第15章「信じる心」
G.「異なるモノ」
main character:ロック=コール
location:ゾットの塔

 

「さて、と―――それじゃあ、先に行かせて貰うよ」

 セシルはカインに言う。
 ローザのカウントは、もうすぐ20になろうとしていた。

「待て、セシル!」

 カインの隣を通り過ぎようとしたセシルに、カインが制止の声をかける。

「俺を、殺せ」
「・・・そんなことを言い出すんじゃないかと思ってはいたけど」
「お前がなんと言おうと、俺はお前を裏切った!」

 裏切った、というのはただ敵になったという意味だけではない。
 ゴルベーザに惑わされ、セシルを見限った。

「セシルは、俺はダークフォースに惑わされないと言ったが、俺は結局、ゴルベーザの術中に陥っていた・・・!」

 さっきまでゴルベーザを主として敬っていたのは演技だった。
 だが、それ以前はいつの間にかゴルベーザを主として認めている自分が居た。
 それが気がついたのは、バロンでエブラーナ忍軍を撃退した時だ。

(あの時に、俺は自分が惑わされていることに気がついた―――だが、それだけならばまだいい)

 ゴルベーザがセシルよりも王として仕えるのに相応しいのであれば、それでもいいとも思った。
 しかし―――

「セシルはバロンを奪い返した。ゴルベーザや俺が居なかったとはいえ、四天王とレオ=クリストフの居たバロンをだ―――それなのに俺は何をしていた・・・!?」

 闇の力に惑わされているうちに、セシルは光の力を手に入れて、最初の目的だったバロンをゴルベーザの手から奪還した。

「やはり、お前は王となるべきだった。そして俺はそれを最後まで信じることが出来なかった」
「だから君を殺せって?」
「そうだ。俺は死を持って償いたい―――」
「なら、勝手に死ね」

 セシルは冷たく言い放つと、そのまま前に進む。
 数歩前に進んで立ち止まると、カインに背を向けたまま言い放つ。

「だけど1つだけ言っておく。カイン=ハイウィンドは、僕にとって必要な男であり、そして償うために死に逃げるほどヤワな男じゃないと思っている。―――もしもここで死を選ぶのなら、それこそが裏切りだと知れ」
「くっ、セシル!」

 カインは槍を持つ手に力を込めると、ゆらりと立ち上がる。

「む・・・?」

 そのカインの気配にただならぬものを感じて、ヤンが反応するが―――遅い。

「セシルっっ!」

 カインはその爆発的な跳躍力で、セシルの背後に向かって槍を振り上げて飛びかかる!
 その槍には確かな殺気があった。

 それと同時、セシルの目の前の空間が歪み、金髪の美女が出現する。バルバリシアだ。

「あなたこそここで死になさい!」

 バルバリシアはカインと挟撃するようにセシルに向かって、自前の長い髪の毛を伸ばす。
 髪の毛は1つに束なり、先を鋭く尖らせて、巨大な槍の一突きとなる!
 前後同時の攻撃に、セシルは動こうとはしない。

「ちぃぃっ!」

 間に合わないと解っていながらも、ヤンが駆け出そうとする。
 しかし、その隣で未だ座り込んだままのロックが冷めた目で呟いた。

「大丈夫だろ、多分」
「ロック・・・」

 あまりにも投げやりなロックの言葉に、ヤンが思わず目を向ける。
 そうやってセシルから目を離したその瞬間―――

「おおっ!?」

 マッシュの声が上がった。
 その声に慌てて振り向けば、セシルの首の辺りをカインの槍が貫通していた―――

(いや、違う・・・!)

 よくよく見れば、槍はセシルの首を貫いているわけではなかった。首のすぐとなりを貫いていただけだ。
 そして、その槍の先には散らされたバルバリシアの髪があった。

「ほら見ろ、大丈夫だった」

 そういうロックの言葉は、何故かふて腐れたようだった。

「あいつ、全然慌ててなかった―――なら大丈夫だってことだろ」
「・・・お前、さっきから様子がおかしくないか?」
「おかしいのはアイツのほうさ。ようやく解ったよ、あいつは強いわけじゃないって。ただ、 “違う” だけなんだって」

 そう言ってロックは立ち上がる。
 そんな彼の様子に、ヤンは不安を覚えたが、それ以上は何も言わなかった。

「裏切るの、カイン!?」

 バルバリシアが髪の毛を引いて叫ぶ。
 対して、カインも槍を引いて頷いた。

「これを裏切りと呼ぶのならそうだ」
「裏切り以外のなにものでもないでしょう!」
「まあ、普通はそうか」

 と、カインは苦笑。

「本当ならば死んでしまいたい所だがな―――だが、それを許してくれないヤツが居る」
「許すも許さないもない! ゴルベーザ様を裏切るというのなら、死んで償いなさい!」

 激しい怒りを見せて、バルバリシアの姿が掻き消える―――その次の瞬間、カインの背後にバルバリシアが出現した。
 彼女から伸びた髪の毛が、カインを襲う―――が、カインはそれを振り向きざまに槍を大振りして打ち払う。

「カイン!」

 セシルも背後を振り返り、構え、デスブリンガーを呼ぼうとするが―――

「セシル、お前は先に行け!」
「しかし!」
「俺を信じているのだろう? ここは任せて、お前はローザを!」
「・・・・・・わかった!」

 セシルはカインに背を向けて、ローザの姿が映るスクリーンの下にある扉に向かって駆け出す。

「行かせると思う? 出でよ我がガーディアン・フォース!」

 バルバリシアが叫ぶと、セシルの行く先に三つの人影が出現する。
 背の高い痩身の女性、大きな球のような体型の太った女性、小さな少女―――

 太った女性が大きな腹を揺らしながら叫ぶ。

「我らメーガス三姉妹! ここを通すわけには―――ぶあっ!?」
「マグ姉さん!」

 太った女性の言葉を遮るように、光線が突き刺さる。マッシュのオーラキャノンだ。

「おのれ・・・!」

 痩身の女性が槍を構え、少女が短剣を構えてセシルを迎え撃とうとする―――が、そこに。

「やらせんっ!」
「ったく、仕方ねえなあっ!」

 ヤンが痩身の女性に相対し、ロックが少女に向かってナイフを構えた。

「セシル行け!」
「さっさと助けてこいよ!」

 ヤンとロックが声を送ると、セシルは頷いてスクリーン下の扉へと辿り着く。
 先程カインがそうしたように、手で扉に触れる―――と、バシュ、と扉が開かれた。
 その扉の向こうへ、セシルは迷い無く飛び込む。

「―――さて、と。こちらも早く片づけて行かなければな!」

 カインが槍を構え直してバルバリシアに向い、ヤンは痩身の女性、ロックは短剣を持った少女、マッシュが太った女性に立ち向かい、その後ろでテラがロッドを構え、魔法を唱える準備をする。
 緊迫した空気が張りつめ、戦闘が始まろうとしたまさにその瞬間―――

「クス・・・」

 不意に、バルバリシアが笑い出した。

「なんだ? なにがおかしい・・・?」
「いえ、ただ、1つ提案があるのだけど」
「提案?」
「そう。ただこれはゴルベーザ様の意にはそぐわぬ事。けれど、友人が望むことではある―――」

 バルバリシアにはすでに殺気はない。
 が、カインは油断無く槍を構えたまま隙を生まない。

「おかしいのはこの私が、ゴルベーザ様の意志を優先させなかったこと。こんなことは初めて―――けれど悪い気分ではないわ」
「前フリが長いな・・・なんだ、提案というのは」
「簡単な話よ。1つ賭けをしましょうって放し」
「賭け、だと?」
「そう―――」

 バルバリシアは、ローザが写った壁を指さす。

「もうすぐセシル=ハーヴィが辿り着く。その時に、セシルがローザを救い出せるか。もしも救い出せたなら、この場は見逃してあげる」
「もしも救い出せなかったら?」
「全員死ぬだけよ。ローザも、セシル=ハーヴィも、貴方達全員」
「ふん・・・賭けにもならんな」

 そう言って、カインは構えを解く。

「セシルはローザを救い出す。絶対にな」
「交渉成立ね」

 にっこりと微笑んで、バルバリシアは指を鳴らす―――その途端、ヤン達の前にいたメーガス三姉妹の姿が消え去った。

「って、勝手に決めるなよ!?」
「なんだ、不満か?」

 叫ぶロックに向かって、カインが冷たく言い放つ。

「セシルではローザを救い出せないと?」
「いや・・・」

 ロックはなにか言いにくそうに躊躇ってから、

「助けられるんだろうな、あいつは」
「フッ・・・・・・」
「あ、なんだよその解ったような顔は!? いっとくけどな、俺はあいつを信じてるわけじゃねえぞ!」
「ほう? ならば、なぜ助けられると断言できる?」
「そういうもんだからだよ」

 何故かロックは嫌そうな顔をする。

「あいつはきっと普通とは違う人間なんだ。だから信じるとか信じないとか、そういう問題じゃなくて・・・そういうものだって割り切らなきゃやってられねえんだよ」
「面白いことを言う」
「・・・自分がわけのわからないこと言ってるってのは、解っているつもりだぜ」

 実のところ、ロック自身にも何を言っているかいまいち理解できていない。
 ただ漠然として解る。
 あれは自分とは異なる種類のモノであるのだと。
 だから理解できなくて当然だ。理解できると言うことは、それと同じモノだということなのだから。

「いや、別に皮肉を言ったわけじゃない。お前と同じ事を、あいつの副官―――元・副官か。が、言っていたと思い出しただけだ」

 カインの言葉に、即座に友人の顔が浮かんだ。

(ロイドか・・・確かにあいつなら言いそうだ)

 誰よりもセシルの近くで、補佐し続けた男。
 ロックの気がついたことなど、当の昔に解っていたに違いない。

(けれど、俺とロイドには決定的に違う点がある。俺はあいつ見たいに、セシル=ハーヴィを尊敬したり受け入れることはできやしない)

 ついさっき、ロックははっきりと自覚した。
 自分はセシルに対して恐怖を抱いているのだと。
 全く異なるモノ。理解しがたいモノ。それを受け入れてしまえば、自分という存在は消えてしまう―――そんな恐怖を感じていた。

「セシルが着いたぞ」

 マッシュの声に、ロックは顔を上げる。
 壁に映し出された映像の中に、セシルの姿があった。
 ローザの頭の上のカウンターはまだ15。おつりが有り余る時間だ。

「・・・どうやら賭けは俺たちの勝ちらしいな」

 カインが勝ち誇る―――が。

「まだだ!」

 反射的にロックは叫んでいた。
 その場の全員がロックを見る。だが、ロックはそれにも気にせず、映像を凝視していた。

「まだだ・・・まだあいつが出てきてない」
「あいつ?」
「バロンにはレオ=クリストフが居たのに居なかった。なら、ここに居るはずだろ!」
「セリス!」

 はっとしてカインが映像を振り向く。
 映像の中には、相変わらずセシルと捉えられたローザしか写っていない―――が。

「足を止めた・・・?」

 マッシュの言うとおり、セシルはローザを目前にして動きを止めると、利き腕を持ち上げて何事か呟いた―――

 

 

******

 

 

「―――在れ」

 セシルが一言呟いた瞬間、手の中にすでに慣れ親しんだ暗黒剣が現れる。

 ―――出番か?

「ああ。多分、ね」

 デスブリンガーを握りしめたまま、セシルは油断なく身構える。
 入ってきた部屋の中には、セシルとローザ以外誰もいない。
 そのローザは、部屋の奥の椅子に手枷足枷で拘束されている。まだ気を失っているのか、俯いたままその表情は見えない。

(この部屋に辿り着くまで、罠も敵の姿もなかった―――なら、絶対にここに居るはずだ)

 姿は見えない。
 気配も感じない。
 それでも、セシルは確信していた。

(もしも僕ならここに居る。だから―――)

「いるんだろう、セリス!」

 セシルの声が部屋の中に響き渡る。
 だが、なにも反応はない。

 しばらく、セシルは様子を伺うが、なにも変化はない。

 やがて、ローザの頭の上のカウンターが、15から14へと変ったその瞬間。

「―――やれやれ、奇襲はできなかったか」

 声と同時に、ガストラの女将軍が姿を現す。
 セシルとローザ、そのちょうど中間の位置だ。

「・・・久しぶりだね、セリス。ミストの村以来かな?」
「ファブールであっているが・・・覚えていないらしいな」
「その時は迷惑をかけたらしいね」
「全くだ。さて―――」

 と、セリスは鎧の中から1つの鍵を取りだした。

「これが、ローザの拘束を解くための鍵だ」

 説明してから、再び鎧の中へと放り込む。

「―――どういう意味か、解るな?」
「戦わなきゃならないみたいだね」
「そういうことだ」

 それはまるで戦いの開始を告げる会話の雰囲気とは縁遠いものだった。
 久しぶりにあった知人同士が挨拶を交す程度の軽い会話。
 だが、セリスが頷いた瞬間、二人は同時に剣を構えて、場の雰囲気が張りつめる。

「・・・一応聞いておこうか」
「なにをだ?」
「退いてくれると助かる」
「お断りだ」

 そう笑って、セリスはセシルに向かって剣を振り上げ駆け出した―――

 


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