第16章「一ヶ月」
F.「君が好きだと叫びたい!(2)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間
牢屋にブチ込まれて一時間―――
ベイガンの尋問の後、言葉だけでは信用されなかったセシルは、エニシェルを召喚して見せることによって、ようやく牢屋から出して貰うことができた。
「―――申し訳御座いませぬ!」
玉座に座るセシルの目の前では、ベイガンが床に額をこすりつけるようにして平伏していた。
それを、セシルは「まあまあ」とたしなめる。「別に君を咎める気はないから安心して―――というか、罰を与えなければ行けないヤツは他にいるし」
そう笑みを浮かべるセシルの瞳は笑っていなかった。
ちなみに罰を与えなければいけない、セシルの親友はとっとと姿を眩ませていた。
兵士達を城内街中へと捜索させている。(捕まえたらどうしてくれようか・・・)
ゴゴゴゴ、っと背後に擬音でもつきそうな気迫を放ちながら、セシルはカイン=ハイウィンドに対する処罰の方法を考えていた。
「しかし、どうして今日に限って起きられたので?」
ようやく顔を上げて立ち上がり、直立不動に姿勢を正したベイガンが疑問を口に出す。
が、すぐに慌てて。「あ、いえ、別にセシル様が朝起きて悪いと言っているわけではありませんが」
「・・・まあ、いつもがいつもだからね。勘違いされるのも仕方ないとは思うけど」セシルは苦笑して、
「少し用事があってね」
「用事?」ぴくり、とベイガンの眉間にシワができる。
「それはどのような用事ですか? まさか、また王としての責務を放棄するような―――」
「別に責任放棄するつもりじゃないんだけど」だんだんと表情が険しくなり始めたベイガンの言葉を遮って、セシルは玉座を立ち上がる。
「会いたい人が―――会わなければならない人が居るんだ」
「それはその玉座に座ることよりも大事なことですか」険の入ったベイガンの言葉に、セシルは「うん」と頷いて。
そのまま、歩き出す。「というわけで、悪いけれど今日も―――!?」
セシルは逃げようとして、数歩歩いたところで足を止めた。
目の前にはベイガンが立ちはだかっている。手には、腰から抜いた剣・ディフェンダーが握られていた。
す、と目を細めてセシルはベイガンの顔を見る。
その表情は、無表情で―――しかし激情を堪えるように震えていた。「・・・王よ。あなたはこの国の王としての自覚がお有りか!?」
なるべく、抑えていたが、その声音は表情同様に震えていた。
今にも怒り狂うか涙を流すか、そんな悲痛に響く声に、しかしセシルは動じない。「残念ながら」
苦笑を浮かべたまま、肩を竦める。
「あるとは言い難いね」
「貴方様を勝手に担ぎ上げたのは私達です。ですが、貴方様ならば立派な王になると信じてのこと。だというのに、即位してからは責務を放り出して、何度も行方を眩ます始末――――――貴方様は、私達臣下一同の期待を裏切るつもりなのですかッ」最早、ベイガンは感情を抑えることを出来ず、その瞳から涙を流していた。
哀しみの涙ではない。悔しさの涙―――それを見て、セシルは吐息。「・・・勝手な言い分だね。期待してくれと頼んだわけではないよ」
「王!」ぎり、と泣きながら歯を噛み締め、ベイガンは怒りすら滲ませてセシルを睨付ける。
「勝手な言い分は百も承知! ですが、王という立場になったのならば、その責任を全うすべきです。先代のオーディン王とて、王子の身分ではかなり奔放に遊び歩いておりましたが、即位してからは己を殺し、国の礎と―――」
「解った、解ったよ。説教は帰ってきてからちゃんと聞くから」
「王ッ!」セシルが面倒そうにいうと、ベイガンはカッと目を見開いて怒鳴りつけた。
「これほど言っても解らぬのですか! ならば―――」
「ならば、どうする? その剣で」ベイガンが怒りを露わにしても、セシルは全く答えない。
途端、ベイガンの表情から感情が消えた。さっきのように激情を堪えているわけではない。失望―――絶望したが故の無表情。彼は口を開き、力無く告げた。
「私のこの命を「永らえているのは、王である貴方様が望んだからです」
言葉を止め、ベイガンは目を丸くする。
そんな近衛兵長に対して、セシルは悪戯っぽく笑って見せ、さらに続けた。「しかし、その貴方様が王であることを放棄するのならば、私が生きる意味もありません―――言いたいのはこんなところかな?」
「う・・・く・・・」にやにやと笑うセシルに、ベイガンはばつが悪そうに視線を反らす。
今、セシルが言った言葉は、一言一句違わず、ベイガンが口にしようとした言葉だ。
セシルは「ははは」と軽快に笑い、「本当に君は真っ直ぐだね」
「・・・何故、解ったのですか」
「君の性格を考えれば、解らない方がおかしいって―――ほら、そろそろその剣も鞘に戻しなよ」
「・・・・・・」言われ、ベイガンは無言で―――自分の喉に剣を突き付けた。
「まさか言葉を取られるとは思いませんでしたが、王の言うとおりです。王が王であることを放棄するのであれば、私は今ここで果てるでしょう―――セシル王、これが最後の願いです。どうか、玉座にお戻り下され・・・」
正に命がけの懇願。
しかし、セシルは一歩も動かない。
代わりに。「・・・はあ」
心底呆れたような溜息を吐いた。
「ベイガン、君はもうちょっと落ち着いて行動した方が良い。近衛兵長として、直情的すぎるのは欠点だと思うよ?」
「これが落ち着いて―――」
「落ち着けと言ったぞ俺は!」鋭い声に、ベイガンの呼気が止まる。だが、それも一瞬で、
「聞けませぬ! 貴方様が玉座に戻られるまで」
「・・・僕は嘘は一度も言ってない」
「は・・・?」言葉の意味が解らず、ベイガンはきょとんとする。
セシルは構わずに指を一本立てた。「期待してくれと頼んだこともない」
さらにもう一本立てる。
「王としての自覚もあんまりない」
「セシル王!」
「説教もあとで聞くつもりだった」
「は?」
「玉座に座ることなんかよりも大事な用があるのも本当だし、何よりも―――」五本目の指を立てて―――つまり、片手の指を全て開いて、
「―――責任放棄するつもりもない、と言ったよ?」
「それは・・・」
「もう一度だけ言うよ、ベイガン―――剣を納めろ」
「う・・・」
「僕の命令が聞けないのなら―――僕のことを信じられないというのなら、もう知らない。勝手しなよ」
「く・・・」なにやらまだ納得のいかない様子ではあったが―――
ベイガンは剣を降ろし、鞘に収めた。「だいたいね」
カチリ、と鞘に剣が収まったのを見てセシルはやや不機嫌そうに言う。
「君は僕に期待しすぎなんだよ。だからそう極端な行動に出る」
「し、しかし王のなさり用は、いくらなんでも目に余ります」
「・・・僕が王になって、どれくらい時間が経ったと思ってる? 今日で丁度一週間だよ。まだ一週間しか経ってないんだ―――なのに、見限ろうとするのは早すぎないか?」
「そ、それは・・・確かに、性急すぎたかもしれませぬが。しかし・・・」なにやら反論しようとしているが、言葉にならないようだ。
セシルはさらにたたみかける。「あと、ベイガン、君はさっき言ったね? オーディン王は己を殺して、王としての責任を果たしていたと」
セシルがそういうと、ベイガンは我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
「その通りです! ですから、セシル王も先王を見習って―――」
「確かにオーディン王は立派な王だった。けれど、たった一つだけ譲れなかったことある」
「譲れなかったこと・・・?」
「オーディン王が、それを譲れなかったからこそ、僕がこうしてこんな所に居るワケなんだけど」
「それは・・・もしや―――」言いかけたベイガンの肩を、セシルはすれ違い様にポンと叩く。
「僕の用事は “それ” なんだよ。立派に王の責務を果たそうとしているように思うけどなぁ」
そう嘯いて、セシルは謁見の間を後にした―――