戦いは一つの区切りを迎えた。
バロンの誇る飛空艇団 “赤い翼” のミシディア急襲から始まったこの戦い。
最終的には、ゴルベーザが全てのクリスタルを手に入れてしまった。
だがセシルをもまた、ファブールを守り、バロンを奪い返し、ゴルベーザ直属の配下である “四天王” をことごとく打ち破ってきた。ゾットの塔での戦いが終わり、バロンへと帰還したセシルは、戦闘直後に倒れたまま三日間眠り続けた。
その三日の間、ゴルベーザは特に動きを見せず、地上にその姿を現さなかった―――
******
―――バロン城・王の寝室。
「弱りましたな」
ベイガンは困ったように呟いた。その視線は、質素なベッド―――バロン王オーディンが、あまり虚飾を好まなかった人間なので、王の寝室はそうとは思えないほどに地味である―――に眠り続けるセシルを見下ろしている。
「ブッ叩けば起きるんじゃね?」
などと言い出したのはバッツだった。
言うなり、拳をグーの形に握りしめて、セシルの頭をぽかりと殴る。それでもセシルは起きなかったが、代わりにベイガンが怒りが起きた。「なんてことをおおおっ!」
「うおうっ!? いきなり剣を抜くなよ! 王様の寝室でンな物騒なもん振り回していいのかよ!」
「王に仇なす不埒者から守るのが我が使命! 神妙にそっ首さしだせ!」
「嫌じゃああああっ!」ブンブンブンッ、と剣を振り回すベイガンから、バッツはセシルの眠るベッドの周りをぐるぐる逃げ回る。
と、そこへ寝室のドアが開いてカインが入ってきた。「・・・何をやってるんだ?」
「おお、カイン殿! そこの賊をッ」
「賊まで言うかぁっ! ちょっと叩いただけだろ!」
「それが無礼だと言うのだッ。王のお顔に一生消えない傷が残ったらどうしてくれるッ!」
「残るかあああああああああッ!」
「・・・・・・」ぎゃあぎゃあ喚くバッツとベイガンに、カインは肩を竦めると、ベッドの傍まで近寄る。
完全に無視されたことで毒気を抜かれたのか、それとも丁度カインがベイガンとバッツの間に入る形でベッドに近づいたせいなのか、追いかけっこしていた二人も足を止める。「セシルのヤツはまだ目覚めないのか」
「はい。このままでは間に合いません。一体どうすれば・・・」
「魔法は? テラはなんと言っている?」
「じーさんが言うには身体の方は完全に回復しているってさ。あとは精神的なものだと」バッツが言うと、カインは眉をひそめてバッツの方を見返す。
「精神? まさかセシルが目覚めたくないと思っていると?」
「いや、そうじゃなくて単に、精神的な疲労が溜まっているせいらしいぜ。あと二日三日すれば目を覚ますって見立ててたけど」
「しかしそれでは間に合いませぬ。カイン殿、なにか妙案はないものでしょうか?」ベイガンの問いに、カインは「ふむ」と何か考えるように呟くと。
おもむろに、セシルの耳元に口を寄せて、ぼそりと呟いた。「・・・ローザが来たぞ」
「をわあっ!?」がばああっ!
もの凄い勢いでセシルの身体が文字通りに跳ね起きる。
焦った様子で周囲を見回し息を呑む。手は、何故か拳法のような構えを取り、何かの襲撃に備えているようだ。「くっ、ローザ、どこだっ!? どこから来るッ!?」
「・・・いやなんでそんなに緊迫してるんだ、お前」呆れた様子でバッツが言うと、はっとしてセシルはバッツを振り返った。
「バッツ・・・いやまさか君はッ!?」
「まさかもなにも俺は俺だが」
「そ・・・・・・そうか、そうだよな。幾らローザでもバッツに変装したりはしないな―――昔、カインの鎧を無理に着て “私カインよ〜” とか無茶に言い切った時もあったけど」ちなみにその直後、鎧の重みに潰れて倒れたことは言うまでもない。
「しかし変装じゃないとすると、何処に―――そうか、上かッ!」
セシルはすごい勢いで首を天井へと向ける。
ごきん、と言う音が響いて、そのままセシルはベッドへと倒れ込んだ。「く、首がッ、首があっ!?」
「セ、セシル王ーーーっ!? きゅ、救護班、救護班ーーーーーーっ!」勢いよく動かしたせいで首を痛めたらしいセシルがベッドのうえで悶え苦しみ、それを見たベイガンが喚きながら部屋を飛び出した。
そんな彼らを見て、バッツは微妙な表情で隣のカインに呟く。「なあ・・・しばらく会ってなかったけど、セシルってこんなに駄目なヤツだったっけ?」
「セシル=ハーヴィ最大の弱点だ。寝起きに弱い」淡々とカインは答える。彼にとっては当たり前のことなのだろうが、バッツにとってはちょっとしたショックでもあった。
幻滅するとまではいかないが、彼が知っている “セシル=ハーヴィ” との差違を感じてしまうのは仕方ない。「・・・まあ、人間一つや二つ欠点はあるよな」
なんとなく自分に言い聞かせるように呟く。
と、いきなり部屋の中に数名のメイドが足音も立てずに飛び込んできた。彼女らは一人を先頭として扇状に並ぶよ、その場で背をぴんと立てて屹立する。
皆、一様にメイド服を着ているが、城内で見かけるメイド達とは服装が大まかな形は一緒だが、細部が若干違う。ひらひらしたフリルが普通のものより短く少なく、なんというかメイド服なのに軍服のようにキッチリした印象がある。突然現れた数人のメイドもどき?になんだなんだとバッツが唖然としていると、彼女らを追い掛けてきたかのようにベイガンが戻ってきた。
「ベイガン殿!」
入ってきたベイガンに対して、メイド?達は一糸乱れぬ動作で身体を向けると、先頭の女性―――20代後半辺りの、ロックが見ていたら「美人様ー!」とでも騒ぎそうな、目つきの鋭く凛々しい女性―――が、ベイガンの名を呼ぶ。
「近衛メイド部隊、参上致しました!」
「うむ、ご苦労」コケた。
もちろんベイガンやメイド達ではなく、それらを見ていたバッツ、さらにセシルとカインまでも。「な・・・」
セシルは痛む首を押さえながら、思わずベッドの上に伏した顔を上げて、ベイガンの方を見る。
「なに・・・? その近衛メイド部隊って・・・?」
飛空艇団 “赤い翼” や竜騎士団の長であったセシルやカインも知らない単語だった。
名前からして、ベイガン率いる近衛兵団に関係する部隊だとは想像がつくが。などと思っていると、ベイガンは「はい」と一つ頷いて。
「我が近衛兵団直属のメイド部隊のことですな」
そのまんまだった。
「いや、初耳なんだけど。というか部隊? メイドさんって部隊として扱うものだったカナー?」
セシル、ちょっと混乱君。
他の三人は理解が追いつかないのか、目を回している。「いやセシル王が知らないのも無理はありません。近衛メイド部隊は、王の身の回りの世話をするためだけに作られた部隊でありまして、一般には秘密とされておりますからな」
「・・・ああ、そういうことか」ベイガンの説明で、とりあえずセシルは納得したが。
「おいセシル、一体何が “そういうこと” なんだ?」
セシル以外は解らなかったらしい。
カインが疑問を口に出す。「まさか、オーディン王は自分の周りにメイドをはべらせる趣味があったわけでは・・・・・・」
「「あるかあああああああっ!」」セシルとベイガンの声がハモる。
はあ、とセシルは息を整えて、「だからつまり、近衛兵と一緒だよ」
「メイドは兵士ではないだろう?」
「近衛兵って言うのはなんだよ?」
「そんなことは決まっている。王を守るための兵士―――ああ、そういうことか」ようやくカインも理解する。
「・・・え? つまりどういうことだよ?」
バッツはまだ解らないようで、疑問の声を上げる。
そんな彼に対して、セシルは「いいかい?」と指を一本立てて、「近衛兵とは王を守るためだけの兵士。だったら、近衛メイドとやらは王の身の回りを世話するためだけの部隊ってことだよ」
「はあ? なんでわざわざそんなモンが・・・」
「王の身を守るためですな」バッツの疑問を遮って、ベイガンが説明する。
「例えば、王を世話するメイドの中に、スパイや暗殺者が紛れ込んだら一大事でしょう。ですから、近衛兵達と同じように身元をはっきりさせた、かつ高度な教育を受けたメイド達が必要なのです」
近衛兵達と同じように、バロンに古くからある名家の貴族や騎士の娘達から厳選される。
早い話、違いは男か女かというだけの事である。「それで、その近衛メイドがなんで集まって来たのかな? まさか僕の首の治療をするためだけに来たわけじゃないよね?」
まだ痛むのか、セシルは首を押さえたままベイガンに尋ねる。
するとベイガンは部屋の入り口の方を振り返り。「あれをご覧下さい」
その言葉に従い視線を向ければ、そこには近衛兵が数人掛かりで豪奢な鎧を抱え持っていた。
「あれは・・・王の鎧か」
「王の鎧?」呟くカインに、バッツが首を傾げる。
「左様」とベイガンは頷いて。「その名の通り、代々の王が身に着けてきた鎧です。即ち王の証でもある」
ベイガンがバッツに向かって説明する―――その隙に、セシルはそっとベッドから降りて逃げようとしたところを、近衛メイド達に包囲される。
「・・・・・・往生際が悪いですな、セシル王」
「い、いやベイガン? ちょっとそんなものを僕が身に着けるなんてまだ早いというか―――」
「ああ、そっか。セシルって王様になるんだっけか」しどろもどろに逃げようとするセシルに、バッツが今更思い出したかのように言う。
「まてよバッツ、別に僕が王になると決まった訳じゃ」
「決まっているのです」
「ベ、ベイガン、ちょっと待ってくれ。そう言えば僕なんかが王になる事を貴族達は納得したのか?」
「ええ、もちろん」
「そんな馬鹿な。騎士達ならまだしも、王家の血筋でもない僕が認められるわけが―――」
「そもそも王家の血筋などというものが、すでに存在しませんからな」
「「へ?」」疑問の声はセシルとバッツが異口同音。
カインが意外そうな顔でセシルを見て、「なんだセシル、知らなかったのか?」
「知らなかったって・・・何を?」
「オーディン王には血縁がいない」
「いや知ってるけど・・・でも、直接の血縁が居なくても、王家の人間の一人や二人―――」そこまで言いかけて、セシルは不意に気がついた。
セシルは “オーディン王には血縁がいない” という話は聞いたことがあった。しかしそれは、親兄弟や子供が居ないという意味だと思っていた。
だが、ベイガンの言葉やカインの様子からすると、「まさか・・・本気で誰もいないの? 王位継承権を持つ人間が・・・」
「そうだが?」
「そうだが? じゃないよッ!? 普通は居るだろっていうか居なきゃ駄目だろ!? そりゃオーディン王の事情は知ってる。ビアンカっていう・・・僕の命の恩人を愛していたからこそ、生涯独り身を通したって言うのも解る。だけど、その先代の王は違うだろ? 確か、正妻の他に妾も何人も居て、子供だってオーディン王の他に大勢・・・」
「全員亡くなられました」
「嘘ぉぉぉぉぉっ!?」驚愕の事実にセシルは愕然とする。
実のところ、セシルは貴族などとは付き合いが無く、政治などにも縁が遠かった。
今にして思えば、王位継承権を持っている人間というのを聞いたことがない。だが、自分が知らないだけで居るものだと勝手に思い込んでいたのだが。「そもそも、どうしてオーディン王が王となれたのか知らないのか?」
カインの問いに、セシルは自分の記憶を掘り起こし、
「それは・・・確か、先代の王が倒れて亡くなられる直前に、オーディン王が帰ってきたから―――」
「何故、直前まで放蕩していたオーディン王が、王に選ばれたのだ?」
「それは、他に相応しい人間が居なかったから、先代がそう遺言を残したって」
「確かに市民学校ではそう習ったな」カインの言い回しに、セシルはとてつもなく嫌な予感を感じて渋い顔をする。
「まさか・・・」
「そのまさかだ。学校で習ったことは間違いではないが真実でもない。確かにオーディン王の他に相応しい人間は居らず、その父王もそう遺言を残した―――だが、何故他に王として相応しい人間が居なかったのか」
「言葉の通り、他にいなかった―――全員亡くなってたって訳か。ベイガンの言うとおりに」セシルがベイガンの方に目をやると、彼はこくりと頷いて。
「先代の王は、オーディン王とは違って戦を好む人でした―――いえ、敵国であるエブラーナと戦うためだけに生涯を捧げた方でした。そのため、当時のバロンでは国が傾き、暴動が何度も起こり、疫病が流行して多くの人間が犠牲となりました―――王家の人間とて例外ではありません」
ある者は暴動に巻き込まれ殺され、ある者は病に倒れて亡くなった、そしてまたある者はエブラーナとの戦争の中で命を落していった・・・
その結果、バロンを離れていたオーディン以外の王家の人間と呼べる者は死に絶えてしまっていた・・・・・・「聞いた話では、王家の肩書きを捨てて市井に溶け込んだ方もいらっしゃるそうです―――が、そう言った方々は、すでに城へと戻るつもりはないでしょうし、こちらからも捜す術を知りません」
ベイガンの説明に、セシルは一つ頷いて、
「うん。とりあえず、王位継承者が居ないのは解った。でもそれだけで僕が認められるとは―――」
「何を仰いますか。唯一の王位継承者であるセシル様が、王となるのは必然」
「・・・は?」一瞬、ベイガンの言っている意味が解らずに、セシルはきょとんとして―――ハッと気づく。
「まさかベイガン! 君は!」
「いやあ、貴族の方々も、セシル様がオーディン王とビアンカ様の隠し子だと聞いたら不承不承ではありますが納得して頂けましたな」
「それ嘘じゃないか! 僕はオーディン王と血縁なんて―――」
「はっはっは。嘘も方策ですよ」(・・・やられた、完璧に)
がっくりとセシルは肩を落す。
そんなセシルに、今まで黙って包囲していたメイド部隊の長らしき女性が淡々と声を掛けた。「それでは、納得していたところでそろそろお召し物の方を・・・」
「う、うう・・・わ、わかったよ・・・」最早逃げる気力も、抗う気力もない。
セシルは観念して、王の鎧の方を振り返る―――と。「それでは」
いきなりメイド達がセシルに手を伸ばす。
正確には、セシルの着ている衣服を掴んで―――脱がそうとする。「ちょ、ちょっと!? な、なにを・・・」
「何を、とは?」
「人の服を掴んで―――ぬ、脱げるじゃないか!」
「これは異な事を。脱がなければお召し物を着替えることが出来ないではありませんか」
「そ、そうだけど・・・いや、それくらい自分一人で出来るから」
「何を仰るのですか。そんな事を王となる方にさせるわけにはいきません!」すぽーんと、セシルが寝間着代わりに来ていたシャツが脱がされる。
「は、はううっ!? ちょっと待って! そりゃそのとおりかもしれないけど、でも女性に服を脱がされるというのは・・・」
「何を仰いますか。そもそも、今お召しになっているものを着替えさせたのは誰だとお思いで?」そう言えば、と気づく。
バルバリシアと戦った後、飛空艇の上で気絶して、目覚めたらここにいた。
それにしては、今脱いだシャツは汗くさくもなかったし、血で汚れたりゾンビの肉片がついていた様子もなかった。つまり、誰かが着替えさせたと言うことで。「ね、寝てる間に羞恥プレイがッ!?」
「ご安心下さい。別に小さかったなどと言いふらしたりはしませんから」
「何が!?」
「それはともかく、ちょっと足を上げて頂けませんか?」
「あ、はい」すぽーんと、脱がされるズボン。
「しまったああああああっ!?」
「ふふ、あとは下着だけですわね」
「メ、メイド長さん!? 目が怖いって言うか、なにその怪しい手つき―――」
「いえ別に、若い男の身体を観賞できるからと喜んでいるわけではありませんよ?」
「観賞とか言ったああああっ!?」
「だから違いますよ? 卑しくも我ら近衛メイド部隊。そんなはしたない感情を持っているわけがありません――――――つまり、セシル様が仰るように、目が怖いとか、手つきが怪しいとか、生唾飲み込んでいるとかは気のせいです」
「・・・生唾飲み込んでいるのは気がつかなかったなあ」セシルの言葉に、パンツに手を掛けていたメイド長の動きがピタリと止まる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」しばし、牽制し合うようにセシルとメイド長は見つめ合う。
が、やがてメイド長はにこりとセシルに微笑んでから、周りのメイド達に呼びかける。「さて皆さん、あと少しです。一息に剥きましょう」
「剥くとか言うなあああああああああああっ!」絶叫。
そんな “英雄” の悲鳴を聞きながら、バッツはベイガンに顔を向ける。
宣言通り、抵抗虚しく剥かれていくセシルの方を指さして。「あれ、良いのか? 仮にも王様に」
「・・・・・・あのメイド長、レイアナーゼ様と言うのですが」何故か自分直属の部隊の人間に様付けで名前を呼んで、ベイガンは続ける。
「オーディン様の乳母だったそうです」
「へえ・・・・・・って、前の王様の乳母って・・・・・・一体何歳だよ!?」思わずバッツはレイアナーゼを凝視する。
バッツはオーディンの年齢など知らないが、仮に自分の父と同世代だとしたら、少なくとも50前後のはずだ。だということは、レイアナーゼの年齢はそれよりも上ということになる。
だが、どう見ても20代後半がせいぜいで、三十路過ぎには見えない。「また嘘か本当かは解りませんが、先王の愛人だったという噂も」
「いや、そりゃねえだろ。単なる噂だろ」
「まあ、私もそう思いますが―――しかし、父王にすら何かと刃向かっていたオーディン様が、唯一頭の上がらなかった女性だということは確かですな」
「へえ・・・・・・」適当に相づちを打ったところで。
最後の一枚。セシルが文字通り死ぬ気で死守していたパンツが、レイアナーゼの手で高々と掲げられた―――