第15章「信じる心」
E.「相対」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ゾットの塔
バリバリシアがいつの間にか居なくなり、エニシェルも姿を消したその後も、セシル達はカインを先導にして塔の中を進む。
塔の天井は高く、廊下も広く、室内だというのに開放感があったが、セシル達以外に何かが居る気配もなく、足音だけが響いて消えていく。何度か長いスロープや階段を昇り、そうこう十数分も歩いただろうか。
ずっと先頭を歩いていたカインが、ようやく足を止めた。「ここだ」
カインが足を止めたのは、大きな扉の前だった。
それは縦に長大な大きな大きな扉で、バロンの城にあるどの扉よりも巨大な扉だった。さすがに城門ほどまでは行かないが、セシルが今までに見たどんな扉よりも、大きく、それでいて異質だった。「これは、扉か・・・?」
最初、セシルはそれが扉かどうか確信が持てなかった。
木でも鉄でもない。この塔を構成している金属と同じ材質の扉。かといって、普通の扉のように取っ手がついているわけではない。ただ、壁の一部分が扉の形にへこんで、その中央が縦に切り込みが入っているだけのものだ。セシルが扉と判断したのも、なんとなくそう思っただけだった。壁の装飾とか言われてしまえば、それだけで納得しただろう。「そうだ。ここにゴルベーザ様が待っている・・・」
だがそれは紛れもなく扉だった。
その証拠に、カインがその扉に手を触れると、バシュッ、と空気が抜けるような音がして、真ん中から両側の壁に扉が素早く引っ込んで、開かれる。
引き戸自体が珍しいフォールスやシクズスの住人であるセシル達は、一瞬何が起きたのか解らなかった。
唖然とするセシル達を放っておいて、カインは部屋の中に足を踏み入れる。その部屋は、廊下と同じくらいに広かった。
城の謁見の間くらいの広さがある。その中央に。「フッ・・・ようやく来たか。遅かったな・・・・・・」
「ゴルベーザ・・・!」セシルが身に纏う、デモンズアーマーと良く似た、暗黒の鎧に身を包んだゴルベーザの姿があった。
「久しいな・・・セシル=ハーヴィ・・・ファブール以来か―――」
「こっちは覚えてはないんだけどね」罠を警戒し、慎重に部屋の中に足を踏み入れる。
セシルの目の前で、ゴルベーザが腕を組んで尊大に立ち塞がり、その脇に、側近であることを誇示するように、銀の槍を手にしたカインが控えている。
以前にバロンで見た時には黒衣の軽装で、鎧は付けていなかった。今は、ミストの村の時と同じように、前身完全に武装しており、兜も装着しているために顔が解らない。だが、セシルははっきりと覚えていた。ゴルベーザの全身から感じられる禍々しい邪悪なダークフォースを。「土のクリスタルは持ってきた。ローザを返して貰おう!」
「先にクリスタルを頂こうか・・・」
「ローザを解放するのが先だ!」
「選択権はそちらにはない―――解っているだろう・・・?」ゴルベーザは腕を自分の顔の高さまで持ち上げると、パチン! と指を鳴らす。
途端、ゴルベーザの背後の壁が、水面に雫が落ちた時のように揺らぎ、その揺らぎの中に何かが映し出される。それは広い部屋の奥、ゴツゴツした椅子に全身を固定された金髪の女性―――「ローザ・・・!」
セシルが思わず呻いた。
椅子に拘束されている女性は、項垂れたままぴくりとも動かない。どうやら気絶しているようだった。
見た目や服装は、ファブールでさらわれた時のローザだったが、俯いているせいで表情は解らない。「・・・あれが、本物のローザだという証明は?」
「証明する必要があるのか・・・? 疑うというのなら、あのまま殺して、その後で貴様らを皆殺しにしてクリスタルを奪うだけだ・・・」
「何を・・・!」ゴルベーザの挑発に、ヤンが反応する。
「そちらは二人! 二人だけで、私達に勝つつもりか!」
「いや・・・さっきのバルバリシアって女も居る。あれは誰かを連れて瞬間移動を出来るようだし、数の有利は考えない方が良いぜ」激昂するヤンとは裏腹に、ロックが冷静に分析する。
セシルも何も言わなかったが、ロックの意見に賛成だった。「まあ、こちらとしてはどう転んでも構わん。貴様らだけで私達が倒せるかどうか・・・試してみるのも一興かもしれんな・・・―――ただし」
「その場合、ローザの命は無い物と思え、か」セシルはゴルベーザの背後に移るビジョンを睨む。
ローザらしき女性が拘束された椅子の上には、凶悪な刃物がギロリと光を放っている。俗に言うギロチンというやつだ。どういう仕組みかは解らないが、ゴルベーザが望めばギロチンは速やかに重力に従い落下して、さながら死神の鎌のようにローザの命を刈り取ってしまうだろう。(決着を付けるか―――それともローザを救うか・・・)
ほんの一瞬だけ、迷う。
ここでゴルベーザを倒してしまえば全ては終わる。上手くすれば、ローザが殺される前に倒せるかもしれない。
逆に、クリスタルを渡しても、素直にローザを返すとは思えない。最悪、渡した途端にギロチンの刃が落ちてしまうことだってあり得る。「おい、セシル」
ロックが、動こうともしないセシルに声をかける。
「まさかお前―――クリスタルを渡さないつもりじゃないだろうな!?」
「・・・・・・」
「答えろこの馬鹿! お前、それがどういう事になるのか解ってるのか!? 失ってからじゃ、後悔しても遅いんだぞッ!」ロックは大切な人を失っていると、セシルは聞いた。
そしてそれを取り戻したいと強く思っていることも知っている。「そうだ。泣いて悔やんでも失ったものは戻ってこん。ここは素直にクリスタルを渡せ、セシル」
テラもセシルを促す。
その言葉を聞いて、セシルは頷いた。「―――ああ、解った」
本当は、迷いは一瞬で、答えはすぐに出ていた。
ただ、それでもすぐに動けなかったのは、ある種の躊躇いを感じていたからだ。(愛娘を殺されたテラ。恋人と両親を失い、故国を焼かれたギルバート。弟子達を失ったヤン・・・・・・その怒りや哀しみ、苦しみを僕は知っている。だというのに、僕は彼らの力を借りて、ゴルベーザの目的のためにクリスタルを渡そうとしている。ローザを救うために)
そんなことは、今更考えることではなかった。
テラ達も、納得した上でセシルに手を貸したのだから。(本当なら、ローザを見捨てでもゴルベーザと決着を付けるべきなのかもしれない)
ゴルベーザにクリスタルを渡したせいで、なお不幸な人間を生み出すことになってしまうかもしれない。
そしてそうなった時、もしもローザが救われていたとしたら。(彼女はなんと思うだろうか?)
それがセシルの躊躇いだった。
結果として、ローザを含む様々な人間を不幸にしてしまう可能性。
少し前までのセシルならば、ローザを見捨てていたのかもしれない。ローザ一人を犠牲にしても、ここでゴルベーザとの決着を付けていたのかもしれない。そちらの方が正しいと感じたならば、迷いも躊躇いも捨ててそうしていただろう―――ミシディアでパロムとポロムの父親を斬り殺した時のように。しかし―――
―――自覚しろよ、セシル=ハーヴィ!
バッツの声が脳裏に響く。
(英雄・・・か)
自分が英雄だと自覚しろと言われても難しい。
しかし、そう信じてくれる者たちをセシルは知った。(英雄なら、できるはずだな? 恋人を救い、その他の全ても救うことが。そして、全ての因縁に決着を付けることを)
悪役となって嘆きと憎しみと後悔を背負うのではなく。
英雄となって全てに喜びを与えることを。(今だけは、自惚れさせて貰おうか!)
心の中で呟いて、セシルは懐にしまっておいたクリスタルを取り出す。
「これが、土のクリスタルだ」
「ファブールの時のように、偽物ではないだろうな?」
「疑うなら調べればいい」そう言って、セシルはクリスタルを無造作に放り投げた。
だが、ゴルベーザはそれを受け取ろうとはしない。「落ちる・・・っ!」
ロックが声を上げて思わず飛び出そうとするが、明らかに間に合わない。
クリスタルは放物線を描いて、ゴルベーザの足下に落ちて床に激突する―――その寸前、ふわりと浮き上がった。ロックが手を伸ばすその遙か先で、クリスタルはそのまま浮き上がり、ゴルベーザの眼前で止まる。「ふむ・・・確かに」
ゴルベーザが本物だと確認した瞬間、ぱちっ、と何かが弾けたような音と共に、クリスタルが紫電に包まれて消える。
「確かに土のクリスタルは頂いた」
「約束だ。ローザを返せ!」
「フッ・・・好きにしろ―――カイン、後は任せた・・・」
「待て!」去ろうとするゴルベーザに、テラがセシルを押しのけて前に出る。
「ゴルベーザ・・・娘の仇、取らせてもらう!」
「娘? 知らんな」
「貴様は知らなかろうが関係ない。覚悟ッ!」テラはロッドを構えて魔力を高め、魔法を放つために集中する。
対し、ゴルベーザはそんなテラの方を見やり。「相手をしてやっても良いが―――いいのか? 早くしなければ、ローザ=ファレルが死ぬぞ」
「なんだと!?」思わずテラが発動しかけた魔法を止め、構えを解く。
セシルもテラと並んで前に出て、「どういうことだ! 約束が違うぞ!」
「好きにしろと言った。・・・なに、制限時間内に救い出せばいいだけのことだ」
「制限時間だと!?」セシルがローザが捉えられている場所を映しているビジョンを見る。
見れば、いつの間にかローザの頭の上に光の数字が灯っている。その数字は “30”となっていた。「あれは・・・?」
「気づいたか。あれが制限時間だ。あと30分以内に救い出さなければ、刃が落ちる」
「くっ・・・素直に返すとは思っていなかったが・・・!」
「ちょっとした余興だ。せいぜい楽しんでくれたまえ」
「たまえ、じゃねーだろこの陰湿野郎!」ロックが罵倒するが、ゴルベーザは聞いていないようだった。
「カイン、後は任せたぞ」
「ハッ」
「―――では、命があったらまた会おう、セシル=ハーヴィ」
「まてっ、ゴルベーザ!」セシルが制止の声をかけるがそれも虚しく、ゴルベーザの姿は影であったかのようにその場から消え去った。
「っ・・・逃がしたッ!」
「おのれ、ゴルベーザ・・・・・・!」
「すまない、テラ」
「何を謝る! それよりも早くローザを救い出さねば!」テラの言葉にセシルは頷いた。
「おい、あそこに扉があるぜ」
ロックが前を指さして言う。
ローザの姿が映っている壁の真下に、先程まで立ち塞がるゴルベーザの影となって見えなかったが、この部屋の入り口と同じような扉があった。「おっしゃ! そうと決まれば早く行こうぜ!」
そう言ってマッシュが駆け出そうとして―――
「危ない!」
ヤンがマッシュの襟首を掴んで押しとどめる。
そのマッシュの鼻先に、いつの間にか槍の先端が向けられていた。「なっ―――」
「悪いが・・・そう簡単にいかせるわけにはいかんな―――」そう呟いて立ち塞がったのは―――
「カイン!」
「セシル。ローザを救いたければ俺と戦え」そう言うカインに、ロックが叫ぶ。
「おい! アンタはローザの幼馴染だろ! その幼馴染がピンチだってのに―――」
「それがどうした?」
「どうしたって・・・お前、正気か!?」
「正気・・・? そんなものは当の昔に捨て去った!」ぶわっ。
いきなり、カインの全身からゴルベーザに似た邪悪な気が噴き出した。「ダークフォース・・・!」
「さあ、俺と戦えセシル! 貴様が光の力を手に入れたように、俺も闇の力を手に入れた―――この力、貴様で試してやろう・・・!」にやりと、邪悪に笑うカイン。
「・・・わかったよ」
セシルは嘆息して、後ろのロック達に言う。
「みんなは手を出さないでくれ」
「って、おい、一人で戦うつもりかよ!?」
「安心しなよ、ロック」セシルは微笑を浮かべて振り返った。
「戦いになんてなりはしないから」
「へ? そりゃどういう意味―――って、前だ前ーっ!」ロックの叫び声に、セシルはゆっくりと前を向く。
と、その眼前にカインの槍が迫ってきていた――――――