第15章「信じる心」
F.「100%」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ゾットの塔
銀の槍がセシルの顔面を貫く。
その瞬間、ロックにはそうとしか見えなかった。「セシルッ!?」
愕然と声を上げるロック―――だが、セシルは槍に貫かれてはいなかった。
カインの方をゆっくりと振り返るセシルの首に触れるか触れないかの位置を通過していた。「―――外れているよ、カイン」
「・・・フン・・・・・」カインは突きだした槍を素早く戻す。
竜を象った兜の下から、鋭い眼光光らせセシルを睨付ける。「油断して隙をみせている貴様を倒しても、なんの意味もない」
ぶん、とカインは自分の背よりも若干長いくらいの銀の槍を軽々と振り回し、
「剣を取れ、セシル」
「―――珍しいな」
「なに?」
「油断するのは相手の勝手。そこにつけ込まれて倒されるのも勝手だ―――だというのに、君はいつからそんな優しい男になった?」
「って、それ普通じゃないのか?」きょとんとした声を上げたのはマッシュだった。
それを聞いて、ロックが呆れたように言う。「お前ね、これは試合じゃないんだぞ? そんな綺麗事言ってられるもんかよ」
「いや、普通はそりゃ相手の隙につけ込むのが戦術の常套だって師匠も言ってたけどさ、あいつは騎士だろ? 騎士つったら正々堂々、騎士道精神に則って決闘する時は白い手袋ぶつけ合ってするもんじゃないのか?」
「なんか、微妙におかしくないか、それ」
「そうか?」首を傾げるマッシュに、疑問の答えは前から来た。
「普通の騎士ならそうかもしれない―――でも、カイン=ハイウィンドはそれほど甘い男じゃない。強さこそが誇りであり、相手を倒さぬ勝利に意味を求めない、真の意味での強者だ。相手の都合に合わせて手を抜いたりしない―――ましてや、絶対必殺の機会を逃すなんてあり得ない」
「どう思おうと貴様の勝手だが、今の俺は貴様と決着を付けることしか頭にない。剣を抜け、セシル。お前も俺との決着を付けるために、一人で相手をするというのだろう?」
「残念ながら、それは違う」鋭く、敵意を持って睨付けるカインに対して、セシルは微笑すら浮かべて見返す。
「君と戦う気なんてさらさらないよ」
「・・・どういう意味だ?」
「その意味は、君が一番解っているはずだけどね」
「解らんな。・・・もう一度言う、剣をとれ」
「その必要はない」
「―――ならば、死ね!」バンッ!
まるで、小さな爆弾が爆発したような音が響き渡った。
もちろん、それは爆弾でも、攻撃魔法の音でもない。
カインが地面を蹴った音だ。「!? どこだ!?」
カインの跳躍の音は聞こえたが、その姿は何処にもない。
テラ、ロック、マッシュ―――そして、熟練のモンク僧であるヤンですら、カインの姿を見失い、首を巡らせて姿を追い求める。
ただ、セシルだけが狼狽えることなく。「・・・・・・」
何も言わず、二歩だけ後ろに下がる。
―――直後、青白い稲妻がセシルのいた場所を直撃する!
否、それは稲妻ではなかった。蒼い竜騎士の鎧に身を包んだカイン=ハイウィンドだ。
一瞬で天井近くに跳躍し、まるで宙を自在に飛ぶように急降下してセシルを強襲したのだった。
だが、それだけでは終わらない。
カインは舌打ち1つすると、両手で握っていた槍から片手を放し、腰に差していた剣を引き抜く!
大跳躍からの急降下攻撃。人並み外れた跳躍力を持つ竜騎士特有の攻撃方法だが、回避されてしまえば着地に隙ができるという欠点もある。しかし、カインのそれは隙を殺し、連続攻撃となる―――
双竜剣
それはあたかも、二頭を持つ竜の一方の攻撃を回避できても、もう一方がとどめをさすかのように。
カインの腰から抜き放たれた剣が、セシルに斬りかかる。「それは届かないよ」
だが、その動きすらもセシルはあらかじめ読んでいた。すでにセシルの身体は、カインの剣の間合いの外にあった。カインが腰に差している剣は、普通の騎士が使う騎士剣ではない。槍をメインに使うカインは、剣は補助的な武器でしかない。ショートソードほど短くはないが、ロングソードほどにも長くはない。その中間くらいの長さの手頃な剣だった。だから、セシルが間合いの外へ逃げるのは簡単だった。
「フッ・・・やるな、セシル」
カインは腰の鞘に剣を戻し、槍を構え直す。
対し、セシルは未だにデスブリンガーを呼ばないまま、嘆息する。「・・・君がやらないだけさ」
「なんだと・・・?」
「 “なんだと” じゃない。僕が解らないとでも言うのか? それこそ “なんだと” だ」
「何を言っているか解らんな」
「なんだとー」気の抜けた声で、セシルは宣言通りに呟く。
彼は、ちらりと壁に映った捕われたローザの様子を見やる。ローザの頭の上のカウントは、すでに25となっていた。
そんなセシルの様子に、カインが問う。「ローザが気になるか?」
「当然だ」
「ならば俺と戦え。俺を倒さなければ、ローザを救い出すことは出来ん!」
「倒す意味がない」
「さっきから何を言っている! 俺はお前の敵だぞ!」
「敵じゃないって言ってるんだよ、僕は」荒々しく苛立つカインの言葉とは正反対に、セシルの言葉は穏やかだった。
すでにセシルの表情に微笑は浮かんではいない。
ただ、強く厳しい瞳でカインを見つめていた。「ファブールの時は確かに君は敵だった―――でも今は違う」
「何を馬鹿なことを! あの時も今も、俺は変らない!」
「なら、僕を倒してみろ」そう言ってセシルはカインを前にして―――瞳を閉じる。
「目を・・・お前、正気か?」
「正気を捨てたとか公言してるヤツに正気を疑われたくはないな。ほら、これなら間違いなく僕を殺せるだろう―――僕を殺す気ならばね」
「くっ!」カインは槍を構え、握りしめる手に力を込める。
そのカインの全身から、ゆらりと蒼と黒の入り交じったオーラが噴き出す。「ぬうっ!?」
テラが呻く。それほどまでに、カインの発する力は苛烈だった。
「って、ありゃやばくないか!?」
魔法や気などの特殊な力とは無縁なロックですら、今のカインがただならぬ状態だということははっきりと解った。
ロック達の位置では、セシルは背を向けていてその表情は解らない。ただ、会話の流れから、セシルが “敵” を前にして、目を閉じていると言うことは解る。セシルが何を考えているかは解らないが、このままではカインの一撃は間違いなくセシルを屠るだろう。
今すぐ、セシルの元へ駆け寄って、目を強引にでも見開かせるか、或いは担いで逃げ出すか―――とにかく、なんとかしなければならないという危機感が沸き上がる。
だというのに、どういうわけかロックの足は動かなかった。竦んでいるわけではない。確かにカインの放つ力が怖ろしくないと言えば嘘になる。だが、身動きできないほど萎縮しているわけではなかった。(試練の山でのセフィロスや、磁力の洞窟のアストス・・・・・・あの時の方が数段ヤバかったはずだろ。なのに、なんでだ・・・? なんで足が動かない!?)
震えて動けないわけではないことは断言できる。
見回せば、ロックだけではなく他の面々も同じようだった。はっきりと危機感を感じているはずなのに、誰も動けない―――いや、動こうとしない。(動けないんじゃない。動こうとしない―――動く気がないのか、俺は)
ロックは見る、セシルの背中を。
セシルは凄まじい力を感じさせるカインの前で、微動だにしない。
それを見ていると、どうにかしなければならないという焦燥感が薄れていく。(大丈夫、だよな?)
誰に問うわけわけでもない、自分自身に問う。
試練の山からセシル=ハーヴィに付き合ってきた自分に対して問うた。
答えは・・・答えるまでもない。「セシルッ、覚悟―――ッ!」
だから、ロックは・・・ロック達は、カインが練り上げた “力” をセシルに向かって解き放ったその瞬間には、不安など微塵も感じずに、その光景を見守った―――
「どっわあああああああああああああっ!?」
ずばーん!
と、カインの力の一撃に、セシルの身体が跳ね飛んだ。
そのまま、床に滑り込んで、ロック達の脇をごろごろと転がっていく。まるでボールのように転がっていき、いつの間にか閉じていた入ってきた扉にぶつかって止まる。「全然大丈夫じゃねええええええええええっ!?」
「お、おい、大丈夫かセシ―――ぬおっ!?」思わずロックがつっこみ、ヤンがセシルに駆け寄ろうとしたその瞬間。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッ」
蒼い影がヤンの身体をはじき飛ばし、セシルに向かって肉薄する。
誰かと問う必要もない。カインだ。「死ねぇッ! セシル!」
目を回しながらも、立ち上がるセシル。
そこに、カインの槍が伸びる!「うわっ!?」
反射的に首を竦めたセシルの頭の上を、カインの槍が掠める。
セシルの髪の毛が数本宙を舞う。「ちぃっ!」
強く舌打ちして、カインは素早く槍を引いて、さらにセシルに向かって突き出す!
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!?」カインの連撃。
目にもとまらぬ無数の突きがセシルに向かって真横に降り注ぐ。
その攻撃を、セシルは身を竦めて最小限度の動作で回避できる―――というより、あまりにも速い突きに、下手に動くことが出来ない。「や、やばいんじゃないか、流石に」
「セシル、今助ける!」ヤンがカインに向かって駆け出し、マッシュがオーラキャノンの構えを取る―――が。
「待て!」
「テラ殿!?」駆け出すヤンの眼前を、テラがロッドを振り上げて塞いだ。
「何を!? 早くしなければセシルが―――」
「落ち着いてよく見ろ! セシルに攻撃は当たっておらん」
「しかしそれもいつまで持つか―――」
「よく見ろって、テラのじーさんの言ってる意味がわかるぜ」ロックが冷や汗を拭いながら、笑みを浮かべて言う。
「俺も一瞬焦ったけどな。でも、大丈夫だ」
テラとロックに言われ、ヤンとマッシュはカインの猛攻を受けるセシルの様子を見る。
無数の突きがセシルを襲うが、セシルはその全てをなんとか回避している―――いや。「なんだ・・・セシルが動いていない・・・!?」
マッシュが気づいて呟く。さっきまでは微細に動いていたセシルが今は微動だにしていない。
その様子に、ヤンが思いついたように呟く。「あれは・・・まさか、“見切りの極み” を!? しかしあれは、動きを完全に読み切れる格下の相手にしか使えぬはず―――それともまさか、セシルがパラディンになったことで、カイン=ハイウィンドを遙かに超えたというのか・・・!?」
「いや、あれは違うな。あれは―――」ヤンの言葉を、ロックがあっさりと否定する。
なにか言いかけたロックの見ている前で、不意にセシルが動いた。横に一歩。
その一歩で、 “外れるはず” のカインの槍がセシルの眼前に向かって伸びる。「っ!?」
その一撃は、確実にセシルの額に向かっていた。
確実にセシルを貫く致命的な一撃――――――そう、なるはずだった。「気は、済んだか?」
そう言ったのは他ならないセシルだ。
白銀の槍はセシルの鼻先で止まっていた。
そんな近くに槍の先端があるにも拘わらず、瞬きひとつせずに、セシルはカインを見つめていた。「くっ・・・」
カインは槍を引いて、がくりと膝を突く。
ぜぇはぁと、荒く息をついて全身から汗が噴き出していた。
そんな風に消耗しているのは、セシルに向かって槍を繰り出したせいもあるが、なによりも、最後の一撃を押しとどめたのが一番の理由だった。確実にセシルの命を奪うはずだった一撃を、強引に引いて止めたせいだ。
ほんの刹那のことのはずだが、それでも筋力的にも精神的にも消耗は激しい。「何故だ・・・セシル! お前は結局剣を取ろうともしなかった! 戦おうとしなかった・・・・・・何故だ!?」
「信じているからに決まってるだろう」
「信じる・・・だと?」カインは苦痛を堪えるかのように表情を歪ませ、膝を突いたままセシルを見上げる。
「俺はお前を裏切ったんだぞ。だというのに、何故信じられる!?」
「裏切った? そんな覚えはないけどな」
「とぼけるな! 俺はゴルベーザの下について、お前の敵となった・・・」
「それだけじゃないか。というか、敵になったくらいで裏切ったなんて言えないだろ」あっけらかんとセシルが言う。
別に誤魔化しているわけではない。本気でセシルはそう思っているようだった。むしろ、カインの言っていることを不思議に感じているようにすら見える。「いや、普通は味方だと思っていたのが敵になったら、そりゃ裏切ったっていうだろ」
ロックがツッコミを入れるが、セシルはなおも首を傾げ、
「いやでも、どんな仲のいい友達だって、意見が違えば対立するだろ。僕はカインのことを親友だと思ってるけど、ケンカした事なんて数え切れないほどあるし」
「えーと・・・」ロックは言葉に詰まる。
セシルの言葉を聞いた瞬間に、「ケンカで殺し合ったりするのかよ」とかツッコミが浮かんだが、「そんなわけないじゃないか馬鹿だなあ」とか言い返されると、もの凄く自分が馬鹿に思えて鬱になるような気がしたので止めておく。代わりに。
「親友、とか口に出すの恥ずかしくないか?」
「なんで?」
「・・・いや、別にいいけど」全く恥ずかしげもないセシルに、逆にロックの方がむずがゆい気分になる。
(親友ねえ・・・俺には居ないな、そんなの)
別に入らないような気もするが、その一方でセシルが羨ましいと感じてしまう。
「セシル・・・ならば、俺の何を信じたというのだ?」
「カイン=ハイウィンドという男をだよ」親友の問いに、セシルはそう答えた。
「僕が知っているカインという男は、ダークフォースに屈するようなヤツじゃない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・それで?」
「え?」
「ちょっとまて、それで終わりか? それでどうして今の俺が敵でないと思えたんだ!?」カインが激しく困惑した様子で尋ねる。
それを見て、ロックはほっと安堵の息を漏らした。「親友だからって、完全にツーカーってわけでもないんだな」
「当たり前だ」
「うお怖」聞き咎めたカインにギロリと睨まれ、ロックは思わず目を背けた。
「え、だからさ。わざわざダークフォースの力を手に入れた、なんて言って僕を倒すみたいなことを強調しただろ? でもダークフォースが嘘だって言うなら、その事に掛かることも嘘だって事。つまり、僕を倒すというのが嘘だって事だ―――イコール、敵じゃないって事だろ」
セシルの言葉に、その場の全員が押し黙る。
「なんか・・・解るような、解らんよーな」
「・・・・・・あれ、でも、それって、ダークフォースのことが嘘じゃなかったとしたら―――」ロックが微妙な表情を浮かべる隣で、マッシュがぼんやりと疑問を呟いた。
しかし、セシルは「なにいってるんだろう?」とでも言いたげな顔で。「だから、言っただろ。僕は信じているって」
「ちょっと待て。そいつがダークフォースの力に溺れた可能性だって―――」
「ない」
「いや有るだろ普通! 100%なんて言葉は世の中にはないんだぞ!?」ロックが喚くが、セシルは屈託なく笑って。
「100%信じられなきゃ、信じるとは言えないだろ。馬鹿だなあ」
「うっわ、言われたよ俺」ロックはその場で鬱っぽく体操座りなんかする。
「本当に少しも疑わなかったのか?」という問いはする気も起きなかった。
なにせ、その証明をはっきり見てしまっている。(そりゃ100%信じてりゃ、武器持った相手を前に目を閉じたり、槍を突かれても平然としてられるよなぁ・・・)
何かを諦めるような気持ちで、ロックは確信した。
いや、ずっと前から気がついてはいた。ただ、なかなか信じられなかっただけだ。
けれど、今ならば信じられると思った。それこそ100%。(こいつ、おかしいんだ)
体操座りしながら、ロックはセシルを見る。
セシルは、いきなり座り込んだロックの行為の意味がわからない様子で、怪訝そうに見返してきていた。(普通じゃない。俺たちとは全く別の、特殊な人種だ。きっと宇宙から来たりしたに違いない)
そこまで考えて、ロックはなんとなく聞いてみることにした。
「お前って宇宙人なのか?」
ロックの問いに、セシルはきょとんとしてから―――苦笑して見せた。
「案外、そうかもしれないね―――」