第15章「信じる心」
P.「恋人たち」
main character:ローザ=ファレル
location:トロイアの森上空

 

「テラさん!」

 飛竜がエンタープライズの上に降り立って、ギルバートは真っ先に車椅子で駆け寄った。ヤンとマッシュが素早く降り立ち、その後からロックがテラの身体を支え、飛竜の背中から降りてくる。それをギルバートが手伝った。

「生きて・・・いますか・・・?」
「・・・見れば解るだろう」

 なんとも気まずい様子でテラが応える。
 全ての力を使い果たした様子で、なんとも弱々しかったが、それでもその表情と声からは生気が感じられた。
 それを確認して、ギルバートは感極まったように涙を流す。

「良かった・・・本当に・・・!」
「・・・・・・だ」

 か細い声でテラが何事か呟く。
 泣いていたギルバートには、その語尾しか聞き取ることが出来なかった。

「えっ・・・なんですか?」
「貴様の―――・・・いや、お主のお陰だ、と言ったのだ」

 そういうテラの表情はしかめっ面で、けれどそれが照れ隠しだとギルバートには解った。

「お主の竪琴が聞こえた―――だから私は戻ってこれた」
「・・・僕の力だけじゃありません」

 涙を拭い、ギルバートが首を横に振る。
 その意味を察して、テラも頷く。

「そうだ・・・あの子が・・・私の娘が教えてくれた。だから曲が聞こえた・・・」

 そう呟くテラの目に涙が溜まる。
 なにかを堪え、悔やみ、噛み締めるように。

「すまなかった・・・・・・」

 涙を零しながら、テラが苦悶の表情で言う。

「私が・・・お前達の仲を許していれば―――」

 死の淵で娘に謝ったように、深い後悔に胸を貫かれながらテラは侘びの言葉を口にする。
 もしかすると、自分の息子になっていたかもしれない青年へ。

「私にお主を恨む資格はない・・・むしろ憎まれるは私だった。すまなかった―――」
「そんなっ、お義父さん・・・っ!」
「・・・! 私を義父と呼んでくれるのか・・・?」

 哀しみと喜びの入り交じった奇妙な呟き。
 そんなテラへ、ギルバートは告白する。

「僕の方こそ、自分のワガママを通してアンナを連れ去ってしまった。アンナはずっと貴方のことを心配していました。けれど、僕は彼女を離したくなかった。あのままアンナをお義父さんの元へ残して別れてしまえば、もう二度と会うことが叶わないような気がして」

 ギルバートは暗く表情を伏せる。
 そこには、テラと同種の後悔が滲んでいた。

「もう少しアンナの気持ちを考えて上げれば良かった。焦らずに、もう少し時間を掛けて、貴方の許しを得ていればアンナは・・・・・・!」

 結局のところ、二人は同じ過ちをしていた。
 父は娘の気持ちを考えず、恋人は彼女の想いを無視してしまった。
 どちらかでも、もう少し自分の感情を譲っていたならば、彼女は犠牲にならずに済んだのかもしれない―――

「・・・貴女ならどうする?」

 ローザと肩を貸しあって飛竜を降りたセリスは、隣の女性に聞く。
 血にまみれ、出血多量で青ざめてローザは短く答える。

「彼女と一緒よ」
「・・・意外。てっきり、親の事なんて考えずに、迷わず恋人についていくのかと思っていたけど」
「アンナさんだって迷ってなんかないわ。きっと」
「そうかしら? 聞いていると、親か恋人か悩んだ挙句に恋人を取ったように聞こえるけど。だって、恋人についていった後も、父の心配をしていたんでしょう?」

 迷っていたからこそ、後々まで親のことを気にしていたのだろうとセリスは思った。
 しかしローザはそれを否定する。

「迷ったのではなく、信じていたのよ。父親も恋人もいつか解り合ってくれるって信じて。だから恋人についていったのよ―――だってそうでしょう? 親子はどんなに遠く離れたって、時間が経ったって、親子である事実は変わらない。けど、恋人なんて所詮は他人だもの。一度別れてしまえばそれまででしょう?」
「そういうのも意外ね。貴女なら、恋人こそどんなに離れてたって変わらないとかいうのかと思ったけど」
「逆よ。少しでも離れてしまえばそれっきりだからこそ、強く結びつこうと思うのよ。ずっと傍に居たいと思うのよ―――離れてしまうのが怖いから」
「貴女も怖いの?」

 セリスの問いに、ローザはセシルを振り返る。
 セシルは、カインに背負われて飛竜から降ろされ、甲板の上で寝かされている。まだ意識は取り戻していない。

「・・・私の一番の恐怖は、セシルに追いつけなくなることよ」
「追いつけなくなること? 一緒に居られなくなる事じゃなくて?」

 セリスもセシルを振り返りながら尋ねる。
 すると、ローザは「いいえ」と首を振る。

「セシルは黙っていれば、私のことなんか置いてどっか行ってしまう人だもの。最初からそうだったわ。私はそんなセシルを精一杯追い掛けてきた―――だから、今、ここに居ることができるのよ」

 血の気の引いた手を胸に抱く。

「 “大丈夫だから” とか “必ず戻ってくる” とか “心配しないで” とか “信じて待っていて” とか・・・軍に入ってから、セシルは事あるごとにそんな風に言ってきたわ。でも、 “大丈夫” だった事なんてほとんど無い。帰ってきてはくれていたけど―――でも、とうとうこの前は戻っては来なかった!」

 ミストの村へ向かった後。
 セシルはバロンには戻らなかった。

「セシルが私の目の届かない場所に居て、私の声が届かない場所に居て、心配しなかった時なんてない。だってあの人は、私の知らないところで必ず無茶をする。信じて待つ事なんてできっこないわ! だから、私はここにいるのよ!」

 テラと同じように、力を使い果たしていたローザは、弱くかすれた声を精一杯張り上げて叫ぶ。
 と、思ったら、セリスに身体を預けて泣きじゃくる。

 泣きながらローザは確信していた。
 あの時、セシルが死んだとカインから伝えられた時。
 もしもあの時、それを信じて―――あるいは、セシルは “必ず戻ってくる” と信じてバロンで待っていれば、きっと二度とセシルには会えなかったに違いないと確信していた。

「ちょっと、どうしたの―――」

 突然、感情を爆発させるローザに、セリスが困惑していると、ローザの身体から唐突に力が抜けた。
 見れば、いつの間にか気を失っている。
 どうやら、血を抜きすぎて、意識が朦朧としていたようだ。安静にしていれば、ひとまず大丈夫そうだが、目を覚ました後、自分が何を叫んだか覚えていないに違いない。

「・・・無茶をするのはセシル=ハーヴィだけじゃないでしょう。ホントにお似合いよ、アナタ達は」

 嘆息して、セリスはよろめきながらローザの身体を運ぼうとする。
 ギルバートの奏でた “魔力の歌” の効果はセリスにも及んでいた。だから、先程よりは多少は魔力も回復して、マシにはなっている。
 しかしそれでも、女性とはいえ人一人運ぶのは苦労するが。

「手伝おう」

 セリスと同じように溜息をついて、カインがローザの身体に肩を貸す。
 それを見て、セリスはなんとなく尋ねた。

「・・・もしかして、貴様も “セシル=ハーヴィに置いて行かれることを恐怖する” のか?」
「こいつと一緒にするな」

 心底イヤそうにカインは顔をしかめる。

「―――なるほどねー」

 ローザをセシルの隣に寝かせると、頭の上から声が降ってきた。
 素早く見上げると、妖艶に微笑んだバルバリシアの姿があった。
 彼女は納得したように、

「ローザが “信じたことがない” っていうのはそう言う意味だったのね――― “知っている” というのも」

 ―――セシル=ハーヴィという人がどういう人か、それを知っているだけ、

 セシル達がゾットの塔へ辿り着く直前、ローザはそういった。
 それは、ローザが望むと望むまいと、セシルは無茶してでも来る、そうすると知っているという意味。

 そしてそれはその通りになった。

「なにしに出てきた」

 カインが槍をバルバリシアに向ける。
 バルバリシアは銀の槍の切っ先を向けられても、動じることなく微笑みを崩さない。

「決まってるでしょう? ―――貴女達を滅ぼしに」

 さっ、とバルバリシアは頭上を指し示すように手を挙げる。
 つられて見上げてみれば、そこには数十体の空飛ぶ魔物!
 100には数は届かないが、それでも50はゆうに越えている。

「まだ、あんなに残っていやがったのかよ・・・!」

 ロックが苦々しく呻く。
 それをバルバリシアが聞き咎め、心外そうにわざとらしく口に手を当てる。

「あら?  “あんなに” ではなく、 “これだけ” よ。さっきまではこの千倍はいたんだから」
「せんばいーっ!?」
「それだけ、そこのおじいちゃんの放った魔法が凄かったってことよ。まったくメテオなんて隠し球、反則過ぎるわよ」

 ロックは思わずテラを振り返る。
 テラはいつの間にか目を閉じていた。一瞬、死んでいるのかと思い息を呑んだが、穏やかに息をしているのが解った。どうやら大魔法を放った疲労で眠ってしまったらしい。ギルバートの腕の中で、安らかに眠っている。

「困ったものね、ずっと今まで温存していた戦力がパーよ。これからどうしましょうか」
「知るか、そんなこと。勝手にしろ」

 カインが冷たく言い放って槍を構える。
 それを聞いて、彼女はにっこりと微笑んだ。

「そうね。貴方達を皆殺しにしてから考えましょうか―――・・・ああ、セリス、貴女はどうする?」
「解ってて聞いているだろう? 私はガストラの将軍であり、バロンの客人だ―――ゴルベーザがバロンを手放した以上、貴様らに手を貸す理由はない」
「って、じゃあなんでセシルと戦ったんだよ!」

 思わず非難するようにロックが口を出す。

「それは、私はガストラの将軍としてではなく―――・・・」

 言いかけて、言葉を止める。

「ふん・・・とにかく、私はお前達につく理由はない」
「友達じゃなーい」
「それは貴様とローザの妄想だッ!」

 顔を真っ赤にしてセリスが怒鳴る。

「大体、友達というのなら、どうしてローザも一緒に落とそうとしたのよ!?」
「それは貴女も聞いたでしょ? その子一人だけ生き残っても意味無いからよ」

 バルバリシアは、セシルの隣で横になっているローザを指し示す。
 セシルは言った。セシルが死ねば、例えローザが生き残っても、彼女は自ら命を断つと。

「それよりも考え直すなら今のうちよ? 貴女の事は気に入ってるし、望むなら貴女だけ助けてあげても良いわ。ゴルベーザ様に取りなして、それなりの地位を貰えるようにしてあげる。ああ、でも私達と同列っていうのは勘弁してね。ゴルベーザ様 “五天王” なんてサマにならないもの」
「うるさい。何度も言わせるな―――それに、私はお前を気に入ってなんかない」
「あら冷たい。でも、大丈夫? そんな状態で」

 見るからにセリスの動作は重く、鈍い。
 回復した魔力で白魔法をかけているようだが、魔力も完全でないためか、 “なんとか動く” 程度までしか復調していない。

 それを指摘され、セリスは舌打ち。
 だが、そんなセリスを庇うようにしてロックが前に出る。

「お前・・・」
「無理とか無茶すんのは馬鹿共だけで十分だろ」

 手には馴染みのナイフを構え、バルバリシアを睨付ける。
 「あら?」とバルバリシアが嗤う。

「貴方がセリスの代わりに戦うというの?」
「そうだよ、悪いか」
「そんなナイフ一本で? この私も舐められたものねー」

 バルバリシアの嘲笑を、肯定するようにセリスが叫ぶ。

「やめておけ、お前ではあいつには勝てない!」
「アンタよりかはマシに戦えるさ! ・・・・・・それに」

 ロックの脳裏に、セリスに良く似た女性の姿が浮かび上がる。

「・・・今度は、絶対に守ってみせる」

 その小さな声で呟いた言葉は、セリスの耳には届かなかった。届いたとしても、当然セリスには意味が解らなかっただろう。
 そこへ、甲高い哄笑が響く。

「あははははははっ。セリス、なかなかステキなナイトじゃないの!」
「うるさいっ」

 顔を真っ赤にしてセリスが叫ぶ。
 バルバリシアは可笑しそうにひとしきり嗤って。

「・・・ふふふふっ、でも私を相手にするには役者不足―――」
「誰も俺がアンタの相手をするとは言ってねえだろ」
「えっ―――!」

 だんッ!

 力強く甲板を蹴る音は、バルバリシアの真横。死角から。
 彼女は反射的に後ろへと飛ぶ―――その目の前を、青い影が通り過ぎた。

「ちっ、避けたか」
「騎士にしては、不意打ちとは随分な手を使うじゃない・・・カイン!」

 余程不意をつかれたのか、バルバリシアは何時も浮かべている笑みを引っ込めて、感情のない表情で目の前を通り過ぎた影―――カインを睨付ける。

「悪いが。女のお喋りに付き合う趣味はないんでな」
「なるほどね、貴方なら私の相手も務まるでしょうね―――けれど・・・」

 ふんわりと、バルバリシアは浮かび上がったまま、再び微笑む。

「ゴルベーザ様四天王 “風” のバルバリシア―――女だからと甘く見てると、怪我するだけじゃ済まないわよ?」

 


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