやりやすいということもある。「・・・セシル、どうかした?」
「え? いやべつに君の姉さんが相変わらず妹馬鹿だなあとか思ってないよ?」誤魔化そうとするセシルに、しかしファスは首を横に振って。
「・・・なんか、セシル元気がない」
「う」
「いや、こいつ振られたばっかでさ」
「ロック・・・ッ、ファスに言う事じゃないだろー!」
「おゥ!? ちょっと待て首を絞めるな苦しいからーッ!?」
「振られたの、セシル? どおして?」
「ど、どうしてって、それは・・・・・・」セシルが思わず口ごもっていると。
その隙に、締められていたロックが、セシルの拘束をふりほどき、周囲を見回す。黒チョコボに乗った少女が空から落ちてきたせいか、辺りの注目を集めていた。
「ま、とりあえずさ、どっか落ち着ける場所に行こうぜ」
そう提案して、ロックは適当に歩き出した―――