第15章「信じる心」
K.「後悔」
main character:ロック=コール
location:ゾットの塔
「・・・気を失っているだけみたいだな」
カインがセシルの様子を伺って、ローザの方を見ながら言う。
「また失敗したのか?」
「失礼よ、カイン! 今回は大成功だったわ!」
「妾の力あってこそだがな」エニシェルが付け足す。
「もう一回、魔法は使えないのか?」
ヤンが尋ねると、エニシェルは首を振った。
「あまりやりたくはないのう。こいつの白魔法を制御するのは、妾でも難しい―――このまま安静にしておいた方が無難じゃな」
「それならば私が」と、テラが前に出て魔法を詠唱―――しかけたその時。
『―――賭けは貴方達の勝ちのようね』
「この声は・・・バルバリシアか!」虚空からバリバリシアの声が響いた。
カインが槍を構え、油断無く周囲を見回すが、彼女の姿は見えない。『そんなに身構える必要はないわ。約束通りここで貴方達と戦う気はないから』
そう、バルバリシアが言った途端。
「なにを企んでいやがる!」
ロックが叫ぶ。
何故か、焦ったように周囲を見回している。なにかを強く警戒するように。
ロックの異常な反応に、マッシュが声をかけた。「どうしたんだよ?」
「解るんだよ! なんとなく・・・なんか、ヤバイ・・・」
「ヤバイって・・・なにが?」
「ちっ! 姿を見せろよッ!」マッシュの問いに応えることなく、ロックは姿の見えないバルバリシアに向かって叫ぶ。
と、返事が返ってきた。『あら・・・カンの良いコが居るのね』
「どういう意味だ?」
『フフ・・・・・・こういうことよ、カイン・・・』カインが問い返すと、バルバリシアは静かに笑って―――
ごうんっ。
いきなり、激しい音が響いて、塔が揺れる。
「きゃああっ!」
「うわあああっ!?」
「ぬううっ!?」
「く・・・っ」全員、悲鳴を上げてその場に倒れる。
塔の激しい揺れに立っていられない。『勿体ないけど、この塔を落とすことにしたの。只今、絶賛落下中よ?』
「なっ・・・」
「くっ、脱出を―――ぬうっ!」ヤンが声を上げるが、揺れのせいで立ち上がることもままならない。
「やべっ、このままじゃ―――」
「まっかせなさいっ!」元気よく声を上げたのは、セシルにしがみついているローザだった。
そのあまりにも元気良すぎる台詞に、カインは戦慄を覚える。「ま、待て、止めろ落ち着け―――」
カインが制止の声を上げるが、しかしすでにローザは無視すると、セシルから離れ、揺れの中を這うようにして、自分が拘束されていた椅子まで辿り着く。
その椅子の後ろに手をやると、そこからファブールで手にした “賢者の杖” が握られていた。「ふっふっふ・・・バルバリシアがここに入れたのを、ちゃーんと覚えていたんだから。わたしっ、エライっ!」
自画自賛してから、揺れの中で杖を頼りに立ち上がり、魔法詠唱を開始する!
「だ、誰かローザを止めろッ! 死ぬぞッ!」
「気持ちは解るが・・・この場は賭けてみるしかなかろう」そう言ったのはエニシェルだった。
この揺れでは満足に逃げることも出来ない。
テラが魔法を使おうにも、老いた身体ではこの揺れに耐えることで精一杯だった。「しかし・・・ッ! 俺はずっとセシルがローザの白魔法で酷い目にあうのを見続けて来たんだ! あんな悲惨な目に逢うくらいなら、死んだ方がマシだああああっ!」
普段のクールさをかなぐり捨てて、カインが喚く。
されど無様という無かれ。嫌だと喚いているこの男、実は親友が “酷い目” に逢い続ける中、常にのらりくらりと回避して、蚊帳の外で見物していた。
つまり、今この瞬間が、カインにとっての初体験だったりするのだ。
恐怖を体験したことがあれば慣れることも耐えることもできるだろう。だが、それを見物しかしていなかったカインには、ローザの白魔法はとんでもなく怖ろしいもの―――それこそ死んだ方がマシなものだと思い込んでしまっていた。「観念しろ―――大丈夫だ、死ぬのは一瞬だからな」
「一瞬じゃない苦しみだから嫌だと言っているんだッ」などとカインが喚いている隙に。
ローザの魔法が完成する。「いっくわよーっ! 『テレポ』!」
賢者の石から眩しい光が放たれ、その場の全員の視界を真っ白に埋め尽くす。
白い光が身体の中まで浸透するような錯覚を感じ、カインの五感は消失した―――
******
「んあ?」
ふと、ロックが気がつくと。
雲が下から上へと流れていた。「おちてるううううううううううううううううううううううっ!」
喚く。
ローザの魔法の効果なのか、いつの間にか塔の外に出ていた。
ただし雲と同じくらいの高度の空中に。周囲に塔の姿は見えない。
ただ、空が上へと流れていくだけ。下を見れば磁力の洞窟があった島が見えた。
島に生い茂る森の姿がぐんぐんと大きくなっていく。「おちるっ、しぬっ、たすけてええええええええええええええええっ!」
「うるさいっ!」喚くロックの腕を誰かが掴んだ。
引っ張られ、腕が伸びる。「痛ぇっ!」
「うるさいと言った!」文句が頭の上から降ってきて、見上げればカインがロックの腕を掴んでいた。
そのカインは、何かに乗っている。「シャギャーッ」
「りゅ、竜!?」
「飛竜―――俺のもう一つの親友、アベルだ」愛竜にまたがり、カインは誇らしげに紹介する。
だが、すぐに顔をしかめて。「しかし重いな貴様。一体、どれだけ体重が―――」
問いかけて、気がついた。
ロックがもう一つの腕で、誰かを掴んでいることに。「セリス・・・」
「重くて、悪かったな」ロックに腕を掴まれ、項垂れたまま不機嫌そうに言うセリス。
テレポが発動する直前、ロックは反射的に倒れたままのセリスに飛びついていた。
考えての行動ではない。だから、自分でもどうしてなのか―――本来は “敵” であるはずの彼女を助けてしまったのか解らない。(・・・あ、バンダナか。そーいやバンダナ返して貰わなきゃいけないしな)
とりあえず “理由” を見つけて納得する。
「とにかくあがれ。この体勢は結構、辛い」
「無茶言うな。これでどうやってあがれっていうんだよ!」片方の手はカインに掴まれ、もう片方はセリスを掴んでいる。
動きようのない状態だ。「このままゆっくり地面まで降りるとか―――」
「そんな余裕はない!」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」ロックが叫ぶと、カインとは別の手がロックの腕を掴む。
「引き上げるぞ! しっかり掴んでろ!」
ヤンだ。
カインと二人で、ロックとセリスを竜の背の上に引き上げる。「て〜〜〜〜・・・」
引っ張られて、だるくなった腕を振る。
「これで、全員か」
ヤンの言うとおり、アベルの背の上には先程の場にいた全員が集まっていた。
広い飛竜の背とはいえ、さすがに8人は狭すぎる。
カインが肩でセシルを半分担いだ状態で、それをセリスが支えていたり、マッシュなどはアベルの尻尾に捕まっている状態だ。ちなみにエニシェルの姿はない。いつものように、消えてしまっている。「つーか、いきなり塔の外に投げ出されるとは思わなかったなー」
はー、とロックが息を吐く。
「そういえば、塔はどうしたんだ? やっぱり―――」
周囲を見回しながら、「落ちたのか?」と問おうとして。
ロックは言葉を失った。「な・・・な・・・な・・・!?」
アベルの周囲。
青い空と白い雲。それから緑の森が見えるはずの風景は、半分以上が “別のモノ” に浸食されていた。「言っただろう。余裕はないと」
淡々とカインが告げる。
アベルに乗ったカイン達の周囲を、風景を埋め尽くすほどに異形の怪物達が取り囲んでいた。魔物。
かつては世界で一番魔物の数が多いとされていたフォールス。
近年、セシルが指揮する大作戦で激減したはずの魔物達。
そのフォールス中の魔物を集めたとしか思えないような数。それが、この場に集まっている。「おかしいとは思っていた」
ぽつりとカインが呟く。
「ゴルベーザがあっさりとバロンを手放した理由―――ゾットの塔があるからだと思っていたが」
「奥の手、があったというわけかよ」カインの言葉を継ぐようにして、ロックが苦々しく呟く。
「どうするよ? 数の差は絶望的。セシルも気を失ったまま。しかも空中―――どうしようもないぜ、こいつは」
「俺とアベルだけならどうとでもなるがな」フォールス最強の竜騎士は自慢するでもなく言う。
「だが、お荷物を抱えていては流石に―――お前に同感だ。どうしようもない」
「どうするんだよ?」
「薄い場所を狙って突破する―――それしかない」
「逃げ切れるか?」ロックの問いに、カインは首を横に振る。
先も言ったように、カインとアベルだけならどうとでもなる。並みの魔物ではアベルの速度には追いつけないし、人竜一体となったカインの槍の前には、どんな魔物も歯が立たない。
だが、背中に8人も乗せていれば、いかな飛竜だとて速度が落ちる。
カインも、セシルを背負っていたら槍を満足に扱えない。「私の魔法で―――」
「お主はあまり魔法をつかわないほうが良いな」言いかけたローザを、誰よりも早くテラが遮る。
「先程の魔法。たまたま上手く行ったから良かったものの、下手をすれば全員次元の狭間送りだ」
「げー」ロックが呻く。
次元の狭間、というのは聞き覚えがあった。磁力の洞窟で、アストスを叩き込んだ場所だ。ダークエルフの王だからこそ舞い戻れたが、普通の人間ならばまず戻ってくることは敵わないとか。「つか、アンタが居たじゃないか! なんかすげえ魔法でどっかーんってできないのか?」
ロックの言葉が抽象的なのは、彼が魔法に関して疎いからだった。
だが、テラはそんなロックの言葉に苦笑して頷く。「あるぞ。とっておきのがな」
「お。言ってみるモンだな。じゃあ、早速頼むぜ―――」言ってから、気がついた。
「おい・・・」
ごくりと、無意識に唾を飲み込む。
今、この場に居る中で、ロックだけが知っていた。
「ならば “メテオ” を私に与えてくれるというのか!」
「うん」リリスはあっさり頷くと、そっと手を挙げる。
すると、そのリリスの手の中に、石の塊が現れた。なにか、板のような石の破片にテラは見えた。「それは・・・?」
「うん。これはメテオを封じた封印のカケラ。これを持てば、たった一度だけメテオを使う権限を得る」
「って、あっさりすぎねえか!? そんなんでいいのかよ!?」思わずロックが声を上げる。
だが、リリスは悲しそうに首を横に振って。「うん・・・でも、これは試練でもある。うん」
「試練、だと・・・? それはどういうことだ・・・?」
「その魔法は強力すぎる。年老いたテラの身体では絶えられず、魔法の発動と同時に死んでしまう・・・」
「アンタ・・・まさか―――」
目を見開いて凝視するロックに、テラは優しく微笑んだ。
「礼を言うぞ、ロック―――それからセシルにもな」
気絶しているセシルに目を向け、テラは心の中で思う。
(バロンに居るクラウド、パロムとポロム―――それから、あの男にも・・・)
最後に浮かんだのは、もしかしたら自分の “息子” にもなったかもしれない青年。
娘を奪い去った憎き青年は、しかし愛する者を失いながらも、復讐に歪まずに真っ直ぐに戦う勇者として再会した。(・・・アンナは間違ってはおらんかった。間違っていたのは―――)
もしもギルバートとの結婚を許していれば、娘は家を飛び出さなかったかもしれない。
そうすれば、赤い翼の爆撃に巻き込まれて、命を失うことも無かった。(間違っていたのはこの私。アンナを殺したのはこの私だ―――)
以前ならば、絶対に認めることはできなかった。
けれど、今は後悔とともに認めることが出来る。「早まったことは考えるなよ!」
ロックが叫ぶ。
だが、テラは首を横に振った。「そうではない。今の私には覚悟があるだけだ―――今こそ解る。私はこの時のために、メテオを授かったのだと!」
「テラ!」
「時間を稼いでくれ。禁忌とされた大魔法だ。発動には時間がかかる」テラの言葉に、カインが頷いた。
「何をするか知らんが―――魔法1つ唱える時間くらいは、耐えてみせるさ!」
片手で槍を器用に振り回し、魔物達に備える。
ヤンも、尻尾にしがみついているマッシュに手を伸ばし。「代われ。私はお前みたいに、飛び道具を持っていない。こんな状態では風神脚もつかえんしな」
「おう。任せろよ!」マッシュが飛竜の背にあがり、代わりにヤンが尻尾にしがみつく。
「弓と矢があれば・・・」
ローザが残念そうに呟く。
ロックもナイフを手に取る。
彼自身解っていた。自分で言ったとおり、このどうしようもない状況「なんかすげえ魔法でどっかーん」としなければ、どうにもならないと。
そしてテラの覚悟が最早止めることはできないくらいに強いと。だが、そうと解りながらもロックは言う。
「死ぬなよ、じいさん」
「―――あの男に会ったらいっといてくれ。 “すまなかった” と」
「・・・・・・わかった、伝えとく」ロックは奥歯を噛み締め頷くと、周囲の魔物達に向き直る。
そして、そのロックの背後でテラが詠唱開始して―――「来るぞ!」
それを合図としたかのように、魔物達が殺到した!