第16章「一ヶ月」
E.「君が好きだと叫びたい!(1)」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・王の寝室
早朝。
ベイガン=ウィングバードは怒っていた。
かなり険しい表情で、城の廊下を歩いていく。その怒りの迫力は、すれ違った兵士やメイド達が思わず大仰に道を譲るほどだった。
昨日、セシルが半日も誰にも言わず、城を留守にしていたからだ。(ぬうう・・・セシル様は一体、王としての自覚があるのだろうかッ)
答え:あんまりありません。
(そもそも、王たる者が護衛もつけずに一人で外に出るなど、なにかあったらどうするというのだ!)
なにかあったどころではなく、チョコボに蹴り飛ばされ、使用人に踏みつけられた挙句、街の中を走り回ったりしてました。
「今日という今日は、玉座に縛り付けてでも、王の務めを果たして貰わねば!」
それも王様に対してどうなんだ、とか、すれ違った使用人達は思ったが、今のベイガンにそんなことを言う勇気のある人間はいない。
と、ベイガンが強い決意を胸に秘めていると、王の寝室に辿り着く。
扉の両脇に立っている、寝室を守る―――兼見張り役―――の自分の部下に軽く挨拶をし、寝室の扉をノックする。「セシル王、お目覚めですかな?」
一応、声を掛けながらも、返事が返ってきたためしがない。
セシルがこの部屋で眠るようになって一週間近く経つが、朝が極端に弱いセシルは、いつも夢の中だ。
仕方なしに、ベイガンやレイアナーゼが起こすハメになる。(まずは毛布を引きはがして叩き起こして―――)
などと思って、扉を開けようとすると―――
「ベイガンか? 起きているよ」
ありえない返事が返ってきた。
反射的に、ベイガンは扉を乱暴に開け放つと、即座に腰の剣を抜く。扉を開けた部屋の中では、セシルがやや眠そうな顔で立っていた。寝間着もすでに着替えており、王の鎧は身に着けていないが、軽装姿ですぐにでも出かけられそうな状態だった。
そんなセシルに、ベイガンは剣の切っ先を突き付ける。「貴様何者だッ!」
「な、な? 何者って・・・セシルだけど・・・」
「嘘を吐け! セシル様がこんな早くに目覚めているなど、天が裂けても起こりえんわッ!」
「えーーーー」きっぱりはっきり言われて、セシルは困ったような声を上げた。
なにが一番困るかというと、自分でもちょっとだけ納得してしまったからだ。セシルがなにも言えずにいると、ベイガンは油断なくセシルを睨付けたまま、近衛兵に命令を出す。
「城中の兵士達を集めて来るのだ! こやつ、ゴルベーザの手のものかもしれん!」
「ハッ!」
「あ、あのー、ベイガン? ちょっと落ち着いて―――」
「黙れ偽物!」
「た、確かめもせずにそういうことを言うのは酷いなー」さあ、どうしたものかとセシルが悩んでいると、
「・・・どうかしたのか?」
偶然近くを通りかかったのか、カインが扉の方から顔を覗かせる。
「カイン!」
天の助けとばかりに、セシルは親友の名前を呼んだ。
「良いところへ! 助けてくれよ!」
「カイン殿! 騙されてはいけませんぞ! こやつはセシル様の偽物です!」
「うっわ、なんでそこまで断言できるかな。人がたまに朝早く目を覚ましたくらいで」
「何度も言わせるな! そんなことは海が割れてもあり得ぬわーッ」などと、セシルとベイガンのやりとりをきいて、カインも大体の事情を察したようだ。
彼は、困惑するセシルと、怒り狂ったベイガンを見比べて。にやり、と笑った。
あ、嫌な予感、とセシルが思っていると、カインは笑みをすぐに消して、
「ふむ。・・・確かに俺の知るセシルならば、朝起きることなどあり得んな・・・」
「カインーーーッ!」
「やはり! 実は先程まで、もしかしたら本物なのかーと、本物だったらどうしようかと迷っていたのですが!」迷っているようには全く見えなかったが。
「これで確信できました。親友のカイン殿が言うのならば間違いないッ!」
「ちょ、ベイガ―――」
「ベイガン様! 援軍を連れてきました」
「よし捕えろーーーーーーーーーーッ」
「ちょっと待てええええええええええッ!」喚き、抵抗するが部屋の中では逃げ場がない。唯一の出入り口はベイガンが塞いで、そこから兵士達がなだれ込んでくる。
―――そのうち秘密の抜け穴とか作っておこう。
そんなことを思いながら、セシルは為す術もなく拘束された―――