第15章「信じる心」
M.「娘との再会」
main character:テラ
location:トロイア上空
魔法が発動した瞬間、空が歪んだ。
雲が捻れて千切れ、 “穴” が開く。
穴は見えざる神の手が強引に広げているかのように大きくなっていく。その穴の向こうには。「夜空!?」
「違う。あれは宇宙だ」ロックの言葉を、セリスが訂正する。
穴の向こうには宇宙の闇と、そこに瞬く星々のきらめきがあった。
それは段々と広がっていくと、やがては見上げた空一面に広がっていった。まだ明るいというのに、そらには夜空と見まごう宇宙が広がっている。妙な感覚だとロックは感じた。その宇宙の彼方から、なにか岩の塊のようなものが、こちらへと降りてこようとしている。
それも、無数に。力のない声で、セリスは続けた。
「時空魔法最強のメテオ・・・それは、時空を越えた遙か宇宙の彼方から、星屑を召喚して敵に叩き付ける最高範囲の攻撃魔法・・・」
そうこう言っているうちに岩の塊は、星の重力に惹かれ、加速し、隕石となって降り注ぐ!
「「どえええええええええええええっ!?」」
マッシュとロックが悲鳴を揃って上げた。
カインやヤンと言った、歴戦の戦士すらその迫力に唖然として、息を呑む。魔物達も自分らに向かってくる隕石に恐れおののき、悲鳴を上げて逃げまどう。
ローザに取り憑いていた魔物達も、我を忘れて逃げまどった。血まみれのローザが、ふらふらとアベルの上に降りたって、その場にへたり込む。「よ、よーやく・・・終わったの・・・ね」
「馬鹿な女。無茶のしすぎだ」たしなめるようにセリスが、ローザに言う。
自らの血で深紅に染まってはいるが、回復魔法の恩恵か、傷らしい傷はないようだった。
ただ、血を出し過ぎたせいで、死人のように青ざめてはいるが。「おいおいおいっ、やべえぞ! 俺たちも逃げねえと!」
喚くロックに、五月蠅そうにセリスが言った。
「案ずるな。味方には絶対に降りかからない」
「ほ、ほんとかよ・・・」半信半疑で、ロックは隕石の雨を見上げる。
キーーーーーーンと唸りを上げて降り注ぐ隕石は、しかしセリスの言うとおり、こちらをかすめもしない。
ただ、魔物達の押しつぶすようにして、地面へと落ちていく。
半分ほどは海に落ちて盛大な水柱を上げるが、もう半分は磁力の洞窟のあった島や、トロイアの本土へと落ちて、木々を潰し、小さなクレーターを作っていく。静止する自分たちの外でのあり得ない大騒ぎ。
もはや言葉もない。(・・・ダークドラゴンに、空飛ぶ塔・・・この短い間で色々と見てきたけど、これが極めつけだ)
隕石の振る日なんて、生きているうちに何度もあるものではないだろう。
そんなことを思いつつ、今まで数で圧倒していた魔物達が木の葉のように散っていく。と。
「やった・・・のか・・・・・・?」
弱々しい呟き声が聞こえた。
振り返れば、テラがアベルの背の上でうずくまっている。「じーさん!」
ロックが振り向いて、テラの身体を支えると、老いた賢者は力を失ったように身体を預ける。
「やったぜ! すっっっっげえ魔法だ! 魔物なんか、塵みたいに吹っ飛んでる!」
「そうか・・・・・・よかった・・・・・・」
「後は帰るだけだ。城で・・・ええと、ギルバートって言ったか? あいつも待ってる。伝えたい言葉があるんだろ?」ロックが早口でまくしたてる。
テラはゆっくりと微笑んで、「ああ・・・だが・・・それも叶いそうにない・・・・・・」
「馬鹿言うな! せっかくだから自分で言えよ!」
「ありがとう・・・」テラが礼を言う。
それを聞いて、ロックは一瞬息を詰まらせた。
何かを堪えるように唇を噛む。「なに・・・言ってんだよ。伝えたいのは俺たちにじゃないだろが!」
「お前達が生きている・・・・・・そのことだけで報われる・・・・・・アンナも・・・・・・・私も・・・・・・・だから―――」
「だからなんだってんだよ!?」
「ロック!」鋭い口調でマッシュが名を呼ぶ。
振り返ると、彼は静かに首を横に振った。「もう・・・」
マッシュの言いたいことは解っていた。
自分の手の中にある感触。
腕に感じる重み。
それは、 “死” の感触だ。「くっ・・・・・・そお・・・・・・」
泣くのを堪えようとするかのように、ロックは歯を食いしばる。
だが、その瞳の端には紛れもない涙がにじんでいた。「なにが、ありがとうだ・・・! こちとら、まだ借りを返してないっていうのによ・・・!」
ロックには―――ロックとセシルには、借りがあった。
ミシディアで、ミシディアの民との間に立って、仲裁してくれたのがテラだった。(ミシディアの時、このじーさんがいなけりゃ、セシルだって・・・)
テラが居たからこそ、セシルがすぐに殺されることもなかった。
殺されることが無かったにしても、今ここにこうしていることは叶わなかっただろう。(じーさんが諭してくれたからこそ、セシルだって “憎まれ役” をやめた―――・・・借りがあるんだ、俺たちは!)
だというのに、テラは死んでしまった。
これではもう借りを返すこともできない。「くそったれ・・・! どうして俺はいつも・・・・・・!」
悔しさを吐き捨てるロック。
「・・・うん?」
カインが、ふと気づいた。
「なにか・・・聞こえないか?」
カインが耳を澄ます―――と、確かに竪琴の奏でる音が聞こえてきた。
それは、悔やんでいるロックの胸元から―――
******
気がつくと、テラは光の満ちた空間に居た。
「ここは・・・?」
「ここはライフストリーム。終わってしまった生命が巡り、そしてまた新しい命として生まれるための場所」テラの疑問に応えるように、懐かしい女性の声が響く。
声のした方を振り向けば、そこには。「アンナ・・・」
「お久しぶり、お父さん」夢にまで見た娘の姿があった。
整然と変わらず、母親譲りの赤い髪。そして、見た者の心まで照らし出すような快活な笑顔を浮かべている。「そうか・・・迎えに来てくれたのだな」
感慨深げに言う。
娘に先立たれたのは、親として何よりも不幸だが、こうして迎えに来てくれるのならば、それはそれで良いものかもしれない。しかし、アンナは否定するように首を振る。
「ううん。お父さんはここまで。まだ、この先には行けない・・・」
「何故だ? 私は全ての力を使い果たしたはず。もはや生きる力は残っておらん!」
「本当はそうなるはずだった。お父さんが復讐のことしか考えずに、メテオを使えばそうなるはずだった」でもね、とアンナは続ける。
「お父さんは純粋に皆を助けるためにメテオを使おうとした―――本来なら、それはあり得ない事。だって、復讐心という強い負の力で心を満たさなければ、封印を破ってメテオを使うことは出来なかった」
「しかし、メテオは発動した」
「それは私が手を貸したから。―――本当はね、手を貸す気なんてなかった。こうして姿を現すことを。だって、お父さんの手に入れた力は私の望まない力だったから」
「しかし、私はお前のために・・・」復讐のために手に入れた力。
そんな力を娘は望まないと、解ってもいたし、言われもした。
だが、こうして娘本人から言われると、言い訳せずには居られなかった。「私のためだとしても―――ううん、私のためだからなおさらいやだった。だって、そうでしょう? 私のため、ということは、お父さんは私のために死のうとしたんだよ? 子供が不幸になることを望む親が居ないように、親が不幸になることを望む子供もいない!」
「う・・・・・・」テラは反論できなかった。
以前ならば、我を通したかもしれない。
だが、今ならば解る。復讐に目を眩むことが、どれだけ愚かなことなのかを。「すまなんだ・・・」
「うん。お父さんは解ってくれた。だから私は今、嬉しいよ」
「すまない・・・・・・」
「いいよ、謝らなくて。私はお父さんが解ってくれたことだけで、それだけで良いんだから」
「そうではない」テラは娘の顔を見ることが出来なかった。
情けないと思いつつも、顔を前に向けられない。「・・・ギルバートのことだ。あ奴とのことを認められなくて、すまなかった。もしも私が素直に認めていれば、お前は―――・・・」
「そのことも含めて、だよ」
「アンナ・・・」
「私と、ギルバートのことを認めてくれるんだよね?」
「ああ。あの男ならばお前を任せられる―――任さることができたはずだった・・・」苦い後悔を噛み締めながら、テラは頷く。
「ありがとう、お父さん・・・」
ふと、アンナの声が遠くなった気がした。
その事に気がついて、テラははっと娘を見る。
見れば、いつの間にかアンナの姿は段々と遠くなっていた。「アンナ、どこへ・・・!?」
「私はもう行かなきゃ・・・ギルバートによろしくね・・・・・・」
「待て! 待ってくれ! 私も一緒に連れて行ってくれ!」テラが追い掛けようと手を伸ばす―――だが、何故か前に進めない。
そうこうしているうちに、娘の姿は遠く小さくなっていく。「一緒にはいけないよ」
「何故だッ」
「だって・・・聞こえるでしょう? あの曲が」
「曲・・・?」ポロン・・・♪ ポロロン・・・♪
耳を澄ますと、静かな穏やかな竪琴の曲が聞こえてきた。
聞き覚えのある音色。
アストスやスカルミリョーネと戦った時にも流れていた曲だ。(これは・・・あの男の・・・!)
テラが知る、勇敢な男が奏でる曲。
剣や魔法を使えないギルバートは、この “曲” で勇敢に戦っていた。(呼んでいる・・・のか? 私を?)
この曲がテラの魂を現世へと引き戻そうとしている。
その事を感じると、次第にテラは “こちら側” へと引き寄せられていくのを感じた。それとともに、自分を呼ぶ仲間の声が聞こえた。
「まだ・・・私は生きることが出来るのか・・・?」
呟く。
後ろを振り返るが、すでにそこにアンナの姿はなかった。
誰も、テラの呟きには応えない。だから、テラは決意を固めると、短く呟く。
「すまない」
その謝罪は、すでに消えてしまった娘への謝罪。
「私はまだゴルベーザを倒してはいない。アンナの仇を討つまで、死ぬわけにはいかん・・・」
テラの中から復讐心は消え去ったわけではない。
娘を殺した相手を憎む気持ちはある。
だが、それだけに捕われているわけではなかった。「そして、生きられるならば・・・まだこんな私にも生きる意味があるというのなら、もう少し生きたいと思う。だからそれまでは―――」
(そうして、私がまたこの場所を訪れた時、アンナは今度こそ迎えてくれるだろうか―――・・・)
最後の想いは外には出さずに。
テラは、現世へと意識を向ける。
その瞬間、彼の意識は光に包まれた―――