第16章「一ヶ月」
H.「君が好きだと叫びたい!(4)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの街

 

 バロンの街。
 フォールス最大の国家であるバロンだが、その首都とも言えるバロンの街は、国の規模に対してそれほど大きくはない。
 文化の面で言えばトロイアには及ばず、商業で言えばダムシアンが一番発展していて、なおかつ外国との玄関口でもあるファブールにも劣る。人口はそこそこ多いが、特徴の無い普通の街だ。

 規模が小さい割に、人口が多いと言うことは、つまり建物の数が足りないと言うことでもある。
 表通りでは目立たないが、少し裏通りに入れば路地に寝泊まりしているホームレスの姿が目につく。

 足りないのは住居だけではない。
 商売するのに構える店舗の数も足りない。特に、最近ではダムシアンが空襲の被害にあったために、そちらの方から流れて来た商人たちのせいで、店舗不足が悪化してしまった。

 そんなわけで。

「・・・・・・いつのまに、こんな場所が・・・」

 その光景を見て、セシルは唖然と呟いた。

 メインストリートのある一角。
 道を道とは思わずに、露店ががあちこちに立ち並んでいた。
 店の形式は多種多様。屋台もあれば、空き箱をひっくり返してその上に商品を並べただけのもの、単にシートを広げただけの店もある。

 なかなか盛況なようで、店以外にも買い物客でメインストリートが人ゴミで埋まっていた。

 ベイガンから、商売人が飽和状態になっているとは耳にしていた。
 ついでに、そのせいで売り上げが落ちていると陳情してきた、街に店を構えている店の主人もいた。
 が、こんな事態になっていたとは想像外だった。

「割と凄いだろ? 下手に色んな店を回るより、ここだったら色んな店があるから、恋人への贈り物なんてすぐに見つかるぜ」

 別に自分の手柄というわけでもないのに、ロックが得意そうに言う。
 それを聞きながら、セシルは難しい顔で周囲を見回した。

(―――これは、ちょっとなんとかしないとなー・・・)

 未だに王様の自覚があるわけではないが、それでもこれが危険な状態だと言うことは解る。

(外から入ってきた商人達の無法とも言える店の乱立―――しかも、それで主要の通りが塞がれてしまっている・・・)

 声を張り上げて商売に精をを出す商人達と、そこで買い物をする住人達は、割と楽しそうに盛り上がっているが、ただこの道を通りたいだけの通行人は迷惑そうに人混みを掻き分けて通り抜けているのに気がつく。さらに通りに昔から店を構えている商人達も、何人かが陳情してきたように困っているだろう。なにせ、買い物客が多いとは言っても、それらの目当ては外の露店だ。少し薄情な話だが、客を他の店に取られるならば仕方ないとセシルは思う。だが、この人混みでは常連の客も店に入りにくい。結果として、商売競争以外の理由でバロンの商店の売り上げが落ちてしまっている。

 このままでは、商店が連合を組んで暴動が起きるかもしれない。
 バロンの商人と、外から入ってきた商人達が激突し、下手をすれば死人が出る。

 かといって、強引にこの露店街を撤去しようとすれば、それはそれで暴動が起きる。
 さて、どうしたものかとセシルが頭を悩ませていると。

「悩むのは後にしたらどうだ?」

 セシルの心の中でもやもやと渦巻く悩みを、氷のナイフですぱっと切り裂くように、セリスが呟く。

「今の貴様の目的は?」
「・・・ローザの贈り物を探すこと、かな?」
「悩むのはあとでも出来るだろう」
「・・・そうだね」

 セシルは苦笑する。

「悩むのは解るけどな。これだけ店があれば、目移りするのも解る」

 セシルの悩みの中身を勘違いしたロックがそういって笑う。
 ロックも決して察しが悪い方ではないが、周囲の買い物客と同じように、この露店街を楽しんでいるクチのようだった。

「まァ、セシルは俺と違ってこういう事には疎いみたいだからな。今回はストレートに行くとしようぜ」

 ロックの言葉にセリスが呆れたように何か言いかけたが、それよりも早く、ロックは露店の一つに近づいた。
 セシルとセリスも後に続いてみれば、そこは花屋だった。色とりどりの花々が、馬二頭くらいで引くような大きな屋台の上で咲き誇っている。

「ああ、花か」

 セシルが納得したように呟くと、セリスも少し感心したように、

「なるほどな、花ならば大抵の女は喜ぶ」

 まるで自分が女性では無いような言い方だ。
 そんな二人の目の前で、ロックは屋台の上から一本の切り花をつまみ上げると、手早く代金を店員に払ってからくるりと振り向く。
 ロックが手にしていたのは薔薇だった。普通の薔薇よりもやや色素が薄い、しかしだからこそ上品な色に感じさせる赤い薔薇。その薔薇をみて、セリスはおや、と眉を上げて―――

「ほらよ」
「え?」

 いきなり目の前に差し出されて、セリスは反射的に薔薇を受け取った。
 戸惑う間もなく、ロックは滑らかな口調で続ける。

「 “セリス” ―――お前と同じ名前の花だ」
「なっ―――!?」

 瞬間、セリスの顔を真っ赤に染まる。
 セシルがロックの肩越しに屋台の上の同じ薔薇を見れば、確かに “Celes” というタグが付いていた。

「へえ、セリスなんて言う花があったんだ」
「ああ、俺もビックリだ」
「は? 知ってたんじゃないの?」
「いや、今知った」
「・・・にしてはやけに自然な流れだった気がするけど」
「いや、なんつーか “セリス” って名前見かけて瞬間、プレゼントしたいなーって思ったら勝手に身体が動いてた」

 そんな風に会話をしている二人を余所に、セリスは両手で薔薇を受け取った状態のまま、硬直していた。ロックは怪訝そうに首を傾げて。

「どうしたんだよセリス? なんか様子が変だぜ?」
「え・・・あ・・・」

 顔を真っ赤にしたまま、セリスは呻き声のように呟いて、

「その・・・不意打ちだったから、ちょっと驚いただけ・・・・・・」
「おやもしかして惚れた? セリスが俺に惚れた!? うわしまったなあ、こりゃ今この場で思いっきりラブるしかな―――」

 頭を掻きながら、セリスの肩に手を伸ばそうとするロックの脇腹に、光速のエルボーがめり込んだ。

「ラブるってどこの言葉よッ! とゆーか、馴れ馴れしく名前を呼ぶなって言ったでしょ!」

 怒鳴りつつ、地面に崩れ落ちたロックにカカトで追撃。
 容赦なくリンチしながらも、手にした薔薇はしっかりと握っている。

 しばらく暴行してから、ようやく気が済んだのか「ふう」と吐息して、

「ったく、人がちょっと隙を見せたらすぐに調子に乗るんだから・・・」
「まだ隙を見せっぱなしだと思うけど?」
「え?」
「口調」

 セシルに言われて、セリスははっと口つぐんだ。
 だがセシルは苦笑して、

「今の口調のほうが、自然な感じがして良いと思ったけどな」
「・・・・・・」
「なんていうか、セリス “将軍” は少々ムリして自分を作っているような気がするのは、僕の気のせいかな?」
「―――こんな歳で将軍をやっているのだ。それらしく見せる努力は必要だろう」
「 “将軍は要らない” ってさっき言われたけど?」
「・・・・・・」

 言われ、セリスは少し黙った後。
 ふっ、と笑って。

「ホント、あなた達と居ると調子が狂うわね」
「いや照れるなぁ」
「お前じゃない」

 いつの間にか復活して隣りに立つロックのスネを、割と強く蹴飛ばした。
 声もなく、足を押さえて蹲るロック。

「そんなことよりも、ローザに贈る花を買いなさいよ」
「ああ、うん。でもどんな花が良いのか・・・女性への送りものなんて考えたことがないから」
「あなたが贈るものならなんでも喜ぶとおもうけれどね。でもそうね、薔薇の花束なんかが良いんじゃない? 名前も “ローザ” だし」
「そうだね。じゃあ、その “セリス” の薔薇を―――」
「いや、それはやめときなさいよ」

 呆れたように言うセリスに、「どうして?」とセシルは振り返った。

「知り合いの女の名前が付いた花よ?」
「だからいいかなって」
「・・・嫉妬するとか考えないの?」
「・・・・・・あ」

 言われて見れば確かにそうだった。
 少なくとも、恋人に贈るような花ではない。

「ええと、じゃあ・・・」
「そこの黄色い薔薇なんか良いんじゃないか? あと、小さいほうが可愛いから、それで花束を作るといい気がするぜ」

 痛そうに足を押さえながらも、にっこり笑ってロックが言う。
 そんなロックに、セシルもにっこりと微笑みを返してから、セリスに向き直る。
 セリスは苦笑いを浮かべていた。

「セリス、小さな黄色い薔薇の花言葉ってなにかあるかい?」
「 “笑って別れましょう” 」

 それを聞いて、セシルは再びロックの方をみる。
 ロックは先程と変わらない笑みを―――とても邪悪な笑みを浮かべていた。その微笑みが無言で語る―――貴様なんぞフラれてしまえ。その微笑みに、セシルの鉄拳がめり込んだ―――

 


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