第15章「信じる心」
V.「墜ちたる竜」
main character:ロック=コール
location:トロイアの森上空
戦いは終局に向かっていた。
(―――これは、こちらの負けですね)
槍を振るい、ギルガメッシュの持つ聖剣と打ち合いながら、ドグは判断する。
他の姉妹は消滅し、配下の魔物達の殆どがヤンとリックモッドに迎撃され、残りの数も少ない。
対して、相手側は全体的に疲労しているようだが、マッシュが重傷を負った程度。どう見ても分はあちらにある。こちらに残っている戦力は、自分と数体の魔物達、あとは主であるバルバリシアのみ。
そのバルバリシアは、カインを相手にしている。いかに飛竜に乗っている竜騎士とはいえ、風を操る己の主が空中戦で互角の戦いに持ち込まれていることは、ドグにとって驚きだった。「ヘイヘイ、どうしたどうした。もう終わりかよ?」
状況把握に気を取られ、動きを止めていたどドグに、からかうような口調でギルガメッシュが言う。
そんな自分の敵に対して、どグは眉をひそめる。
いや、目の前にいる赤い鎧の男は、敵とは言い難い存在だった。
自分から剣を向けてきたくせに、まるでやる気を見せない。本当にただ剣を振り回し、ドグの槍と “打ち合っていた” だけ。ドグの方はもちろん、本気で戦っていたのだが、ギルガメッシュはそんなドグの攻撃を全て捌いていた。
正直なところ、ドグは他の姉妹に比べ、個体としての戦闘力が高いとは言えない。すばしっこいラグや、厚い脂肪に守られているマグに比べ、取り柄というものがない。せいぜいが長身の槍使いで、リーチが長いことくらいだろうか。
だが、それを踏まえても槍使いとしては、カイン=ハイウィンドはもちろん、同じ女性の槍使いであるフライヤにも届かない。彼女の実力は、 “槍の扱い方を知っている” 程度のものだ。「あなたこそ、やる気はあるのですか?」
「んー、あんまし」あっさりとギルガメッシュは応える。
「いやあ、だってよお。もうこれ、俺たちの勝ちだろ? とっとと降参しちまえよ」
「・・・・・・」ギルガメッシュの言うとおり、もしもこのまま戦って、よしんばギルガメッシュを倒せたとしても、後に残った敵を倒せるとは思えない。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」
断末魔の悲鳴に目を向ければ、リックモッドの大剣が配下の魔物の最後の一体を撃墜したところだった。
これで、飛空艇上に残った戦力はドグ一人。「そう、ですね・・・ここは私の負け・・・・・・ですがッ!」
「お?」ドグは槍を構え、ギルガメッシュに向かって突進する。
「おいおい。しつこい女は嫌われるぜ? あれ? 男だったか―――って?」
迎え撃とうとエクスカリバーを構えながらなどと呟いたギルガメッシュの横をドグがすり抜ける。
その先には、甲板上に横たわるセシル達がいる。「せめてセシル=ハービィだけはッ!」
「させんッ!」ドグの目の前にヤンが立ちはだかる。
ヤンは俊敏な動きでドグに間合いを詰めると、蹴りを放った。
その蹴りを、ドグは回避しようとも槍で受けようともせずにまともに受ける―――しかし防御を捨てることで、受ける直前に槍をセシルに向かって投擲する!「なっ!」
ドグを蹴り飛ばし、即座にヤンは振り返る。
だが、飛んでいく槍を見送ることしかできない。槍は正確にセシル顔に向かって飛ぶ。セシルの傍にはロックやギルバートも居るが、虚を突かれていたために身動きできない。槍が、セシルに突き刺さる――――――誰もがそう思った瞬間。
「―――在れ」
気を失っているはずのセシルの口から言葉が漏れた。
瞬間、槍からセシルを守るように、漆黒の剣が出現する。セシルに突き刺さらんとしていた槍は、漆黒の剣―――デスブリンガーによって弾き返された。「爪が甘いな」
そんなことを言って、セシルはむくりと起きあがると、槍を防いだデスブリンガーに手を伸ばし、掴む。
剣を杖代わりに、セシルは「よ」と掛け声を呟いて立ち上がった。「セシル、気がついていたのか!?」
驚いた声を上げるギルバートを振り返り、セシルは微笑んだ。
「まあ、こんなに騒がしければ死人だって起き出しますよ。特にマッシュの声は全身に響きました」
セシルは耳を手で押さえ ”五月蠅かった” とアピールする。
「じゃあ、さっきのマッシュの声で起きたのかい?」
「いや、もう少し前」
「じゃあ、メーガス三姉妹とやらが出てきた頃かな」
「もう少し前ですね」
「じゃあ、バルバリシアが出てきた時」
「もう一声」
「テラさんが隕石を落した辺りとか」
「ああ、まさにその時です」
「って、殆ど最初っから寝たふりしてたのかよ!?」半ば呆れ、半ば怒ったようにロックが叫ぶ。ギルバートも口には出さないものの、ロックと似たような表情を浮かべていた。
それらを見てセシルは苦笑。「寝たふり、というか身動き取れなかっただけなんですけどね」
そういうセシルの様子は、力を使い果たしたセリスと同様、動きに張りがない。
殆ど戦闘不能に近い状態なのだろう。それを見て取って、ギルバートは口をつぐむ。「くっ・・・最初からセシル=ハービィにだけ狙いを付けていれば・・・!」
悔しそうな呻き声に振り返れば、ドグがヤンに蹴り飛ばされた腹部を押さえ、こちらを睨付けている。
「私達メーガス三姉妹の完敗ね・・・」
「僕は何もしていないけどね」そう言って、セシルはロックや気を失ったマッシュを見る。
「でも、私達は負けたけれど、バルバリシア様は負けない! きっと、姉者やラグの仇を取ってくださる!」
叫びつつ、ドグは後ろへと一歩下がる。
「逃げる気かよ!」
リックモッドが駆け出し、大剣を振りかぶる。
しかし、大剣の間合いにはいるよりも速く、ドグの身体は霞のように消え去った。「・・・逃げたか」
「放っておいても問題ないさ。それよりも―――」と、セシルは飛空艇の外へと目を向ける。
視界には夕日の赤が輝いていた。
いつの間にか、太陽は水平線の彼方へと消えようとしていた。
そんな夕日をバックにして、飛竜の背に乗った騎士と、金髪の美女が戦いを繰り広げている。いや、夕日を照明として空を飛び回る二人と一匹は、遠目であることも手伝って、まるで戦いを感じさせない。優雅に踊っているようにも見える。
竜の騎士は、美女を手に入れようと手を伸ばすが、美女はそれを軽やかにかわして踊り続ける。つまり、二人の戦いはそう言った状況だった。
「・・・なんか、追いかけっこして遊んでるようにしか見えねえな」
リックモッドがそんなことをぽつりと漏らす。
他の面々も似たような感想を抱いたのだろう、どちらが優勢なのかも解らずに、困惑した表情を浮かべている。
そんな中、セシルがぽつりと呟いた。「カインの方が不利だね」
不利、と言う割には大して心配もしていない様子で。
「カインの攻撃は全く相手に届いていない。このまま空中戦を続ければカインは負ける」
「って、解るのかよ。こっからじゃ、よく見えないぜ?」夕日の逆光もあり、カイン達の姿はほとんど影しか見えない。
「解るよ。動きを見ていれば、バルバリシアの方は自由自在に動いているのに対し、カインとアベルの方は少し動きがぎこちない。アベルとバルバリシアはともかく、カインは空の飛べない人間だ。その分だけ、こちらに不利だ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「空中戦が駄目なら地上戦に持ち込めばいい。地上まで降りてバルバリシアを迎え撃ち、カインとアベルで、地上と空中で挟み撃ちにすれば勝てるだろうね。もっとも、そうしたらバルバリシアはカインを追わずに、こちらに襲いかかってくるだろうけど」
「俺たちが枷になっているってことッスか!?」ロイドの問いに、セシルは頷きを返す。
それを見て、ロックは良いことを思いついたと声を上げる。「んじゃ、飛空艇を地上に降ろせば良いんじゃないか?」
「だ、だめっ!」ロックの意見を、即座に否定する少女の声。
振り返ると、ギルバートの背に隠れるようにして、ファスが怯えた様子でこちらを見ていた。「駄目って何が?」
「地上は・・・駄目・・・危険が―――」
「ああ、やっぱり “視える” んだね?」解っていたようにセシルは頷く。
「見えるって、なんの話だよ」
「―――ロック、君ならば考えるまでもなく知っていると思うけれど、魔物って空を飛ぶものだけだったかな?」
「何言ってるんだよ。空飛ぶ魔物だけっつーより、飛ばない魔物の方が多い―――・・・・・・って、まさかっ!?」ロックは慌てて飛空艇の縁に駆け寄ると、下を見る。
飛空艇の真下はトロイアの大森林が広がっている。ロックの目では、夕日の赤に照らされた緑の森と、そこに降り注いだ “メテオ” の痕跡しか見えないが。「まさか・・・居るっていうのか?」
ロックはセシルを振り返り、問う。
「おそらくね。あれだけの飛行系の魔物を用意できたんだ。あれと同等以上の魔物が居たっておかしくはないし、僕がゴルベーザならばそうする。―――もっとも、大半は空同様、テラの大魔法で蹴散らされたとは思うけど」
それでも疲弊した居る状態で、相手にしたくはない数は居るだろう。
ふと、ギルバートは思い出す。
ドグがセシルを倒せなかったと知った時に呻いた言葉を。
―――最初からセシル=ハービィにだけ狙いを付けていれば・・・!
「そうか。敵は戦闘不能だったセシルや僕たちにとどめを刺すことよりも、ロイドを狙っていた。あれは、飛空艇を地上に堕とすためだったのか・・・」
「って、じゃあますますどうするんだよ。俺たちじゃ空中戦はできねえし、魔法だって・・・」テラとローザはまだ意識が戻らない。セリスも幾らか回復してきているとはいえ、バルバリシアに対して効果的な魔法は使えないだろう。
「空中戦も魔法も使えなくても援護は出来るよ」
セシルは飛空艇の縁に並べられた砲台を見る。
戦闘に入る前、シドが用意していた砲台だ。
つられるようにしてロックもそれを見て―――それから信じられない、とでも言い出しそうな表情でセシルを見返す。「本気かお前。こんなもんぶっ放して、敵に当たればいいけど、カインが巻き込まれたら・・・」
「大丈夫だ」
「なにがだよ!?」セシルは笑いながら人差し指を、空の向こうで戦っているカインの方へと向ける。
「あれはカイン=ハイウィンドだ。だから、大丈夫なんだよ」
「その台詞のどこに根拠が!?」
「カインを信じろってことだよ。あいつは何時だって僕の期待を―――」
「期待に応えてきたから信じろって?」
「いや、いつも裏切られてきたなあ」
「駄目じゃん!?」そーいやあいつ裏切りものなんだよなー、などとロックは思い出す。
そんなロックに、セシルはフッ、と笑って。「だから大丈夫」
「訳わかんねーよッ!?」
「諦めろ、こうなっちまうともう俺たちにゃ理解できない。黙って従うしかねえ」はあ、と嘆息して言ったのはリックモッドだった。
「普段でも、こっちの理解が追いつかないことがあるけどな、カインが絡むと尚更だ。今のセシルを理解できるのは、当のカイン=ハイウィンドか、そこで気を失ってるお嬢さんくらいなもんだ」
リックモッドはローザの方を一瞥すると、砲台へと歩み寄る。
それを見てロックが顔色を変える。「ちょっと。本気でブッ放す気か!?」
「セシルがやるっていうならやるしかないだろ。―――俺は、セシルが言うほどカインのことを信じることはできないが」彼は砲台に吐くと、フン、と笑ってセシルを振り返る。
「セシル=ハーヴィは信じてる」
「・・・それで、これはどうやって撃つんだ? 同じ飛び道具でも、弓矢ならまださわったことはあるが、さすがにこういったものは初めてで解らん」リックモッドの隣の砲台では、いつの間にかヤンがついていた。
ぺたぺたと砲身を撫でながら首を捻っている。「なに簡単だゾイ。砲弾と火薬をセットして火をつけるだけじゃ。火はこのレバーを引けば、着火装置が作動して点火する」
などとヤンにシドが砲台の説明をはじめる。
ギルガメッシュも、シドの説明を聞きながら、何故かやたらと楽しそうに、見よう見まねで砲弾をセットしていた。「・・・・・・」
それらを見ていたロックも、なにか観念したような顔つきで、空いている砲座につく。
「お、やる気になったか?」
リックモッドのからかうような言葉に、ロックはムスっとした顔で、
「気にはなってねえよ。ただ、俺一人だけまともなこと考えてるのも馬鹿みたいだしな。それに、ようく考えてみれば、同じ飛空艇同士や魔物の群れならまだしも、あんな小さな的に当たる確率は低いだろうし」
飛空艇技師見習いとして、飛空艇用砲台の使い方はロックも知っていた。
手際よく、各部を状態を確認して砲弾を装填すると、セシルの方を振り返った。「大方、お前の狙いもそんなところだろ? 当てるのが目的じゃなくて、言ったとおり “援護” することが目的って訳だ」
「当たり。そういうこと」セシルは素直に頷いた。
実際に当たらなくても、飛んでくる砲弾に気を取られて隙を作ってくれれば十分だ。
そうでなくても、普通の神経ならば砲弾が飛んでくる所を、今まで通り自由に飛ぶことは出来なくなる。
もっともそれは、バルバリシアだけではなく、カインにも言えることなのだが。そうこうしているうちに、ヤンもとりあえず扱い方を覚え、シドも空いている砲座で発射準備を完了する。
リックモッド、ヤン、ギルガメッシュ、ロック、シド。
5つの砲台の準備が完了したのを見て、セシルは声を張り上げた。「準備は良いね。――――――撃てーーーーーーーーーーーッ!」
セシルの掛け声によって、5つの砲が火を吹いた。
そして。「あれ?」
ぽかん、と呟いたのはロックだった。
5つの砲弾。
そのうちの4つは、カインとバルバリシアとは全く外れた場所に向かって飛んだ。
だが、たった一つ。ロックが撃った砲弾が、なんの因果か偶然か、狙い違わずカインが乗るアベルの方へと向かって飛んでいき―――そして、アベルが飛んでいた場所を通り過ぎていった。そして、後に残されたのはバルバリシアのみ。
「ど、どこに消えたッ!? ま、まさか当ったとか言わないよな!? まさかっ!?」
パニクって喚くロックとは対照的に、落ち着き払った声でセシルが呟く。
「あ、墜ちてる」
その呟きに、なんとなく視線を降ろしてみれば。
アベルらしき飛竜が、まっすぐ下へと墜ちていくところだった。「マジだあああああああああああああああああああああああああっ!?」
天空に、ロックの悲鳴が響き渡った―――