第16章「一ヶ月」
G.「君が好きだと叫びたい!(3)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの街
「良い天気だ」
街中を歩きながら、唐突にそんなことを言い出したのはセリスだった。
「引き籠もりお姫様のご機嫌伺いに行くには丁度良い天気だと思わないか?」
「まあ、雨がザーザー降ってるよりは気分が楽だけどね」セシルは苦笑しながら相づちを打つ。
―――謁見の間を出て、城を出ようとしたところで丁度セリスと遭遇した。
昨日、レオに言われたこともあって、一応声を掛けてみると、「別に行ってやる義理はないがな」などと言いつつもついてきた。さらに。
「ところで、なんか後ろからちょろちょろついてきてるけど、いいのか?」
ロックが親指で肩越しに後方を指し示す。
セシルはそちらの方は振り向かずに、「ああ、多分、ベイガンが付けた護衛だろうね。王様を一人で城の外に出すのは危険らしいし」
人ごとのように言う。
護衛達が堂々とセシルの傍に近づかないのは、セシルの用件が用件だからだと推測する。。
ぶっちゃけ、女性に交際を申し込むのにゾロゾロ人を引き連れるのはどうよ? とかベイガンが気を利かせたのだろう。もしかしたら、レイアナーゼ辺りに忠告されたのかもしれないが。「・・・というか、ロック。なんで君がついて来るんだい?」
当然のようについてきているロックにセシルは尋ねた。
セリスと一緒に城門を出ようとしたところで、それを見つけたロックが追い掛けてきたのだ。
一緒に街に行くというから、何か用事があるのだと思ったが、街に入っても別れる様子はない。ロックは疑問を浮かべるセシルの背中をばしばし叩いて。
「バッカお前。これからローザ=ファレルの家に行くんだろ? 美人様だぜ美人様。行かなくてどうするよ!?」
どうもしないんじゃないかなあ、とも思ったが、訳の解らない反論が来そうなので口には出さない。
「いや、本当に良い天気だなあ―――おや、アレは入道雲」
「え、スルー? スルーですか? ツッコミ無し!?」
「そういえばセリス将軍は、いつのまにローザと仲良くなったんだ?」とりあえず誰かのことは無視して、セシルは疑問に思っていたことを尋ねる。
すると、セリスは途端にイヤそうな顔をして。「仲良く? 私と? 誰が? どこらへんが?」
「え、でもこうして一緒にローザの家に向かっているし―――」
「貴様が誘ったからだろうが」
「あ、あの僕は一応王様ですよ? 貴様とかそういう言い方は」
「何を言う。ちゃんと様付けしているだろう」そういえばそうかもしれないとうっかり納得してしまう。
そうか「貴様」って謙譲語だったのかー。「ああ、でもレオ将軍が言うには、セリス将軍はローザの事を大変気にしているとか―――」
「セリスで良い」
「へ?」
「馬鹿なのか貴様。将軍は要らないといったんだ」
「あの、馬鹿とか言うのも王様に対して」
「天才に馬鹿と言うのは失礼に値するが、馬鹿に馬鹿というのは当たり前のことだろう馬鹿」
「あれー?」なんか違うような気がするが、何故か反論が思い浮かばない。
(ああ、そうか)
なるほど、とセシルは心の底から思った。
(これがバッツの気持ちかー)
知り合いの中で一番の馬鹿の顔を思い浮かべて得心。
これからは、バッツに対してもう少し優しい気持ちになれるような気がした。(いや、ないがしろにした覚えもないんだけどね)
「俺キーック!」
「うわっ!?」いきなり背中を蹴られ、セシルは前のめりになる。
なんとか転倒は防いで、反射的に背後を振り返った。「ロック!? 一体、いきなり何を―――」
「俺を無視するなーッ!」
「無視なんかしてないよ。ただ視界に入らなかっただけで」
「うっわ貴様、そういう事を言いやがりますか」
「いや、本当に良い天気だなあ―――おや、アレは入道雲」
「ループ!?」とりあえず、何処かの誰かが視界に入らないように空を見上げていると。
「―――ふっ。いいのかな、そんな態度を取って」
「で、結局、セリスとローザはどうして仲が良いんだい?」
「だから別に仲が良いとかそういうことは欠片もない!」
「聞いてお願い僕の話」がし、とロックが背中にすがりついてきて、流石に無視できなくなった。
セシルは足を止め、面倒くさそうに振り返る。「はいはい。で、なんでついてきたんだよ、君は」
「だから美人様が」
「―――実は僕、今結構テンパってるんだよね」不意に、セシルの手の中に漆黒の剣が現出する。
それを見て、ロックが後ろに跳びすさって慌てて手を振る。「ウザイのは問答無用で吹っ飛ばしても良いよね?」
「待て、落ち着け! 俺はちょっと良いことを教えて上げよーと!」
「良いこと?」
「よく考えてみろ! 今、お前が持ってるのはなんだよ!?」
「目の前の誰かを吹っ飛ばすための暗黒剣」
「具体的!? いや違う、ちょっとそれは違うぞセシル=ハーヴィ!」違う、と言われてセシルは首を傾げた。
何が違うんだろうと、セシルはデスブリンガーを見る。すると、頭の中に声が響いた。―――名前ではないかの?
言われて、「ああ」と理解する。
「目の前の誰かを吹っ飛ばすためのデスブリンガー」
「確かにちょっと違うが、そうじゃなくて!」
「目の前のロック=コールを吹っ飛ばすためのデスブリンガー」
「さらに具体的に!? じゃなくてだな、てめえは一体誰に会いに行くんだよ!?」問われて、セシルはすぐには答えられなかった。
答えはすぐに浮かんだが、それを改めて口に出すのは恥ずかしい。「お前の女だろッ!」
デスブリンガー
指摘されて、つい照れ隠しに暗黒剣発動。
闇の一撃を受けて、ロックが吹っ飛んだ、「―――って、ちっがああああああうっ!」
吹っ飛んで地面に倒れたもののすぐに起きあがると、機敏な動きでセシルに詰め寄る。
セシルは驚いて。「・・・意外と君、タフだね」
手加減はしたし、受け身を取ったのも見えたから外傷がないのは解っていた。
それでも、暗黒の一撃は恐怖の一撃でもある。身体は大丈夫でも、精神に打撃をうければ恐怖で身動き取れなくなることもある。
外観からすると軽薄そうにも見えるロックだが、その性根は結構タフなようだった。「違うだろ! そーじゃないだろ!」
「何が? さっきから何を言ってるんだよ君は?」
「お前は自分の女に会いに行くのに、剣を持って行くのかよ!?」
「あ」と、ようやくロックの言わんとすることが解りかけてきた。
セシルは、手の中のデスブリンガーを消して。「つまり、何か手土産が必要だってことかい?」
「おう、察しがいいじゃねえか」
「でも手土産って言われても・・・・・・」何を持っていけばいいのか、セシルには解らない。
そう、困った顔を見せると、ロックは「はっはっは」と笑い。「そこはそれ。恋愛達人段な俺に任せやがれ」
「・・・トロイアじゃナンパ失敗してた気がするけど」
「あれはマッシュが悪い!」
「そうだったっけ?」
「そうだ! ―――まあ、トロイアのことはおいといて・・・ほら、俺のように世界をまたにかけるインターナショナルな男だと、世界各地に恋人とか居るわけさ」
「へー」
「なんていうの? 海の男なんかは港ごとに愛人が居るって言うじゃん? あれと同じで、俺なんかはあちこちの街や村に―――」
「ははあ、すごいねえ。・・・ちなみにこういう男をどう思いますか、セリスさん?」
「・・・え゛」調子にのってまくし立てていたロックは、サッと青ざめる。
そんなロックなど気にせずに、セリスは「ふむ」と頷いて。「今のところ私は男などに興味はないからなんとも言えんが―――ただ、世間一般的に言うとそういうヤツは最低らしいな」
「いや、ちょ、ちょっと・・・?」
「加えて言うと、私的には恋愛なぞどうでもいいが、少なくとも最低な男とは付き合いたくもないというか近づかれるだけでも迷惑だな」
「あ、あのー・・・」
「うん? なんだ最低男? それ以上近づかれると、思わず剣を抜いてしまうが」
「す、すいません! 見栄張ってました! 冗談ですぅっ!」ロックはそのままジャンピング土下座。
セリスの目の前に、頭をこすりつける。
すると、セリスは「フ・・・」と優しく微笑んで、跪いてロックの肩を叩き、顔を上げさせる。「解っていたさ、そんなことは―――最初に一目見たときからな」
「セ、セリス・・・」ロックはセリスの差し出した手を握りしめ、涙目でその名を呟く。
(いや・・・それ、モテない男呼ばわりされてるんだけど、気がついてないのかなぁ・・・)
その様子を眺めていたセシルは思ったが、まあロックが気にしてないなら別に言うことでもないかと思い直す。
「ああ、ところでロック=コール」
「どうした、セリス」
「一つ言って置くが―――」言うなり、セリスはロックの手を振り払い、立ち上がりざま顔を踏みつけた。
「人の名前を馴れ馴れしく呼ぶな」
「ちょ、セリス、痛ッ、重―――ぐぇああああぅっ!?」
「・・・レディに向かって重いというのも禁句だ」げしげしげしげし、と顔が変形するほどに踏まれながら。
どういうわけか、ロックの潰れた表情は満足そうに微笑を浮かべていたという―――