第15章「信じる心」
L.「望んだ力」
main character:テラ
location:トロイア上空

 

 

 ゾットの塔が “消え去り” 、飛竜と合流したカインが仲間達を空中で拾い上げるのを見て、嘆息する。
 驚いた、というよりはむしろ呆れるように。

「・・・けっこーしぶといわね」

 驚いていないのはおそらく期待していたせいだろうと思う。
 自分の “友人” が助かることを期待していたのだろう。
 だからといって、自分の主の意に背こうとは考えない。

 周りにはゴルベーザが集め、ダークフォースの力によって使役した魔物の群れがいる。
 いかな最強の竜騎士とはいえ、仲間達を抱えた状態ではこの包囲を突破することは敵わないだろう。

「今度こそ、さようならね―――」

 彼女の瞳には、カインとローザ、それから力尽きたまま動かないセリスの姿があった。

 しばしの間だ、感傷に浸る。
 やがて、バルバリシアは手を振り上げると、その指先を飛竜に向けた。
 それを合図として、魔物達が、カインたちに殺到する!

 

 

******

 

 

「はああっ!」

 翼生やした巨大な頭だけの魔物を、カインの振り回した槍がはじき飛ばす。
 弾かれた魔物は、別の鳥型の魔物を巻き込んで落ちていく―――がその向こうから、倍の数の魔物達が迫ってくる。

「ちいっ!」

 舌打ち1つして、カインは槍を無造作に振り回す。
 その牽制に、魔物達が怯んだ。
 怯んだ魔物の一匹の目に、ナイフが突き刺さる。

「GYUUUUU!」

 悲鳴を漏らしながら、魔物が落ちていく。
 と、その目からナイフが抜けて、ロックの手元へと戻る。ナイフの絵には、細いロープが巻き付けてあった。

「貧乏くさいな」
「うっせ。こうでもしとかないと、すぐになくなっちまうだろ!」

 かさばってしまうナイフは、そうそう大量には持ち歩けない。
 今使っている他には、予備のナイフが1つだけだ。ちなみに磁力の洞窟で使っていたナイフは、すでに捨ててしまった。

「うおおおおおおおおっ!」

 カインとロックの背後では、ヤンとマッシュが奮闘していた。

 

 オーラキャノン

 

 迫る魔物達を、マッシュの “飛び道具” が撃ち落とし、漏らした敵は尻尾にしがみついたヤンが、尻尾の動きにあわせ、巧みに蹴りを放って迎撃する。
 二人一組の連携によって、上手い具合に魔物達を迎撃していた―――が、それでも限界はある。

「しまった!」

 カインの槍から逃れた、鳥型の魔物―――コカトリスが、無防備に魔法詠唱しているテラに襲いかかる。
 ロックのナイフも間に合わない。
 その嘴が、テラの頭を貫こうとした瞬間―――

「きゃあっ!」

 その前にローザが立ちはだかり、その胸で鋭い嘴を受け止める。

「ローザっ!」

 テラは守られたが、華奢なローザの身体は軽々と吹っ飛び、カインが手を伸ばすが届かない。
 そのまま、ローザは飛竜の下へと落ちていく―――

「アベル、下に―――ちいいいっ!」

 ローザを救おうと、アベルを向かわせようとするが、魔物達が迫りどうすることも出来ない。
 魔物達を撃退しているうちに、ローザは遙か真下へと落ちて―――

「はあ・・・死ぬかと思ったわ」

 ―――落ちていなかった。

「・・・亡霊か!?」

 カインのすぐ隣りにふよふよと浮かんでいるローザを見て、カインが葬式の時に死者を送る印をきる。
 それを見たローザは、胸を血で真っ赤に染めたまま、不機嫌そうに口を尖らせた。

「なあに、それ。勝手に人を殺さないで!」
「いや、というか・・・生きているのか? 嘴が胸に突き刺さって、しかも落ちたはずなのに―――」
「白魔法には浮遊の魔法があるのよ!」

 それはカインも知っていた。
 バロンでは、その魔法で逃げられたのだから。

「回復魔法を唱えながらおじーさんを庇ったの。吹っ飛ばされたのは予定外だったけど、そこは慌てず騒がずレビテトよ♪」
「なら早く戻れ! その魔法、長くは続かないだろう!」
「おじいさんが魔法を唱え終わるまでは持つわよ」

 そう笑って、ローザはアベルから離れた。

「おい!?」
「私はこのまま囮になるわ」
「囮って・・・死ぬ気か!?」
「だいじょーぶっ! 即死しなければ回復魔法があるから―――」

 早速、魔物達が一人離れたローザに群がる。
 ローザは言葉を止め、代わりに魔法詠唱を早口で行う。

“悪しきを防ぐは光の盾・・・我が身を護るは輝きの鎧―――” 『プロテス』!」

 防護魔法がローザを覆う。
 そこに、魔物達の爪や牙が伸び、ローザの白い肌を引き裂き、心臓をえぐり出そうとする。
 魔法の力に守られると言っても、完璧ではない。防護の力を貫いて、次第にローザの身体が傷ついていく―――が。

「『ケアルラ』!」

 痛みを堪えながら、回復魔法を己にかける。
 癒しの光がローザを包み込み、傷を癒す。その光に目が眩んだのか、怯んだように魔物たちが攻撃の手を休めた。

 ローザの姿は深紅に染まっていた。
 身に着けている白魔道士のローブは、その殆どが自分の血に濡れている。
 傷は癒えたとはいえ、外に出た血が体内に戻るわけではない。
 明らかに血の足りない、真っ青な表情で、ローザは微笑む。

「まだよ・・・」

 その微笑みは限りなく美しかった。
 ローザの顔など見慣れているはずのカインでさえ、思わず見とれてしまうほどの美しさ、と同時に凄烈さをも感じさせる微笑みだ。

「セシルの感じた痛みはこんなもんじゃないんだから・・・!」

 ローザは悔やんでいた。
 セシルを傷つけてしまったことを。
 自分のことを、セシルが解ってくれているかどうか―――それを確かめるためだけに、セシルを傷つけてしまったことを悔やんでいた。

(私の、嘘つき)

 セシルの傍にいたい。愛が欲しいわけじゃない。ただ、セシルのそばにずっと居たい。
 ただ、それだけを願っていたはずなのに。見返りなんか求めていなかったはずなのに。

(セシルが私のことをどう思っていようと構わないはずじゃなかったの、ローザ? 一緒にいること以上のことを望まない―――ファブールでそう言ったはずなのに)

 でも、望んでしまった。
 その結果、セシルを傷つけてしまった。

 セシルは絶対にローザを恨んだりしないだろう。
 それどころか、助けられなかったことを悔やむに違いない。
 そんなこと、考えるまでもなく解る。解っている!

(解っていたはずでしょう! セシルが私のことを “解ってくれている” ことなんて!)

 それはセリスが怒った時のことだ。
 ローザの身柄と引き替えのはずの風のクリスタルを、セシルは取引しようとはせずに、ファイブルへと運ぼうとした。
 それを聞いた時、ローザは哀しみも失望も感じなかった。
 むしろ嬉しかった。セシルは解ってくれたのだと。セシルの枷にはなりたくないというローザの気持ちを解ってくれたのだと。

 けれど、その一方で直感していた。セシルは私を助けに来てくれるのだと。
 理由も根拠もない。あるとすれば、セシルだから、という理由になっていない理由だが。

 だが、今までもずっとそうだった。
 幼い頃、父に恨みを持った没落貴族に誘拐された時も。カイポの村で熱病に倒れた時も。
 いつだってセシルが来てくれた。くじけそうなとき、駄目だと思った時、セシルが居てくれた。

(解っていたはずなのに・・・・・・)

 解っていたから、逆に、その証明が欲しかったのかもしれない。
 証明は得られた。
 その代償として、愛する人を傷つけてしまった―――それは、ローザにとって何よりも許せないことだ。

 だから。

「こんなことじゃ罪を償うなんて出来ない―――でも、こんなことしかできないから・・・!」

 迫る魔物達を怯むことなくにらみ返して、ローザは魔法の詠唱を口ずさんだ―――

 

 

******

 

 

 ローザが囮となって敵を引き付け、カインとロック、ヤンとマッシュが敵を迎撃する中。
 テラは、大魔法を唱えることに全てを集中させていた。

“彼方に漂いし過去の残滓―――”

 手には愛用のロッドと、試練の山で受け取った “石版” の欠片。

“隔たれし永遠の狭間―――”

 テラの詠唱と、魔力に石版が共鳴する。
 そして、共鳴するたびに自分の中から力が抜けていくのがはっきりと解る。

(く・・・・・・力が、足りぬか!? これが・・・禁じられた魔法メテオ・・・・・・!)

 テラの中から魔力はすでに尽きていた。
 足りない分は、命の灯火を注ぎ込んで居る―――が、それでも足らないと解る。

(踏ん張れ・・・! 仲間達が戦っておる! ここで戦うこと敵わねば、私の存在する意味など・・・ない!)

 血が滲むほど歯を食いしばる―――だが、どんなにしても圧倒的に足りない。
 ふと、試練の山で言われたことを思い出す。

 

 『テラが手にした力は所詮、“諦め” の力に過ぎない。
 そして、テラの娘が望まぬ力でもある―――そのことを知りながら、それでも命と引き替えに出来るという覚悟がなければ、その魔法は発動しない。
 ただテラの命が失われるだけ。うん』

 

 あの時には確かに覚悟があった。
 娘が望むと望むまいと、必ず復讐をやりとげるという覚悟が。

 あの時の覚悟は、今はない。
 今、テラの中にあるのは復讐だけではない。
 ただ、純粋に仲間達を救いたいという想い。

 確かに、言われた覚悟とは違う―――が、その時以上の覚悟があると確信できる。
 それなのに、力が足りないのは。

(やはり、覚悟が足りないということなのか・・・!)

 復讐に心が染まっていた時は、自分がどうなろうと構わないと思っていた。
 しかし今は、出来ることならば仲間達とともに行きたいと思っている自分がいる。
 なによりも、 “あの男” に伝えたい言葉がある。

(アンナの復讐を誓っておきながら、仲間達がくれた心地よさに逃げてしまった―――そんな弱い心では、扱えぬということか・・・)

 絶望に、心がくじける。
 石版を握る手から力が抜けて、ポロリ、と石版が下に落ちる。
 それは、竜の背中でバウンドして、そのまま地面へと落ちていき―――・・・・・・

 

 ―――そんなこと、ないよ。

 

 落ちていくはずの石版が、止まった。
 石版は、そのまま浮かび上がるとテラの目の前まで飛び上がる。

「な・・・に・・・」

 

 ―――そんなことない。お父さんは弱くなんてない。

 

  “誰か” が石版を持っていた。

 

 ―――これは私が望んだお父さんの力じゃない。でも、今は私が望むように使おうとしてくれている。

 

  “彼女” が石版をテラへと差し出す。テラはそれを受け取った。

 

 ―――私が望むのは過去の復讐なんかじゃない。未来へと想いを繋げること。

 

 石版を胸に抱きしめ、テラは泣いた。
 泣きながら頷く。
 そんなテラの後ろに “彼女” は回り込んで、肩を抱く。

 

 ―――私も手伝うから・・・だから、頑張ろう。ね、お父さん。

 

(力が・・・戻ってきおった!)

  “彼女” から力が流れてくる。
 それを感じ、テラは石版とロッドを握る手に力を込める。

“―――過ぎ去りし、あまねく罪と罰の欠片達”

 

 不思議なことに、脱力感は感じなかった。
 魔法に力を注ぎ込んだ分、力が沸き上がってくる。

 

 “―――いまこそ時は来た”

 

 “娘” の声が重なる。
 まるで破壊の魔法を唱えているという様子ではない。
 二人で声を揃えて歌を歌うように、気負いなど全くない。

 

“―――許されざる者達の頭上に”

 

 ―――ピキッ。
 テラが手にする石版の欠片にヒビが入った。

 

 “―――星砕け降り注げ”

 

 そして詠唱が完結する。

 

「『メテオ』!」

 

 魔法の名を唱えた瞬間、石版が粉々に砕け散る。
 そして、魔法が発動する―――

 


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