第15章「信じる心」
O.「運命を変える旋律」
main character:ギルバート=クリス=フォン=ミューア
location:トロイアの森上空

 

 エンタープライズは元来た空を舞い戻る。
 あと少しで磁力の洞窟だというところで―――

 ごうんっ!

 と、なにか激しく揺れる音が響いた。
 反射的にリックモッドが叫ぶ。

「なんの音だ!?」
「いや・・・今のはひそひ草から―――おい、ロック! なにかあったのか!?」

 ロイドが服のポケットにしまい込んであるひそひ草に向かって叫ぶ。
 だが、向こうからは悲鳴が聞こえるだけで、なにも返事がない。

 ロイドが、尚も呼びかけようとしたその時。

「なんだ、ありゃ!?」

 ギルガメッシュの驚く声が聞こえた。
 みれば飛空艇の行く先に、なにやら黒い点が密集して蠢いている。

「鳥の群れ・・・?」
「いや違う! ありゃ魔物だ! 魔物の群れだ!」

 ギルバートの呟きを、リックモッドが訂正する。
 それを聞いてロイドは舵輪の後ろに掛けてあった望遠鏡を、片手で器用に掴む。
 舵輪を片手で操りながら、望遠鏡を覗き込んで確認する。

「ホントに魔物だ・・・でも、フォールスの魔物は、以前の作戦でほとんど一掃されたはず。そりゃフォールス中の魔物を掻き集めればあれくらいは居るだろうけど、自然にあんだけ群れてるなんて考えられないッスよ!」
「じゃあ、掻き集めたんだろ」

 なんでもないことのようにギルガメッシュが言う。

「ゴルベーザが魔物を集めたってことッスか?」
「それ以外に考えられねーだろ」
「・・・だとしたらヤバイッスよ。いくら最新型とはいえ、エンタープライズだけであの群れを突破するのは・・・・・・」

 ロイドは望遠鏡を元あった場所へ引っかけると、ポケットからひそひ草を出して握りしめる。相変わらず、向こうの方は切羽詰まったわめき声しか聞こえてこない。
 どうやら向こうの方でなにかあったらしい。ならば、一刻も早くセシル達の元へ辿りつかなければならない。
 だが、真っ直ぐ魔物の群れを突っ切れば、突破する前に飛空艇は墜ちてしまうだろう。

「ぬうううっ、こうなったらやるだけやるゾイ! 砲弾を持ってくる。お前ら、手伝わんかい!」

 シドがリックモッドとギルガメッシュを指さして、ドスドスと足音を響かせ飛空艇内部に駆け込む。
 その後をリックモッドが追い、ギルガメッシュも面倒そうに中に入る。

「砲台か・・・」

 エンタープライズの両舷にはそれぞれ八基、合計十六基の砲台が設置してある。
 それを使えば、魔物に対して有効だろうが、問題は―――

「手が足りないね」

 困ったようにギルバートが言う。
 操舵しているロイドを除けば、ファスを入れても5人しかいない。
 砲台が幾らあっても、砲手が居なければガラクタだ。

「・・・トロイアの兵士をおろしたのは失敗だったッスかね」
「だけど、全く無いよりはマシだよ。それに、戦闘力のない僕も手伝えるし」
「わ、わたしも・・・っ」

 ファスが手を挙げる―――が、ギルバートは首を横に振った。

「君は駄目だよ。飛空艇の中に隠れているか、今のうちにチョコに乗って城に戻るんだ」
「でも・・・」
「誰も君を守ってる余裕はないんだ。だから―――」
「あれは・・・!」

 ロイドが声を上げて、ギルバートは顔を上げた。
 前を向けば、魔物達の群れの向こう。細長い何かが、雲を突き破って降りて―――いや、墜ちてくる。
 距離が遠すぎるので、爪楊枝くらいの細さだが、実際はもっと大きいはずだ。

「あれ・・・塔じゃないか・・・?」
「じゃあ、セシル達が向かったっていうゾットの塔―――そうか、ひそひ草から聞こえてきたのは、塔が墜ちる音か!」

 ロイドが舌打ちして、舵輪を握る手に力を込める。

「くそっ! 急がなきゃ、セシル隊長達が・・・!」

 気が焦るが、目指す塔は見えているだけで遙かに遠い。
 確実に間に合わない―――だからといって、諦めるわけにはいかない!

「頼む・・・! 間に合ってくれ―――!」
「あれ・・・?」

 不意にファスがきょとんとする。
 少女の様子に、ロイドとギルバートもファスの視線の先を追って―――驚愕する。

「どうした―――って、えええっ!?」
「なっ・・・塔が―――」

 ロイド達の視線の先。
 遠くて小さいとはいえ、はっきりと見えていた塔が、いつの間にか消え去っていた。

「なんだ!? 何が起きたんだ!? 隊長達は―――!?」
「居る・・・!」

 困惑するロイド。
 それとは対照的に、落ち着いた声音でファスが呟く。
 目を見開いて、じっと塔の消えた辺りを見つめている。

「せしるたちの命があそこに留まってる―――せしるたちは、あそこに居る」
「居るって・・・空でも飛んでるんスか? 飛空艇もないのに・・・」
「魔法じゃないかな? テラさんがいるんだし、浮遊魔法くらいは使えるはず・・・」
「あ―――っ!」

 ファスが悲鳴じみた声を上げる。
 せつなそうに表情を歪め、口元を抑える。

「どうしたんだ?」
「・・・駄目・・・命が・・・」
「・・・! ―――まさか、テラさんが!?」

 はっとしてギルバートが問うと、ファスはこくりと頷いた。

「あのおじいさんの命が星に還ろうとしてる・・・・・・」
「くっ・・・どうしてなんだ!?」
「そこまでは、解らないです。ごめんなさい」
「あ・・・」

 申し訳なさそうに謝るファスに、ギルバートは少し冷静になる。

「こっちこそごめん。ファスに当たってもどうしようもないのに・・・」

 ギルバートが肩を落としたその時。

「だあああっ、なんだなんだっ!?」

 飛空艇の中から、ギルガメッシュが慌てて飛び出してきた。
 シド達と砲弾を持ちに行っていたはずだが、手ぶらだ。

「どうしたんスか? 砲弾が見つからなかったとか」
「ばっか、それどころじゃねえだろ! なんだよこの魔力はよ!」
「魔力・・・?」
「あれ? お前ら感じない? なんかすっげえ、魔力があっちの方から―――」

 ギルガメッシュは魔物の群れの方を指さす。
 ロイドはそちらに意識を集中させるが、魔法の素養がないロイドには解らない。

「うん・・・強い力を感じる・・・」

 ロイドとは違って魔法の素養があるのか、それとも能力のお陰なのか、ファスがはっきりと頷く。
 ギルバートも、多少困惑しながら小さく頷いた。

「確かに、なにか感じるけど―――もしかして! この魔力にテラさんが関係して」
「あん? あー・・・言われてみれば、この魔力、あのじーさんっぽいな。・・・でもヤバいんじゃね? こんな魔力を必要とするような魔法使ったら、あのじーさん死んじまうぜ」

 あっけらかんと言うギルガメッシュ。
 それを聞いて、ギルバートは全てを理解する。

「テラさんは・・・セシル達を守るために、強力な魔法を使おうとしている―――自分の命と引き替えに!」

 そのギルバートの言葉を肯定するかのように、魔法が発動する。
 魔物の群れの頭上にある空がぐにゃりと歪み、捻れ、黒々とした穴が広がっていく。
 その穴の向こうには星々が煌めく銀河があった。

「あれって・・・・・・宇宙・・・?」

 いきなり空に穴が開いたことに、ロイドがぽかんとする。
 ははあ、と感心したようにギルガメッシュが呻いた。

「ありゃあ・・・もしかしてメテオか?」
「メテオ?」
「おう。俺様も実際見たことはねえが、時空魔法最強の攻撃魔法だ。破壊力そのものは、同じ封印魔法のフレアやアルテマに劣るが、射程と範囲はダントツに広い。あれなら確かにどんだけ雑魚が群れてようが、殲滅できるだろうな」

 ギルガメッシュの言うとおり、穴の開いた空から無数の隕石が、魔物の群れに降り注ぐ。
 まるで、ナイフで砂糖菓子を削るように、隕石が1つ墜ちるたびに群れが削れていく。
 遠すぎて、小さく見えるせいで現実味がまるでない。
 だが、実際に起ってることを想像して、その場の全員が呆然と隕石が降り注ぐ様子を眺めていた。

 と、我に返ったギルガメッシュが、首を傾げて呟く。

「つか、なんであのじーさんが、封印されたはずの魔法を使えるんだ?」
「そんなことは知らない」

 事情を知らないギルバートは、そう言うしかない。
 だが、言うだけで終わるつもりもなかった。

「―――でも、だからテラさんの命は失われようとしている・・・それだけ解れば十分!」

 ギルバートは竪琴を奏でる。
 ポロン・・・♪ と、軽く鳴らすと、ロイドの持っている草を見る。

「ロイド。そのひそひ草を貸してくれ」
「え? あ、はい」
「わたしが持っていく」

 ファスが小走りでロイドに駆け寄ると、ひそひ草を受け取ってギルバートの前に差し出す。
 ギルバートはそれを受け取らずに、

「ありがとう。ファス、そのまま持っていてくれるかな」
「はい」
「ロイド。この片割れはロックが持っているんだね?」
「ええ」
「じゃあ、テラさんにも聞こえるはず―――」

 ポロロン♪ と、ギルバートは曲を奏で始める。
 それは音の高い旋律だった。
 触れれば皮が切れてしまうような、それでいて美しく透き通った硝子を思わせるような綺麗な旋律。
 その音の1つ1つが、心の中に染みいり、魂を振るわせる―――

「なんだ、この曲・・・なにか奇妙な感覚が―――」

 その旋律が自分の中に入り込み、なにか感じたことのない違和感を感じて、ロイドは困惑する。

「魔力が高まる? こりゃあ、もしかして・・・」

 ギルガメッシュが、ギルバートに視線を送ると、彼は演奏の手を止めないまま頷いた。

「呪曲の1つ。魔力を高める “魔力の歌” だ。大きい魔法を使って、魔力が足りないって言うのなら、それを補えば―――」

 ギルバートは想いを込めて曲を奏でる。

(テラさん・・・貴方はまだ死んじゃいけない。アンナの分まで生きるべきだ。・・・それに)

 心の中に、愛しい恋人の姿が浮かび上がる。
 何よりも誰よりも大切だった人。
 そして、ギルバートを助けるために、命を落としてしまった人。

 そのことは悔やんでも悔やみきれない。
 だが、それ以上に、親であるテラの哀しみと憎しみはどれほどのものだったのか、想像することも出来ない。

(僕は、あなたから娘を奪い去ってしまったことを、償わなければならない!)

 死なないでほしい。
 その想いだけを秘めて、ギルバートは一心不乱に竪琴を鳴らす。

 と―――

 

 ―――・・・ありがとう。

 

「えっ・・・!?」

 誰かの声が聞こえたような気がして、ギルバートは演奏を止める。

「アンナ・・・?」
『――――――!』

 ぽつりと恋人の名を呟くギルバートの耳に、歓声が聞こえた。
 それは、ひそひ草の向こうから。
 その歓声は主にロックのものだ。

「聞こえますか?」

 ひそひ草を持っているファスが言う。

「この歓声は・・・運命が変わった歓声・・・」
「それじゃ・・・テラさんは」

 おそるおそる問うと、ファスは優しく微笑んで頷いた。
 それを見て、ギルバートは拳を握りしめて自らも歓声を上げた―――

 


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