第15章「信じる心」
T.「幻影舞踏」
main character:ロック=コール
location:トロイアの森上空
「ぶほほほほほほっ! どうしたのです、あなたの力はその程度ですかぁ?」
「・・・っ」マッシュを吹っ飛ばしたことにより機嫌が直ったのか、マグは高笑いを放つ。
対し、マッシュは痛む身体を堪えて立ち上がると、口元の血を拭う。別に血を吐いたとかそう言うわけではなく、飛空艇の縁に激突した時にまた唇を切ったらしい。とはいえ、かなり派手に吹っ飛ばされはしたが、意外とダメージは少ない。全身痛みはするが、拳を振り回すのに支障はない。(これも修行の賜物だ)
ここまで身体を鍛えてくれた自分の師に心の中で礼を言いつつ、マッシュはマグ相手に構える。
一対一だ。
他の仲間達も、それぞれの敵と相対し、戦っている。助太刀は期待できそうにない。そもそもここまでやられて手を借りるつもりもない。「俺の力はこんなもんじゃない!」
「ならば見せてみなさい。その力とやらを!」
「言われなくても!」挑発に応え、マッシュは甲板を蹴ると、マグに向かって一直線にダッシュする。
それはカインのような爆発的な跳躍や、ヤンの風神脚のように距離の分だけ加速していくような、そんな特殊な走りではない。
だが、一歩一歩力強く踏みだし、駆けるその走りは、野生の動物を連想させるような、荒々しい迫力があった。「ふ・・・・・・」
しかし、マグはそんな迫力にも臆さない。
迫るマッシュを鼻で笑うように吐息すると構えもせずに、そのまま立ちつくす。(舐めるな―――)
マッシュは心中で呟き、拳を握りしめる。
腕を引き、下半身とのタイミングを合わせ、最適の間合いで、足を踏み出すと同時に拳を突き出す!
マッシュの拳は、マグの巨大な腹に深く深くめり込んで―――「んなっ!?」
驚愕の声を上げたのはマッシュだった。
深く突き込まれた拳は、しかしそのまま脂肪を貫くことはなく、受け止められる。
のみならず、肉が拳を押し返し、勢いよくマッシュの拳は上半身ごと跳ね返された。「なにいいいいっ!?」
さきほどのように派手に吹っ飛ぶことはなかったが、マッシュの身体はよろめいて二、三歩後退する。
「・・・もう一度だけ聞きましょうか」
マグは肉が付きすぎて盛り上がった頬を、さらに大きくふくらませるようにしてにっこりと笑う。
「あなたの力はその程度ですかー?」
「くうううっ!」完全に馬鹿にされている。
今、マッシュが拳を跳ね返されて、よろめいてしまった時、それは完全な隙だった。
だというのにマグはそれを見逃した。まるで、マッシュ程度ならばいつでも料理できると言わんばかりに。(く・・・屈辱だッ!)
怒りと悔しさを込めてマッシュは歯ぎしりすると、マグに向かって大きく一歩踏み込んで拳を放つ。
並みのガードならば、易々と壊してしまうほどの必殺の拳は、脂肪の塊に全く通用しない。「うおおおおおおおおおおおっ!」
左右の拳を連打で打ち込むが、そもそも加速してはなった渾身の一撃が跳ね返されたのだ。手数が多い分、威力が減ってしまった連打が通じるはずもない。
マッシュの拳は、マグの腹をぼよんぼよんと揺らすだけ。「丁度良いマッサージですが―――少々、うざったいですねえ」
ぶるん、とマグは叩かれている腹を大きく揺らす。
脂肪の詰まった柔らかい腹は、まるで振り回された砂袋のように鈍器となってマッシュの身体を殴り飛ばした。「ぐほはああっ!?」
再び飛空艇の縁まで吹っ飛ばされるマッシュ。
攻撃中にカウンターを喰らったためか、さっきよりもダメージは深い。「ぐ・・・・・・」
なんとか立ち上がる―――が、頭でも打ったのか、軽く目が回った。
フラついているマッシュに、割と機敏な動作でマグが近づくと、その喉を片手で掴んで持ち上げる。「ぐお・・・・・・」
「これ以上遊んでいてもつまりませんし―――邪魔なゴミはポイしましょうか」そう言って、マグはマッシュの身体を飛空艇の縁から―――
「そうれ、ぽいっ」
と、空中に向かって投げ捨てた―――
******
「マッシュ!」
マグに軽々と―――それこそゴミ箱に紙くずを放り捨てるような感じで、マッシュの身体が飛空艇の外に投げ出される。それに気がついてロックは思わず叫ぶ。
「余所見してるんじゃないよっ!」
「―――チッ!」しかしマッシュの姿を追えたのは一瞬だけ。
ラグの短剣が素早く閃き、それをナイフでギリギリで受け止める。「のやろっ!」
「甘いよっ!」受け止めた短剣を、ロックは押し返そうとする―――が、逆に押し込まれる。
体格はロックよりもラグの方が圧倒的に小さい。だというのにロックの方が押し込まれているのは、ラグが人間ではないということもあるが、それに加えてロックの方が体勢が悪く、かつ武器の差に寄るものだろう。ナイフと短剣。
刃渡りが短い刃と言う意味では似通っているが、実はその性質は似て非なるものだ。ロックのナイフは実のところ “武器” というよりも “道具” に近い。森などで道を塞ぐ背の高い草を凪いだり、木の実を割ったり、ちょっとした料理などにも使う。先端が針のように細く尖っているので、簡単な錠前ならこれで分解することもできる。
当然、 “武器” としても使えるが、万能的である反面、武器としての攻撃力は低い。振り回して獣を追い払うことくらいはできるが、間違ってもちゃんとした剣を装備した戦士や騎士を相手に出来る代物ではない。それに対してラグの短剣は、形状はナイフに近いが、あくまでもこちらは “剣” だ。
刃の長さはさほど変わらないが、厚みは短剣の方が厚い。刃が厚いと言うことは、それだけ重量があるということだ。 “振り下ろす” 武器の場合、重量は攻撃力に直結する。ロックのナイフは、万能であるために余分な重さはなく、軽量だった。
さらに決定的に違うのが、持ち手である柄だ。ナイフの倍近く長く、しっかりと力を込めて握りしめられるようになっている。ラグの小さな手ならば、両手で持つことも可能だ。ロックのナイフも握りやすい様、ロックの手の形に合うように柄を削っているが、実は手よりも一回り細く削ってある。そのため、持ちやすいことは持ちやすいが、若干力が入りにくい。それは持ち運ぶのに少しでも軽くするためと、別の持ち方をする時に少しでも扱いやすくするためだが(例えば、先程上げたように、錠前を開けようとする時にペンのような持ち方をする時など)、これも万能性の難点の一つだった。
「―――っ!」
押し切られる寸前、ロックは自ら身を退いてラグの短剣を受け流そうとする。だが。
「甘いって言ったぁっ!」
「なっ!」ロックが退くのに合わせ、ラグは短剣を両手に持ち替えてさらに踏み込んだ。
結果、容易く押し切られ、ロックの手からナイフが弾かれる。相手が武器を失ったのを見て、ラグは片手で短剣をロックの首元にめがけて突き出す―――「ちいいいっ!」
突き出された刃を見据えながら、ロックは身体を傾けるようにして攻撃を回避する―――と、同時に懐から新しいナイフを取り出した。
反撃! とばかりにラグに向かってナイフを振るうが、ラグは素早く体勢を立て直すと、危なげなくナイフを回避する。そのまま回避した動作からつづけて、後ろに三歩ほど歩いて、間合いを取った。「まだ持ってたんだ。あと何本持ってるのさ?」
「こっちの唯一の利点を教えるわけねえだろ」武器としてナイフが優れている点があるとしたら、それは軽さだった。
軽さは攻撃力が無いという欠点でもあるが、反面、複数持っても荷物にならないという事でもある。加えてその万能性は、普通の武器には必須である戦闘準備―――剣ならば “鞘から剣を抜いて構える” と言ったような―――時間を必要としない。だから武器を失っても、すぐさま新しい武器を装備することが出来る。「悪い」
唐突にロックが謝る。
意味が解らずに、訝しげに眉をひそめるラグに、ロックは続けた。「女子供に手を出す趣味はねえんだが、場合が場合だ。お前を倒すぜ」
ロックの言葉を聞いて、ラグは一瞬だけきょとんとして、それからけたたましい笑い声を上げた。
「キャハハハハハッ! アタシを倒すって? アンタが?」
「なんでテメエみたいなガキにそこまで笑われなきゃいけないんだよっ!」
「アンタが笑わせるからでしょ! もしかして知らないと思ってる? ざーんねーんでしたー。アストスやスカルミリョーネとの戦いをアタシたちはカイナッツォの能力で見てたんだ。そのカイナッツォと戦った時の事だってちゃんと聞いてる」
「あー・・・」ラグの罵倒に、ロックはしかし怒りもせずに、むしろ困ったように呻き声を上げる。
「もしかして、俺、弱いとか思われてるのか?」
「思われてる、じゃなくて事実でしょ。他の連中に比べて、アンタ弱いじゃんか」
「お前な、良く見ろよ」と、ロックは自分が持ったナイフをラグに向かってかざす。
「こーんなナイフ一本であーんなバケモノ達と戦えっていうのか。つか、テメエが見た連中の中で、これ刺して倒せるような “か弱い” のが一匹でも居たかよ!?」
「そりゃそうだけど・・・・・・でも、それって結局アンタが弱いことには変わりないでしょ? 武器も含めて強さなんだから」
「まー、そうかもしれないがよ―――ところで一つ質問」くるり、と手の中でナイフを一回転させる。逆手に持ったり人差し指の上に柄を乗せたりと、弄びながらロックは続けた。
「お前、見た感じはただのガキにしかみえないが、まさかナイフで刺しても効かないって事はないよな? もしくは、刃が通らないほどめっちゃ硬いとか」
「あ? なに? その質問。もしかして、そのナイフが通じるならアタシを倒せるとでも思ってる?」問い返され、ロックは素直に頷いた。
それを見て、ラグは再び哄笑をあげる。「キャハハハハハハッ! そうねえ、教えてあげよっかなー。アタシたちの耐久力は割と人に近いから、ナイフで刺されたら戦闘不能になっちゃうだろうね。それと、この女の子の身体がガッチガチに硬いって事もないから――――――でも」
ラグは台詞を区切り、にいっ、と意地の悪い笑みを浮かべる。
「だからって、アタシを倒そうだなんて百万年早いっての!」
そう言った瞬間、ラグの姿がロックの目の前にあった。
「!?」
「死ねッ!」まさに目にもとまらない速度で接近したラグは、戸惑っているロックに向かって短剣を突き出す。
(ナイフで受けてる余裕はねえッ)
一瞬でそう判断すると、ロックは再び首元に向かって来た短剣を、身を捻って回避行動。
首を刃が掠めるが、薄皮一枚切られた程度だ。ロックはカウンターでナイフを振るう―――が。「遅いよっ」
ナイフを振り下ろした時には、すでにラグの姿は目の前にはなかった。
さっきと同じくらいの間合いを取って、ロックに向けてニヤニヤと小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。「・・・なんつー、速さだ」
唖然としてロックは呟く。
ロック自身遅い方ではない。トレジャーハンターとして身のこなしには自信があった。さきほど、自分のナイフでは今までであったバケモノ達には通じないと言ったが、素早さだけならば負けては居ないはずだった。だが、目の前のラグは、そんなロックの動きを遙かに凌駕する。
スピード勝負では、圧倒的に分が悪い。「キャハハハハハッ。だから言ったでしょ? アタシに勝つなん百万年早いって! アンタのナイフ―――ううん、どんな武器だって当たらなければ意味がないんだよ!」
嘲笑しながらラグは再び動き出す。
小さく軽い身体が甲板を蹴り、それは速さとなってロックへと迫る。
まさに疾風。まさに弾丸。
常人ではありえないその速度に対し、ロックはただただ立ちつくし―――「・・・へっ」
にやり、と笑った。
「!?」
ロックの浮かべた笑みの意味が解らずに、ラグは戸惑う。
だが、加速した動きは最早止まらない。思考は困惑しながらも、身体は流れるような動きでロックの喉元めがけて短剣を突き出す。
刃は今度こそ喉を突き破らんと真っ直ぐ進むのをラグは見送って。「んあ!?」
その視界がいきなり塞がった。
「な、なにっ!?」
ラグの顔を何かが覆っていた。
手だ。
誰の? と、問うまでもない。ロックの手がラグの顔を押さえつけていた。
ちなみに、突きだした短剣に手応えはない。刃はロックに届かなかった。「確かに速いけどな」
暗闇の向こうからロックの声が降ってくる。
さっきラグの速度に驚愕していた男とは思えない、落ち着いた声。
その余裕が気に障って、ラグはロックに短剣を突き刺そうと、必死で伸ばしたり振り回したりするが、やはり手応えはない。届かない。
―――冷静に考えれば、自分の顔を押さえているのはロックの手なのだから、その延長線上を狙えば腕の一本くらいは斬ることが出来るはずなのだが、突然の反撃に或る意味パニックしかけているラグは気がつかない。「このっ、このぉっ!」
目を手でふさがれて、当たらない短剣を振り回すラグを見下ろして、ロックはやれやれと嘆息混じりに呟いた。
「速いがそれだけだ。速いだけなら矢の方がよっぽど速い。お前、ドアが開いたらその瞬間に矢が飛んできたとか経験あるか? ドアを開けるとその向こうのドアノブに結ばれていたロープが自動弓の弦を引き絞って発射する罠。割とポピュラーな罠なんだけどな、そんな初歩的な罠に比べてもお前―――」
どんっ、とロックはラグの顔を覆っていた手をやや乱暴に強く押して、突き放す。
押されたラグは、よろよろと後ろによろめいたが、すぐにロックを悔しそうに睨付ける。対してロックは、そんな怒りを受け流すように愉快そうな笑みを浮かべる。「―――まあ、大した罠じゃねえ」
「こ・・・のっ!」怒りの声を上げて、ラグは短剣を握りしめてロックに向かって突進。
三度真っ正面から襲いかかる―――と見せかけて横に飛ぶ。普通の人間ならば、真っ直ぐ突進されるだけでも反応できないのに、そこに超高速のフェイントを重ねた。
超一流の戦士でも、その動きに対応することは難しいだろう―――戦士ならば。「甘い」
「はうっ!?」真横から飛びかかってきたラグの頭を、ロックの手がはたき落とす。
飛びかかった勢いそのままに、ラグの身体がロックの目の前を通り過ぎて反対側へとダイビング。甲板上を転がって、その先に居たヤンに他の魔物と一緒に蹴り飛ばされた。「うっきゃあああああああああああっ!?」
再びロックの目の前を飛んでいき、そのまま飛空艇の外へと落ちていく―――はずだったのだが、空中でぴたりと止まった。
「・・・そういえば、飛んでたよな。空」
妙に感心したように、ロックが呟く。
だが、ラグにはそんなロックの態度や言葉全てが嘲笑しているように聞こえ、さらに顔を真っ赤にして怒りを大きくする。「こっ、こっ、こっ」
「・・・ニワトリ?」
「ちがあうっ! このおっ、弱っちいくせに馬鹿にしてぇっ!」
「馬鹿なんだから仕方ないだろ」
「馬鹿とか言うなあっ。馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」
「馬鹿なんだから仕方ないだろ」
「繰り返すなああああっ!」ラグ、ちょっと涙目。
そんな少女に、ロックはやれやれと溜息。「なにが馬鹿なのかわざわざ説明してやるとだな」
宙に浮かんでいるため、自分の目線と同じ高さのラグをみやり。
「お前、実は実際にその短剣振り回して戦った経験あまりないだろ。さっきから急所―――それも、喉ばかり狙いやがって。単調すぎるんだよ」
「む、むうっ。でも喉を突けば大概のイキモノは死んじゃうじゃない。お手軽でしょ!」
「だから馬鹿だっていってんだ。身長差があるのに、どうして届きにくいトコ狙うんだよ。お前みたいに背の低いヤツなら、足を狙うのが定石ってもんだ」
「足? 足なんか刺しても死なないじゃないか」
「確かに即死はしないがよ。それでも動きは鈍るし、上手くすれば膝をつかせることもできる。そうなりゃ、喉だろうがどこだろうか狙い放題だろうが」ロックの言葉を聞きながら、ラグはゆっくりと甲板に着地する。
「なるほどー」
納得したように一つ頷いてから。
いきなりロックに飛びかかる。先程のように喉はではなく、足を狙う―――が。蹴り。
「あうううっ!?」
「だから甘いって言うんだよ」短剣よりも先に、ロックの蹴りがラグの小さな身体を捉え、再び吹っ飛ぶラグ。
もっとも、ヤンの蹴りよりは数段威力は低く、飛空艇の外まで飛ぶ勢いではなかったが。「ううう・・・嘘つきぃぃぃっ!」
「つか馬鹿正直に足狙うなよ。もうちょっと考えろ」やれやれ、とロックは嘆息してから。ふと気がつく。
「・・・って、なんで俺、わざわざ敵に指導してやってんだ?」
「ようやく気がついたのか、馬鹿」やれやれやれやれ、と。
心底呆れたような声はロックの背後から。
振り向けば、セリスが首を横に振りながら肩を竦めていた。「馬鹿は俺じゃねえだろ」
「隙ありーっ!」余所見をしたロックの隙をついて、ラグが飛びかかる。
だが、ロックはラグの方を見もせずに軽いステップであっさりと回避する。「な、なんでー!? はっ、これが噂に聞く心眼というヤツ!」
「・・・いや、ていうか不意打ちなのに大声で宣言してりゃ、誰だって避けられるだろ」はあ、と嘆息してロックは面倒そうに、追い払うような仕草で手を振りながら。
「いい加減認めろよ。お前じゃ俺には適わない」
「うるさーい!」叫んで再びラグがロックに向かって突進する。
対して、ロックはナイフではなく空いている左手を前に突き出した。「あうっ!?」
さっきと同じように、ラグの短剣が届くよりも早く、ロックの手がラグの頭を押さえつける。
「もひとつ、決定的なのはリーチの差だ。お前の手に短剣を足しても、俺の腕や長くてカッコイイ足よりも短い。いっくらスピードがあっても、届かなきゃ意味がない―――だろ?」
「うぐううううううううッ」ラグは怒りにまかせてダガーを振り回すが、ロックには届かない。
そんなラグを、ロックはまた突き飛ばす。体格にも差があるラグは、あっさりと後ろに倒れた。「くそうっ!」
「諦めろって」
「何を遊んでいる? 敵ならさっさと殺せばいいだろう」不意に、ロックの背後からセリスが呟く。
その言葉に、ロックは一瞬だけ動きを止めて。「・・・いや、殺すのは―――ほら、俺、弱い者苛めとか嫌いだし」
「弱くなんか無いっ!」ロックがやりにくそうに呟くのを聞いて、ラグが怒りと共に立ち上がる。
「くそっ、くそうっ! もう怒った!」
顔を真っ赤にしてロックを睨付けるラグ。
しかし、すぐには飛びかかろうとはしない。何度も迎撃されて、まともに戦ったのでは適わないと言うことは認めざるを得ない。(速度ではあたしの方が上なんだから、アイツの隙をつければ―――)
考える、がロック=コールにはその隙がない。
トレジャーハンターとして幾多の罠をくぐり抜けてきたロックには、優秀な危機感知能力がある。
速度で攪乱して隙をついても、ロックの反応の方が早い。そこにリーチの差が加われば、ラグの攻撃は永遠に届かないだろう。ならばどうするか。
(隙がつけないなら―――)
ラグはロックを睨付け、ふとその向こう側に居るセリスに気がついた。
ガストラ三将軍の一人、セリス=シェール。普段ならばラグではそれこそ適わない相手だ。
だが、今はセシルとの戦いで激しく消耗している。ラグの魔法は妨害されたが、しかしロックに守られなければならないほどに弱っている。それを見て、ラグはにんまりと笑みを浮かべた。
「隙を作ればいいんだよっ!」
「!?」ラグが唐突に動き出す。
それに反応して、ロックが身構える―――が。「なにっ!?」
「くあっ!?」セリスの悲鳴があがり、振り返る。と、ラグの短剣をセリスが剣で受けたところだった。
普段ならば、ラグの攻撃など簡単に跳ね返せただろうが、今のセリスは受けきれずにそのまま後ろに倒れる。
倒れたセリスに向かって、ラグは短剣を振りかぶり、とどめを刺そうと―――「てめえっ!」
そうはさせまいと、ロックが身を翻してラグへと躍りかかる。
全速でナイフを突きだして、ラグを狙う。「それを待ってたっ!」
ラグは突き出されたナイフをあっさりと回避する―――直後、超スピードでロックの背後へと回り込む。
攻撃直後は、どんな人間でも隙が生まれる。「バイバイ」
ラグは短く呟きながら、短剣をロックに突き刺す。
刃はロックの身体に突き刺さり、そのまま――――――突き抜けた。「え・・・?」
訳が解らなかった。
短剣は間違いなくロックに刺さった―――はずなのに、手応えが全くなく、そのまま突き抜ける。困惑しているラグの目の前で、ロックの姿がぼやけ・・・掻き消える。「なん・・・っ!?」
「―――だから言ったろ。大した罠じゃねえって」声はラグの後ろから。
振り向けば、すぐ後ろにロックの姿があった。「わあああああっ!?」
反射的にラグはロックに向かって短剣を振るう。短剣はロックを切り裂いて―――そして、そのロックもぼやけて消えた。
だが、その向こうから新たなロックが現れた。それも一人だけではない。何人もののロック=コールがラグの目の前に存在していた。「―――こいつが俺の切り札だ」
無数のロックの中の一人がそんな事を呟く。
そんなロック達が羽織っているジャンバーの下のベストが虹色の光を放っていた。ミラージュベスト。
装備者の幻影を生み出す魔法のベスト。ロックはそれを使って幻影を生み出しているのだ。「いくぜ」
ミラージュダイブ
ロックが宣言すると同時に、ロック達が動き出す。
ラグに向かって勢いよく突進する。「う、うわっ、うわわわわっ!」
向い来るロック達に、ラグは短剣を滅茶苦茶に振り回す。
ロックの幻影は、短剣に斬られるか、ラグにぶつかった時点で消滅していく―――しかし、消滅するのと同じ速度で新たな幻影が生み出されていく。「も、もう、なにがなんだか―――」
解らない、とラグが悲鳴を上げかけた時。
トン。と、ラグの胸に軽い衝撃が走った。
「え・・・・・・」
あまりにも軽い衝撃に、ラグは自分の胸を見下ろす。
と、そこにはナイフの柄が生えていた。「あ・・・ああ・・・・・・」
「悪いな」ラグの傍らで、ロックが短く詫びる。
いつの間にか幻影は全て消滅していた。
ラグは泣きそうな表情で、ロックを見上げる。と、その身体が光の粒子となって、空気に溶け込むように消えていく。ナイフで刺された胸を起点として。「そんなぁ・・・」
弱々しく言い残して。
ラグは、消滅した―――