第15章「信じる心」
H.「速さと技」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ゾットの塔

 

 きぃいんっ!

 セリスの剣とセシルの剣が打ち合わさり、耳障りな金属音が響く。

 隙なく止まる事なく振るわれる剣。
 セリスの剣技は、速さと技を主眼においている。もっとも、女性戦士の殆どはそうなってしまうのだが。
 筋力が男性よりも低い女剣士は、力では男には敵わない。となれば、女性の方が優れている “速さ” で勝負するしかないからだ。

 セシルは女性と剣を交えたことはほとんど無い。

(というかミストの村でセリスと戦ったのが初めてだったんじゃないか?)

 基本的に、フォールスは男性社会である。
 そのため、女性が剣を戦うといった事例は極々僅かだ。
 バロンでは皆無であるし、ファブールやエブラーナでも女モンクや女忍者―――くの一は居ることにはいるが、男女比率で言えば、男100に対して一人居るか居ないかだ。ダムシアンでは、フライヤのように外の地域の女戦士を傭兵として雇い入れることもあるが、その程度だ。

 つまり、セシルは女性との戦闘経験がほとんど無いと言うことだった。
 相手が女性だからやりにくいとかそう言うことではないが、 “速さと技の剣技” というものをセシルは知らない。
 セリスと剣を交えて初めて気がついたが、今までに出会った強敵達の中に “速さと技” を武器とした相手は居なかった。カインは力と速さ、オーディン王は力と技、バッツの身のこなしは速さと技と言えようが、その剣技は拙い。

 むしろ速さと技の剣技を使うのはセシル自身だった。
 つまり、フォールスでセシルと同じ剣技で、セシルと同等以上の相手が居なかったということだ。
 それが、今目の前にある。
 なんとか受け流してはいるが、それが精一杯で反撃に移ることができない。

(美しいな・・・)

 一瞬、思考の隅でそんな感想がよぎる。
 セリスの振るう剣技は、今までにセシルが見たどんな剣技よりも美しかった。
 ただ速いだけでなく、小手先の技ではなく。
 空気を切り裂かんとするような高速剣が乱舞する。同じ剣技、と言ったがセシルの剣の速度はセリスのそれには及ばない。全力で振り回せば、同じくらいの速さには至るだろうが、一撃振るえば体勢が崩れて二撃目は振えないだろう。
 しかし、セリスは高速剣を技で制御していた。目の前を通り過ぎた斬撃の線が残像となって目に映る、その残像が消えないうちに、それと交差するように次撃が来る。

 それはバッツの “無拍子” に似ているようにセシルには思った。
 1つの動作を終えた後に生まれてしまう “隙” を、技で消している。もっとも、似ているのはそこだけで、バッツは身のこなしだけで剣技は全然駄目で、かつバッツはおそらく理解せずに本能的にこなしているのだろう。
 逆に、セリスの剣技は技というものを理解している。だからかバッツの無拍子に比べれば、剣を返す時に若干 “タメ” が生まれている。それは隙と呼ぶほどのものではないが、それがあるからこそセシルは何とか受け流すことができている。

(ちっ・・・やりにくい・・・)

 一方的に攻めているはずのセリスも、心の中で舌打ちする。
 一見セリスが完全に押しているようにも見えるが、どれも決定打に欠ける。
 どんなに速さを増しても、どんなに技を駆使しても、セシルはそれを受け止め、受け流してしまう。

 セシル同様、セリスも自分と同質同等の剣の使い手と戦うのは初めてだった。
 ガストラで、セリスと互角以上に戦えるのは同じ将軍のレオ=クリストフだけで、彼は紛れもなくパワーファイターだった。三将軍のもう一人、ケフカは戦いは不向きであり、その “最高傑作” であるティナ=ブランフォードとは剣を交えたことはなかった。

(私の速さがセシルの技に抑え込まれている・・・か)

 剣の速さはセリスの方が上だった。
 しかし、 “技” においてはセシルに分があるようだった。

 どんなに高速剣を駆使しても、どんなに連撃をはなっても、どんなにフェイントを使っても、セシルはそれを受け流す。
 全てセシルの “隙” ―――来ると解っていても防げないはずの攻撃のはずだが、セリスの速さよりも劣るセシルの剣は、そこへ追いついて受け止める。
 それがセシルの “技” だった。
 速さの差を、剣の動きを最適化することで縮め、かつどんな状態で受け止めても体勢を崩さずに受け流す―――バロンでバッツと戦った時も互角に持ち込めたのは、この技術があったからこそだ。

 セシルとセリスの戦いは完全に拮抗していた。
 ミストの時は、互いに相手の実力と性質を把握していなかった。
 だからセシルは速攻で攻めて、意表を突くことが出来、セリスもまた反対に隙を突くことができた。
 結果、勝負は早々に決着がついた。

 しかし今は違う。互いに警戒しながら剣を振るい、受け止めている。
 二人ともまだ本気を出していない―――いや、出せない。
 先に “切り札” を切った方が負けると、直感的にわかっていたからだ。

 

 

******

 

 

「すげえ・・・」

 壁に映る戦いの映像をみて、手に汗握り呟いたのはマッシュだった。
 正直なところ、マッシュはセシルとセリスの二人を見くびっていた。
 シクズス出身であるマッシュは、セリスの事も当然知っている。実際に会ったことはないが、耳にしたことはある。その力の程も。

 だが、セシルもセリスも “NO.2” だった。
 上にカイン=ハイウィンドとレオ=クリストフという強者が居ることを知っていた。
 総合的な評価はともかく、こと強さに関しては、二人の存在はNO.1の前に霞んでいた―――ついさっきまでは。

 映像で戦う二人の強さは、マッシュにはっきりと感じ取れた。
 距離を置いて見てすら、なお霞むほどの高速剣を連続で繰り出し、それを1つも間違うことなく受け流す。
 速さが技を生み、技が速さを生む。
  “剣技” というものの理想型の1つが、映像の向こう側で戦っている二人の姿だった。

 マッシュはバロンでもセシルの剣は見ている。
 バッツとの “茶番” 時だ。
 あの時の剣技も見事だったが、今ほど鮮烈には感じなかった。それはきっと、真剣勝負ではなかったからだろう。どんなに見事な殺陣であろうとも、演技である以上、格好は付くが迫力は感じられない。

 しかし今は違う。
 倒すか倒されるか、死ぬか殺すか。二度目はない、間違った時点で終わってしまう、真剣勝負。
 そして嫌でも解ってしまう。セシルたちと自分の差を。
 マッシュが二人のどちらかと戦ったとしても、敵わないだろう。力だけならマッシュの方が遙かに上だ。ラッキーヒットでもなんでも、その渾身の一撃が当たれば相手は立ち上がれない。
 だが、哀しいほどに感じ取っていた。磨き抜かれた技の前には、マッシュの愚鈍な力など通用しまいと。ラッキーですら起こることは無いだろうと。

(未熟だ・・・)

 唇を噛み、拳をぎゅうっと握りしめる。
 自分の未熟加減が悔しく感じ、それを理解して尚更情けなくなる。
 師匠の必殺技の1つを使えるようになり、少しは強くなったと思っていた。

 ―――錯覚だった。

 セシルもセリスもマッシュよりも年下だ。だというのに、この力の差はなんなのだろうか。

「・・・驚くのが早すぎるな」

 冷めた口調で―――というより呆れたようにカインが息を漏らす。

「まだ二人も全力を出し切っていない」
「あれで本気じゃないのかよ?」
「いや、本気だ。剣はな―――だが、あれがあいつらの全てじゃあない」

 そう言ってカインは映像の中のセリスを見る。

「そろそろ来るぞ―――」

 

 

******

 

 

 戦いを見ているカインの予想に応えた―――というわけではないだろうが、セリスは剣を振るいながら早口で何事か呟く。
 それが魔法の詠唱だと気がついた瞬間、セシルは身に纏う武具に精神を集中させた。

 魔法の詠唱が終わると同時、セリスは後ろへと一歩飛び退く。
 そして、セシルが踏み込んでくる前に、唱えていた魔法を解き放つ!

「ブリザド!」

 冷気がセリスの身体から、セシルへと吹き付ける。
 しかし魔法がセシルに到達する寸前、その身に纏う闇の鎧から黒いオーラが立ち上った。

「その程度!」

 青い冷気は、黒いオーラを浸食することなく、弾き返される。

(ちっ・・・やはり下級魔法ではダークフォースを貫けないか!)

 駄目もとで使っては見たが、通用しないことは目に見えていた。
 おそらく中級魔法でもろくに効果を発揮しないだろう。
 最低でも上級魔法を使わなければならないだろうが、さすがにセシルと剣を交えながらレベルの高い魔法を使う余裕はない。

「今度はこっちの番だ!」

 セリスが後ろに退いたせいで間合いが出来る。
 剣の届かない間合い―――そこに、セシルは肩に担ぐように剣を構え、切っ先をセリスへと向ける。

「まさか―――」

 そこから放たれる力を予想して、セリスは愕然とする。
 確認するまでもなく、セリスの後ろにはローザが居る。
 だが、構わずにセシルは力を解き放つ!

「闇よ―――命喰らいて刃と為れ!」

 

 デスブリンガー

 

 暗黒剣から解き放たれたダークフォースが、無数の刃となってセリスへと殺到する!
 セリスの機敏さをもってすれば、回避することは可能だった。
 だが、避ければ闇の刃は背後に捕われているローザを切り刻むだろう。

(―――いや・・・?)

 不意に疑問が掠める。
 その疑問が、セリスをその場へと止まらせた。
 眼前に、闇の刃が迫る―――

 

 魔封剣

 

 セリスに到達する寸前、闇の刃が突然霧散する。
 粒子に砕けた闇は、吸い込まれるようにしてセリスの剣へと吸収される。
 シクズス製のミスリルでできた白剣が、ダークフォースに侵されて闇色になる。

「返すぞ」

 その言葉通り、セリスはセシルと全く同じ構えを取り、剣からダークフォースを解き放つ。
 それは、同じく闇の刃となりセシルに向かって殺到し、直撃する―――が。

「・・・・・・まさか、ダークフォースまで吸収できるとはね」

 闇の刃が全てセシルに直撃した後、全く何事もなかったかのように、セシルは苦笑を漏らす。
 無傷。
 磁力の洞窟で、ダークドラゴンのダークブレスを受けた時と同じように、セシルにはダークフォースは通用しなかった。

「ダークフォースには何度か触れる機会があったからな―――それよりも」

 くい、とセリスは背後を肩越しに指さす。
 その指の先にはぐったりとしたローザがギロチン付きの椅子に拘束されている。

「狙ったな?」
「・・・・・・」

 セシルは応えない。
 それを答えとして、セリスは苦笑。

「本命は私ではなくローザの―――拘束具を狙ったのだろう?」

 今の一撃は、本気ではないとはっきりと解った。
 ファブールでの戦いの時、初戦でバロンの陸兵団と暗黒騎士団を凌いだ時のセシルのダークフォースはこんなものではなかった。
 なにもしなければ、セリスごとローザを吹き飛ばすほどの威力があったはずだった。

「威力を絞り、精密射撃か―――なかなか器用だ」
「・・・目敏いな」

 セシルは苦笑を消して舌打ちする。
 今の一撃、セシルは幾つかの伏線を込めていた。
 セリスが言ったとおり、彼女ならば余裕で回避できるはずの闇の刃を避けてくれれば、ローザの拘束を解いて解放することができる―――そうすれば、タイムリミットが無くなる。
 例え、避けずに受け止めたとしても―――まさか魔封剣で吸収、反射されるとは思わなかったが―――セシルの力がこの程度だと侮ってくれれば隙にもなる。或いは、ローザの事などどうでも良いと考えている思ってくれれば、はったりにもなる。

(・・・全部、無意味になったな)

 或る意味、今までに戦った誰よりもやりにくい相手だと思った。
 生半可なハッタリやペテンは通用しない。

(実力で・・・打ち破るしかない、か)

 セリスの背後。
 拘束されたローザの頭の上に浮かぶ、カウントは8。

(―――あと、8分・・・)

 残り時間を確認し、視線を戻すとセリスが迫るところだった。
 間合いが開けば、詠唱無しでダークフォースを放てるセシルの方が有利だと踏んだのだろう。
 だからこそ、先制して接近戦に持ち込む。
 そしてそれはセシルも望むところだった。ちまちま威力を絞ったダークフォースを撃ってもセリスには通用しない。全力で放てばどうかは解らないが、その場合ローザも巻き込む可能性が大きい。

 先程と変わらずに、セリスが一方的に攻める。
 だが、セシルも防戦一方ではない。そろそろセリスの高速剣にも “慣れてきた” 。

(次を弾けば―――)

 隙が生まれる―――と、セシルがセリスの剣を打ち払おうとした瞬間。

“幻影と踊れ―――”

 極短い呟きがセリスの口から漏れた。
 それが魔法の詠唱だと気がついて、セシルは予定を変更。セリスの剣を受け止めるだけにして、魔法に対して備える。
 だが、まだ魔法には少し疎いセシルには解らなかったが、それは攻撃魔法ではなかった。

「魔法剣―――」
「!?」
「―――ブリンク!」

 セリスの魔法が発動し、その手に持つ剣が光り輝いて―――弾けた!

「分裂した!?」

 セリスの剣が四本に分かれる。
 複数の剣が迫り、セシルは戸惑い、身を退く―――が四本全てを回避しきれない。
 一本の剣が頬を浅く切り裂いた。

「くっ―――」

 ―――落ち着け! 本物は一本だけ、あとは幻影だぞ!

 エニシェルの声が剣から伝わり、セシルは冷静さを取り戻す。

「そういうことか―――ならっ!」

 セリスが踏み込み、セシルに追撃する―――だが最早セシルは戸惑わない。
 見るのは剣ではなく、彼女の剣を握る左手だ。

「―――これだ!」

 セシルは三本の幻影を無視して、セリスが振るった本物の剣だけを受け止める。

「フン・・・よく解ったな」

 剣と剣でせめぎ合い、セリスはにやりと笑う。
 セシルも笑みを返して。

「簡単だよ。剣は分裂しても君は一人だ。なら、君が持っているものが本物と言うことだ」
「成程。では、これはどうだ?  “見えざるもの―――”

 再びセリスは魔法を詠唱する。
 おそらくこれも攻撃魔法ではないと踏んだセシルは、足を踏み出し強引な力押しで攻める。
 流石に力ではセシルに分があった。セリスは簡単に後ろへ押され、体勢を崩す。それを勝機としてセシルは尚も追撃するが―――

「魔法剣バニシュ!」
「!?」

 魔法が発動すると同時、セリスの持つ剣が消えた。
 それを見てセシルは踏みとどまる。

「今度は・・・透明化!?」
「ご明察だ。お前がこの部屋に来た時、消えていたのもこの魔法だ」
「どうせなら、透明化して戦った方が有利じゃないのか?」
「残念だがこの魔法を維持するには極度な集中力が必要でな。そういうわけには行かぬのだ―――せいぜい、剣にかけるくらいならまだ何とかなるのだが」
「そうか・・・それは良かった」

 正直、透明な状態で攻撃されればどうしようもないところだった。

「この剣―――見切れるか!」

 セリスが再び攻める。
 透明化した剣は確かに見極めにくいが―――

(でも・・・遅い)

 セリスの言うように、その魔法を維持するには高い集中力が必要なのだろう。
 そのためか、剣を振るう速度、それから連撃の速度がさきほどよりも明らかに遅い。
 透明化した剣も、先程の分身剣と同じように、左手を見てればその太刀筋はなんとなく解る。

 何度か透明の剣を受け止める、と。
 セリスは焦ったように声を上げる。

「くっ・・・おおおおおおおおっ!」

 彼女には似合わない雄叫びを上げて、渾身の力を込めて剣を振るう。
 しかし、その斬撃は余分に力がこもっているせいか、遅い。

(遅いな。これを受け流せば大きな隙ができる―――んだろうけど)

 だがセシルは彼女の左手を無視する。
 代わりに逆の右手を見た。

(本命はこっちだな)

 見れば、右手も見えない柄を握りしめるように空洞の開いた握り拳を作っていた。
 いつの間にかセリスは剣を左から右手に移し持っていたのだろう。だが、見破ってしまえばそれは大きな隙となる。利き手でなければ、力も弱い。弾けば簡単に剣はすっぽ抜けるだろう。

「これで―――」

 終わりだ、と思った瞬間、セシルの背筋を何か冷たいモノが駆け抜けた。
 それを感じた瞬間、セシルは反射的に振り返る。
 見れば、セリスの左手が見破られたのにも拘わらず、まだ演技をしている―――

(違う!)

 思考よりも早く直感が判断して、身体が反応する。
 剣を構え、セシルはそれに備えた。

 対し、セリスは左手に渾身の力を込め、腰をねじり、それを放つ。
 一度だけ、味わったことのあるその一撃―――

 

 スピニングエッジ

 

 セリスの剣がデスブリンガーに叩き付けられ、セシルは軽くよろめいた。
 強力な打撃―――だが、ミストの村で喰らったほどではない。右手で “演技” していたために体勢が不十分で、腰の捻りも甘かった。なにより、透明剣のための精神集中が、打撃力の弱かった一番の理由だろう。

「防がれたか」
「今のは・・・かなり危なかったな」

 打撃力が弱かったとはいえ、まともに受ければ鎧を通してでも身体の中に衝撃が入る。
 一発で戦闘不能にはならなかっただろうが、それでも無視できないダメージは残っただろう。 それでも、セシルの手は軽く痺れたが。

「裏の裏を掻いたつもりだったがな」
「掻かれるところだったさ。・・・ただ、ガストラの女将軍が使うには、あまりにもありがちな手かと思ってね―――それよりも、今の技じゃなくて、普通に斬ってれば防げなかった」
「どちらにしろ致命傷は与えられなかった。体勢も悪く、速度もない。そんな斬撃では、鎧の間隙を狙ったとしても薄皮一枚切るのがせいぜいだろ?」
「確かにね」

 苦笑して、セシルはデスブリンガーを構え直す。
 対して、セリスもすでに透明化は解いた剣を構えた―――

 

 

******

 

 

「なにやってるんだあの馬鹿! 押されっぱなしじゃねえか!」

 イライラしたようにロックが吐き捨てる。

「くそ・・・相手がガストラの将軍だって言うのは解るけどよ。それでもこんな力の差があるなんて・・・」
「いや、二人に差はない。互角だ」

 ロックの呟きをヤンが否定する。

「何処がだよ!? さっきから一方的に攻められっぱなしだろうが!」
「だが、セシルは全ての攻撃を凌いでいる」
「ま、まあ・・・確かに」

 ヤンの言葉に、ロックは納得する。

「でも、攻めなきゃ勝てないだろうがよ!」
「・・・勝つのはセシルだ」

 ぼそりと呟いたのはカインだった。
 だが、セシルの勝利を確信している割には、その表情は暗い。
 ロックは竜騎士に向かって問う。

「根拠は?」
「そこのモンク僧が言っただろう。互角だと―――ならば、セシルが勝つ」
「は? 互角でなんでセシルの方が勝つんだよ?」
「男だからだ」
「男って・・・・・・あ、そういうことか」

 カインの言いたいことを理解して、ロックは納得する。
 例え実力は互角であっても、男と女では体力に差がある。
 このまま持久戦に持ち込めば、先に潰れるのはセリスだろう―――が。

「でも、それじゃあ・・・」
「ああ・・・このままではセシルは負けるな」

 単なる勝負ならばセシルは勝てるだろう。
 だが、この戦いは制限時間付きだ。
 例え、セリスを倒せても、タイムリミットに間に合わず、ローザが死んでしまえばセシルの勝利とは言えない。

 残り時間はすでに5分を切っている。
 あと5分以内にセリスを倒さなければ、ローザは死ぬ。

「くそ、こうなったら今からでも遅くはねえ! 助けに―――」
「行かせると、思う?」

 出口へ向かおうとしたロックの前に、バルバリシアが舞い降りる。
 対し、ロックはナイフを構え―――

「落ち着け」

 肩を、カインに掴まれる。
 ロックはそれを振り払って。

「落ち着いてる場合か! このままじゃ・・・」
「セシルなら救い出せる―――そういうものだ、と言ったのは貴様だろう」
「っ・・・・・・」
「見ていろ。セシルならなんとかするさ―――絶対にな」

 カインに言われ、ロックはしぶしぶナイフをしまうと、壁に映し出された映像を見上げた―――

 

 

******

 

 

(打つ手なし・・・か)

 セシルとセリスは間合いをあけて向かい合っていた。
 変わらず、セリスの背後にはローザが居る。

 セリスは攻撃の手を休めていた。
 どうやら、先程の透明剣で大分消耗したらしい。
 小さく息切れもしている。

 そこへセシルが攻撃に転じるが、セリスと同様決定打は打てない。
 技を駆使してもセリスは速度で回避し、力押しで攻めようとすれば、技で反撃を受ける。

 間合いを取り、セリスではなくローザの拘束を狙ってダークフォースを放とうとしても、悉くセリスの魔封剣に防がれた。

 ローザの頭の上のカウンターは2。もうすぐ1になるというところだ。

(こうなったら・・・仕方ないか)

 セシルは諦めたように嘆息すると、デスブリンガーを床に落とす。
 かん、と乾いた音を立てて、暗黒剣は床に転がった。

「なんの真似だ?」

 訝しげに問うセリスに、セシルは苦笑して両手を上げて見せた。

「降参だ、セリス。僕の負けだよ」
「負けを認めるだと・・・?」
「ああ―――僕じゃローザを救えない。だから、頼む。僕はどうなっても良いから、ローザを助けてくれ!」

 懇願するセシルを、しかしセリスは冷たい目で睨付けた。

「・・・・・・ったわね」
「え?」
「貴方は裏切ったと言ったのよ!」

 何故か、セリスは激怒する。
 雪のような白く美しい肌を真っ赤に紅潮させて、とても憎い仇のようにセシルを睨みつける。

「貴方は・・・それだけはやってはいけなかった!」
「何を言って―――」
「黙りなさい!」

 セシルに何も言わせず、セリスは感情のままに怒鳴りつける。

「命乞いなんて聞けないわ。ローザが死んだ後で、貴方も殺す。無様な自分を呪いながら地獄に堕ちろ!」
「・・・・・・どうしても、駄目なのか」
「駄目よ」
「僕はどうなっても良いんだ。せめてローザだけでも・・・!」
「黙れと言ったでしょう! それ以上言うなら、先に貴方を殺すわよ!」
「くっ・・・」

 セシルは悔しそうに表情を歪める。

「くそ・・・っ。・・・畜生!」

 ぎり、と奥歯を噛み締める。
 剣を失った拳を強く強く強く握りしめる。

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 セシルは絶叫し、固めた拳を振りかざしてセリスに突進する。
 あまりにも予想外なセシルの動きに、セリスは虚を突かれた。

「なっ・・・!?」

 それでも後ろに下がって、セシルが振り下ろした拳を回避する―――いや、回避するまでもなくセシルの拳は届きはしなかった。悔しさのあまりに、目測を誤ったかのように、見当外れの場所をからぶって、その勢いのままセシルの体勢が崩れる。

「人を幻滅させるのもいい加減にしなさいっ!」

 一瞬だけ驚いたセリスだが、すぐに怒りに表情を滲ませて剣を振り上げる。
 いや、セリスが感じていたのは怒りだけではない。悔しさもだ。

『もしもセシルがセリスに負けた時、命乞いをしたら必ず私を殺して』

 セシルがゾットの塔へ来る直前、ローザから頼まれたお願いがそれだった。
 何故? と問うセリスに、ローザは何故か哀しそうに笑う。

『もし、セシルが自分の命と引き替えにでも私を救おうとしたのなら、それは結局 “解ってくれなかった” ということだから』

 その意味がセリスにはわからない。
 ただ、解るのが、もしもセシルが命乞いをした場合、ローザにとっての “裏切り” となると言うことだけは解った。

 そして今、セシル=ハーヴィはローザ=ファレルを裏切ったのだ。ローザの愛を裏切ってしまった。

(これが・・・ローザが愛した男―――これが愛だというのならッ)

 愛とは、絆とは、なんと下らないものだろうと思う。
 そして、理解する。自分は憧れていたのだと。愛というものに憧れて、だからこそ愛を信じるローザに惹かれたのだと。

 しかしそれも今は完全に幻滅した。
 所詮、愛などまやかし。信じれば裏切られ、愛すれば幻滅する。その程度の下らない感情なのだと。

(終わりにしよう。全て)

 すぐ下にはセシルの首がある。そこに振り下ろせば、全ては終わる―――

 

 

******

 

 

(これが、最後の賭けだ―――)

 振り下ろした拳を回避され―――というか、そもそも当てようとはしていなかった―――セシルの身体は前のめりの体勢に崩れていた。
 見なくても解る。おそらく自分の頭上では、とどめをさそうとセリスが剣を振り上げているはずだ。

(セリスが速いか、僕が速いか―――)

 よろめく身体を必死で制御して、右足を前に出し踏み込む。
 ズン、と右足に全体重が集約する。その重みを耐えて、セシルは体勢を立て直す。

(勝負!!)

 セシルは利き手を腰に回す。
 当然、そこには何もない―――が、構わずにセシルは一言呟く。

「―――在れ」

 瞬間、セシルの腰に漆黒の鞘に包まれたデスブリンガーが出現する!

 剣の柄を握りしめた瞬間、だん! という足を踏みしめた音が、足の先から脳へと伝わる。
 つまりそれだけ同時のタイミング。
 脳天に音が突き抜けた瞬間に、セシルは顔を上げ、鞘から剣を抜き放つ!

 

 居合い斬り

 

 これがセシルの一か八かの切り札だった。
 このために、セリスとの戦いでは、バッツとの戦いのように鞘を喚していなかった。

 剣を放った瞬間、セリスの表情が見えた。
 彼女はまだ剣を振り下ろしていない。おそらく、寸前で気がついたのだろう。剣を止めたその表情からは怒りは消えて戸惑いが浮かんでいる。

(勝った!)

 勝利を確信した瞬間。
 デスブリンガーが、セリスの細い腰を横一文字に引き裂いた―――

 


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