第15章「信じる心」
D.「矛盾する記憶」
main character:エニシェル
location:ゾットの塔

 

 ゾットの塔に入り、飛空艇を降りたセシル達は、カインに案内されて塔の中を進む。
 ヤンとテラは油断無く気を張って警戒しているが、マッシュとロックは物珍しい空似浮かぶ塔の内部に、興味を引かれたのか、落ちつきなくきょろきょろと周囲を見回していた。

「なんか・・・すげえなあ・・・」

 ロックが感嘆を言葉にして言う。
 塔の内部は、ロックが今までに見たことのあるものとは大きく違っていた。ロックが今までに登ったことのある塔は、その殆どが石で出来ていた。それがこの塔は金属で出来ている。それも鉄ではない、見たこともないような金属だ。

「なんだこれ・・・普通の金属じゃないし、ミスリル・・・でもないな。まさか、噂に聞くアダマンタイト―――いや、ありゃ確か滅茶苦茶重かったはず。幾らなんでも空飛ぶ塔には使えないだろ・・・」
「そうでもないがな。アダマンタイトがいかに重かろうと、時空系の魔法で重力を中和してしまえば、重さは関係なくなる」

 ぶつぶつと呟くロックに、エニシェルが訂正を入れる。彼女は、ぐるりと塔の内部に首を巡らせて。

「もっとも、これはアダマンタイトではないみたいだが」
「おや? お解りになりませんか?」

 ふわり、と空中を移動し、エニシェルの隣りに浮かんでバルバリシアが試すような口調で問う。
 そんなバルバリシアの言葉が気に障る様子はなく、むしろ気になった風にエニシェルは首を傾げた。

「解らんな。なんだ? まるで妾ならば解るとでも言いたげだな?」
「あら。貴女はアルテマの塔へ入ったことは無かったかしら。この塔とあの塔―――そして」

 と、バルバリシアはエニシェルの頬に指を添わせる。

「 “貴女” は同じモノでできているのですよ?」
「同じ・・・モノ・・・?」

 エニシェルは軽く混乱した。
 バルバリシアの言葉もそうだが、その行為にも戸惑う。
 普段のエニシェルならば「気安くさわるな!」とでも言って腕を振り払うところが、何故かバルバリシアの行為を受け入れている。それだけではなく、バルバリシアの雰囲気に何故か懐かしさすら感じてしまう・・・

「・・・貴様、妾とあったことがあるのか?」

 エニシェルの問いに、バルバリシアは一瞬だけ酷く驚いたような様子を見せた。
 だが、すぐに妖艶に微笑むと、エニシェルから手を引く。

「ええ、遠い昔に」
「1000年前―――妾がレオンに振るわれていた時の話か?」

 1000年前。それがエニシェルのもっとも古い記憶だった。
 だが、バルバリシアは首を横に振る。

「いいえ。それよりもさらに遠い昔に。・・・・・・貴女様は忘れていらっしゃるようですけれど。確かに私は貴女の傍に居りました」
「妾が・・・忘れている・・・?」
「ていうか、1000年よりも昔って・・・アンタ何歳だよ?」

 エニシェルの隣で話を聞いていたロックが呆れたように尋ねる。

「あら? 女性の歳は聞くものではなくってよ?」
「そうだぞ、スケベ大王」
「・・・ちょっと待て。そりゃ俺じゃねえ! こいつだ!」

 ロックはすぐ後ろを歩いていたマッシュを指さす。
 マッシュは周囲を見ているせいか、ロックの仕草には気づかない。

「ったく。俺は健全に女の子が好きなだけだっつーの」
「む? そう言えば貴様、何故か騒がんな。貴様の大好きな美人様が居るというのに」

 エニシェルがバルバリシアを指さすと、彼女は照れたように身をくねらせた。

「いやん♪ 美人だなんて♪」
「むう、確かに美人だ。普段の俺なら、思わずロイドあたりと熱く語りあっているところだ!」
「語り合うだけなのか」
「だが、いくら美人様でも敵地で敵に色ボケしねえよ」
「・・・それくらいの良識はあるのか」

 とても感心したように―――というよりは驚いたように、エニシェルはロックを見る。
 ロックはえっへんと胸を張り、

「ちなみに帰ったらロイドのヤツに思いっきり自慢するけどな! 『俺、美人様の半径1メートル以内に足を踏み入れちゃったZE!』とか」
「自慢なのか、それ。―――とゆーか、やっぱり色ボケだろが」

 はあ、とエニシェルは心底呆れたように嘆息。
 だがすぐに疑念を感じてバルバリシアを見る。

「そう言えば敵だったな。それにしては妾に対する態度や口調が、馬鹿に丁寧ではないか?」
「あら? 敵だからと言って、罵倒しなければならないということもないでしょう」
「しかし敵を敬うならば、それなりの意味がある。―――さっき言った、妾の忘れている記憶と何か関係しているのか?」

 エニシェルの問いに、バルバリシアはふ―――と微笑を浮かべた。

「それはお答えできません。知れば、貴女様は嘆き悲しむでしょうから。それは私の望むところではありません」
「貴様が望もうと望むまいと、妾が尋ねておるのだ。話せ」
「もう一つ。私の貴女様は敵同士、敵のいうことを聞かなければならない理由もありません」
「・・・・・・」

 おどけて言うバルバリシア。
 だが、その声音は強い信念が籠もっているのをエニシェルは感じ取った。

(・・・話す気は無いと言うことか)

「バルバリシア! 何をしている?」

 遠くの方からカインの声が聞こえた。
 見れば、いつの間にかカインやセシル達は随分先に進んでいる。話をしていたエニシェルとバルバリシア、周囲に気を取られっぱなしのロックとマッシュはいつの間にか引き離されていたらしい。

「やべ。マッシュ、走るぞ!」
「おう!」

 慌てて走っていく二人を見送って、エニシェルはやれやれと肩を竦める。

「めんどいのう。―――セシル、妾を呼べ」

 セシルに向けて思念を送る―――と、即座に返答が返ってきた。

 

 ―――たまには走ったら? ダイエットにもなるよ?

 

「なんじゃそりゃああああああああっ!?」

 思わず全力でツッコミ。

「剣や人形にダイエットが必要あるかッ! イヤガラセか!? イヤガラセなのか!?」

 

 ―――冗談だよ、冗談。

 

 愉悦の感情が含まれた思念が来た次の瞬間、エニシェルの身体が何か見えざる力に引っ張られるようにして、その場から消え去る。

 ―――気がついた次の瞬間には、セシルの傍らにその姿があった。

「うわズルくないか、それ!」

 セシル達に追いついたロックが、軽く息を切らせつつエニシェルを非難する。
 エニシェルはふんぞりかえり、下から視線を見下ろすなどという器用な真似をして嘲笑。

「妾のような高次的な存在は、飛んだり跳ねたり走ったりと、野蛮なことはしないものだぞ?」

 いいつつ、エニシェルはロックの肩越しに、さっきまで自分がいた場所に視線を送る。
 そこにはもう誰もいなかった。
 周囲を見回してみるが、金髪の美女の姿は何処にも見えない。

(あの女・・・消えたか)

 エニシェルの追求をかわすためなのか、それともセシル達を出迎える罠でも用意しているのか―――

 どちらにしろ、話の続きは出来そうになかった。

(まあ、いい。過去なぞハナから興味はない。レオンと過ごした過去と、妾が今こうしてここに居ることだけで十分―――)

「どうした、エニシェル?」
「む?」

 声をかけられて顔を上げると、セシルがこちらを見下ろしていた。
 さりげない風を装いながら、実は心配して気に掛けてくれているのがエニシェルには解った。それが解るくらいには、セシル=ハーヴィという男のことを解ってきたつもりだ。

(・・・そんなに深刻そうな顔でもしていたのか、妾は?)

 自覚は無かったが、エニシェルがセシルの事を解ってきたように、セシルもエニシェルのことを解ってきている。
 そのセシルが心配したと言うことは、そういうことなのだろう。

「別に、なんでも―――」

(え―――?)

 なんでもない、と言おうとセシルの瞳を見た瞬間、セシルの姿に重なって、別の誰かが見えた。

 それはセシルのようであり、しかしセシルではなかった。
 その “誰か” が見えた瞬間、エニシェルの心が激しく揺さぶられる。まるで心を、金槌で思い切り叩かれたような衝撃。

「誰・・・だ・・・?」

 それが誰なのか解らない。しかし知っているはずの人。だが知らない人。
 ただはっきり解るのは、それがエニシェルにとって何よりも特別な―――セシルやレオンハルトよりも、ずっと特別な存在だと言うこと。

 エニシェルはその人を知らない。 “思い出せない” ではなく、元から知らないと断言できる。
 だが、彼女はその人を知っている。知らないはずがない。何故ならば、彼女はその人のために――――――

「誰だ・・・ッ!」

 知らない知らない知らない。
 知っている知っている知っている。
 矛盾する二つの記憶。せめてそれが誰か解れば、矛盾も解決するとエニシェルはセシルに良く似た “彼” を追い求める。

「エニシェル!」
「う・・・・・・?」

 不意に、目の前にセシルの顔があった。
 いや、セシルの顔に気がついたと言うべきか。

「む・・・う・・・? ・・・わらわ・・・は?」
「どうしたんだ、いきなり泣き出したりして」
「は?」

 心配そうなセシルの声に、エニシェルは戸惑う。

「泣く? 妾が・・・?」

 馬鹿なことを。どうして妾が泣かなければならない―――などと、思いながら自分の目元に指をやると、確かに濡れていた。

「へえ、人形でも泣けるんだな」

 皮肉というわけではなく、本当に不思議そうにロックが呟く。
 エニシェルは、呆然としたままセシルを見上げた。

「・・・・・・」
「大丈夫かい? なにか錯乱していたようだけど・・・」

 気遣うセシルの声も耳には入らず、エニシェルはぼんやりとセシルを見つめる。
 もうさっきの “誰か” の姿は見えない。
 今までにない初めての体験にエニシェルは困惑する。

(なんだ・・・? 一体、なんで急に・・・)

 心がぐちゃぐちゃに乱れるのを自覚する。自覚しながらも、自分の心を抑えきれない。
 それは、制御できないという意味では、初めてレオンハルトに出会った時の感動によく似ていたが、あの時のものよりもずっと気分の悪いものだった。

(―――違うな。急に、ではない。あの女が妾の過去などと訳の解らないことを言い出すから・・・)

 エニシェルは周囲を見回す―――が、やはりバルバリシアの姿は見えない。
 喚き散らして呼びつけようとも思ったが、それはあまりにも無様だろうし、なにより素直に出てくるとも思えない。

 諦めて、エニシェルは再び視線を戻す。
 セシルはもう何も言わず、エニシェルの視線を受け止めて見守っている。エニシェルが落ち着くのを待ってくれているのだろう。

(セシル=ハーヴィか・・・)

 さきほど見た幻視は “過去” ともう一つ “セシル” の二つが引き金となって見えた気がする。
 あの幻視はセシルではないと、エニシェルには直感的に思っていたが、セシルと無関係とは思えない。

(まさか、あの女のように1000以上も生きた、というわけじゃないだろうが―――しかし)

 はあ、とエニシェルは嘆息。
 それを見て、普段の調子に戻ったと判断したのか、セシルが口を開く。

「僕がどうかしたかい、エニシェル?」
「いや、別に―――ただ、そうだな」

 エニシェルは言葉を少しだけ迷ってから、先を続けた。

「・・・貴様と妾は意外と因縁があるのかもな」
「え?」
「なんでもない。―――すまんが、少し疲れた。休ませてもらう・・・必要となったら呼べ」

 そうとだけ言い残して。
 エニシェルはその場から消え去った―――

 


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