第16章「一ヶ月」
D.「追う者、追われる者」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン

 

 

「ヒマだなー」
「クエー」

 バロンの街中をぼーっと歩きながらバッツが呟く。その相棒も、同意するかのように頷いた。
 それを聞いたレオが「ふむ」と頷いて。

「ならば暇潰しに一戦交えるか?」

 腰に下げた剣の柄に手を掛ける。
 バッツはそれをちろりと横目で見て。嘆息。

「それをやってたから城から追い出されたんだろが。全く節操なく必殺技を連発しやがって。何人死んだと思ってんだ?」
「死んではいない。・・・まあ、数日は身動き取れないかもしれないが、死んではいないぞ」

 言い訳するようにレオは反論。

「大体、お前がわざわざ人の居る方に逃げるから悪いのだろうが。他人を盾にするとは卑怯な・・・」
「戦術と言えよ。つーか、その “盾” に向かって躊躇無く攻撃するアンタもアンタだろ!」
「小賢しい戦術は好かんのでな」
「アンタなあ・・・」
「なんだ? 己のことを棚に上げて、私を批判できる立場か?」

 と、バッツとレオの雰囲気が悪くなりかける。

「まあまあ、二人とも少し落ち着いて」

 それまで黙って居たセシルが二人を宥めるように声を掛ける。
 すると、バッツとレオは同時にセシルの顔を見た。

「? なんだい?」
「いや、なんだい? じゃねえだろ」
「セシル王。さっきから気になっていたのですが、城を抜け出して平気なのですか」

 訝しがる二人にセシルはにこりと微笑んで、自信たっぷりに頷いた。

「全然、平気」
「いや、平気じゃねえだろ!?」
「おやバッツ。僕のいうことを疑うのかい?」
「疑うも何も、王様がお城に居なくてどうするんだよ」
「頼りになる重臣が居るからね」

 

 

******

 

 

“―――気晴らしに、街に出てきます。後は任せた。セシル”

 玉座に残されていた書き置きを握りしめて、ベイガンは絶叫した。

「セシル王ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

 

******

 

 

「・・・ベイガンに同情するぜ」
「僕なんかを王に仕立て上げた責任は取ってもらわないとね――――――まあ、ちょっと気になることもあったし・・・」
「気になること?」

 バッツがセシルを振り返ると、セシルは「うん」と頷いて。

「実はロ―――」

 どごおおおおおおおおおっ!

 何かを言いかけたセシルの身体が突然吹っ飛んだ。
 悲鳴すら上げる間もなく、街の空高くに舞い上がり、きりもみしつつ地面に落下。
 そのままどさっ、と石床に激突する。

「・・・い、今のはッ!?」

 レオがぎくりと強ばった表情で周囲を見回す。
 と、街中を黄色い何かが、人や物を吹っ飛ばしながら駆けていく。今し方、セシルを吹っ飛ばしたのもそれだった。

「な、なんだ今の・・・」

 バッツが倒れたまま動かないセシルと、人々の悲鳴を身に纏って駆けていく黄色い何かを交互に見比べて混乱する。

「今の、なんか・・・ちょ、チョコボにみえたよーな気も・・・」
「クエ」
「あ、やっぱり? ボコもそう見えたって? で、でもなんか普通じゃ無かった気がするぜ? ツノとか生えてたし」
「クエ〜」

 バッツが言うと、ボコも困ったように首を傾げる。
 と、

「お怪我はございませんかッ!」

 これまた唐突にメイド服姿の女性が滑り込むようにしてバッツたちの目の前に現れた。
 げし、と倒れたままのセシルを踵で踏みつけながら、緊迫した口調で―――しかし表情は眉一つ動かさない無表情で、バッツに向かって尋ねてくる。

「今、凶悪なチョコボが来たと思いますが、どなたか怪我は―――」

 尋ねながら、げしげしげし、と血をどくどくと流しているセシルの頭を数回踏みつける。
 唖然としながらも、バッツは無言で足蹴にされているセシルを指さした。
 その指先を辿って、メイド服の女性もセシルを見下ろすと、驚いたように大声を上げた。

「あああっ!」

 がばっ、と彼女はしゃがみ込むと、倒れたセシルの頭―――のすぐ横に落ちていた1ギル硬貨を拾い上げる。
 そしてそのまま、セシルの身体の上に飛び乗ると、奇妙奇天烈な踊りらしきものを踊り始めた。

「ああああ、今日はなんという日でしょうか。お金を拾ってしまうなんて! これも私の日頃の行いの賜物というやつでしょうか。神様有り難う御座います、私にお金を拾わせてくれて―――」
「いや、ちょっと待て。金じゃなくて、アンタが踏みつけているやつ」
「はい?」

 バッツに指摘されて、彼女はもう一度自分の足下を見る。
 すると「おお」とわざとらしく声を上げて。

「これはセシル様、私の足の下で何を? ―――はっ、まさかそういう趣味がおありだとか」
「あるかああああああっ! 気づいたならさっさと退いてくれッ!」

 足の下でセシルが喚く。
 それを見て、バッツはちょっとだけ驚いた様子で、

「あ、生きてた」
「こんなんで死ねるかッ!」
「いや、まあ、受け身はとれてたのは見えたんで、まあ死んじゃいないとは思ってたけどよ。でも意識があったならそう言えよ。ちょっとだけ心配しちまったじゃねえか」
「死にそうな痛みを必死で堪えてたんだよ―――ああ、もうそれから君はさっさと退く!」

 いつまで経っても降りないメイド姿の女性に、セシルは苛立ちを込めて言う。
 すると、彼女は「ち」と舌打ちしてから素直に降りた。

「こんな場所で会うなんて、偶然でございますね、セシル様」
「本当に偶然だ―――とっても嫌な偶然だよ、キャシー」

 セシルはまだ痛む身体に慣れない回復魔法を掛けながら立ち上がると、その目の前で彼女は顔を向け、口元だけ笑みの形をつくった無表情という、彼女にしかできない表情を作り、

「仰るとおりで。思わず散歩中のチョコボをけしかけてしまう程でした」
「故意かッ!?」
「それは失礼というものですよ。このファレル家の誇る究極最終決戦用使用人たる私が、この国の尊き王に向かってそんな粗相をするなんて」
「いや、いまけしかけたって・・・」
「偶然セシル様を見かけて、偶然けしかけたいなーと足を振り上げたら、偶然チョコボのお尻に当たって、ついでに偶然『走れー』とか命じたら、偶然チョコボがセシル様を跳ね飛ばしただけでございます」
「故意だろ絶対に!」

 セシルが喚く―――が、キャシーはそれ以上は取り合わずに、やや目線を反らす。
 その視線と、レオの視線がぶつかった。

「久しいな。確か名前はキャシー、だったか?」
「その通りでございます」

 そう言って彼女は優雅に一礼。
 対して、レオは軽く手を挙げて挨拶をする。
 そんな様子を見ていたバッツが「お?」と首を傾げ、

「なんだよ、知り合いか?」
「うむ。以前、ファレル家を尋ねたときに応対してくれたのが彼女だった」
「ファレル家っつーと・・・ああ、つまりローザん家のメイドってわけか」
「いえ、メイドではなく使用人と及び下さい。ところで―――」

 ふ、とキャシーはあらぬ方向を見やる。
 セシル達も吊られてそちらの方に視線を向ければ。

「げ」

 呻き声を上げながら見たそれは、死屍累々と路上に倒れている街の人々。

「先程けしかけたチョコボが、通行人を蹴散らしながら走り去ってしまいましたが―――どうしましょう?」
「どうしましょうじゃねえだろ!?」

 バッツが喚き、ボコに向き直る。
 一人と一匹は目線を合わせると、それで心が通じたかのように同時に動き出す。
 ボコが駆け出し、その背中にバッツが飛び乗ると、そのまま風のようになって逃げたチョコボ(らしきもの)を追い掛ける。

「ぬう」
「まちなよ、レオ=クリストフ」

 後に続いて追い掛けようとしたレオを、セシルが呼び止めた。
 レオは非難するように顔を渋く歪め、セシルを振り返る。

「何故止める。まさか、バッツらに任せて放っておくというのか!」

 僅かな怒りをも込めたそれは、常人ならば聞いただけで身を震わせてしまうほどの迫力があった。
 しかしセシルはその言葉を軽く受け流し。

「まさか。ただ、幾らなんでも走ってチョコボに追いつけるはずもないだろう?」
「むう・・・・・・」

 諭されてレオは駆け出そうとした足を止める。

「しかしならばどうする?」

 レオの問いに、セシルは「うん」と頷いてからキャシーを振り返った。

「一つ聞きたいんだけど、あのチョコボの散歩のコースとかって決まっているのかい?」

 

 

******

 

 

「―――見つけた」

 ボコの背の羽毛に身を押しつけるようにして乗っていたバッツは、ボコの首の横から前をのぞき見て、小さく呟いた。その呟きに呼応するように、ボコも「クエ」と鳴く。
 バッツとボコの目の前では、先程セシルを吹っ飛ばしたチョコボ―――本来は二つしかない羽が四つあったり、頭から山羊に似た雄々しい角が生えていたり、あまつさえ目が赤く爛々と輝いているのがチョコボと呼べるのならば、だが―――が、通行人を文字通り蹴散らしながら駆けている。がつんがつんと、チョコボが地面を蹴り駆けるたびにあり得ない音が響くが、その迫力はともかくとして速度はそれほど速くない。

(さて、どうすっかなあ・・・・・・)

 相手を見つけたはいいが、それからどうするかは考えていなかった。
 暴走を止める、という目的ははっきりしている。
 だが、そのための方法が思いつかない。

「・・・回り込んでも、一撃で蹴散らされそうだしなー」
「クエー・・・」

 バッツの呟きに、ボコも力無く答えた。
 と。

「そこまでだ」

 唐突に、暴走するチョコボの前に誰かが躍り出た。
 うわ誰だよ命知らずって言うか超無謀な馬鹿野郎は!? などと思いながらチョコボの前に立ちはだかったバカをバカ―――もといバッツが見れば。

「レオのおっさん!?」

 セシルと一緒に後ろに置いてきたハズのレオ=クリストフだった。
 見れば、道の脇にはセシルとキャシーの姿も見える。彼らの後ろには、建物と建物の間にできた細い道があった。

「上手く回り込めたようだね」

 セシルは少しだけほっとしたように呟く。
 キャシーから散歩のルートを確認したセシルは、知っている裏道を駆使して先回りしたというわけだ。
 言ってみれば簡単な話だが、これは一種の賭けでもあった。もしもチョコボが滅茶苦茶な道を走っているならば意味がない。

「GYOEEEEEEEEEEEE!」

 暴走チョコボ(らしきもの)はチョコボではあり得ない雄叫びを上げて、目の前の障害物を見ても速度をゆるめない。むしろ、邪魔なものはけちらさんというばかりにさらに勢いを付けて突進する。

 対し、レオは片手をチョコボに向けて力強く一言。

「盾よ!」

 その一言が鍵となって、レオの目の前に力場が発生する!
 レオの生み出した “盾” に、チョコボが激突する。
 凄まじい激突音の後、暴走していたのが嘘のようにチョコボの動きが停止した。

「・・・あれがイージスの盾か」

 それのことをセシルはバッツやセリスから聞いて知っていた。
 レオの必殺技 “ショック!” が強力無比の一撃ならば、この “イージスの盾” は絶対不壊の完璧なる盾。
 セリスから聞いたところによると、あれを力で破壊することは絶対に不可能だという―――

(―――けれど、世の中には絶対とか完璧という言葉はあり得ない)

 セシルは “イージスの盾” を見やり思う。
 盾自体は不可視の力場だ。目で見えているわけではない―――が、ダークフォースという特殊な力を扱うセシルにははっきりと感じられる。
 そして、だからこそセシルには “イージスの盾” の弱点が見えていた。

(破壊するのはムリかもしれないが、それならば盾を無視してしまえばいい)

 今、レオの前で展開して、チョコボを抑え込んでいる “盾” の大きさは実はそれほど大きくはない。
 スモールシールドよりも若干小さいくらいだ。そんな小さな盾でチョコボ抑えているのだが、レオの方にムリをしている様子はない。どうやらあの “盾” は質量・重量は無視して展開したその場に固定されるようだ。だから、さきほどからチョコボが地面を幾度も蹴り、額を力場に押しつけて、バカの一つお覚えのように前に進もうとするが、盾もレオもビクともしない。

(盾があるならば、盾のないところに攻撃すればいい。例えば全方位から矢でねらい打てば―――)

 イージスの盾がある以上、一対一でレオに勝利することは難しいだろう。
 だが、数で押し包めばどうとでもなる。ならば、脅威ではあるだろうが、敵に回したくないほどに怖ろしい相手でもない。

 セシルにしてみれば、カインやバッツのほうが敵に回れば厄介だった。
 その二人は総合力ではレオに劣るかもしれないが、大軍で攻めても突破されてしまうほどの突破力がある。
 カインの跳躍力は常人では誰も捕えられない。捕えることができたとしても蹴散らされるだけだ。
 そしてバッツの方は―――

(バッツの “能力” は、むしろ一対多数の時に真価を発揮する)

 バロン城攻防戦の時。
 セシルとバッツは戦いを終わらせるために戦いを演じた。
 戦ったのは演技だったが、しかし戦いそのものは演技ではなかった。

 バッツは己の能力を発揮して剣を振るい、セシルもそれに全力で応えた。
 結果的にはあれはセシルが勝ったが、その時にバッツの能力に “気がついた” 。
 乱戦だからこそ解ったバッツの力。 “無拍子” や “斬鉄剣” ではない―――しかし、それらの大本となる二つの能力。

 だからこそ、セシルは誰よりもバッツ=クラウザーを敵にしたくないと思う。
 何故ならば、セシルは集団戦のほうが得意だからだ。

 基本、集団戦では数がものを言う。数が多い方が勝つ。

 しかし、常に相手よりも数を揃えられるとは限らない。
 そう言うときにどうするか?
 答えは単純。数を増やせばいい。

 なにも実際の数を増やす必要はない。
 例えばこちらが100で相手が200の軍で攻めてきたとき。相手を4つに分断させて、戦えば100対50で圧勝できる。それを4回繰り返せば勝利だ。
 或いは、一人に二人分の働きをさせればいい。兵達の士気を上げ、装備を調え、実力以上の力を発揮させる。そうすれば、単純計算で200対200。
 ・・・実際は、それほど上手く行くわけではないが、このようにして自軍の “数” を増やし、相手の “数” を減らす―――それが戦術というものだ。

 その ”戦術” をカインやバッツのような個で集団を突破してしまうような常識外れは破壊してしまう。
 戦術が戦術として機能しなくなる。それは、ルール無しでゲームをするようなもの。何がどうなるのか、どうすればどうなるか、誰にも解らなくなる。

「GYAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOO!!!!!」
「!」

 チョコボの雄叫びで、物思いに耽っていたセシルは我に返った。
 見れば、飽きもせずに前身を繰り返していたチョコボがバササッと羽を広げる。
 何をする気か、とレオが身構えるその目の前で、チョコボの羽から複数の光が生まれた。

「あれって、チョコボールか!」

 追いついては居たものの、手の出しようがなかったバッツがボコの上で叫ぶ。
 チョコボール。
 成長したチョコボが使う特殊能力の一つである。光の球を撃ち出して、敵を攻撃する技であるが、本来臆病なチョコボがそういった技を使って戦うのは珍しい。セシルはもちろん、バッツも話に聞いただけで初めて見る。

「GYYYY!」

 地獄の亡者のような怖ろしいうなり声と共に、チョコボが光の球を撃ち放つ。
 四枚の羽から一つずつ、四つの光球。
 それは一度真上に打ち上げられると、レオに向かって降り注ぐ!

「ちいっ! 盾よ!」

 舌打ちとともにレオが叫ぶ。
 すると、レオの目の前の力場が伸びて、レオの頭上を覆う。
 光の球は拡張されたイージスの盾に激突し、爆発した。ドドオン、と空気を軽く振るわす爆音。いかな強靱な肉体をもつレオ将軍といえど、直撃したならばただではすまなかっただろうと想像できる。

(あの力場、伸縮できるのか!? だけど・・・!)

 一見、セシルが考えた弱点はこれで無くなったように思える。
 だが―――

「!?」

 ズン、とチョコボが前に一歩踏み出した、
 先程まで、どんなに進もうとしても盾に阻まれていたチョコボが、新たに一歩踏み出したのだ。

(―――やはり “完璧” はありえない)

 セシルは気がついていた。
 レオが盾を伸ばしたとき、力場の密度も薄くなったことに。
 つまり。

( “イージスの盾” は大きさに反比例して防御力が小さくなる・・・!)

 おそらく、スモールシールド程度の大きさが最強なのだろう。
 しかし、今、頭上の攻撃を防ぐためにそれを広げてしまった。

「ぬ、ぬうっ、盾よ―――」

 レオは慌てて大きさを戻そうとするが―――遅い。

「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」

 鬱憤晴らしとばかりに、チョコボがイージスの盾をレオもろとも蹴り破る。

「ぐっはああああっ!?」

 レオの身体が高々と天に舞った。
 どっしゃあ、と地面に叩き付けられるレオには脇目もふらず、チョコボは暴走を再開する。

「チッ!」
「クエ!」

 バッツとボコも追走を再開。
 セシルはそれを見送り、地面に倒れたレオの様子を伺う。

「・・・・・・・・・く、くう・・・不覚・・・ッ」
「いや、まあ、仕方なかったと思うけどね、今のは」

 セシルは苦笑して、チョコボの走り去った方向をみやる。そちらの方からは、通行人達の悲鳴が間断なく聞こえ、遠くなっていく。

「やっぱり・・・殺すしかないかなあ」

 今、レオがやられてしまったのも、チョコボを生け捕りにしようと思ったからだ。それも無傷で。
 本気で止めるなら剣を振るうなり、ショック!を放てばそれで終わった。
 イージスの盾で動きを止めたまま、何もしなかった。チョコボが暴れ疲れるのを待つためだ。
 そうでなければ、レオ=クリストフともあろう者が、いかに規格外とはいえ、チョコボ一匹に遅れを取るはずがない。

 だが、レオでも止められなかったとなると、後は殺すしかない。
 城から兵を派遣するか、或いはカインとアベルならなんなく仕留められるだろう―――などと考えていると。

「それは・・・あまりよくありませんね」

 今まで黙っていたキャシーがぽつりと呟く。
 セシルは彼女の方を振り向いて、諭すように

「気持ちは解るけど、住民に被害が出てる。なら僕は王として決断しなければならない」

 自分で自分の事を王というのには、まだ抵抗というか違和感を感じる。
 だが、だからといって王の責務は果たさなければならない。・・・・・・必要最低限は。

 苦笑しながらも真剣な言葉で言うセシルに、キャシーはふ、と視線を反らし。

「あのチョコボ、奥様のものなのですが」
「生け捕りするにはどうするべきか―――しかもなるべく怪我をさせない方向で」
「コロっと変わりましたね」
「いや王様だって人間だし」

 そうキッパリ言ったセシルは、苦笑を引っ込めて真面目な―――いやむしろ深刻な表情で悩む。
 だが上手い方法が思いつかない。
 なにせ、レオ=クリストフですら蹴散らされた相手だ。殺す方法ならば何百通りも思い浮かぶが、保護する方法は全く思いつかない。暴走させるだけさせて、疲れるか飽きるまで待つしかないんじゃないかなあ、とセシルが諦めかけたとき。

「セ、セリス将軍ならば・・・」
「セリス将軍?」
「うむ、以前に私があのチョコボに乗ったとき、それを止めてくれたのがセリス将軍なのだ」
「彼女が? しかしどうやって」
「石化魔法でだ」

 言われてセシルはああ、と頷いた。

「魔法! そうだ魔法というものを忘れていた。よし、じゃあすぐにセリス将軍かテラに連絡して―――」
「駄目です」

 さくっと、キャシーが否定する。

「駄目って、なにが」
「実は最近、石化耐性がついてしまいまして」
「・・・は?」
「睡眠耐性と麻痺耐性は前からついていたのですが」
「ちょっと待て。そんな耐性って、なんでまた・・・」
「いえ、一度石化してしまったことで憤慨なされたようで。奥様が」

 キャシーの言葉で、セシルはディアナが悔しそうに地団駄踏んでいる様を連想した。

『キーッ! 私のチョコボが石にされるなんて! 悔しい、悔しいったらないわ! キーッ!』

 猿のように喚く貴族夫人。
 実際はもう少し嗜みあると思うが、心象的には多分こんなものだろう。

「でも、耐性ってそんな簡単に付けられるものなのか?」

 素朴な疑問にキャシーは「ええ」と頷いて。

「餌の中に金の針を混ぜただけですから」
「金の針って・・・石化を治療するあれ?」
「はい」

 ※よい子は真似をしないで下さい。

「それで本当に石化耐性が?」
「屋敷の倉にしまってあったメデューサの首を見せてみましたが、無事でした」
「なんでそんなものが屋敷の倉に!?」

 メデューサの首。
 見た者を石化させるという魔物の首だ。

「じゃあ、どうしようもないじゃないか!」
「本当に全く。どうしてこんなことになってしまったのか」

 ちろり、とキャシーは非難がましい目つきでセシルを見る。

「な、なんだよその目!? 元はと言えば君が僕に向かってけしかけたから―――」
「あんな所に居なければ・・・」

 ふう、と溜息を吐くキャシー。

「言いがかりだ!」
「しかし・・・セシル王が素直に城に居ればこんな事にはならなかったのでは」
「うっ」

 回復したのか、身を起こしながら言うレオに、セシルはなにも反論できなかった。

「そんなことよりも!」

 身の不利を悟ったセシルは強引に話題を変える。

「今はどうにかしてあのチョコボを止めないと!」
「そうやって自分が不利になるとすぐに話題を変える。こういう人が政治を腐らすのですね」
「だから、そういうことを言ってる場合じゃないだろ!」
「ちなみに今回のことは全てセシル様の責任だと、奥様は報告しておきますので」
「え、ちょっと待って。それは違うだろ! そこら辺はもう少し話し合う必要が―――」
「今、そういう話をしている場合ではないでしょう? さあ、早く追わなければ!」

 急激にやる気を出して、キャシーは駆け出した。その後をレオも追う。

「ちょっと待てええええええっ! いや、待って、お願いします、勘弁してくださいいいいいいいっ!」

 最後にセシルが喚きながら追い掛けるが、当然キャシーは止まる気はなかった。
 だって今、そういう話をしている場合ではないし。

 

 

******

 

 

 二匹のチョコボが街の中を疾走する。
 ボコの背に身体を押しつけるようにして乗るバッツは、目の先を駆けるチョコボを捕えて、叫ぶ。

「ボコ! あいつと並べ! 飛び移る!」
「クエ!」

 幸い、速度はボコのほうが圧倒的に上だった。
 バッツを乗せていたり、暴走チョコボが障害を蹴散らして最短距離を走るのに対し、ボコは障害を避けながら追い掛けていることを差し引いても、ボコのほうが速い。
 なんなく、ボコは暴走チョコボと並走する。

「GUUUUUUU!」

 並ばれたことが気に障ったのか、チョコボがボコに向かって羽を広げて威嚇する。
 だが、ボコは怯まない。さらに身体を寄せ付け、半ば体当たりするかのように押しつける。

「GYAEEEEEEEEEEEE!」

 苛立った声を上げ、チョコボが逆にボコへ向かって体当たりしようとする。
 ボコと暴走チョコボでは体格に差がある。まともに当たれば、ボコなど簡単に吹き飛んでしまうだろうが―――

「クエッ」

 しかしボコは軽快な足裁きでそれを回避。
 相手がぶつかってきたら身を引いて、相手が身を引いたらこちらが身体を押しつける。絶妙な動きのやりとりでボコは並走し続ける。
 それが何度か繰り返されたとき―――

「今だ!」

 チョコボが体当たりするのに合わせ、バッツが飛び移る。
 上手く背に乗り移り、首にしがみつく。

「GUUUUUUUUUUUUU!」

 背に乗られ、チョコボは暴れるがバッツは放さない。

「へっへー、悪いがこうなっちまえば俺のもんだ。旅人さんを舐めるなよ―――」

 チョコボは飛んだり跳ねたり、翼を広げたりして暴れるが、バッツは落ちない。落ちる素振りすら見せない。
 ボコはバッツに対して従順で、間違っても落とそうなどとは考えないが、魔物に襲われたり災害に見舞われたりと、非常事態になれば話は別だ。そういったときは、ボコも必死でバッツのことを気遣う余裕もなく、バッツは暴れて跳ねるボコの背にしがみ続けなければならない。何年も旅をしてきて、バッツは何度もそういった局面を突破してきた。

 だから。

「そんな程度じゃ俺は落ちねえぜ!」

 ただの散歩中だったためか、鞍も綱もつけていない。
 なのに、バッツはなんなくチョコボを乗りこなしていた。
 もっとも、こんな凶悪なチョコボを散歩させるなら、綱ぐらい繋いでおけよとバッツは思ったが。

(まあ、繋いでいても暴走したら、手ぇ付けられやしないだろうが)

 綱を掴んだまま、引き摺られるのがオチだ。
 そもそも、あのメイド―――もとい、使用人がセシルに向かってけしかけなければこんな事にはならなかったわけで。

(大体、なんであの女セシルに・・・? なにか恨みでもあるのかねえ)

 などとバッツが考えていると。

「クエエエエエッ!」

 悲鳴のようなボコの叫び声。
 うん? とバッツが思わず顔を上げると。

「え?」

 目の前にチョコボの首がなかった。
 代わりに大きな木の板が眼前に迫っていた。

「どわっ!?」

 バッツは反射的にチョコボから手を放し、その腹を蹴って後ろへ飛ぶ。
 しかし、それで慣性が相殺しきることはできない。バッツはそのまま居たと激突する。

「ぐはっ・・・・・・つぅ・・・」

 痛みに堪えながら、木の板にしがみつく。
 なんだこりゃ、と自分がしがみついた木の板を見れば。

 __________
         PUB & INN           
      金の車輪亭      
 かわゆいゆいウェイトレスがおまちしておりま〜す♪ 
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 などという文字が書かれていた。
 どうやら宿屋の看板らしい。年季の入った古びた建物から鉄の棒が伸びて、看板を釣り下げている。
 この看板をみつけたチョコボが、めがけて飛び上がり首をすくめて上手くバッツを引っかけた―――というところか。

 なかなか器用で頭も良い。

「チッ、結構やりやがる」
「クエー」

 心配そうな鳴き声は下から。
 看板にしがみついたまま下を見れば、ボコが心配そうにこちらを見上げていた。

「おう、ボコ。お前のお陰で助かったぜ。今降り―――」

 る、と言おうとしたその時。
 バキイ、という何かが砕ける音。

「へ?」

 と言うバッツの呟きはその場に取り残され、バッツはそのまま下へと落下する。看板ごと。

 どしん、と地面に落ちる。
 辛うじて受け身は取ったが、それでもかなり痛い。

「つう・・・だ、だから高いところは嫌だって言うんだ・・・」
「クエー」

 どうやら看板が、バッツが激突した衝撃に耐えられなかったらしい。
 流石に鉄棒が折れたわけではないが、棒と看板との接合部がものの見事に砕けている。

「あーあ、やっちまった・・・」
「やっちまった、じゃないでしょ」

 女性の声。
 尻餅をついたまま見上げれば、いつの間にか少女が立っていた。膝丈まである、Aラインのワンピースの上にエプロンを重ねている少女。エプロン姿から、単なる通行人でないことはバッツでも理解できる。

 女性はにっこりと微笑みながらも、背後には真っ赤な怒りのオーラを背負っていた。

「その看板を壊したのは君かな?」
「え、ええと、それを聞く貴方様は?」

 聞くまでもないとは思ったが、一縷の望みをかけて聞く。もしかしたらエプロン好きで、どこへいくにもエプロンを掛ける若奥様かもしれない。

 ―――なんてことはあるはずもなく、彼女は黙ってバッツが抱えている壊れた看板を指さす。『かわゆいゆいウェイトレス』の部分だ。

「あー・・・」

 あはは、とバッツは困ったように乾いた笑い声を上げた。

「ウェイトレスさん、ですか」
「そう、かわゆいね」
「一つ、言わせて貰っていいか?」
「どうぞ」

 許可を貰ったので、バッツは看板とウェイトレスとを見比べて、

「自意識かじょごふうっ!?」

 言葉を言い終える前に、ウェイトレスの足が看板を砕きつつバッツの腹にめり込んだ!

 ―――説明しておかなければなるまいッ!
 彼女の名前はリサ=ポレンティーナ。飛空艇技師シド=ポレンティーナの娘にして、バロン最強のウェイトレスである!
 老舗―――と言えば聞こえは良いが、ただ単に古いだけ―――の金の車輪亭のフロアをほぼ一人で担当し、その合間に自転車一つで街中に出前もGO! 特には近隣の街や村までもお届けする上、道中の危険な魔物や盗賊などは問答無用でブッちぎる! フォールス自転車競技連盟からも何度もスカウトが来るほどの少女で、彼女がプロになれば、年に一度行われる自転車レースの最高峰、ツール・ド・セブンスでの優勝も夢ではないとされている・・・!

 そんな彼女の黄金の右足から放たれた蹴りは、正に目にもとまらぬ速さ! 正に岩をも砕く破壊力!
 幾多の強敵と互角以上に渡り合ったバッツでも、尻を地面に付けた状態で避けられるはずがなかった!

「ぐ、うううううううううっ」
「ふ、ふふふふ、面白いこと言ってくれるね、君」

 苦しそうに呻き声を上げるバッツを見下ろして、リサは不敵な笑みを浮かべる。

「・・・何を騒いでいる?」

 騒ぎを聞きつけたのか、金の車輪亭の中から青年が一人姿を現した。
 その青年に向かってリサが飛びつく。

「聞いてよ聞いてよクラウドくーん! この人、ウチの看板へし折った挙句に、あたしのことをブスって言った―――」
「興味ないな」
「うわ言うと思ったー」

 わーん、とリサは泣き真似をする。
 青年はやれやれと肩を竦め、

「リサ、遊んでないで仕事に戻れ―――ん?」
「う、くくくく・・・こ、この女ぁ・・・・・・お?」

 青年と、痛みを堪えて顔を上げたバッツの視線があった。

「お前は・・・」
「あんたは・・・」

 青年―――クラウドとバッツはほぼ同時に声を発して、止まる。
 お互いに名前が出てこない。
 それもそのはずで、二人が顔を合わせたのはたったの2回。
 カイポの村で偶然であったのと、この間、セシルに呼ばれて謁見の間で合っただけだ。

「ええっと、そうだ、確かクラウドって言ったっけ」
「・・・・・・」

 バッツの方は名前を思い出したようだが、クラウドの方は思い出せないようだった。

「おいおい、俺だって自己紹介しただろ? バッツだよ、バッツ。ダムシアンの時は世話にはなったな」
「カイポ?」
「おい、それまで忘れてるのかよ。カイポに行く道を教えてくれたろ?」
「・・・興味ないな」

 訳:忘れた。

「・・・まあ、良いけどよ」

 と、バッツは完膚無きまでに砕けた甲板を地面に落としながらゆらりと立ち上がる。
 腹のダメージはまだ消えていない。そのせいか、少しフラついた。

「クエー」

 ボコが心配そうに声を掛けてくる。
 それを安心させるようににやりと笑って、

「ボコ、お前はあのチョコボを追い掛けろ。俺は決着をつけてから行く」
「クエ?」

 決着? と首を傾げるボコに、バッツはなにも語らずに顎でチョコボが走り去った方向を指し示す。早く行け、と言うように。

「クエー・・・」

 心配そうな鳴き声を上げながらも、ボコは駆け出した。
 暴走した同族(だと思われるもの)を追い掛けて。

「さて・・・始めようか」
「始めるってな、なにを・・・?」

 ゆらりと立ち上がり、その双眸に強い眼光を灯すバッツの迫力に気圧されるように、リサが一歩後退した。
 バッツは無言で人差し指を立てると、砕けた看板を指さした。

「な、なに? 看板のこと? えと、ク、クラウド君の知り合いって言うなら別に赦してあげてもいいかなって」

 気弱なリサの発言に、クラウドは驚愕する。

(なにィ!? まさかあのリサが、そんな譲歩を・・・!?)

 短い付き合いだが、クラウドはリサの性格は割と掴んでいる。
 天上天下唯我独尊。
 足の踏み出す先に恐れるものはなにもないと言わんばかりの強引ぐマイロード。
 そのリサが、バッツ=クラウザーという気迫の前に、気圧されている・・・・・・!

「違うぜ・・・」

 フ、とバッツは息を漏らす。

「俺が決着付けたいのはそんなことじゃねえ」
「え・・・?」
「俺が言いたいのは、その看板の “かわゆいゆい” って文句だッ!」
「は?」

 と、間の抜けた声を上げたのはクラウドだ。
 虚をつかれたのか、リサは何も言わずにバッツの言葉を聞いている。

「かわゆいゆい・・・・・・そんな言葉が似合うのはこの世でただ一人―――」

 ビッ、とバッツは自分を指さして声高らかに宣言する。

「この俺の妹だけだッ!」

 今ここに。
 白昼堂々天下の往来で超シスコン宣言をした馬鹿野郎が発生。
 いつもは無感動なクラウドも流石に呆れた様子で口を開ける。

(こいつ・・・・・・阿呆だ・・・・・・!)

「フ―――フフフッ!」

 いきなり笑い出したのはリサだった。
 最初はてっきりバカにしたのだと思ったが、なにやら様子が違う。
 ギラリ、とバッツと似たような眼光を光らせて、後退した足を一歩前に出す!

「そういうことならばあたしも引くわけには行かないよッ!」

 彼女はすっ―――と片足を上げて、顔面を両腕でブロックするような、言わばキックボクサーのような構えを取った。

「この私が、かわゆいゆいウェイトレスだということを、認めさせてあげる―――」

 可愛い、という単語からは180度違う方向にすっ飛んだ構えでリサが宣言する。
 対して、バッツは不敵な笑みを浮かべたまま構えを取らない。

「良いだろう・・・来いッ! もしも俺がお前を妹よりもかわゆいゆいと認めたら―――」
「―――それがあたしの勝ちって事だね」

 リサの言葉にバッツが頷く。
 そして―――二人が激突する! 己の “かわゆいゆい” を認めさせるために。

 ・・・・・・なんだこれ。

 

 

******

 

 

「クエー!」

 バッツとリサがよくわからない戦いが始まったその頃。
 ボコは暴走するチョコボに追いついていた。
 場所は大通りから外れた、真っ直ぐな道。
 裏道というわけではないが、あまり辺りに人は居ない。

「クエエエエエエエッ!(止まりやがれコンチクショー!)」

 ボコが前を走るチョコボに向かって怒鳴る。
 すると、チョコボはボコを振り返って。

「GYOOOOOOOOOOOOO(止まらせたかったら、止めてみな。貧弱なボ・ウ・ヤ)」

 挑発。
 だが、挑発されるまでもなくボコは怒っていた。
 相棒であるバッツの仇は自分が取るとばかりに燃えていた。(注:死んでません)

 ボコはチョコボを追い掛ける。
 追い掛けながら、一つの疑問に気がつく。

「クエッ!?(そういえば、お前、暴走してるんじゃなかったのか・・・?)」

 さっきまでは暴走しているせいで突っ走っているのかと思っていた。
 だが、ボコの呼びかけに応え、挑発まで返してきた。暴走しているとは思えない。

「GYOOOOAAAAAAAAAA(暴走? 最初っから正気だよ。こっちはキャシーの命令通りに走っているだけさね)」

 キャシー、このチョコボを散歩させていた人間の女だ。
 あの女がセシルに向かってけしかけたのが事の発端だということは解っている。

「クエックエッ!(しかしそれは、セシルを吹っ飛ばした時点で・・・・・・!)」
「GYAAAAAAAAAAAA(知らないねえ。こっちはただ単に『走れ』と命じられただけさね)」
「クエー!(こいつ・・・、解ってて・・・!)」

 チョコボは暴走などしていなかった。
 ただ解ってて暴走している。
 こうなれば、あのキャシーという女を連れてきて、止まれと命令させるしかないか―――と、ボコがそう思ったとき。

「GYAAAAAAA(ああ、そうそう)」
「?」
「GYAAAAAAAAAAOOOOOO(やっぱり嘘だわ。暴走してるんだよ、暴走。だから今更誰の命令も聞きはしないよ)」
「クエッ(なっ・・・)」

 キャシーを連れてきても無駄だ、と暗に言っているのだ。
 こうなれば、もうこのチョコボが飽きるか疲れるて自ら止まる以外には―――

「クエー・・・(こうなれば・・・)」

 ボコは一つの決意をする。
 それは戦いの決意。

「クエッ!(倒すしかない!)」

 その鳴き声は相手にも届いたようだった。
 チョコボは小馬鹿にしたようにこちらを振り向く。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAA(倒す? あんたのような貧弱なボウヤが!? アハハハハハハ! 面白い面白い、出来るものなら―――)」
「クエエエエッ!(やってやるさッ!)」

 ボコが加速する!
 その加速力は、みるみるうちにチョコボとの差を詰めて―――

「GYAOOOO(甘いねえ)」
「クエッ!?(なにっ!?)」

 余裕の呟きと共に、チョコボがさらにさらに加速する。
 今まで本気を出していなかったとでも言うかのように。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA(アハハハハハ! お笑いだねえ。アンタのようなただのチョコボが、このアタイに敵うとでも?)」
「・・・・・・・・・」
「GYOEEEEEEEEEEEEEE(さっきまでは本気じゃなかったのさ。わ・ざ・とアンタに追いつかせていたのさ。そうでなきゃ鬼ごっこも面白くないだろう?)」
「・・・・・・クエ(知ってるか?)」
「GYA(なに?)」
「クエー(俺の相棒が誰だか知ってるか?)」
「GYAAAAAAA(アンタの相棒? ああ、さっきアタイの背に乗った馬鹿な人間かい。それがどうした)」
「クエ(アイツの名前はバッツ=クラウザー。ただの旅人だ)」

 だから、とボコも誇りを持って己を言う。

「クエエエエエエエエッ!(だから俺もただのチョコボだ! ただのチョコボのボコで十分だッ!)」
「GYAAAAAA!?(!? なんだ!?)」

 加速する。
 ボコの最初の加速より、その加速を容易く上回ったチョコボの加速。
 その加速を簡単に凌駕するほどの速度で、ボコが加速する。

「GYAAAAAAAAAAAAAA!?(ば、馬鹿な! ただのチョコボにアタイが追いつかれるだと!? アンタ、何者―――)」
「―――クエッ(―――何度も言わせるな)」

 ぼそりと呟いて、ボコは必死で逃げようとするチョコボに向かって跳躍する。
 そしてそのまま放たれるのは、チョコボの代名詞とも言うべき必殺の蹴り―――

 

 チョコボキック

 

 高速で疾駆したその慣性のまま、目の前のチョコボが吹っ飛ぶ。
 地面に激突し、そのままズダダダン、と転がってやがて止まる。
 それを見ながらボコは着地し、それからゆっくりと止まると、言葉の続きを呟いた。

「クエ―――(俺はボコ。ただの、チョコボだ―――)」

 

 

******

 

 

「―――しかし、一体どこまでいったのでしょうか」

 走りながらキャシーが呟く。
 走りながら、と言っても無様にバタバタ走ってるわけではない。
 傍目には走っているようには見せず、まるで普通に歩いているような動きで―――しかし、その隣をレオが全速力で走っている。

「む、むう、それにしても速いな」
「まあ、チョコボですから」
「そうではなく貴女がだ。実のところ、私は結構苦しいのだが」

 汗をダラダラ流しながらレオが言う。ただ、まだ喋りながら走れる程度の余力はあった。
 そんなレオに、キャシーは頷いて。

「実は私もあまり余裕があるわけではありません。スカートの下ではもの凄いことになっていますよ?」

 キャシーのはいているスカートは、足首まであるよう長いスカートだ。
 だから、スカートの下がどうなっているかなど、うかがい知れない。

「もの凄いというと?」
「少し恥ずかしいのですが」

 と、心なしかキャシーは照れたように前置きして、

「ぐっしょり濡れています」

 ずだっしゃーん!
 豪快な音を立てて、二人の後ろでセシルが転倒した。
 足を止めて振り返ると、セシルが真っ赤になった顔を押さえながら立ち上がる。

「あら、どうしたのですかセシル様。顔が赤いのですが」
「いやええと、な、なんでも―――」
「そうですか。てっきり今の会話から卑猥で破廉恥極まりないことでも連想したのかと」

 どっしゃーん!
 再び豪快にずっこけるバロン王。
 と、レオが眉根を寄せてキャシーを見る、

「何を言っているのかね。今の会話で破廉恥な部分など何一つなかっただろう」
「ええ、そうですね。ただスカートの中が濡れているとしか言ってませんし」
「・・・・・・ああ、なるほど」

 なにか解ったかのようにレオは頷いて。

「つまりセシル王は下着が濡れていると連想したわけでありますな?」
「に゛ゃーーーーーーっ!」
「ど、どうされたのだ、王! いきなり奇声を発して!」
「は、白昼堂々へんなこと言うなあああああああああああああっ!」
「そ、それほどヘンなことだろうか?」

 レオはキャシーのスカートを見やり。

「いかにも濡れそうなのだから、連想してもしかたないと」
「ぬあああああああああああああああああ!」

 いきなりセシルは拳を握るとレオに向かって殴りかかった。
 だが、怒り任せのパンチだ。百戦錬磨のレオに当たるはずもない。

「避けるなよ!?」
「理不尽な!?」
「うるさーい! そういう変態的発言をするヤツは駄目だー! ダーメーなーのー!」

 どこか壊れたように喚くセシル王。
 キャシーは本気でこの国の将来が心配になった。

「いやだが、こんなスカートだと熱も籠もるだろうし、汗を掻くのは仕方ないと」
「汗とかそういうこと――――――・・・・・・汗?」

 きょとん、としてセシルはキャシーの方を見る。キャシーは「ええ」と頷いて。

「見ます?」
「見ないよッ!」
「・・・なんだと思ったのですか、セシル王」
「べ、別に!? なんでもっ!?」

 慌てて必死で誤魔化すセシル。
 そんなセシルに、キャシーは何故か憐れむような視線を向ける、

「溜まってるんですねー」
「なにがだよ!?」
「さて? そんなことよりもチョコボを追わねば―――おや?」

 と、キャシーがわざとらしい声を上げる。
 吊られてセシル達も同じ方を見てみれば、

「あれ、バッツ?」

 そこには、ウェイトレスと戦いを繰り広げる旅人の姿があった―――

 

 

******

 

 

(・・・なんか、ヘンなことになってるよなあ・・・)

 やや冷静になりながらバッツは心の中で呟いた。
 目の前を、ウェイトレスの膝が “歓声” と共に迫る。バッツはそれを半身引きつつ、片手で払いながら回避する―――と、周囲から落胆の声が響く。

 リサ=ポレンティーナの脚力はなかなかのものがあった。
 関係者からは黄金の足と褒め称えられているその足から繰り出される攻撃は、決して侮れるものではない。速度も破壊力も十分で、気を抜けば当たるだろうし、当たれば致命的だろう。

 だが、逆に言えば気を抜かなければ当たらないし、当たらなければどうということもない。

 また攻撃の組み立ても甘い。
 特に攻撃から攻撃へと繋げる連携が全然出来ていない。どの攻撃も単発で、放った後に大きな隙ができる。
 まあ、当然と言えば当然かもしれない。
 リサ=ポレンティーナはただのウェイトレスなのだから。

(失敗したよなー)

 思わず「可愛い」という単語に反応して啖呵を切ったバッツだったが、冷静に考えてみればそんなことリサに言うことでは無かったかもしれない。
 冷静な―――大人の思考でバッツは反省する。

(なにせこいつ、リディアのこと知らないもんな)

 知っていたら、そもそも自分のことを「かわゆいゆい」などと自称したりできないはずである。
 なにせこの世の「可愛い」という単語は全てリディアのために存在するのだから。
 と、冷静な大人駄目なシスコン兄貴の思考でバッツは反省した。

(それにしても・・・・・・)

 ふと、バッツは周囲を見回す。
 バッツとリサが戦い初めて数分後、周囲にはギャラリーが集まってきていた。
 それも男ばっかり。さらに―――

「てええええいっ!」

 声を上げ、リサがバッツに向かって蹴りを放つ。
 勢いに乗った、脇腹を狙った回し蹴りだ。その途端。

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」

 なにか機体の籠もった、観客達の歓声が上がる。
 だが、バッツはそれを容易くスウェーで回避する。胸よりちょっと下の辺りを爪先がかすめ、エプロンと、ワンピースの裾についたフリルがひらひらと舞う。フリルは彼女なりのおしゃれなのだろう―――正直、バッツにはこういったひらひらの何が楽しいのか上手く理解できないが。

 と、バッツがリサの攻撃を回避したところで、観客達からは落胆の溜息が漏れる。

 何故かさっきから、リサが蹴りを放つと歓声が上がり、それが外れると溜息が漏れる。
 最初は単にリサの味方なのかと思っていたが、それにしては「兄ちゃんもっと頑張れやー」とか「いいとこみせろー!」とか「頑張れ、そこだっ、押し倒せーっ!」とか、バッツに向けられた声援ばっかり聞こえる。

「・・・なんなんだ、一体?」

 そんな風にバッツが困惑していると。

「バッツ!? 何やってるんだよ?」

 聞き慣れた声に振り返れば。

「セシル! チョコボは!?」
「それはこっちの台詞だよ。追い掛けて、どうしたんだい? ボコは?」
「いや、それが―――!?」
「やあああああっ!」

 裂帛の気合いと共に、リサの蹴りが飛んでくる。さっきと同じ回し蹴り。
 セシルと話していたバッツは反応が僅かに遅れ―――

(あ、やべ)

 胸中で呟くと同時、身体が勝ってに反応していた。
 色んな戦いの経験や、旅人としての生活のなかで培われた防衛本能がバッツの身体を突き動かす。

 ―――回避しようとすれば逃げられたかもしれない。だが、それよりも確実な方法があった。
 だから、バッツの身体は確実な動きを取った。

「えっ!?」

 と、リサの困惑した顔が目の前に迫る。
 バッツは蹴りを放ったリサに向かって踏み込んでいた。
 どんな攻撃でも言えることだが、間合いをハズしてしまえば威力を発揮しない。無拍子によってゼロ距離まで間合いを詰めたバッツに、リサの蹴りは当たらない。空振りし、周囲から落胆の声が聞こえる中、バッツは肩でリサの身体を押す。

「ひゃ―――きゃん☆」

 蹴りによって体勢を崩していたリサは、そのままあっけなく後ろに倒れた。

(うん?)

 どしんと、尻餅をついてリサが倒れる。
 その様子にバッツはなにか違和感を感じた。転ぶときに、まるで何かを庇うような―――

「いたたた・・・」

 リサは目の端に涙を潤ませながら、痛みを堪えている。
 両手でエプロンと、その下のスカートを抑えている。―――それを見て、バッツは気がついた。

(ああ、そうかスカートを抑えたのか)

 後ろに倒れるとき、リサは咄嗟にスカートを抑えていた。普通ならば受け身を取る―――受け身の方法を知らなくても、身体が勝手に身を守る動きをしようとする―――なのにリサは自分の身体よりもスカートを優先させた。だから、バッツは違和感を感じたのだ。

(・・・なんで?)

 違和感の正体はわかったが、疑問は残る。
 スカートなんぞ抑えるくらいだったら、受け身を取ったほうが痛くない。すくなくとも、スカートを抑えるメリットなんて、パンツが見えないくらいなものだ。

 そこまで考えてふと気がつく。
 さっきから、何度もリサの攻撃―――主に蹴り―――を受けているが、その全てが中段か下段を狙ったものだった。上段―――顔面を狙ったものは一つもない。素人だから、上段を狙うことが出来ないのかとも思ったが。

「まさか・・・」

 バッツは少々言いにくそうに、リサに尋ねた。

「まさかお前、パンツ履いて無いとか―――」

 石が飛んできた。

「な、何を言っているのかな、君はぁ!?」
「だ、だってそーまでしてスカートを抑えるってことは・・・!」
「ちゃんと履いてるよっ!」
「じゃあ、なんで?」
「それがあたしのポリシーだからっ!」

 バッツには訳が解らなかった。
 訳が解らないことはもう一つ。

(なんで俺、戦ってるんだ・・・?)

 なんかもう色々とやる気が失せていくバッツの前で、リサはなおも立ち上がる。

「―――もう止めておけ」

 制止の声を上げたのはクラウドだった。

「お前じゃアイツには一生掛かっても勝てやしない・・・」
「解っているよそんなの」

 ふ、とリサは不敵に笑ってみせる。

「なにせ “剣聖” ドルガン=クラウザーの息子にして、最強であるレオ=クリストフや、セシル=ハーヴィとも互角に渡り合ったさすらいの旅人だもんね」
「知っているのか?」
「さっき、セシルが名前を呼んだときに気がついたの。バッツ=クラウザーのことは彼から聞いていたし」

 彼、という単語を口にしたとき、リサが少しだけ頬を染める。
 それを見た観客達から「か、かわええ」「し、しかしあれがロイドのものだと思うと・・・!」「うをのれあの野郎。今度見かけたらただじゃおかねぇ・・・!」などと、喜怒哀楽入り交じった念が放たれる。

「しかし、それなら尚更―――」
「違うよクラウド君。これはそういう勝負じゃないんだから。私のかわゆさを、バッツ君に認めさせるための戦い・・・!」
「とゆーか、それでなんで戦いになるのかが理解できん」

 やれやれ、とクラウドは肩を竦める。
 だが、それ以上はなにも言う気はないようだった。何言っても無駄だということを悟っているから。

 だか、そのやりとりを聞いて、セシルの隣にいたキャシーがぽつりと呟く。

「なるほど」
「なるほどって、なにが?」
「事態は飲み込めました。―――バッツ様」

 呼ばれて、バッツはキャシーを振り返った。

「なんだよ?」
「ちょっとお耳を」

 キャシーがバッツに近づくと、耳にひそひそと囁いた。
 それを聞いたバッツが目を剥く。

「はあっ!? なんでそんなことを・・・!」
「いいから言われたとおりに。それで決着が着きます」
「いや、でも・・・」
「でもではありません。子供の頃にやったことくらいあるでしょ」
「・・・まあ」
「ではOKです。要領は変わりません。行きなさい。GO」

 親指を立てるキャシー。
 バッツはなんだか納得行かない様子でリサと向き合う。

「なにを話していたのかな?」
「いやまあ・・・その―――」

 口の中でもごもごと呟き、バッツはふと思いついたように。

「あのさ、お前、俺が可愛いって認めりゃ気が済むんだろ」
「まあね」
「じゃあ、認めてやるよ。お前は可愛い」
「あなたの妹よりも?」
「ンなわけあるかあああああっ!」

 マジ切れした。

 

 

******

 

 

 マジ切れしたバッツを見て、セシルはこんな状況になってしまった理由を理解する。

「あいつ・・・本当にリディアの事になると駄目になるなあ・・・」
「セシル様も人のことは言えないと思いますが」
「僕が?」
「ローザ様の事になると、セシル様は駄目になります。もう少し具体的にいうとヘタレです」
「なっ・・・」

 ムカッ、とセシルはキャシーを睨付ける。

「僕がいつローザの事で駄目になったって? 何時だって僕は冷静に―――」
「冷静になろうと思って冷静になれるほど、セシル様は器用な御方でしたか?」
「―――!」
「私は貴方のことをよく知っています。貴方の事を誰よりも良く知っているローザ様に何時も話を聞いていましたから。だからこそ断言できますが、貴方はローザ様が絡むといつも判断を狂わせる」
「・・・・・・」
「繰り返して言いますが、私は貴方のことを知っています。貴方は決して冷静でも器用な人間でもありません。ただ愚直に己が正しいと思ったことしかできない、どうしようもなく不器用な人間です」
「酷い言われようだな」

 セシルは苦笑。
 そんなことは言われなくても解っている事だった。

「事実です。敢えて聞きますが、ローザ様が絡んだ事で、貴方が今までに本当に正しいと思えた選択を、一体どれだけしてきましたか?」
「・・・・・・」

 セシルは答えない。答えられなかった。
 解らなかったわけではない。答えられる程度しかなかったからこそ答えられなかった。

「今も、そうです」

 冷たく響く、氷のような声音でキャシーは続ける。

「まさか、気づいていないとは言いませんよね? でなければこうして街に出たりはしないでしょうから」
「解っていたなら、なんでチョコボなんてけしかけたんだか」
「そんなことは決まっているでしょう」

 キャシーは静かに答える。

「私が貴方のことを大嫌いだからです」

 

 

******

 

 

「そういうわけで」

 びしっ、とリサはバッツを指さす。

「君があたしのことを誰よりも『可愛い』って認めるまで、絶対に負けないんだからね!」
「そんなこと天地ひっくり返ってもありえんわアホウ!」
「というか、さっきも聞いたが、なんで戦ってるんだ?」

 クラウドの疑問に、リサは振り返らずに答える。

「成り行きで!」
「・・・そうか」

 きっぱりと言い切られ、それ以上は何も言えない。

「言って置くが、これからはこっちからも本気だからな。今まで手は出さなかったが―――」

 バッツの言うとおり、今までバッツは1回も攻撃していない。
 さきほど、身を防ぐためにカウンターで肩を当てて転ばせたくらいだった。

「これから俺の本当の力を見せてやるぜ!」

 そういって、わきわきと手を動かす。

「な、なにその手の動きッ。なんかイヤらしいよっ!」
「くくくく・・・・・今まであまりにも恥ずかしかったから誰にも言わなかったが、俺の子供の頃のあだ名を教えてやるぜ・・・」
「あだ名?」
「そう、俺のあだ名は “旋風” のバッツ=クラウザー!」
「せ、旋風? 格好悪いというか格好良くないかな?」

 きょとんとするリサに、バッツは不敵な笑みを浮かべて続ける。

「おふくろに叱られて、このあだ名が消えるまでの七十五日間、俺の住んでた村では女の子は皆ズボンしか履かなかった―――この意味が解るか?」
「ま、まさか!」

 ぎくりとしてリサは思わず身を強ばらせる。
 その一瞬をバッツは見逃さない。

「そう―――」

 という言葉を残し、バッツの姿がリサの眼前から消える。

「 “旋風” ってのはスカートをめくり上げるという意味の二つ名だッ!」

 声はリサの背後から。
 慌ててリサがスカートを抑えようとするよりも速く。

 ずばあっ!

 と、バッツの手が閃き、エプロンごとリサのスカートがめくり上がった―――

 

 

 

 

******

 

 

 

「・・・・・・」

 ボコは様子を伺っていた。
 チョコボは倒れたまま動かない。まさか死んではいないだろうが―――

「クエ?(大丈夫か?)」

 少しだけ近づいて呼びかける。
 だが、反応がない。

 ・・・いや―――

「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!(ぬあああああああああああああッ!!!!!)」
「ク、クエエエエッ!?(う、うわあああああっ!?)」

 いきなりチョコボが跳ね起きると、赤く爛々と輝く双眸をボコへと向ける。
 その瞳に映るのは怒りの炎。

「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOO(たかがチョコボが・・・このアタイにいいいいいいいいい・・・)」
「クエッ(へ、驚かせるなよ。死んだかと思ったじゃねえか」
「GYAAAAAAAA(五月蠅い黙れ! ボコと言ったね・・・赦さない、赦さないよ!)」
「クエエエ?(赦さない? ならどうすると?)」
「GA!(殺す!)」
「クエ―――(やれるものなら―――)」

 くるり、とボコはチョコボに向かって背を向ける。

「クエーッ(やってみなーっ!)」

 そしてそのまま逃げ出した。

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!(逃がすかああああああああああああああっ!)」

 それを追ってチョコボも爆走する。

 追うもの追われるものを逆転させて。
 追いかけっこは再開する。

 

 

******

 

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」

 リサの悲鳴と、それをかき消さんばかりの観客達の歓声。

 スカートがめくり上がったのは一瞬で、即座にリサはスカートを抑え込んで、その場に座り込む。

「うううっ、ロイド君、ロイドくーん。あたしもうお嫁に行けない」
「いや、パンツ見られたくらいでそんな大げさな」

 しゃがみ込んですすり泣くリサに、流石に居たたまれなくなってバッツが慰める。
 ちなみにパンツは青と白のストライプだったそーな。

「大げさじゃないよ! あたしのポリシーだもん!」
「いやそのポリシーってういうのが解らん。パンツ見せないのがポリシーなのか?」
「そう!」

 す、とリサは涙目でバッツを見上げ、力強い声で宣言する。

「パンチラはNG!」
「はあ・・・」
「ううっ、今までロイド君にしか見せたこと無かったのにー」
「ああ、ロイドっていうのがさっき言った “彼” ってヤツか」
「うん。前にね、言われたの。 “リサのパンツは俺にだけ見せてくれればいいんだよ” って」
「変態かそいつは」
「変態じゃないもん! ていうか、いい年して人のスカートめくるような変態に言われたくないよっ」
「いや、それはあの女に―――」

 バッツが指さすと、キャシーはこくりと頷いて。

「噂に聞いたことがあったのです。 “金の車輪亭” に、パンチラだけは絶対にしない、チラリズムを極めようとするウェイトレスがいると・・・!」
「ち、ちらりずむ?」
「見えそうで見えないギリギリ感の事です。―――気づいていましたか? さきほどから、彼女は蹴りを放っていましたが、そのどれもギリギリの境界でパンツが見えていなかったことに」

 キャシーは途中から見たはずなのだが、まるで最初っから居たかのように解説する。

 ちなみに、今更言うまでもないことだが、観客の歓声と落胆は、見えるかもしれない! という期待と、見えなかった失望によるものであった。

「しかしそうまでして守ってきたというのに・・・・・・」
「え、あ、おい、ちょっと待て」
「それを容易く打ち砕いた外道がここに居ます」
「待て―――!」
「なにか弁解でもありますか? 変態様」
「だれが変態だあああああああああああああああああああああああああっ!」

 バッツが喚くとその場の全員―――レオやクラウドまでもが、一斉にバッツを指さした。

「ちげええええええええええええええええっ!」
「GYOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「クエエエエエエエエエッ!」

 バッツの絶叫に呼応するように、重なる二つの鳴き声。
 いや片方は鳴き声というよりもむしろ雄叫びに近かったが。

「って、ボコ!?」

 ボコが礼のチョコボ(らしきもの)に追われて逃げているのが見えた。

「な、なんでボコが追われて―――ええい、とにかく追い掛けるぞ!」

 と、バッツが駆け出そうとすると。
 ぐい、と引っ張られた。
 見れば、リサがバッツの腕にしがみついている。

「な、なんだ?」
「責任取って」
「は?」
「あたしの心はとってもとっても傷ついてしまいました。だから責任とって慰謝料はらって」
「い、慰謝料!?」
「一億ギルくらい」
「はらえるかああああああああああっ!」
「じゃあ、私はこの世で一番かわゆいって認めて」
「それだけはゆずれーーーーーーーーんっ!」

 結局、エンドレス。
 仕方ないので、セシル達はバッツを置いてチョコボたちを追い掛けた―――

 

 

******

 

 

 ボコが街の中を疾走する。

「GYAAAAAAAAAAAA(殺す殺ーーーーーーーーーーーーーすっ!)」
「クエエエエエエエエ(殺されてたまるかー!)」

 二匹のチョコボは大通りを外れ、裏通りへと。
 もう夕方で、空が薄暗くなってきた頃だ。
 昼間よりも人は少なくなってきたが、それも一時的なもので、だんだんとまた通行人の数が増えてくる。帰宅ラッシュの時間帯だ。

「クエッ(チイッ)」

 ボコはそれらを避けるため、裏通りへ誘導したのだ。
 道は狭く、曲がり角も多くて走りにくいが、背に腹は代えられない。

 後ろからはチョコボとは形容しがたいチョコボが迫ってくる。
 迫るプレッシャーと戦いながらも、ボコは適度な距離をとって逃げまくる―――が。

「GA・・・(この道は・・・)」

 幾度めかの角を曲がったところで、ボコを追っていたチョコボが呻き声を漏らす。
 見覚えのある道だった。
 一度だけ散歩で通りがかった事がある。そして、その先に何があるかも知っている。

 そう、この道の先には―――

「クエエッ!?(なにィ!?)」

 曲がり角の先でボコが悲鳴を上げる。
 ほくそ笑みながら後をおえば、その先にボコの姿と―――

「GUUUUUUU(何も、無い!)」

 その前に立ちはだかる、壁。
 この道は行き止まりだった。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!(終わりだ! ぺしゃんこにしてやる!!!!)」

 雄叫びを上げ、チョコボが加速してボコへと突進する。
 ボコを壁に向かって叩き付けるために。

 ボコはチョコボを振り返る。
 迫り来るチョコボ。だから足を止めるわけにはいかない―――が、このままでは壁に激突して、さらに体当たりでサンドイッチにされてしまう。
 絶体絶命の危機―――そのはずだったが。

 ―――頭に血が昇っていたせいで、彼女は気がつかなかった。
 本当ならば余裕で逃げられるはずのボコが、わざと速度を落としていたことを。

「クエエ(フッ)」
「!?」
「クエー!(この状況を待っていた!)」

 ボコは壁に向かってブレーキをかけるどころかさらに加速!

「GAAA!(馬鹿な! 自爆する気か!?)」

 チョコボが訝しげな声を上げるが、ボコは無視!
 迫る壁に向かってボコは恐れることなく突進し、そして―――

「クエーーーーーーーーーーーーッ!(いっけーーーーーーーーーーっ!)」

 地面を蹴り、壁に向かって跳躍する。
 壁を乗り越える気か!? と後を追うチョコボは思ったが、乗り越えられる高さではない。
 あんの上、ボコの跳躍は足りずに、壁に激突する―――

「クエッ(ここだッ)」

 ダンッ、とボコが壁を蹴り上げる!
 それで慣性の向きを変え、激突コースから壁を駆け上がるように。そしてさらに―――

「クエッ(とおッ)」

 さらに壁を蹴り上げて、三角飛び。
 くるりと空中で身体を一回転させ、チョコボの後ろへと降り立った。

「GAAAAAAA―――!?(ば、馬鹿な―――ハッ!?)」

 ボコの動きに気を取られていたチョコボは忘れていた。
 目の前に壁が迫っていたことに。

「GAAAAAA(くっ、ブ、ブレーキ―――)」

 足に全力を込めてスピードを殺そうとする。
 速度を殺しきれないが、無惨に激突することは防げそうだ―――そう思った瞬間。

 

 チョコボキック

 

 背後から、ボコの追い打ちの一撃が飛んできて、哀れチョコボは壁とサンドイッチになった―――

 

 

******

 

 

 セシル達が追いついたとき、全ては終わっていた。
 狭い路地裏に辛うじて差し込む夕日を浴びて誇らしく立つボコと、薄暗い路地の隅に隠れるようにして倒れたまま動かないチョコボ。
 どちらが勝者で、どちらが敗者かは一目瞭然だった。

「なんとまあ」

 困ったような顔でセシルは倒れたチョコボを見やる。

「生きてはいるよね?」
「クエ」

 ボコは頷いた。
 だからといって無事であるかどうかはまた別問題だ。

「よし、とりあえずディアナさんに見つかる前に、治療して―――」
「GAAAAAA・・・・・・」
「起きたあああああっ!?」

 気がついたらしく、チョコボがゆっくりと起きあがる。
 セシルは反射的に自分の武器を呼びかけて―――

「お待ち下さい」

 キャシーが静止の声を上げる。

「どうやら戦うことも、治療する必要もないようです」
「は?」
「 “その必要はない” と言ったようです」
「って、チョコボの言葉解るの!?」
「まあ、簡単な意思疎通が出来る程度には」

 バッツ以外にもチョコボの言葉が解る人が居るんだー、とセシルが妙な感心をしていると。
 チョコボがボコに向かって、

「GAAA・・・」
「クエッ!?」

 チョコボの鳴き声に対して、ボコは何故か驚いたように羽を広げる。

「な、なんだ? なんでボコは驚いているんだ?」
「ああ、どうやら―――ウチのチョコボが、ボコ様に向かって求婚したようで」
「きゅうこん!?」

 セシルの驚く前で、チョコボはさらに愛の言葉を続ける。

「GAAAAAAA(好きだ・・・アタイ、アンタに惚れちまったよ・・・)」
「クエエエエエエッ!?(い、いや、俺、僕は貧弱なボウヤですし!?)」
「GAAAAAAA(敵わないねえ・・・アタイはそんな貧弱なボウヤにやられちまったってわけかい。フッ、案外弱い女だったってわけさね)」
「クエエエ(じゅ、じゅーぶん強いですよっ。てか怖いしッ)」
「GUUUUUUU・・・(アタイ、今まで突っ張ってたけど・・・本当は待っていたのかもしれないねえ。・・・アンタみたいなヒトを、さ)」
「クエックエッ!(僕たちヒトじゃなくてチョコボですよ!?)」
「GAAAAAAAA(アンタ、子供は何人欲しい?)」
「クエーーーーーーーーッ!(いーーーーーやーーーーー俺にはココっていう大切なチョコボが!)」
「GYAAAAAAAAAAAAAA!!!(なにいいいっ! アンタ早速浮気かいッ! 誰だい、そのココってのはッ!)」
「クエエエエエエッ!(浮気以前の話だあああッ!)」

 絶叫。
 そしてボコは回れ右すると、全速力で逃げ出した!

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!(逃がさないよッ! ダーーーリーーーンッ!)」

 そして再び追いかけっこするチョコボ二匹。
 それを見送って、セシルは溜息をつく。

「はあ・・・なんなんだか」
「どうやら、ウチのチョコボは振られてしまったようですね」
「どうする? また追い掛けますか?」

 聞いてきたレオに、セシルはぱたぱたと手を振って。

「いい、今日はもう城に帰る・・・なんか、疲れたし」
「私も帰るとします。あの様子では、あのボコというチョコボ以外に被害はないでしょうし」

 気が済んだら帰ってくるでしょう、とキャシーは適当なことを呟いて、セシルの方へ問う。

「ローザ様はどうなされます?」

 問われ、セシルの動きが一瞬止まる。
 だが、すぐに彼は首を横に振り、

「また明日にするよ。今、彼女に会う気力もない」
「・・・・・・本当にヘタレですね」
「う」

 セシルが少し傷ついた様子を見せるが、キャシーは構わず歩みさろうとする。

「あ、あのさ」

 反射的にセシルは呼び止めた。
 無視されるかとも思ったが、意外に彼女は止まってくれた。

「なんでしょうか?」
「ローザに僕がよろしく言っていたと―――」

 言いかけて。
 即座に後悔した。
 キャシーが、嫌悪と怒りに歪めた表情でこちらを振り向いたからだ。
 あまり感情を表さない、ファレル家の使用人にしては珍しい激情。

「貴方は、本当に・・・・・・!」
「え、ええと・・・」

 明確な憎しみを向けられて、セシルは思わず目を反らした。
 そんなセシルに、キャシーははーっと強くわざとらしく息を吐く。

「お断りします」
「それは、僕が嫌いだから?」
「確かに私は貴方のことが超大嫌いですが」
「超が増えたっ!?」

 彼女は首を横に振り、

「―――貴方が間違えるのは勝手ですが、それでお嬢様が苦しむのは我慢なりません」
「苦しむって、なんでローザが―――あ」

 尋ねかけて気がつく。
 その様子を見て、キャシーの表情がさらに険しくなった。

「こんなこと、言われるまでもなく気づくべきことでしょう!」
「・・・・・・ごめん」
「本当に、貴方はお嬢様のことになると判断を狂わせる!」

 言い返せない。
 彼女が言っている事は紛れもない事実であり、反論の余地もない。

 何も言えないまま俯いていると、足音が鳴り響いた。
 忍者の心得があるキャシーは普段からあまり足音を立てない。それが聞こえるということは。

(それほどまでに僕が愚かしく憎いとおもっているのか)

 顔を上げる、とキャシーが曲がり角を曲がって見えなくなるところだった。

「はあ・・・」
「・・・なにやら大変な事になっておられるようだが・・・」

 気遣うようにレオが尋ねてくる。
 セシルは苦笑して。

「なんでかね、ローザが僕を避けている見たいなんだ」

 バロンに帰ってからローザは一度もセシルに会いに来ていない。
 色々あった所為で病気で寝込んでいるのだろうかと、ローザの父であるウィルに尋ねて見たが、病気で寝込んでいるわけでは無さそうだった。

 では何故だろうと考えて。
 しかしその理由は解らない。
 正直なところ、ローザが自分を嫌う理由はいくらでも思いつく。むしろ、セシルが彼女に愛される理由を考えるほうが難しい。

 けれど。

 セシルが思いつく限りの理由を並べても、彼女はセシルを嫌うことはないだろうし、ローザが自分を愛する理由があろうとなかろうと、彼女はセシルを愛するだろう。
 だからこそ解らない。
 何故、彼女が今自分の周りに居ないのか。

 今日はローザに会いに行くつもりだった。
 何故、彼女がセシルに会いに来ないのか―――普段だったら距離を置こうとしても問答無用に詰めてくる彼女が。
 だというのに。今日はこの騒ぎだ。

(・・・大嫌いか)

 キャシーはセシルにチョコボを仕掛けた理由を「大嫌い」だからと答えだ。
 それはそれで間違いではないだろう。けれど、本当の理由は。

(僕がローザを尋ねれば、ローザが苦しむから・・・なんだろうか)

 憎しみの籠もったキャシーの表情を思い返す。
 今までキャシーは “味方” だった。
 セシル個人の味方ではなかったが、少なくともセシルとローザの味方ではあった。
 ローザがセシルに会いたいと望めば協力したし、二人の中を妨害するようなことはなかった。

 今回が初めてだった。
 つまりそれは―――

(そういうことなんだろうな)

 ローザはセシルに会うことを望んでいない。
 だから、キャシーは妨害した。
 また明日、会いに行こうとしてもキャシーはそれを阻止するだろう。

 だけど。

「・・・会いたいな」

 なんと身勝手だろうと自分でも思う。
 おそらく、今この瞬間、この世界でもっとも情けなくて卑しくて汚らしい存在は自分自身なのだろうと自覚する。
 今までずっと、彼女のことを厭い続けてきたというのに、この期に及んで彼女を求めている。

 キャシーが憎しみを抱くのもムリもない。
 殺されないだけまだマシだった。
 こんな男、百万回殺されたって文句は言えない。

 そう思いながらも。
 それでも。

「ローザに、会いたい・・・」
「ならば会いに行けばよろしいのでは? 今からでも」

 レオが言う。セシルは苦笑して。

「そうだね、でも今日は帰るよ」
「何故?」
「僕に覚悟が足りなかったから」

 キャシーの言葉はなにからなにまで正しい。
 セシル=ハーヴィはローザ=ファレルが絡むと駄目になる。ヘタレになる。
 今日、ローザに会いに街へ出たのは本当だった。けれど、会うのも怖かった。今までずっとローザのほうが会いに来てくれたから、こうして自分から彼女を訪ねるのは初めてだった。

(・・・本当に最低だな、僕は)

 会いに行こうとして初めて気がついた。
 自分が拒絶される恐怖。会いに行って「会いたくない」と言われればどうすればいいだろうと考えて、答えは出なかった。キャシーとチョコボに妨害されて、実はセシルが一番ほっとしている。ローザに会いにいけない理由ができたから。

 だから、今日は会えない。
 こんな気持ちのまま会いに行って、もしも拒絶されたら、きっと一生ローザに会いに行く事なんて出来なくなる。
 だから、とセシルは心に決めた。

「明日は、会いに行く。絶対に」

 明日も今日と同様にキャシーが妨害しようとするだろう。
 だけど、だとしても、絶対に明日はローザに会う。

「ならば、一人供を連れて行ってはくれませぬか?」
「供?」

 レオの意外な申し出に、セシルは戸惑った。

「はい。セリス将軍を」
「彼女を? しかしなんで―――」
「私にも何故かは解りませんが、セリス将軍はローザ殿のことを大変気にしているようで」
「へえ・・・」

 ローザとセリスが仲が良いというのは、初耳だった。
 というか、今はもう燃えてしまった、セシルの部屋での第一印象を考えると、互いに良い感情は持っていなかったはずだが―――

(だけど、ゾットの塔じゃ彼女のお陰でローザは助かったようなものだし・・・そういえば歳が同じなんだったっけ、あの二人)

 意外と自分の知らないところで良い友達づきあいしているのかもしれない。
 などと考えながら、セシルは明日へ決意を胸に秘め、城への帰路へとついた―――

 

 

******

 

 

 ・・・ちなみに。

「認めろー、あたしは可愛いって認めろー!」
「イヤじゃあああああああっ!」
「じゃあお金♪」
「だからねえって!」
「じゃあ認めてってば!」
「鏡見てこーーーーーーーーいっ!」

 などという二人の言い合いは。
 セシルに連絡受けた、ロイドが仲裁するまで続いたという―――

 

 ちゃんちゃん♪


INDEX

NEXT STORY