第15章「信じる心」
R.「メーガス三姉妹」
main character:ロック=コール
location:トロイアの森上空
一方、ヤンとリックモッドは、バルバリシアに向かって突進していた。
迫る魔物を蹴散らして、宙に悠然と浮かぶ金髪の美女に迫る―――が。「悪いけど、貴方達の相手をする気はないわ」
と、すーっと後退。
飛空艇の外まで逃げる。
リックモッドとヤンは飛空艇の淵まで追い掛けるが、流石にそれ以上は追い掛けられない。「てめえ、戻ってきやがれ!」
「やーよ。二人を相手にするのは厳しいし・・・それに、これ以上髪の毛を切られるのもね。髪は女の命ですもの」自分の長い髪を抱きながら嘯く。
「代わりと言ってはなんだけれど―――」
バルバリシアの言葉に応じて、空中に三つの影が浮かび上がる。
それは大中小の人影を取り、形作る。
塔の中でも現れた、背の高い痩身の女性、大きな球のような体型の太った女性、小さな少女―――「短身恰幅のマグ!」
「長身細身のドグ!」
「ちっちゃいって言うなー! のラグ!」三人の女性はそれぞれポーズを取る。
「「「我らメーガス三姉妹!」」」
声を揃えて言う姉妹に、バルバリシアは困ったように首を傾げて尋ねる。
「えっと・・・なに、その口上は・・・?」
主の問いに、長女であるマグが応える。
「カッコつけてみました。なんかこう、私達って脇役って言うか、影が薄いような気がするので」
「たまには自己主張してみようかと」次女のドグが頷きながら、姉の言葉を継ぐ。
「自己主張って・・・それ、ただ単に自分の外見的特徴を言ってるだけじゃない」
「でも他に良いアイデアが浮かばなかったんだっちゃ」
「「だっちゃ!?」」いきなり三女が口走った語尾に、二人の姉は声を揃えて驚愕する。
「ちょ、ちょいとラグ! なんだいその “だっちゃ” って!」
「何言ってるっちゃ? ラグは昔っからこういう口調だっちゃ」
「キャ、キャラが立ってるー! そ、そう言えばさっきも一人だけ逆ギレっぽい口上をー!」
「姉二人を踏み台にして、一人だけ目立とうなんて・・・・・・ラグ、怖ろしい娘」
「・・・あの、戦闘中・・・なんだけどなー」本気で困った様子でバルバリシアが言うと、三人は我に返ったようだった。
「申し訳ありません、バルバリシア様。少々取り乱してしまいました」
「我らメーガス三姉妹。見事、主の期待に応えて見せます」
「あんな奴らなんか、簡単に倒してやるっちゃ」
「「だから “ちゃ” とか言うなー!」」空中でぎゃあぎゃあ騒いでいる三姉妹を、ヤンとリックモッドは呆れた様子で見上げていた。
「・・・なんなんだ、あれは」
「さあ・・・?」しばらくして、ようやく話は付いたのか、三姉妹はヤンたちの眼前まで降りてくる。
「ふっ、バルバリシア様の代わりに私達が相手になるわ! 我ら四天王バルバリシア様の片腕!」
「メーガス三姉妹のドグ!」
「同じくマグ!」
「私はラグ!」
「この私達が出てきたからには、貴方達もこれまで!」
「私達の恐怖のコンビネーションを受けてみるがいい!」
「だっちゃ!」げし!
次女が無言で持っていた槍の柄で、三女の頭を突いた。
強さ:割と強く。「い、痛いっ! ねーさん、なにすんの!?」
突かれた頭を抑え、涙目で訴える三女を無視して、次女は長女と寄り添うようにしてヤンたちを指さす。
「私と姉者のコンビネーションを受けてみるがいい!」
「ちょ!? わ、私! 私が抜けてるー!」
「だっちゃ、なんて語尾つける妹なんて居ません!」
「うう、解ったよう。もう二度とやらないから仲間はずれはいやあー」えぐえぐと泣き出す三女に、でっぷりと太った長女が包容力一杯に抱きしめる。
「解ってくれればいいんよ、お姉ちゃん達もラグを仲間はずれにしたくてしたわけじゃないんだから」
「そうよ、だって私達、たった三人の姉妹じゃないの・・・」
「お姉ちゃん、お姉ちゃーん!」抱きしめ合う三人の姉妹。
やがて、三姉妹はくるりとヤンを振り返り。「そういうわけで」
「感動的名シーンを乗り越えた」
「我ら姉妹のデルタアタックを受けてみるがいい!」言われて、ヤンは隣のリックモッドに、
「・・・感動的名シーン・・・だったのか? 今」
「・・・・・・よくは解らんが・・・来るぜ」リックモッドの言葉通り。
三姉妹は、ヤン達に向かって散開、三方向から迫り来る!
真っ正面からはマグが大きな体を揺らし、右側にはラグが小さな身体を生かして素早しっこく、左側へはドグが長い足を伸ばして回り込んでくる。(真っ正面から来るデブが一番遅い―――ならっ!)
「ヤン殿は右を! 左側は俺が!」
「心得た!」二人はそれぞれ左右を向き、背中合わせに構える。ヤンの真っ正面にはラグが、リックモッドの前にはドグが。そして二人の側面からはマグが大きな腹を揺らしながら突進してくる。
対し、ヤンはラグに向かって突撃し、リックモッドは大剣を構えてドグを待ち構える―――が、ドグもまたリックモッドには向かわずに、回り込んだその場に立ちつくす。そして何事かを呟く―――(魔法かッ!)
「させるかあっ!」
リックモッドは大剣を振りかざし、ドグへと迫る。だが。
「行くわよ! 『リフレク』」
リックモッドの振り下ろした攻撃をひらりと回避しながら、魔法を放つ。
反射的に、リックモッドの身が硬直する―――が、攻撃魔法では無かったらしく、何も起らない。「今のは―――」
なんだ!? と呟こうとした時、背後からラグの声が響いた。
「行くよねーさん! 『ファイラ』!」
「!」今度は聞き覚えのある魔法だった。
(確か、炎系の魔法―――)
そう思った瞬間、視界の隅に炎の赤が見えた。
炎熱が、リックモッドとヤンを焼き焦がす。「ぐあああああああっ!」
「「「ほーっほっほっほ!」」」魔法の炎に焼かれるリックモッドの悲鳴に重なり、メーガス三姉妹の哄笑が響き渡る。
「どう!? ドグの反射魔法を私にかけて、ラグの火炎魔法を跳ね返す、私達のデルタアタックは!」
「リフレクで反射するために、同じリフレクでは反射不可能。さらに、フェイントの意味もあるから回避不可能」
「でも元から防ぐ手段のない相手にはあまり意味がないんじゃね? とか言うなー! 絶対言うなー!」などと。
妙に説明的な台詞を喋るが、リックモッドたちはそんなものを聞いている余裕など無い。
炎を消そうと身体を振り払うが、あまり意味がない。「ぬうううんっ! はああああっ!」
唐突にヤンが吠え、身体が燃え上がったまま甲板を蹴ると、空中で回し蹴りを放つ。
旋風脚
回転する勢いでヤンの炎が掻き消えて、旋風脚の名の通り、空を蹴ることで風を生み、突風となってリックモッドの身体の炎をかき消す。
「むうう、妙な技を!」
「あんたのほーがよっぽど妙でしょ! 魔法の炎を蹴りでかき消すなんてヤツ、初めて見た!」とん、と甲板に降りたって、ヤンが言うと、ラグが反論する。
それについてはリックモッドも思わず同意。人間やればできないことはないんだなあ、とか思ってみたり。「だが次は喰らわん! 来ると解っているのなら、大したことはない!」
「ふうん・・・じゃあ、もう一度焼けこげろ!」ラグが魔法を詠唱して、それを解き放す。
「いっけー! 『ファイラ』!」
ラグが魔法を発動させた瞬間、ヤンは “リフレク” の効果を現すように青白く光るマグへと意識を向ける。
魔法というのは、人間の精神の力で世界に “事象” を引き起こすものである。
火種が無いところに火は付かない―――が、魔力を媒介にして世界に対して “炎を燃やす” と命じることによって、炎が起きる。逆に “炎など燃えていない” と念じれば、炎は消える。
つまり、精神力で引き起こされた事象ならば、同じ精神の力で打ち消すことが出来る。だからヤンは抗するためにマグに意識を向ける。
ラグの方に意識を向けていれば、全く別の方向から飛んでくる魔法に集中できない。
“デルタアタック” はフェイントによって魔法抵抗しにくくするという意味もあった。(だが、来ると解っているのならば、抗することも可能―――ぐああああああっ!?」
ヤンの身体が燃え上がり、悲鳴が漏れる。
魔法は反射されなかった。ラグは、直接ヤンに向かって魔法を放ったのだ。「けけけけけけ。ばーかっ! 言われたとおり素直に仕掛けるわけないじゃん」
「ぐ、ぐうううううっ!」炎の熱―――というよりは、ラグの嘲笑に耐えるように、ヤンが歯を食いしばる。
と。「『ブリザド』」
魔法の冷気がヤンの炎をかき消す。
「―――随分と楽しそうだな」
「お主は!」ヤンが振り返ると、セリスが剣をついて立っていた。
その傍にはロックが付いて、魔物達を牽制している。
見れば、まだ目を覚まさないセシル達は、代わりにマッシュが守っている。「何を遊んでいるんだか」
足下をフラつかせながら、セリスはやれやれと肩を竦める。
「誰も遊んでなど!」
「下らない遊戯に付き合ってるのは事実だろうに」
「遊戯!?」セリスの嘲笑じみた言葉に反応したのはラグだった。
「ねーさんねーさん、アイツ、あたしたちの必殺技を遊戯とか言ったよ!」
「なるほど・・・つまりこの技の恐ろしさが解らないと言うわけね」
「ならば味合わせて上げましょう! 私達のデルタアタックを!」やや怒りを混じり、三姉妹はセリスとロックを取り囲む。
「お、おい、大丈夫かよ」
ロックが不安そうに尋ねるが、セリスはフン、と鼻で笑う。
「魔法戦は私の領分だ―――それよりも、どうしてお前は私の傍に居るんだ?」
「いや、だってお前、フラついてるし、心配だろ」
「・・・・・・」
「お、なんだなんだ、黙っちゃって。もしかして照れてる?」
「いや、こんなのに心配されるとは、私も落ちぶれたものだなと」
「こんなの言うな! ・・・・・・あ、そうだ思い出した。そう言えばバンダナ返せ」
「バンダナ?」
「・・・・・・え。忘れてる? ほら、バロンから逃げ出した時に、アンタに取られた」
「バロンから逃げ出した時・・・? 何の話だ?」
「だから・・・ほら、なんだっけ? デビルロード? あれに飛び込む時に―――」
「・・・・・・・・・」
「え、マジで忘れてる?」
「忘れてるも何も、貴様とは初対面のはずだが」
「って、俺のことから忘れてるのかよッ! つーか、俺のバンダナは!? あれ、レイチェルから貰ったもんなんだぞ! どーしてくれる!?」
「やかましい」げし、と。
セリスはわめくロックの尻を蹴飛ばして黙らせる。「男のくせにぎゃあぎゃあ喚くな」
「男女差別! 男女差別だあああっ!」
「生憎と、我がガストラ帝国は男女平等!」
「だったら男のくせにとかいうなよ」ロックに反論されて、セリスはつい納得する。
「言われてみればそうだな。ならば言い直そう―――五月蠅い黙れ」
「キビシーッ」
「むしろ死ね」
「そこまで!?」
「こらあああああっ、こっちを無視するなああっ!」小さな顔を真っ赤にして、ラグが怒り心頭。
両手をぶんぶん振り回して抗議する。「もー怒った! あたしたちのデルタアタックでやっつけてやる」
「ぷ」
「笑うなーっ!」ラグの物言いに、思わずセリスが噴き出すと、相手は両手どころか、頭や足など、動かせるところは全力で振り回して、暴れるというか踊るというか、そんな感じで地団駄踏む。
セリスはともすれば浮かび上がってくる笑みを殺すように、苦労して顔をしかめた。「いやすまんな。つい可愛いかったものだからな」
「なにその目! 子供だからって馬鹿にして!」
「別に子供だからと馬鹿にしていない。小動物を愛でるような気持ちだぞ?」
「こーろす! 殺す殺すーっ! ねーさんたち、いくよっ!」ラグが姉たちに呼びかけると、姉たちも頷いた。
「ええ、こちらの準備は良いだっちゃ」
「いつでも仕掛けられるだっちゃ」
「って、それさっきの仕返しー!?」
オーラキャノン
戦闘中だというのに、戦闘もせずに騒いでいると、太い光線がロック達の間をすり抜けるようにして真っ直ぐに突き進む。
そしてそれは、一番大きい的―――マグへと直撃した!「ひぃあああああああああっ!?」
「姉上!」悲鳴と共に吹っ飛び、ゴムボールのように甲板をバウンドする。
飛空艇の淵まで転がると、ようやく止まった。「何やってるんだよっ!」
叫んだのは、今の一撃を放ったマッシュだった。
魔物達の攻撃を受けてか、所々傷を作り、血を流している―――が、まだまだ十分に意気はある。「遊んでないで、早くこっちに手を貸してくれ!」
何時にないマッシュの弱気な発言だ。
もっとも、これがマッシュ一人ならばそんなことは言わないだろう。
だが、そのマッシュの周りでは、魔物達が狙っている―――狙っているのは、もちろんマッシュもだが、その足下で意識を失っているセシルや、戦闘能力のないギルバートたちを狙っている。
一人でこれだけの味方を守るのには限界がある。「むーっ、だから遊びなんかじゃなーいっ!」
“遊び” という単語に反応したラグがまた喚く。
と。「ふんがーっ!」
そのラグの隣りを、なにやら丸い物体が通過した。
訂正。
丸い物体が吹っ飛んでいった。「ぐほはあっ!?」
丸い物体はマッシュに向かって凄まじい速度で飛んでいき、激突し、ビリヤードの球よろしくマッシュをはじき飛ばす。
「ふしゅーっ!」
まるでロボットか何かのように排気音を響かせて、丸い物体に手足が生える。
それは、さっきマッシュのオーラキャノンではじき飛ばされたマグだった。「・・・今の痛かった」
ギロリ、とマグはマッシュを睨付ける。
「痛かったぞおおおおおおおおおおおおっ!」
「マ、マグねーさんが吠えた!」
「あの自分のお腹と同じくらいに心が太くて・・・いえ広くて、温和な姉上がッ!」吠える長女に戦慄する次女三女。
吹っ飛ばされたマッシュは素早く起きあがると、口元を拭う―――どうやら今ので切ったらしく、血の味がした。「って、全然ダメージ無いように見えるんだけどな?」
怒気を露わにして仁王立ちするマグの身体には傷一つついていないように見えた。
痛かったと吠えた割には痛みを堪えている様子もない。
なんだか納得のいかない気持ちで、しかしそんなこと相手は構わずに突進してくる!「ぬおおおおおおおっ!」
「ちいっ!」
オーラキャノン
突進してくるマグに、マッシュは迎撃に闘気を放つ!
しかし!「お腹ぼーんっ!」
マグは急ブレーキを掛けると、大きく胸を―――いや、腹を張る。
向かってくるオーラキャノンを、突き出た腹が打ち返し、光線があらぬ方向へと角度を変える。「嘘おっ!?」
ロックが驚愕の声を上げる―――その声に背中を押されるようにして、マグの身体が前に傾いた。そして、転がりそうなほどの前傾姿勢で再び加速。
「速い!?」
正に転がるようにして走るマグは、その巨体の割には異常なスピードでマッシュに迫る。
その意外な速度に、マッシュの反応が遅れた。激突する!「ぐはあああああっ!」
マッシュの身体ははじき飛ばされ、先程のマグのように飛空艇の縁まで吹っ飛んで激突して止まる。
「マッシュ!」
「余所見していて良いのかなっ♪」
「へっ?」マッシュの方に注意を向けていたロックは、ラグの声に振り返る―――と、眼前に迫る鋭い刃。
反射的に身を退くが、反応が遅すぎる。短剣がロックの喉に届く方が圧倒的に速い。ロックは自分が死ぬ瞬間を見送ることしかできない―――「莫迦!」
「ぐえっ!」いきなり襟首を勢いよく掴まれて、ロックは後ろに転倒する。同時、ラグの短剣がロックの顎先を掠めて、しかし空を切る。
仰向けに転んだ状態で上を見上げれば、セリスがロックの襟首を掴んだ状態で、見下ろしてきていた。「何をぼーっとして居る。死ぬぞ」
死ぬぞ、という言葉と同時、セリスが掴んだままのロックの襟首を引き上げる。それにあわせて、ロックは倒れた身体を跳ね起こして立ち上がる。
「助けてくれたのかよ」
“意外” と思う気持ちが口に出た。
別にロックはセリスと仲間というわけでもない。むしろ、セリスがガストラの将軍で、ロックはそれに対抗する抵抗組織のメンバー―――つまりは敵同士のはずだ。もっとも、セリスの方はロックのことなど覚えていないらしいが。「先程の借りを返しただけだ」
素っ気なく女将軍は答える。
「貸した覚えは無いけどな」
「墜ちる私の腕を掴んだだろう」
「あれはそんなんじゃねえよ。あれは単なる―――」(単なる “負い目” だ)
言いかけて、ロックは口を閉じる。
セリスに言っても無意味なことだろうし、彼女自身理解できるはずもない。
だから代わりに言う。「なら今度は俺が借りを返す番だよな?」
手には深く馴染んだナイフを握ると、ロックのナイフよりも一回り大きい短剣を構えるラグと相対した―――