第14章「土のクリスタル」
AJ.「子守歌」
main character:セシル=ハーヴィ
location:磁力の洞窟・前
そっと、セシルは抱き止めたオーディンの身体を地面に寝かせる。
『ばか・・・な・・・・・・最強の騎士・・・・・・オーディンを・・・・・・倒すとは・・・・・・』
「オーディン王になら勝つことはできなかった。でもこれは王じゃない。さて―――」セシルはそう言って、視線を倒れたオーディンからスカルミリョーネへと移す。
スカルミリョーネは、いつの間にか起きあがることに成功していた。それを見上げてセシルは微笑する。それは、氷のように冷たく、尖ったナイフのように鋭い酷薄な笑み。「―――次はお前だ」
『・・・・・・・・・!』剣の切っ先を向け、そう宣言するセシルに対して、スカルミリョーネは何も反応できない。
いや。(・・・なんだ・・・? 今の反応はまるで―――だとすれば・・・)
あることに気がついて、セシルはスカルミリョーネに向かって叫んだ。
「お前は俺を怒らせた―――その報いは受けて貰う!」
『・・・・・・むくい・・・・・・だと・・・・・・?』野太く響く声で、スカルミリョーネはようやくそうとだけ言葉を返す。
『あまり・・・・・・舐めるな・・・・・・この・・・・・・私をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・っ!』
「セシル! そっちに行ったぞ!」スカルミリョーネが吠えると同時、ヤンの警告がセシルに飛ぶ。
見れば、ヤンを足止めしていたアストスゾンビがセシルに向かって突進してくるところだった。(―――速い!)
素早い身のこなしで、セシルに迫るアストスゾンビの鋭い爪を、なんとかセシルは剣でガードする。
「SYHAAAAAAAA!」
狂ったような呼気を放ち、アストスゾンビはセシルに向かって二撃目を繰り出そうとする―――が、それよりも早く。
「やらせんッ!」
追いついたヤンの回し蹴りが、ゾンビの横原に突き刺さって軽々と吹っ飛んだ。
「セシル! とどめを!」
地面に転がるゾンビを指し示すヤンに、セシルは頷いた。
ヤンの打撃は通じなくとも、セシルの刃ならば大地の加護も効き目が薄い。そうでなくとも、聖剣ならばゾンビを滅ぼすことも容易いだろう。
しかし―――「やめてーーーーーーーーーーっ!」
アストスゾンビに向かって駆け出そうとしたセシルを、後ろから誰かがすがりつくように押しとどめる。
驚いて振り向けば、ファーナが目の端に涙を溜めて懇願するようにセシルを見上げていた。「やめて・・・! お願い・・・! これ以上、彼を傷つけるのはやめて・・・!」
結果としてアストスを利用し、裏切ってしまった事がファーナの負い目となっているようだった。
聖女とまで呼ばれ、心優しい彼女だからこそ、そんなアストスの身体がこれ以上傷つけられることが耐えられないのだろう。
だからといって、このままでは埒が明かない。セシルは強引にファーナをふりほどこうとして―――「大丈夫だよ」
―――という一言に、セシルは動きを止めた。
「ファス・・・?」
見ればファスが前に出てきていた。
とことこと、セシルとファーナの横を通り過ぎ、アストスゾンビに近づいていく。
あまりにもそれが自然で、普通だったために、セシルは止めるタイミングを逃した。「大丈夫だよ」
もう一度、同じ言葉を少女は繰り返す。
「哀しむ必要も、苦しむ必要もないんだよ。せしるが言ったとおり、意志無き力に意味なんて無いから」
ファスは倒れたままのアストスゾンビを見下ろす。
ゾンビはもうすでに回復しているはずだった。だが、いきなり前に出てきた少女の様子を伺っているようで、動かない。「これは、違う」
否定。
しかし、本人以外、何を否定したのか解らずに困惑する。
そんな空気の中、ただ一人ファスだけが、全て解っている風に動く。見下ろしていた顔を上へ向けて、真剣な顔をして語りかけた。
「わたしには・・・見える―――ねえ、居るんでしょう、そこに? 星の流れから隔離されて、ただ漂っている寂しい命。もしもあなたにその気があるのなら―――自分で自分の仇を取るつもりがあるのなら、ここに来て! わたしの身体を貸して上げる! だからっ!」
「GAAAAAAAAAAAAA!!!」ファスの言葉を遮って、倒れていたゾンビがいきなり立ち上がり、ファスに襲いかかる!
「しまった!」
ゾンビの攻撃に、セシルはファスを庇おうと駆け出すが、圧倒的に間に合わない。
セシルの目の前で、ゾンビが鋭く長い爪を振り上げ―――ファスに向かって振り下ろす。「ファスゥッ!」
ファーナが顔を覆って悲鳴を上げる―――しかし。
「・・・え?」
ファーナが恐る恐る、覆っていた手を除けて前を見れば、そこにはファスの姿はなかった。
ただ、爪を空振りした間抜けなゾンビが佇むだけ。「ファ、ファス・・・・・・?」
「やれやれ・・・人間の小娘風情が、この私を引っ張り出すとは」妹は何処に行ってしまったのかと、首を巡らすファーナの耳に聞き慣れた声―――けれど、聞き慣れない口調のファスの声が聞こえた。
それは、アストスゾンビの真後ろ。ファーナからは丁度死角になる辺りからだった。「・・・だが、抜け殻とはいえ、これ以上無様な私を晒すのも勘に障る」
アストスゾンビが、ようやく背後の気配に気がついて身体を反転させる。
その時、ファーナにもちらりとファスの姿が見えた。「ファス・・・・・・?」
妹が生まれた時から何度も、数え切れないほど口に出した名前。
それを今、ファーナは自信なく呟く。
ゾンビの向こう側に見えた妹は、ファーナの知っているモノではなかった。黒かった髪は白髪へと変じ、目は爛々と赤く怪しく光っている。だが、そんな外観上の変化は些細なこと。決定的だったのは表情だった。口元に浮かべた歪んだ笑みは、普段のファスとは似ても似付かないほど禍々しい。
人間というのは、表情1つでこれほどまでに印象が変るものだと、ファーナは声も出せずに驚いていた。「さて・・・これ以上、1秒たりとも私自身とはいえ醜いモノを放置しておくのも見苦しい・・・」
底冷えするような冷たい口調で、ファスはゾンビに向かって手を差し出す。
その動きに反応して、ゾンビがファスに向かって襲いかかる―――が。「滅べ」
短く呟き、ファスは口早に呪文詠唱を開始する。
ゾンビの長い爪がファスに届く―――その寸前、魔法が完成した!「―――『ファイラ』」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」紅蓮の炎がファスの掌から巻き起こり、火炎の流れがゾンビを押し戻し、燃やす。
炎すら凍らせるような冷たい眼差しで、ファスはゾンビを一瞥した。「流石にエルフゾンビの身体は良く燃える・・・そのまま塵一片残さずに消え失せろ」
「自分自身に対する台詞にしては、酷じゃないか?」セシルが油断無く剣を構え、ファス―――いや、アストスにその切っ先を向ける。
アストスは、自分の身体が完全に燃え尽きたのを確認してから、セシルに向き直った。「貴様にも解っているだろう? これは私であって私ではない。ならば遠慮する必要もない」
「これから・・・・どうする?」
「どうすると・・・思う?」
「・・・・・・」セシルは剣を握る手に力を込める。
スカルミリョーネよりも、ファスの身体に憑依したアストスの方が危険であると判断して。
だが、そんなセシルの懸念を吹き飛ばすように、アストスは哄笑を上げる。「ははははははっ。案ずるな。言っておくが、今の私には貴様らと戦えるだけの力はない」
「ファスの身体を人質にとれば・・・解らないだろう?」
「それが貴様に通じるとは思わない。―――己の王を躊躇いなく斬り伏せた貴様に」
「・・・・・・・・・」これは王であって王ではない―――そう反論が浮かんだが、セシルは口を閉ざした。
実際に、相手が本物のオーディン王であっても、セシルは斬ることができただろう―――実力差を別とするなら。「私は私の仇を取るためにこの娘の身体を借りただけだ。すぐに消える―――」
「待って!」ファーナがアストスに駆け寄る。
自分の妹の姿をしたアストスに、彼女は目を合わせることが出来ずに俯いて言う。「これで、貴方は消えてしまうの・・・?」
「消えようが消えまいが、お前に何の関係がある」
「私は・・・私は貴方を裏切ってしまった・・・!」泣き叫ぶような声でファーナが叫ぶ。
対して、アストスはファスの顔で嘲笑を浮かべた。「だからどうした? 私に赦して欲しいとでも?」
「・・・赦して欲しいなんて言えません。だから、私をその手で殺して―――」ぱん!
と、ファーナの頬が激しく鳴り、彼女は地面に倒れた。
それが、打たれたのだと彼女はすぐに気づくことができなかった。「・・・全く。どうしようもない人だな、貴女は」
怒りを含んだ声。
ファーナが顔を上げると、セシルがこちらを見下していた。どうやら、今ファーナを張り飛ばしたのはセシルだったようだ。「悲劇のヒロイン気取るつもりなら、誰もいない場所で一人でやってくれないか?」
「そんなの気取ってません! 私はただ、罰を受けるべきだと・・・」
「罰? それが気取ってるって言うんだ! 貴女が罰を受けて誰が喜ぶ? ―――ああ、違うな。別に殺されたきゃ勝手に死んでくれればいい。僕にとってはどうでもいいことだ! けれど、そのためにファスの手を汚させるなら僕は許さない!」
「あ・・・・・・!」叱責されて、ファーナはようやく気がついた。
アストスはファスの身体を借りているだけ。今、アストスの中にファスの意識が目覚めているのか解らないが、それでも自分の身体が最愛の姉を殺したと知れば、悲しむことは間違いない。もしかしたら、哀しみと悔恨のあまりに己を殺してしまうかもしれない。「人は死ぬということを知らなければならない―――貴女の命は貴女のモノだ。だけど、貴女が死ねば誰かが悲しむ! それを忘れるな!」
「うっ・・・・・・」ファーナはそのまま泣き崩れる。
それを放って、セシルはアストスに振り返った。もちろん、剣は握りしめたまま油断無く。「それで? 君はいつまでファスの中に入ってるつもりだい?」
「なるほど。貴様は私がこの娘の中に居ることが余程気にくわないらしい」
「気に食うわけあるか!」
「案ずるな、と言っただろう。すぐに出ていく―――が、その前に」アストスはセシルに向かって一歩踏み出す。
一瞬、ぴくりと反応しかけたが、セシルは相手に敵意がないと判断してアストスに向けた剣の切っ先を地面に向ける。
そんなセシルの行為に、アストスはにやりと笑ってから、セシルを押しのけてファーナの目の前に立つ。「おい、人間の娘」
「・・・・・・え?」すすり泣いていたファーナは、妹の声に呼ばれて顔を上げる。
「人間如きが自惚れるな。貴様が私を裏切っただと? 馬鹿を言え、貴様が何しようがアリに噛まれたようなもの。少し痛いと感じる程度のものだ」
「け、けれど、私がクリスタルの力を止めなければ、貴方は負けなかったでしょう?」
「自惚れるなと言った。クリスタルは貴様の力ではないし、そもそもクリスタルの力に負けたわけでもない。私はこの男に敗れた。ただそれだけだ」皮肉げな笑みを浮かべ、アストスはセシルを振り返る。
セシルは苦笑を返し、「それは光栄に思うべきなのかな」
「いい気になるな―――次はお前を殺し、人間を殺し、そして世界を我が物にしてくれる」
「次って・・・・・・貴方は・・・・・・?」驚いて問うファーナに、アストスは答える。
「貴様ら人間と一緒にするな。肉体は滅んだが、私の存在までは滅びぬ。私はエルフの王。森が焼き払われたとしても、いずれは新しく芽を出し蘇るように、私の存在は永遠となる・・・」
「じゃあ、また蘇るのですか」
「いや、そこは喜ぶとこじゃないだろう」明るい笑顔を浮かべるファーナに、セシルは半眼で呻くように言う。
「いつ蘇るかは解らんぬが。少なくとも、貴様が生きている間に復活することはないだろう」
「長生きします」
「・・・は?」
「長生きしますから、貴方が蘇ったら私に会いに来てください」
「何を言っているんだ? 貴様などに会いに行ってどうする。また私に殺して欲しいとでもいうのか?」
「貴方が望むのなら」真剣な顔をして、彼女はアストスを真っ直ぐ見つめていた。
先程まで顔を合わせる事も出来なかったのに、いつの間にか彼女は真っ直ぐ前を向いている。(確かにファスの姉だな。良く似てる・・・勝手に思い込んで話を進めていくところとか)
夜の公園での事を思い返して、セシルは苦笑する。
「くだらん。何故、私が人間如きと約束しなければ―――」
『フシュルルル・・・・・・いい気に・・・・・・なるなよ・・・・・・人間如きが・・・・・・!』アストスの台詞を遮って、スカルミリョーネの声が周囲に響き渡る。
振り返れば、さっきまで地面に倒れてもがいていたスカルミリョーネが立ち上がっていた。まだバランスは危ういが。
ふと、セシルは気がつく。いつの間にか周囲のゾンビ達は全滅していた。「まだやる気なのかよ?」
「まだオーディン王のような特別製があるならともかく、ただのゾンビしかないならやるだけ無駄だぜ」ロックとリックモッドがあざ笑うように言う。
しかし、スカルミリョーネはその挑発を軽く受け流した。『フシュルル・・・・・・それは・・・・・・どうかな・・・・・・』
その言葉尻に合わせて、地面からゾンビが沸いて出てくる。
もうすっかり見慣れた光景―――だが、セシル達は驚愕した。「なっ・・・なんだ・・・あの数・・・!」
地面からゾンビが召喚されてくる。
それは変らないが、その数が尋常ではなかった。
文字通り、スカルミリョーネの周囲を埋め尽くすほどのゾンビ。その数は軽く100を越え、さらに増え続けていた。『幾ら強かろうとも・・・・・この数・・・・・・堪えきれるか・・・・・・』
「ちいいいいっ!」
「うおおおおおっ!」
ライトブリンガー
オーラキャノン
セシルとマッシュの攻撃が機先を制す。
放たれた聖なる力が、ゾンビたちの幾割かを消滅させる―――が、それも氷山の一角を崩した程度に過ぎない。
倒しきれなかった他のゾンビ達が、ゆっくりとセシル達に殺到していく。「数が多いッ!」
目の前のゾンビを斬り伏せながらセシルが呻く。
後ろにファーナを庇いつつ、周囲を見回す―――が、もう空とゾンビ以外の風景は見えない有様だった。
ギルバートの竪琴のお陰か、ゾンビの動きが鈍いのがせめてものの救いだが、いつゾンビの群れがギルバートまで迫るか解らない。セシルは舌打ちして、再び聖なる一撃を放とうと構え―――ようとしたところに、ゾンビが腕を振り上げて襲いかかってくる。
仕方なく、それを剣で打ち払うが、一息つく余裕もなく次が迫る。(まずいな・・・多勢に無勢にも程がある。ヤン達はどうなってる!?)
焦る気持ちを苦労して抑えこみ、セシルは思考を走らせる。
ヤンやリックモッドの実力なら良く知っている。ゾンビなら束になって掛かってきたところで、蹴散らせるだろう―――が、数が数だ。しばらくは持ってくれるだろうが、いつまで耐えられるか解らない。
大体、セシルだって他人を気にしている余裕もない。 “世界の敵” を相手にした時のように、聖剣の力が全解放されれば一瞬で蹴散らせるだろうが、残念ながら聖剣はなんの反応も示さない。(アストスにも反応しない、か)
隣に居る、ファスの姿をちらりと見る。
聖剣が反応しないのは、ファスに憑依しているためなのか、今はアストスと敵対していないためなのか解らないが、ともあれ聖剣を頼ることはできないようだった。「GYUAAAAAAAA!」
うなり声を上げて迫ってくるゾンビに向かって剣を振るう―――と、剣を振り切る前に別のゾンビが襲いかかる。
振り下ろされるゾンビの腕。剣はまだ別のゾンビを切り裂いている最中。セシルは空いている左手を、身を庇うようにしてゾンビの目の前に出して、「 “ケアル” !」
唱えていた回復魔法をゾンビに向かって放つ。
まだ使い慣れない、拙い魔法だが、それでも生命の魔法は負の生命を持つゾンビに対する牽制にはなったらしい。悲鳴を上げて身をのけぞるゾンビに、ようやく最初のゾンビを消滅させた聖剣を叩き付ける。「次は―――!」
二体で襲いかかってきたゾンビを消滅させると、今度は三体同時に迫ってきた。三体のゾンビは、肩と肩を寄せ合って、セシルに向かって突進してくる。
「在れ―――」
セシルが呟くと、手にしていた剣が消え、セシルの腰に鞘に収まった聖剣が出現する。
その柄を掴むと同時、足を踏み出して一気に剣を引き抜いた。
居合い斬り
一閃。
並んで迫ってきたゾンビ達は、セシルの放った真一文字の斬撃によって、同時に消滅する。
だが、その向こうからさらにゾンビが出現する。(・・・キリが無いな・・・)
息をつく。
セシルだけではなく、ヤンやリックモッド達も、それなりにゾンビたちを屠っているはずだった。
だというのに、数は減る気配を一向に見せない。ということは。(まだ増え続けているのか・・・!?)
まさか無限と言うことはないだろうが、それでもこのまま増え続ければ、いずれはこちらの体力が尽きてしまう。
特に、ギルバートが竪琴を弾けなくなってしまえば、一気に押し込まれてしまうだろう。(くそっ・・・せめて、ヤンやリックモッドさんたちと合流できれば・・・)
周囲を見回すが、ゾンビに囲まれている。
前や横は言うに及ばず、背中に庇っているファーナの方までゾンビが迫っていた。そちらの方は、何故かアストスが撃退してくれているようだが。「何故・・・助けてくれるのですか?」
ファーナがアストスに尋ねる。
するとアストスは薄く微笑して答える。「なに、単なる興味本位だ。本当に貴様が私が舞い戻るまで生き存えられるのか、試してみるのも面白い」
「そうですか。ならば」ファーナも笑みを持って答える。
視線をアストスから、周囲のゾンビへと移して。「ならば、私はここで死ぬわけにはいきません」
「何か手が?」背中を向けたまま、セシルが尋ねる。
セシルには見えない微笑みを、セシルの背中へ向けて、ファーナは頷いた。「人は死ぬということを知らなければならない―――貴方はそう言いました。けれど、ここに居るのは死ぬということを忘れてしまった者たち。永遠に、延々と、いつまでもはしゃぎ続けることしかできない、可哀想な眠れぬ子供達。それなら私が歌いましょう、神の子達が安らかな眠りにつけるよう―――」
芝居がかった調子で彼女は独白し、そして―――歌い出す。
******
「おい、ヤバイんじゃないか、これっ!?」
ロックが石のナイフを振り回し、ゾンビたちを追い払いながら悲鳴を上げる。
ヤンは無言で答えずに、迫り来るゾンビを拳と蹴りで撃退する―――が、ゾンビの群れが迫る勢いは、衰える気配を見せない。「テラのじーさんっ、魔法はどうした!?」
「まだ少しは使えるが、焼け石に水だ! 使っても使わなくとも変らん!」
「空は!? 洞窟の中で使った魔法で空飛んで逃げたりできないのかよ!」
「やってみても良いが、おそらく撃ち落とされるぞ。ヤツに」そう言ってテラはゾンビの群れの向こうに見える、スカルミリョーネの巨体に目をやる。
スカルミリョーネはテラと同様に魔法を扱える。空に浮かんだロック達を狙い撃たれるだけならまだ対処のしようはある。だが、魔法を打ち消すディスペルを使われてしまえば、抗う間もなくゾンビの群れに真っ逆さまだ。それでも一か八かの最後の手段には使える。だからこそ、テラは魔力を温存していた。
「畜生! 幾らなんでも腐ったゾンビまみれになって死ぬのはいやだああああああああああああ!」
ロックが叫ぶ。
そこへ、ゾンビが襲い来る!「ロック! 逃げろ!」
「うわっ!?」テラの警告に、ロックはゾンビの攻撃に気がついた。
だが、逃げる余裕はない。観念して、ロックはそれでもダメージを抑えようと身体を縮めて、衝撃に備えた。―――が。
「んん?」
来るはずの衝撃はいつまでたってもこない。
おそるおそる、ロックが顔を上げると、ゾンビは腕を振り上げた上体のまま、固まっていた。「な、なんだ・・・? じーさん、アンタが?」
ロックがテラを振り返るが、テラは首を横に振る。
「私はストップの魔法など使っておらん。使うヒマもなかった」
そう言って、テラは周囲を見回す。
ロックを襲おうとしたゾンビだけではない、周囲のゾンビ達も動きを止めていた。「なにが、起きた・・・?」
ヤンも動きを止めて不思議そうに周囲を見回す。
やがて三人は気がついた。
さっきから聞こえていたギルバートの竪琴の調べに乗せて、もう一つ美しい歌声が響き渡っていることに。「歌・・・?」
「いや、ただの歌ではない。これは・・・」
「なんだっていいだろ」テラがなにかいおうとすると、ロックはそのまま地面に腰を下ろす。
「いい歌声だ。・・・なんか、気持ちよくなってくる」
ロックはそう言って、立てた膝に頭を乗せて目を閉じる。
ヤンとテラは目を合わせ―――ふっ、と力を抜くように息を吐くと、ロックと同じように地面に腰掛けた。ゾンビに囲まれた緊急事態だというのに、三人はゆっくりと身を休めるように座り込んで、美しい歌声に耳を傾けた。
******
リックモッドたちの周りでも、ゾンビ達は動きを止めていた。
「奇跡・・・?」
トロイア兵の一人が呟く。
さすがにリックモッドとギルガメッシュ、マッシュの三人だけでは押し寄せるゾンビの群れを抑えきれず、トロイア兵の中に、何人か怪我人を出していた。
リックモッドもトロイア兵の一人を庇った時に、右の脇腹をゾンビに殴られて負傷してしまっていた。それでも歯を食いしばり戦っていたが、それも限界と思われた時―――ゾンビ達の動きが止まった。「これを奇跡というのなら、彼女の存在そのものが奇跡と言うことになる」
そう、言ったのはギルバートだ。
先程まで必死で竪琴を奏でていたのが、今は随分と穏やかな様子で、むしろ楽しそうに竪琴を弾いていた。
その調べも少し違っていた。
荘厳さを感じさせる、聞く者を圧倒させるような冷たさすら感じさせる厳しい旋律だったのが、いつの間にか、全てを包み込むような暖かみの感じるゆっくりとした曲になっていた―――まるで、ゾンビ達の向こうから聞こえてくる歌声に合わせるように。「もっとも、僕がそう言ったら彼女はとても嫌な顔をしたけどね――― “奇跡であるのは私じゃない” って」
ギルバートの呟きを聞くものは誰もいなかった。
誰もが竪琴の音色と、奇跡のような歌声に聞き惚れている。
ギルバートもそれ以上はなにも言うこともなく、ただ夢中で竪琴を奏で続けた。
******
『馬鹿な・・・・・・!?』
命令しても、全く動かない自分のゾンビに、スカルミリョーネは困惑していた。
ギルバートの奏でる竪琴が脅威なのは知っていた。
だからこそ、スカルミリョーネはゾンビたちを強化して、呪曲に耐えられるようにした。実際、ギルバートの竪琴は、多少の影響は及ぼしたものの、ゾンビ達には通じなかった。
音を媒体に、広範囲に響き渡る “レクイエム” さえ対処すれば、ゾンビの群れはセシル達を飲み込むはずだった。だというのに―――『・・・・・・・・・』
スカルミリョーネは、セシル達のいる場所を見下ろす。
そこでは、ファーナが周囲のゾンビ達に語り聞かせるように歌を歌っている。それは誰もが知っている―――母が生まれたばかりの我が子に歌ってあげる、子守歌だった。その声に魔力は感じない。なんの力も無い。しかし、その歌声はギルバートの竪琴の力を、何倍にも引き上げていた。ボロッ・・・・・・
と、ゾンビの一体が乾いた砂となって崩れ落ちる。
それを皮切りに、他のゾンビ達も次々と自壊を始めていった。
それは “レクイエム” による強制的な滅びではない。
眠れない赤子が、母の歌声を聞いて安らかに眠りにつくように、ゾンビ達も自分たちがすでに死に至った者だと思い出し、在るべき場所に還ろうとしているだけ。それこそ、眠りにつくように。『おのれ・・・・・・』
スカルミリョーネの身体も、崩壊しようとしていた。
巨体を動かしているのはスカルミリョーネだが、それを構成するのはゾンビだ。そのゾンビ達が自壊を始めていく。
勝手に滅ぼうとする自分の身体をなんとか制御しながら、スカルミリョーネはファーナを睨みおろした。『ここは私の負け・・・・・・だが・・・・・・ただでは・・・・・・退かぬ・・・・・・!』
スカルミリョーネは魔法詠唱を開始する。
肉体が完全に滅び去るまでに、魔法を使えるのはあと1回が限度だろう。だが、その1回で十分だった。『せめて・・・・・・一人だけでも・・・・・・連れて行く・・・・・・!』
狙いを歌うことに集中しているファーナに合わせて、魔法を解き放つ。
『喰らえ―――』
バシュウウウウウッ!
スカルミリョーネが魔法を放とうとしたその瞬間、その半身が吹き飛んだ。
見れば、セシルがライトブリンガーの切っ先をスカルミリョーネに向けている。彼は舌打ちして。「やらせないよ。誰一人やらせない」
『セシル・・・・・・ハーヴィ・・・・・・』憎憎しげに、スカルミリョーネはセシルをにらむ。
『おのれ・・・・・・最後まで・・・・・邪魔をするか・・・・・・』
「言っただろう。お前は僕を怒らせた―――絶対に許さない」
『フシュルル・・・・・・許さぬ? ・・・・・・だが・・・・・・貴様には・・・・・・私を・・・・・・滅ぼすことはできない・・・・・・』
「―――魔封剣という技を知っているか?」
『なんだ・・・・・・それは・・・・・・?』スカルミリョーネの疑問に、おや? という顔をセシルはした。
(あまり有名な技じゃないのかな? ―――そう言えば、僕がバロンで使った時も、エニシェルはどういう技なのかは解ったようだけど、名前までは知らないようだった。とすると、セリス将軍の秘技なのかもしれない)
「簡単に言えば魔法を引き寄せ、吸収する技だよ。もっとも、僕は引き寄せることくらいしかできないけどね」
『魔法を・・・引き寄せる・・・・・・? ・・・・・・まさか!』
「そのまさかだ。お前がどうやって魔力化したのかは知らないが、魔法によるものだということは、僕にでも解る―――そして魔法ならば魔封剣は通用するはず・・・僕の中に引き寄せることが出来るはずだ」
『私を・・・・・・取り込もうというのか・・・・・・』
「無茶な!」―――無謀だ!
耳と頭の両方から否定の言葉が聞こえた。
テラとエニシェルだ。「セシル! お前はリッチを甘く見ておる。魔道士の最終到達形とでも言うべき存在なのだ! それを、こと魔力の勝負で魔法を覚えたてのお主が敵うはずがない!」
―――その通りだ。言うておくが、魔力化というのは伊達でも酔狂でもない。魔力のみで存在できる程の膨大な魔力と強大な精神力によってこそ成るのだぞ! 貴様の精神力は認めてやらんでも無いが、だからといって敵う相手ではない! 魔力を取り込もうとして、逆に身体を乗っ取られるのがオチじゃぞ!
二人に言われてセシルは苦笑。
別にテラもエニシェルもセシルを信用していないわけではない。魔力に精通する者たちだからこそ、セシルがどれだけ無謀であるか解るのだろう。
セシルも、先程までは無謀だと思っていた。だからこそ、素直に退こうとしたのだが。「安心しなよ、二人とも。僕は絶対に負けないから」
「何故、言い切れる?」
「―――それはヤツ自身がよく解っているようだよ」
『・・・・・・・・・』セシルが睨んだ先で、スカルミリョーネは黙して答えない。
だから代わりにセシルが言う。「お前・・・さっき、怯えただろう」
『・・・・・・!』
「僕がオーディン王のゾンビを斬った時に、お前は怯えた。切り札があっさり破られたことに狼狽したのか、それとも騎士の父とも言うべきオーディン王を、躊躇いもなく斬り捨てた事に驚いたのか・・・・・・どうして怯えたのかはよく解らないけど」ともあれ、スカルミリョーネがセシルに怯えたことは確かだった。
つまり、苦手意識を持ってしまったと言うこと。物質世界に置いても苦手な相手と戦う時には、自分の実力を出し切れずに敗れることがある。そして精神と精神の戦いに置いては、より直接的な影響を及ぼす。「さて、お喋りはここまでだ―――お前の魔力と僕の精神力・・・どちらが強いか試してみようか!」
『・・・・・・やめろ・・・・・・・・・!』スカルミリョーネが制止の声を上げるが、当然、いうことを聞く訳がない。
セシルは剣を高く振り上げた―――