第15章「信じる心」
B.「ゾットの塔」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイア上空

 

 飛空艇はぐんぐんと上昇している。
 バロンの飛空艇が、他の地域のそれと比べて優れている点に、到達高度がある。
 浮遊石と呼ばれる、文字通り空気中の酸素と反応することで浮力を生み出す石を内蔵した動力源を持つ飛空艇は、空を飛ぶことに関してそれほど苦労がいらない。動力の出力は他の地域より一歩出遅れ、最高速度、機動性こそ及ばないものの、こと持久力に関しては他の飛空艇の追随を許さないのはそのためだ。

「うっおー! すっげー! 雲だ! 雲が真下にあるっ!」

 飛空艇の淵から下を見下ろし、大はしゃぎしているのはマッシュだった。
 彼の言うとおり、飛空艇はすでに雲をつっきって、さらに上昇し続けている。

「落ち着け。雲海などちょっと高い山でも登れば見られるものだろうに。私は、ホブス山で何度も見たぞ」

 マッシュの隣で、ヤンがどっしりと腕組みをして、はしゃぐマッシュを窘めている。
 だが、ヤンの首から上は落ち着かず、そわそわと横目で飛空艇の上から見える絶景を見ていた。

 さらにその隣では、テラがまた瞑想をしている。
 連戦に次ぐ連戦で、使い切った魔力はそう簡単に回復するものではないが、少しでもあれば良いに違いない。

 普段なら一緒になってはしゃいでいそうなロックは、マッシュ達とは離れた場所で、一人でぼんやりと空を見上げていた。
 まるで見えない誰かと会話でもしているように、独り言をぶつぶつと呟いている。

 そんな仲間達を無視して、赤い翼の隊員達が忙しなく飛空艇の上で動き回って働いていた。彼らの瞳は暗く生気が無く、まるで死人のように青ざめた表情で働いている。かつての長であったセシルを見ても何も反応しない―――いや、というよりも見えていないというのが正しい表現だろうか。

(・・・ゴルベーザに操られている、か)

 考えずとも解る事実を思い浮かべ、セシルは視線を巡らせる。
 飛空艇の中央。少し前まではセシルがいつも立っていた場所で、カインが声を張り上げて周囲に指示を送っていた。セシル達のことは眼中にない隊員達も、カインの言葉にだけは反応する。

 そんな様子をぼんやりと眺めていると、唐突に声をかけられた。

「どんな気分だ?」

 声をかけられた方を見る。と、そこには黒いミニドレスに身を包んだ、黒ずくめの少女が面白くも無さそうな顔で立っていた。

「どんな気分って?」
「かつての自分の親友と、かつての自分の部下達が、敵となって目の前に居るのを見て、どんな気分かと聞いている」
「気分ねえ・・・」

 セシルは再びカインの方へと視線を移す。
 カインはさっきと変らず、忙しく指示を送っていた。

「バロンの飛空艇っていうのはね、世界で一番扱いが難しいんだ」
「ほう?」

 質問をはぐらかされたことも気にせず、エニシェルは相づちを打つ。

「浮遊石で簡単に浮きはするけど、真っ直ぐに浮くわけじゃない。水の中に桶とか沈めてみても、必ず傾いてしまうだろう? あれと同じでね、こうして水平のまま上昇していくっていうのは意外と難しいんだ。で、傾きを調整しきれないと、だんだんと傾いていって、傾きを止められなくなって、最後にはひっくりかえってしまう」

 セシルは上を見上げ、飛空艇の甲板に立つ幾本ものの柱の上で回るプロペラを指さす。

「あのプロペラは、実は浮力を生むためのものじゃないんだ。機体のバランスを取るためのものでね、水平状態を保つためには、常にあれを微調整しなければならない」
「ほう? その割りには、この前乗った飛空挺では、それほど忙しくなかったようだが?」

 エニシェルの言うとおり、バロンからトロイアまで乗ってきた新型飛空艇エンタープライズでは、セシルはそれほど忙しく指示を出したというわけではなかった。そもそも、ロイドが操舵して、シドが動力の加減を見ていたくらいで、つまりたった二人で飛空艇を動かしていた。
 この赤い翼の飛空艇のように、十数人もの乗組員が働いてはいなかった。

「あれはシドの最高傑作だよ。どういう原理かは知らないけど、自動で機体の傾きを調整してくれる。―――もっとも、それはエンタープライズのような小型の艇だからこそであって、 “赤い翼” のような中型以上の飛空艇には、まだ対応できないとは言っていたけどね」
「ふうん。―――で、それで?」
「うん?」
「どんな気分だ?」

 同じ質問を繰り返され、セシルは忙しそうなカインを細目で見て笑う。

「・・・とってもラクチンな気分かなあ」
「そか」

 期待していた答えとは違っていたのか、エニシェルはさらに面白く無さそうに溜息を吐く。
 そこへ。

「おい! あれ、塔か!?」

 不意にロックの叫び声が聞こえた。
 ロックの方見れば、彼はさっきと変らない格好で空を見上げている。セシルはその視線を辿って上を見上げれば。

「・・・確かに、塔だね」

 円筒形の塔が、空の上に浮かんでいる。
 下から見上げる塔の底には、土や岩が固まっていて、まるで大昔には大地にそびえ立っていたのだと主張でもしているようだった。

「うわすっげー。空に浮かぶ建造物なんて伝説にしか聞いたことねえぞ!」

 さっきまで静かだったロックが、大いに騒ぎ立てる。
 その言葉を聞き咎め、セシルは首を傾げる。

「伝説?」
「聞いたことないかよ? 大昔には、空には大陸が浮かんでたって!」
「良く知っているな」

 感心したようにエニシェルが言う。

「確かにほんの千年前には浮かんでおった。話の流れからすると、今は落ちたか失われたようだがな。―――そう言えば、妾は見たことがなかったが、聞いた話ではその浮遊大陸を制御する塔があったとか・・・」
「良く知っているわね」
「!?」

 不意にセシル達の背後から声が聞こえ、セシルとエニシェルは素早く振り返る。
 見れば、金髪の美女が柔らかく微笑んで浮かんでいた。

「そんなに驚くことないのに」
「いきなり背後に現れれば、誰だって驚くと思うけどね」

 セシルは嘆息して、警戒を取る。
 そんな風に落ち着いたセシルを見て、バルバリシアは意外そうな顔をする。

「あら? 私は敵よ? 警戒とかしなくていいのかしら?」
「ご招待してくれる最中に襲いかかったりはしないだろう? だいたい、その気ならもう攻撃を仕掛けてるはずだ」
「確かにね。あーあ、せっかく台詞まで用意したのに」
「台詞?」

 セシルがつい尋ね返すと、バルバリシアは顎に手の甲を添えて、流し目を送ってきた。

「―――あら? そんなに緊張しなくてもいいのよ? 貴方達はお客様なんだから」
「うわすごくありがちだなあ」
「・・・私も今そう思った」

 バルバリシアはポーズを解いて、困ったような顔する。

「ま―――そういうわけだから、そんなに警戒しなくても良いのよ? 取引が終えるまで、手を出すつもりはないから」

 バルバリシアのその台詞は、セシルに向けたものではなかった。
 セシルの後ろで、戦闘態勢に入ったヤンやマッシュに対してものだ。

「彼女の言うとおりだよ。まだ戦いは始まらない―――下手に気を張っても疲れるだけだ」

 セシルの言葉に、ヤン達は構えを解く。

「けれど、敵の手の中にあって、落ち着ける人間はいないでしょうに―――あなたどういう神経しているの?」

 バルバリシアの皮肉に、セシルは苦笑だけを返す。

「お喋りはそこまでだ―――そろそろ着くぞ」

 さっきまで指示を飛ばしていたカインの鋭い声が聞こえ、セシルはかつての親友を振り返らずに、眼前に迫る浮遊の塔を見る。
 と、バルバリシアがガイドのような口調で案内をする。

「さて―――ようこそいらっしゃいました。かつてはオーエンの塔とも呼ばれ、浮遊大陸を制御していた古代の技術が詰め込まれた神秘の塔。しかして今やその意味を無くした浮かぶことしかできない惨めな塔」
「俺たちはゾットの塔と呼んでいる。この中でゴルベーザ様は待っている―――セシル、貴様の女もな」
「・・・・・・」

 仇敵を様付けで呼び、幼馴染の名を呼ぶこともしない、かつての親友。
 そんなカインを、セシルは何も言わず、揺らぐことのない静かな瞳で見つめた。

「・・・・・・セシル=ハーヴィ。この塔がお前の墓標だ」

 カインは見つめてくるセシルから視線を反らし、言い捨てる。
 そして、飛空艇が大きく開かれた塔の入り口から侵入した―――

 


INDEX

NEXT STORY