第15章「信じる心」
N.「子供の英雄」
main character:ロイド=フォレス
location:トロイア

 

 

 話は少し遡る―――

 セシル達がゾットの塔へ辿り着いた頃、ギルバート達もトロイアの城へと戻ってきていた。
 前と同じように、街の公園に着陸して、トロイア兵達を降ろす。
 もしかしたらこの期に及んで、メイシーナ神官が自分たちを拘束するかもしれないと思ったが、そんなことはなく、素直に飛空艇を降りる。

「んじゃ、降りますぜ」

 リックモッドが歩けないギルバートを飛空艇から降ろすために背負う―――飛空艇の乗り降りは、専用のタラップでもない限り、縄梯子で降りることになるため、足が使えないギルバートは誰かに背負って貰うしかない―――と、ロイドが呼び止めた。

「なにやってるんスか?」
「は? なにって、飛空艇を降りようと」
「降りて貰っちゃ困りますよ。これから、隊長達を助けに行くんだから」

 ロイドの言葉に、リックモッドとギルバートは目を丸くする。

「ちょっと待て! お前、助けに行かないとか言ってなかったか?」
「行かないとは言ってませんよ。ただ、俺は隊長からの命令を優先させただけです―――そして、その任務は完了しました。なら後は俺の判断でやらせていただきますよ」
「で、でも行き先は?」

 赤い翼の飛空艇は、飛び立ってからどんどん上昇していったということしか解らない。
 そこから、どの方向へと飛んでいったのかすら不明だ。
 だが、ロイドはそんなギルバートの質問にも慌てることなく、懐から草を取りだした。ギルバートも見覚えのある、トロイアで通信に使われる “ひそひ草” だ。

「こいつでロックにナビしてもらいました」
「あ・・・そう言えば、別れる前に・・・」

 ロイドがロックとこそこそと密談していたことを思い出す。
 あれは、このためのものだったらしい。

「ただ、場所は解っていても、俺だけが行ってもなんの力にもなれませんから。リックモッドさん、ついてきて貰えますか?」
「おう! もちろんだぜ!」
「僕も!」

 ギルバートが声を上げる。

「僕も行くよ―――来るなと言われたって、ついていく!」
「隊長は、ギルバート王子を危険な目には逢わせたくないみたいでしたけどね」

 そんなことを言いながら、しかしその言葉を予想していたのか、ロイドは諦めたように頷いた。

「あ。俺は降りるから」
「テメエも来いッ!」
「ぐえっ!?」

 さっさと飛空艇を降りようとしていたギルガメッシュの首をリックモッドが掴み、甲板の上に引き摺り倒す。
 首を半ば絞められたせいで、目を白黒させていたが、やがて険悪な顔でリックモッドをにらみ返しながら立ち上がる。

「何しやがる! コノヤロウ!」
「手は多い方が良い。もう少し付き合え!」
「いーやーだー! 俺はパブのお姉ちゃんたちと遊んで待ってるから、てめえらだけで行ってこい」
「ロイド、さっさと発進させちまえ」
「聞けよ人の話!」

 ギルガメッシュが喚くが、無視。
 ロイドは舵輪を握ると、傍にあった伝声管に向かって叫ぶ。

「親方! トロイアの人間はみんな降りた! こっちの準備は万端だ。発進させてくれ!」
『おうよっ!』

 伝声管の向こう、動力室にいるシドから返事が返ってくる。
 ややあって、飛空艇ががくんと揺れて、離陸する。

「1つ、教えてくれないか?」

 舵輪を握るロイドに、ギルバートが問う。

「君は・・・セシル=ハーヴィを信じてはいないのか?」
「信じていますよ」

 即答。しかし、ロイドはさらに付け加える。

「でも、信じてるからって、何もしないのは違いますよ。相手が為すべき事をすると信じてるからこそ、自分も為すべき事をできる―――信頼とはそういうものでしょう?」

 それに、とロイドは苦笑して、

「セシル=ハーヴィは超人じゃない。なんでも完璧にこなせる人間なんかじゃない。あの人は、あの人が出来る最大限のことができる―――けれど、どんな人間だって、たかだか一個人が出来ることには限りがある。だから、隊長は何時も一手足りない」

 言われてみれば、ギルバートにも心当たりはあった。
 カイポの村の時、セシルの指示に従って、村人達は奮闘した。
 けれど、勢いの衰えない魔物の群れに対して、退却せざるをえなくなった。

 それでもあの戦いを乗り越えられたのは、リディアの召喚士としての力があったからだ。
 そしてそれをバッツを始めとする仲間が支え、ギルバートが村人達を鼓舞したからだった。
 でなければ、村は魔物に占拠され、村人達も死人くらいは出ていたに違いない。

「だから助けに行くんですよ。それが俺の仕事です」

 誇りを胸に秘め、ロイドが言う。
 それを見て、ギルバートは思わず呟いた」

「―――英雄とは人が成るものではなく、人が生み出すもの・・・か」
「? なんですか、それ?」
「古い詩の一節だよ」

 英雄とは人が何かを為して成るものではなく、大衆が英雄だと褒め称えるからこそ英雄となる――――――英雄とは大衆の幻想でしかないという意味だ。

 だが、ギルバートは別の意味で呟いた。
 即ち、英雄は一人の力で成るものではなく、それを助けるものあってこそ成るものなのだと。

「じゃあ、行こう」
「イエッサー!」

 トロイアの城の屋根よりも高く浮かび上がったところで、ロイドが舵輪を回す。
 くるり、と飛空艇がまた来た方角へと旋回した。

 そのまま、発進しようとした時―――

「待ってっ! わたしもいくっ!」

 飛空艇の下から、黒い影が飛び出した。
 黒チョコボのチョコに乗ったファスだ。
 チョコが甲板の上に降り立つと、ファスもチョコから降りる。

 それから、車椅子に乗ったギルバートと丁度同じ目線で尋ねる。

「せしるの所にいくんですよねっ? だ、だったらわたしも・・・」
「でもファス、君はセシルのことを信じているんじゃなかったのかい?」
「それとこれとは話が別ですっ」

 ぶんぶんぶんっ、とファスが首を横に振るう。

「せしるの事を信じてる信じてないは関係なくて、わたしがせしるの力になりたいだけ! どんな小さな事でも良いから、助けて上げたいの! だからお願いします、わたしも連れて行って!」

 必死で訴えかける少女を、ギルバートは微笑ましく見る。

(・・・最初は、あんなに怖がっていたのにな・・・)

 セシルを恐れていたファスなんて、最初から居なかったかのようだ。

(これがセシルの一番の “力” なのかもしれない)

 誰もがセシルのことを認める。信じている。
 けれど、それだけではなく自らもその力になろうと思う。

「セシル=ハーヴィか・・・」

 ふと、呟いた。
 ファスがきょとんとした様子でこちらを見る。

「不思議な男だね。誰もがその力を認めているのに、誰も彼を頼ろうとはしない。逆に、助けようと思わせるなんて」
「ドキハラなんスよ」

 飛空艇を操縦しながらロイドが言う。

「ドキハラ?」
「見てるとドキドキハラハラしてくるんですよ。つまり、それだけ危なっかしい」
「ガキみたいなモンだな」

 ギルガメッシュが口を挟む。ロイドが声を上げて笑った。

「はははっ! そりゃ上手い。確かに子供だ。見てて危なっかしい事ばっかりするし、そのくせ当人はケロリとしてる。おまけに理想は上限無しだ」
「理想って?」
「あの人は、いつも理想ばっか見てるんですよ。どんな状況だって、どうにかする方法があると信じてる―――どうにかなっちまうから、文句も言えませんが」
「そのくせいつも後悔ばかりだ。どんなに上手く行ったって、もっと良い方法があったはずだと」

 そう言って、リックモッドはロイドと二人して笑いあった。
 そんな二人を見て、おずおずとファスが言う。

「・・・せしるのこと、詳しい・・・・・・」

 ちょっとだけ嫉妬のようなものが混じった呟きに、二人は笑い声を止める。
 そして苦い顔をして見合わせた。

「だって・・・」
「・・・なあ?」
「軍の同僚として一番付き合い長いのが俺たちですしねえ」
「まあな、親友のカインだってずっと竜騎士団で、一緒の部隊じゃねえし」
「だから、隊長の無茶をいっつも見てたのが俺たちってことで」

 つまり、と二人は声を揃えて言う。

「「俺たち二人が “子守り” の一番の被害者ってこと」」

 示し合わせたような二人の言葉に、ファスはくすりと笑って。
 なにがおかしいんだい? と、ギルバートが尋ねると。

「だって、 “被害者” って言ってるくせに、なにか楽しそうだから・・・」
「ぷっ・・・」

 ファスの意見に、ギルバートは思わず噴き出した。
 堪えきれず、ファスも笑い出す。
 不意に笑い出した二人を、ロイドとリックモッドは何がおかしいのかと、首を傾げていた―――

 

 

 


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