第15章「信じる心」
C.「自分に出来ること」
main character:ギルバート=クリス=フォン=ミューア
location:トロイア上空

 風を切り、飛空艇が空を飛ぶ。
 車椅子の上から、ギルバートは後ろに引き寄せられるように流れていく雲を見送っていた。

「まだ、不安なんですか?」

 声をかけられ振り返ると、ファスが居た。
 ファスは、車椅子で動きが不自由なギルバートの前に回り込むと、気遣うように上目遣いに視線を送る。
 そんな少女に、ギルバートは苦笑を返した。

「そうだね。不安とか、心配とか・・・考えないようにしようと思ったんだけど、でも難しいよ」

 考えないようにするには、本当に考えていないことを確認しなければならない。結果として、考えないことを考えなければならないので、自分の意志で無心になるというのは、矛盾が生じる。

「・・・信用すると言うことは考えないこと。その意味がようやくわかった気がするよ」

 信用すると考える―――つまり、信用しなければと考えなければならないということは、逆に言えば信用できない部分があると言う意味でもある。
 どんなに気の知れた友人であろうとも、100%の信頼などありえない。人は疑ってしまうものだから。
 信用するとは考えないこと―――セシルはそう言ったらしい。ならば、そのセシルが唯一信頼するカイン=ハイウィンドに対しては、セシルは100%の信頼をしていたということになる。

(・・・そんな親友が裏切って敵になっている。セシルは・・・大丈夫なのか?)

 別れた時、セシルはいつもと変らないように見えた。だが、内面は解らない。
 幸いとでも言うべきか、ギルバートは大切な人と死に別れた経験はあるが、裏切られた事はない。だから、裏切られたという気分は想像することしかできないが。

(でも・・・きっと、平静でいられるワケがない)

 絶望に沈むか、怒り狂うか。
 どちらにしろ、まともな精神状態では居られない。
 それは、セシルだって例外ではないはずだった。

「心配する気持ちは解りますけど、大丈夫です。きっと、せしるは運命を変えてくれるから」

 ファスがギルバートを元気づけるように言う。
 先程、飛空艇に乗り込む前にも同じように励まされた。
 真っ直ぐにこちらの目を見つめてくる少女。その瞳は揺らぐことなく、セシル=ハーヴィに対して絶大な信頼を置いていることが解って、ギルバートは苦笑する。

「そうだね。セシルなら絶対に大丈夫なはずだ」

 半ば自分に言い聞かせるように、ギルバートは呟く。

(そうだ。セシルなら信頼できる。今までだってそうだった。なにせ彼は運命を―――)

 心の中で繰り返し呟き―――かけて、ふと違和感に気がつく。

「・・・ファス? 今、なんて?」
「・・・?」

 ギルバートの質問の意味が解らなかったのか、ファスはきょとんとして首を傾げた。

「だから、セシルならなんで大丈夫だって・・・?」
「せしるは運命を変える人だから―――」
「それは、どういう意味だい?」

 ギルバートはファスの能力を知っていた。
 そして、死に逝く運命―――星に還る定めを変えることはできないと嘆いていたことも知っている。
 だから、ファスの言葉の意味に気がついた。

「どういう意味って・・・その―――」
「誰かが死ぬのか?」
「・・・!」

 直接的なギルバートの問いに、ファスはびくりと身を震わせる。
 滅多に視線を反らすことのないファスが、顔を横に背けた。
 その反応を見て、ギルバートは確信する。ファスはセシル達の運命を “見た” のだと。そして、その中の誰か―――もしくは全員が死ぬ運命が見えてしまったのだと。

「その・・・」
「答えてくれ、ファス。誰が死ぬんだ?」

 喉がカラカラに渇く。
 嫌な汗がじっとりと体中に滲むのを感じる。
 ファスに問いながらも、ギルバートは薄々感じ取っていた。

 ファスは人見知りの強い少女だ。知らない人間には自ら関わろうとは絶対に考えない。顔見知りであるギルバートにさえ、必要以上に接したりはしない。例外は、姉であるファーナくらいなものだった。
 だが、その一方で、強い意志と責任感を秘めていることを、ギルバートはファーナから聞いて知っていた。必要あるなら、勇気を振り絞り、どんな場面にでも飛び込むし、どんな相手を前にしても、視線を反らさず真っ直ぐに立ち向かう。

(そんなファスが僕をずっと励まそうとしてくれていた。つまり、僕を励まさなければならないと思う、特別な理由があったと言うこと)

 ファスには “彼” との関係は話していない。
 それでも、他人との接触に敏感なファスは気がついたのだろう。

「あ、あの・・・その・・・」

 ファスはおろおろと戸惑いながら、ギルバートの真剣な雰囲気に押されるようにして、その名を呟く。

「あの・・・テラのおじいちゃんが―――」
「―――!」

 気がついていた。解っていた。
 それでも、断言されてしまえば大きなショックを受けた。

「テラさんが・・・死ぬ・・・!?」
「だ、大丈夫! セシルなら絶対に―――」
「そんなことは関係ないっ!」
「きゃっ!?」

 ギルバートは思わず車椅子から立ち上がった。
 その勢いで、ファスを突き飛ばし、尻餅をつくが、それを申し訳ないと思うこともなく、ギルバートは操舵しているロイドに向かって駆け寄ろうとして―――

「うぐっ!?」

 足に激痛が走り、そのまま甲板に倒れ込む。

「どうした!?」

 その様子を聞きつけて、リックモッドが駆け寄ってきた。
 少し遅れてファーナも倒れたファスへと駆け寄る。

「ファス、大丈夫? ・・・ギルバート! いきなりファスを突き飛ばすなんて・・・!」

 非難のこもった視線で、ファーナがギルバートを睨付ける。
 ギルバートはリックモッドに助け起こされながら、バツが悪そうに謝った。

「すまない。・・・ファス、痛かったかい?」
「ううん、大丈夫・・・わたしこそ、ごめんなさい」
「えっ?」

 謝り返され、ギルバートはきょとんとする。

「わたしが、運命なんてみなければ、ギルバート様も不安にならなかったんだから・・・」
「そんなことはないよ。君は、僕を必死に励まそうとしてくれていただけじゃないか。君が謝る必要はない」
「だけど・・・!」
「それよりも、確かに見たんだね? テラさんが死んでしまうという運命を」

 ギルバートの問いに、ファスはこくりと頷いた。
 そして、すぐに首を振る。

「でもっ、大丈夫! せしるは運命を変える人だから! 洞窟の中でもそうだった。本当は、みんなみんな死んでしまうのが、わたしには見えた―――でも全員生き残れた。それはせしるが・・・っ!」
「違うよ、ファス」
「えっ・・・?」

 まくし立てるファスに、ギルバートは今度は優しく否定する。

「セシルが居るなら大丈夫だとか、信じられるとか、そういうことは関係ないんだ」

 ギルバートはリックモッドに肩を貸して貰って立ち上がる。
 そして、この騒ぎにも我関せずと、舵輪を操っているロイドを振り返る。

「確かにセシルに任せておけば安心なのかもしれない。僕なんかじゃどうしようもないことなのかもしれない・・・だけど!」
「ギルバート様・・・?」
「大切な人が死ぬかもしれないという時に、何も出来ないからって、何もしようとしないのは嫌なんだ!」

 言葉を吐いた瞬間、苦い想いがギルバートの胸の中に広がる。
 思い出されるのは、この世で一番大切だった人が失われた瞬間。
 死に逝く恋人を前にして、ギルバートはすすり泣くことしかできなかった。

(あんな想いは、もう沢山だ・・・!)

 今も、あの時も、自分の力など無きに等しいのかもしれない。
 アンナを失った時、ギルバートが何をしようとしても、何も出来なかったのかもしれない―――いや。

(そんなことはない!)

 どっちみち、アンナは助けられなかったかもしれない。
 けれど、無様に泣いて彼女を心配させるのではなく、強がりでも微笑んで彼女を看取ることはできたはずだ。
 復讐に燃えるテラを押しとどめることも出来たかもしれない。

「何か、出来るはずなんだ。こんな僕にでも―――だから! だから!」

 ギルバートは訴えかけるように、ロイドに向かって叫んだ。

「頼む! 今ならまだ間に合うかもしれない。反転してセシル達を追ってくれ!」
「駄目ッス」
「頼む! 君だって、セシルを助けたいだろう!?」

 ギルバートの言葉に、ロイドは一拍間を置いて。

「今、助けてますよ」
「えっ・・・?」
「こうして、飛空艇を操縦して、全員をトロイアの城へと送り届けること。それがセシル隊長から俺に託された命令であり、その命令を遂行することが助けになると思っています」

 淡々と淀みなく語るロイドに、ギルバートの言葉が詰まる。

「だ、だけど・・・だけどテラさんの命が危ないんだ! 僕はそれを助けたい!」
「ではお一人でどうぞ。俺は引き返しませんよ」
「くっ・・・」
「大切な人を助けたい―――そう思うのは立派ですが、そのために周りを巻き込まないでくれませんか? 貴方のワガママのために、こちとら命を張る気は毛頭無いんで」

 ロイドの辛らつな言葉に、ギルバートは次第に肩を落としていく。

「おい、ロイド。そいつは言い過ぎだぜ」

 流石に見かねて、リックモッドが窘めると、ロイドは嘆息してから、

「とにかく、引き返しませんよ。だいたい、今更引き返しても、もうどこに向かったかなんて解りませんしね」

 それで話はお終い、とでも言いたげに、ロイドは口をつぐんだ。
 ギルバートは力無く微笑んで、

「君は・・・セシルのことを信じているんだね」
「・・・さて、どうでしょうね?」

 ギルバートの何気ない呟きに、ロイドはにやり、と笑ってみせる。
 その笑みの意味がわからず、ギルバートは首を傾げた。そんな彼に、ロイドは微笑のまま続ける。

「―――ただ、1つ言えることがあります」
「それは?」
「セシル隊長なら、自分のワガママに他人を巻き込もうとしないでしょうね。本当に必要とあれば、飛空艇から飛び降りてでも一人で行こうとするでしょう」

 ―――少し、大げさかもしれませんが。と彼は付け足して。

「だから返って厄介なんだけどな。勝手に一人で突っ走るから、こっちが追い掛けてやらなきゃいけなくなる」

 そう言って豪快に笑ったのはリックモッドだ。
 ロイドも頷いて。

「結果的に周りが巻き込まれていくんですよね。本当に厄介な人だ―――しかも、それで結構上手くいくんだから、なおさらタチが悪い」
「それ、褒めてるのか貶しているのか解らないんだけど・・・」

 ギルバートが問うと、ロイドとリックモッドは視線を合わせ、同時に頷いて言った。

「「迷惑だって話ですよ」」

 ぴったりと合った言葉に、ついギルバートや周りの面々が噴き出す。

「だけど、テメエから巻き込まれに行くんだから、文句も言えねえ」
「俺は言うッスけどね」
「おお、流石はロイド=フォレス。セシルに文句言わせたら、右に出るものは居ないと噂される」
「・・・微妙な噂ッスね」

 はあ、と溜息1つついて、ロイドは視線をギルバートに向ける。

「何が言いたいかというとですね、感情に任せて突っ走って周りに迷惑かけるのはセシル隊長だけで十分だって話です」
「そういう話だったか?」
「リックモッドさんは黙っててください」
「うわ冷たッ」

 ぴしゃりと言われ、リックモッドはしょぼんと肩を落とす。

「自分がどういう役割を果たすべきなのか、その役の上でどうするべきなのかをよく考えてから行動してください―――そうでなければ周りが迷惑する」

 冷たいとも言えるロイドの言葉に、ギルバートは苦笑いする。

「そう・・・だね。少し焦りすぎていたようだよ。―――ごめん」
「謝られるほどじゃないッス。解ってくれればいいんですよ。・・・・・・さて、そろそろ着きますよ」

 ロイドの言葉に、ギルバートは飛空艇の進む先を振り返る。
 と、行く先にトロイアの城のシルエットがはっきりと見えた―――

 

 


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