第15章「信じる心」
Q.「空中決戦」
main character:カイン=ハイウィンド
location:トロイアの森上空
「バルバリシア!」
飛空艇を軽く揺るがすほどに強烈に甲板を蹴り、カインがバルバリシアに飛びかかる。
しかしバルバリシアは身軽に宙へと飛び上がり、槍は空を切る。「逃すかッ!」
回避されたのを見たカインは、さらに甲板を蹴ってバルバリシアを追い掛ける。
突進の慣性を完全に殺し、全く違う角度への跳躍。しかも慣性は殺しても速度は変わらない。
でこぼこの壁にボールが跳ね返る様な、普通ではあり得ない動きだ。瞬発力に優れた竜騎士だからこそこなせる動き。相手の回避運動に合わせるような追撃に、普通の人間ならばまともに反応すら出来ないうちに槍に串刺しにされるだろう。
しかし。「甘いわね」
バルバリシアの長い髪が蠢き、彼女の身体全体を覆う。
構わずにカインは槍を突き出す。まるで意志を持っているような髪の毛―――だが、所詮は髪に過ぎない。(そんなもので俺の槍を貫けると―――)
貫く!
と、カインが思った瞬間。「むっ!?」
槍の切っ先が髪に絡め取られた―――と、思うとそのまま “流される” 。
「なに―――」
びゅんっ、と風のうなり声を間近で聞きながら、カインの身体は槍ごと吹き飛ばされていた。
飛空艇の上から放り出され、空へ墜ちていく。「な・・・なんだ!?」
甲板上に残されたロック達が、訳が解らずに驚愕する。
ただ解るのは、フォールス最強と呼ばれたカイン=ハイウィンドがあっさりと敗れてしまったと言うこと。「髪・・・・・・いや、風か・・・!?」
ヤンが目を凝らし、呟く。
いつの間にか、バルバリシアの身体を守るように覆っていた髪の毛は変化していた。
バルバリシアの身体を覆っているのは変わらない。だが、絶えず彼女の周囲を巡り、周り、それはまるで金色の “風” のようだ。
ヤンはファブールの修行僧として、厳しいホブス山の山頂で、風と共に鍛錬してきた。風に関して敏感にもなる。だからこそ、気がついた。「あの女・・・風を操るのか!」
「ご明察。―――貴方も多少は出来るようね・・・?」風を身に纏い、宙にふわりと浮かんだまま、バルバリシアはヤンに視線を送る。
対してヤンは答えずに、息を吐く。
そしてそのままバルバリシアに向かって駆け出した。駆ける足。
その一歩一歩に意識を込め、力を込める。
足を踏み出すたびに、少しずつ少しずつ、足に自分の物とは違う “力” が纏うのを感じる。
それは、ヤンが長い修行の果てに会得した、 “神に通ずる力” 。「おおおおおおおおおおおっ! 受けろッ!」
風神脚
風を纏ったヤンの必殺の蹴り。
それがバルバリシアを守る “風” に激突する。「きゃ・・・っ!」
「ぬう・・・っ!」風と風が激突し、相殺する。
ヤンとバルバリシアは、互いに同じくらい弾かれ、ヤンは甲板に着地し、バルバリシアは空中で制動をかける。「・・・っ。なかなかやるじゃない? で・も」
バルバリシアの髪の毛が伸びる。
それは素早くヤンに迫り、その身体を絡め取ろうとする。
ヤンは機敏な身のこなしでそれを避けるが、四方八方から襲いかかってくる髪の毛相手に、段々と追いつめられていく。「しまった!」
髪の毛の一房が、ヤンの腕を絡め取る。
紐程度の細さの房だったが、それは強力で、ヤンの力をもってしてもほどけない。
それに気を取られている間に、さらにもう片方の腕も髪の毛に絡め取られる。「これで、終わりね」
四肢を髪の毛に縛られて封じられたヤンの身体の中心に向かって、より太い髪の毛の束が、先端を凶悪に鋭く尖らせて勢いよく飛ぶ。
「ぐううっ・・・!」
ヤンは髪の毛をふりほどこうともがくが、髪の毛はしっかりとヤンの身体を捕まえている。
どうしようもないままに、髪の毛はヤンの身体を貫こうと―――ザンッ!
―――貫こうとしたところを、鋼の刃に一閃させる。
「・・・おいおい、俺たちのことを忘れて貰っちゃ困るぜ」
髪の毛を巨大な剣で斬り飛ばして、半笑いでそんなことを言ったのはリックモッドだった。
バルバリシアから途切れ、力を失った髪の毛を振り払うヤンの前に立ち、大剣を構えている。
他にも、マッシュとギルガメッシュがバルバリシアの両側に回り込んでいた。「俺は可愛い女の子は大好きだが、敵だったら容赦しないぜ!」
そんなことを言いながら、ギルガメッシュが聖剣エクスカリバーを振り回す。
「いやむしろ、敵だから色々やっちゃうぜ!」
普段は見せないやる気を見せて、にやりと笑う。
リックモッドはそれを呆れた様子で見るが、何も言わない。(まァ、言っても無駄だろうし、せっかくやる気出してんだしな)
「あらあら、困ったわねぇ」
台詞とは裏腹に、バルバリシアの口調はまったく困ったような焦りはなかった。
「やっぱり一人じゃ厳しいわね―――じゃあ」
すっ―――と、彼女は手を静かに振り上げて、間髪入れずにそれを振り下ろす。
すると、上空で待機していた魔物達が、一斉に降り注ぐように急降下してくる!「ちぃっ!」
それを見たリックモッドはそれを迎撃しようと大剣を振りかぶる。
そこへ、ロイドの声が飛ぶ。「リックモッドさんはヤンさんと二人でバルバリシアの相手を! 彼女に対抗できるのは貴方達二人だけッス!」
カイン=ハイウィンドでさえ、一瞬で敗れた相手だ。
ここが空中でなければまた話は変わったのかもしれないが、この状況では風を操るバルバリシアを相手にするには、能力は及ばずとも同じく風を使うヤンしかまともに相手をすることは出来ない。そして、バルバリシアの髪の毛を防ぐためには、斬属性の攻撃しかない。「他の魔物の相手は、マッシュさんとギルガメッシュ団長お願いします! それから、親方は舵を取る俺を、ロックはセシル隊長達を頼む!」
ロイド指示を受けて、全員「「「「「了解!」」」」」と声を返す。
ただ一人。「えー、魔物相手かよ。つまんねー」
ギルガメッシュがぶちぶち言いながらも、それでも相手が向かってくるなら仕方がないと、迫る魔物に対してエクスカリバーを振り回す。
ロイドの指示通り、マッシュは個別に魔物達を殴り倒していき、シドがロイドの方に迫ってきた魔物を大きなハンマーを振り回して威嚇する。
ロックは倒れたままのセシルとローザにテラ、怪我をしているギルバート、ファスに近づく魔物達にナイフで牽制する。
セリスも、まだ完全には回復しておらず、まともに動くことは出来ないが、それでも低級魔法でロックの援護をする。「ぼ、僕も・・・」
ギルバートも竪琴を構えて、呪曲を奏でようとするが、それをセリスが止める。
「止めておけ。音を奏でれば、魔物の気がこちらに向く」
今は派手な赤い鎧を着たギルガメッシュや、激しく動き回るマッシュの方に魔物達の気は向いている。
だが、ギルバートの竪琴に気を惹かれた魔物達が、こちらに殺到すれば、ロック一人では防ぎきることは出来ないだろう。
そのことを察して、ギルバートは悔しそうに唇を噛む。「僕は、無力か・・・」
「馬鹿言うなよ! 少なくともあんたは爺さんの命を救ったんだ。それだけでも俺はあんたを尊敬できる!」向かってくる魔物の攻撃をかいくぐり、ナイフを振るいながらロックが言う。
ナイフは魔物の身体を浅く傷つけて、その痛みに驚いてか、魔物は身を退く―――が、後退するように別の魔物が襲いかかってきた。「くそっ、きりがねえな! こんなことなら、セシル達をさっさと飛空艇の中に運んでおけば良かったぜ」
ロックはナイフを強く握りしめ、魔物に立ち向かいながら呟いた―――