第14章「土のクリスタル」
AI.「反撃開始」
main character:セシル=ハーヴィ
location:磁力の洞窟・前

 

 ゾンビの一撃がギルバートを襲う!
 しかし、足を骨折しているギルバートは竪琴を奏でたまま、回避することは出来ない。
 勢いよく振り回されたゾンビの腕が、ギルバートに向かって振り下ろされ―――悲鳴が上がった。

「なっ・・・メイシーナ様!?」

 ゾンビの一撃が吹っ飛ばしたのは、ギルバートではなく、それを横から庇ったメイシーナだった。
 メイシーナは背中を強打され、ギルバートに受け止められる形で倒れたこんだ。竪琴の曲が止まる。

「何故、貴女が!?」

 メイシーナを味方だと認識していなかったギルバートは、困惑して叫ぶ。
 彼女はギルバートの腕の中で、咳き込みながらかすれた声で応える。

「あれは・・・クリスタルは、このトロイアのもの・・・・・・誰にも・・・ましてや魔物どもに渡すわけには・・・いきません」

 呻き声を上げて、そのままギルバートの身体に体重を預ける。どうやら気絶してしまったようだった。

(・・・この人の、国を守ろうとする想いは真実だった!)

 それはギルバートには無い感情だった。
 ダムシアンの王子として、自国に対する思い入れはある。
 だが、王子としての身分を捨て、各地を放浪していた自分には、祖国を愛していたなどとは口を裂けても言えない。ゴルベーザにクリスタルを強奪された時も、国を蹂躙された怒りなど感じず、恋人を殺された哀しみに浸っていた。

「GAAAAAAAAA!」

 うなり声に顔を上げると、先程のゾンビが再度、腕を振り上げるところだった。
 それを見て、ギルバートはメイシーナを覆い被さるようにして抱き、庇う。

(殺させちゃいけない・・・この人はこの国にとって必要な人だ!)

 自分が撲殺されることを覚悟して、ギルバートは奥歯を噛み締め瞳を閉じた―――

 

 

******

 

 

 ゾンビがメイシーナを庇うギルバートに向かって腕を振り上げる。
 それを見て、マッシュはギルバートに向かって駆け出した―――が。

(間にあわねえ!)

 どんなに急いでも、マッシュがギルバートの元に辿り着くよりも、ゾンビが腕を振り下ろす方が早い。
 マッシュ以外の人間は、目の前のゾンビの対処で忙しく、助けになどいけない。ロイドとシドは待機しているが、ゾンビを倒す攻撃力はない。

(俺が何とかするしかねえのに! くそっ、この腕が何処までも伸びれば!)

 全力で足を前に出しながら、無茶なことを考える。
 一歩一歩が酷く鈍く感じる。
 目の前で、ゾンビがギルバートに拳を振り下ろす風景も、なんだかスローモーションに見えた。
 そんな緩慢な情景の中で、マッシュは必死で考える。

(考えろ! 一瞬で移動する方法を! でなけりゃ手を伸ばしてでも、あのゾンビを攻撃する方法を―――)

 焦るマッシュの脳裏に、雷光が走った。
 1つだけ、方法を思いつく。それは一瞬で移動する方法でも、手を伸ばす方法でもない。しかし、離れたゾンビを倒す必殺技!
 それは彼の師匠が得意とする技だ。けれど、マッシュ自身は一度も使ったことのない―――形を真似たことしかない技。

(できる、はずだ!)

 マッシュは足を止め、構える。
 両手を合わせて開き、前へと突き出す。後は、そこから気を放つだけ。

(何度も何度も師匠の技は見てきた。できる・・・絶対に出来るはずだ―――そうでなけりゃ!)

「俺が修行してきた意味なんて無いッ!」

 叫び、その叫びすらも力とするかのように、身体の奥底から力を奮い起こし、その力を掌に集中するように念じる。
 一度も使ったことのない技。使おうとしても使えなかった技。
 しかし、マッシュは使えないなど思わない。使えない理由など無いはずだと信じ、必殺技を使うことしか考えない!

「うおおおおっ! いっけぇええええええええっ!」

 

 オーラキャノン

 

 バシュウウウウウウッ!

 マッシュの掌から光があふれ出る。
 それは、セシルのライトブリンガーの光にも似た、聖なる光の輝きだ。
 光は一条の光線となって、ギルバートを襲っていたゾンビを直撃し―――消滅させる。

「すごい・・・・・・」

 光の一撃が、ゾンビの身体を消滅させる様子を間近で見たギルバートは、思わず感嘆の吐息を漏らす。
 呆然とするギルバートの元に、マッシュが駆け寄って、ギルバートを庇って気絶したメイシーナの身体を抱きかかえる。

「ぼーっとしてるヒマはねえだろ!」
「あ・・・うん。その通りだ!」

 気を取り直し、ギルバートは竪琴を抱え直すと、再びレクイエムを流し始める。
 そこへ、リックモッド達の防衛戦を突破したゾンビ達が群がる。だが―――

「うおおおおおおおっ!」

 

 オーラキャノン

 

 マッシュの放った必殺技が、それらゾンビを滅ぼしていく。
 放たれる光は体内の “気” を練り増幅させて撃ち放つもの。 “気” とは言わば生命のエネルギー。負の生命体であるアンデッドとは相反する力だ。

 リックモッドやギルガメッシュの力任せの攻撃よりも効果的に、オーラキャノンはゾンビたちを滅ぼしていく。

「すげえ・・・!」

 思わずリックモッドは動きを止めて感嘆。
 先程まではゾンビの数に押されていたが、拮抗状態にまで盛り返した。

「よっしゃあ! 一気に押し返してやるぜ!」

 リックモッドは吠えて、再び大剣を力強く握りしめて、ゾンビの群れに向かって立ち向かった―――

 

 

******

 

 

 マッシュの必殺技によって、リックモッド達はゾンビをじわじわと押し返していく。
 その一方で、ヤンはアストスゾンビ相手に手こずっていた。

 アストスゾンビは魔法が使えない。なので、鋭く伸ばした爪でヤンに襲いかかってくる。
 しかし、動きは素早いが、体術ではヤンの方が圧倒的に優位だった。アストスゾンビの爪はかすりもせずに、隙を突いたヤンの打撃がアストスゾンビを打ち倒す―――が。

「ちぃっ!」

 もう何度目になるか解らない、ヤンの正拳突きにアストスゾンビが吹っ飛ぶ―――が、ダメージを感じさせずに簡単に起きあがるアストスゾンビ。
 普通、ゾンビを含めたアンデッドという物には痛覚がない。身体は死んでいるのだから当たり前だが。
 だから、生半可な攻撃では、ゾンビ達は倒れることはない。だが、ヤンの強打ならば、ゾンビ身体を砕き、物理的に戦闘不能にすることができた。

 だというのに、目の前に立つアストスゾンビは、整然と変らずヤンの攻撃が通用しない。
 ヤンが負ける要素はないが、決め手がないのも事実。
 かといって、無視して背中を見せられるほどには弱くない。

 結局、ヤンは状況が動くまで、アストスゾンビをひたすら殴り倒して居なければならなかった。

 

 

******

 

 

 リックモッド達が優勢、ヤンが拮抗している一方で、セシルは完全に追い込まれていた。
 オーディンゾンビに、なんども剣を弾かれては身体に新しい傷が出来る。
 まさに、バロンでバッツと戦った時の再現だった。

(再現なんてもんじゃないな・・・やはりバロン王は、あの時のバッツよりも確実に強い)

 弾かれた剣を手元に呼び戻し、セシルは息を切らせて前を見据える。
 セシルの剣はことごとく通じず、相手の攻撃はギリギリで受け流すのがやっとというところ。

(そして・・・本物のバロン王は、もっと強い・・・!)

 そうでなければ、セシルがボロボロになりながらも生きている道理がない。
 セシルは死を覚悟していた。
 絶対に勝てないと諦めていた。
 だというのに、セシルは剣を握りしめる手をゆるめない。

(なんで・・・僕はまだ戦おうとして居るんだ・・・・・・?)

 細かい傷から流れた出血のせいか、少しぼうっとする頭の中で呟く。
 絶対に勝てない。負ける。死ぬ。だったら、これ以上頑張っても、苦しみが長くなるだけだというのに。
 それを解っているのに、セシルは戦おうとすることを止めなかった。

(なんで―――)

「せしるっ!」

 後ろから、悲痛な声が聞こえてきた。セシルの名前を呼ぶ声。
 その声を聞いて、セシルはぼんやりと思い出した。

(そっか・・・ファスだ・・・。ファスとファーナが僕の後ろに居る・・・・・・だからか)

 守らなければならない人が居る。
 だから、セシルは戦うことを止めない―――?

(本当に、そうか・・・?)

 疑問が思考の片隅に生まれる。
 守るべき人が居る。だからこそ、戦っている。それは間違いではない。

(でも・・・なんだ・・・? なにか、見落としている―――なんで、僕は、まだこうして・・・・・・)

 目の前から殺気が飛んでくるのを感じて、セシルは思考を打ち切った。
 思考に没頭していた脳よりも早く、身体が反応して、振り下ろされてきたミスリルの剣をセシルはライトブリンガーで受け止める。
 激しい金属の激突音。
 セシルとオーディンゾンビの剣と剣が重なり合い、押し合う。

「せしるっ! まけないで!」

 後ろからファスの声。近い。

「これ以上・・・」

 セシルはライトブリンガーを握る手に渾身の力を込める。

「・・・下がれるかッ」

 全力でオーディンゾンビの剣を押し返す―――それに合わせてオーディンも身を退く。
 さっきは、それでセシルの体勢が崩れてしまった。だが。

(何度も同じ手でッ!)

 オーディンゾンビがそう来ることは、セシルも読めていた。
 だからこそ、相手が退いた瞬間に地面を蹴る。さっきは、足を踏ん張ってた所に上体に掛かっていた力が抜けたせいで、上半身の体勢が崩れてしまった。ならば、相手が退くのに合わせて、こちらも身体ごと前に踏み出せば体制は崩れない。

「!?」
「いけぇっ!」

 向こうが退いた分、体勢はセシルの方が有利だった。
 このまま押し返そうと、さらに剣に力を込めようとした時。

「―――!」

 セシルは気がついた。
 オーディンゾンビが、剣を片手で握っていることに。
 そのことに気がついた瞬間、セシルは慌てて後ろに退いた―――直後、唸りを上げてオーディンゾンビの拳が、セシルの頭のあった部分に突き込まれる。腰の入っていない弱いパンチだが、奇襲ならばそれで十分だ。

(・・・気が抜けない。でも、ようやく少し反撃できた。だけど同じ手はもう二度とは使えないだろうけど―――)

 胸中で呟いて―――セシルは違和感を感じた。
 その違和感の正体。
 すぐにそれに気がついて、セシルは愕然とする。

「そうか・・・・・・そういう、ことか・・・・・・」

 呆けたように呟いて、セシルは剣を握っていた手から力を抜いた。
 剣は手から転げ落ち、切っ先を下にして地面に落ちる―――寸前、光と共に空中に現れた鞘に受け止められる。

『フシュルルル・・・・・・なんの・・・・・・つもりだ・・・・・・それは・・・・・・?』
「・・・オーディン王は偉大な剣士だった。僕なんかじゃ足下に及ばないくらいに」
『いよいよ・・・・・・諦めた・・・・・・という・・・・・・わけか・・・・・・』
「ああ。改めて思うよ。僕はオーディン王には絶対に勝てない」
「せしるっ!」

 ファスが後ろで悲鳴を上げる。
 その声に、セシルは少女を振り向いて、安心させるように静かに微笑んだ。

「・・・・・・っ」

 その微笑みを見て、ファスは泣きそうになる。
 まるで、セシルの無言の笑みが、最後のお別れだと言っているようで。

『ならば・・・・・・大人しく・・・・・・死ぬがいい・・・・・・!』
「せしるーーーーーーっ!」

 ファスの目の前。
 振り返ったセシルの向こうで、オーディンゾンビがセシルに向かって剣を振り下ろす!
 ファスは目を背けなかった。ミスリルソードがセシルに向かって振り下ろされるところを、目を見開いて見つめていた。

「・・・えっ?」

 ミスリルソードが地面まで振り下ろされたその時。
 恐怖に染まっていたファスの表情が、驚きに変化する。
 そんなファスを、変らずに微笑んでセシルが見ていた。

「―――あれ?」

 とぼけた声で呟きながら、セシルはオーディンゾンビを振り返った。

「外れたね」

 さっきまで絶望していたとは思えないほど、余裕たっぷりに笑う。
 そんなセシルに向かって、オーディンゾンビは剣を振り上げ―――振り下ろす、が、当たらない。

「え・・・? せしる・・・?」

 何が起こったのか、ファスには解らなかった。
 代わりに別のことが、段々と理解していく。即ち。

「せしるの・・・勝ち・・・?」
「みたいだね」

 またセシルはファスを振り返る。余所見をしたところに、オーディンゾンビの剣が唸りを上げて振るわれるが、やはり当たらない。

『フシュルル・・・・・・馬鹿な・・・・・・なにが・・・・・・起きている・・・・・・!?』

 困惑しているのはスカルミリョーネも一緒だった。
 セシルは目の前のオーディンゾンビなど歯牙にもかけていない様子で、その疑問に応えた。

「見切りの極み―――相手の動きを完全予測し、攻撃される前にその攻撃が当たらない位置に移動する・・・攻撃前に回避することにより、相手は自分が攻撃を外してしまったようにしか思えない」
『完全予測・・・・・・お前は・・・・・・オーディンの剣を・・・・・・予測できたと・・・・・・言うのか・・・・・・?』
「勘違いするなよ。オーディン王の剣は僕なんかには見切れない。言っただろう? 僕は王には絶対に勝てないと」

 鼻で笑い、セシルは無駄な攻撃を繰り替えし続けるオーディンゾンビを見る。

「でも僕の目の前に居るのはオーディン王じゃない。ただ、オーディン王と同じ動きをすることができるだけの木偶の坊だ。こっちの動きに対して、同じ反応しか返すことができない・・・ね」

 オーディンゾンビは確かにオーディンと同じ動き、反応をする。
 しかしそれは、身体に染みついた反射的な動きのようなもの。セシルが殺気に反応して攻撃を受け止めることが出来たような。
 だから、剣と剣の押し合いになった時、オーディンは二度も同じようにセシルの押す力に合わせて身を退いた。

「本物のオーディン王ならば、二度同じ手は使わない。そのことに気がついた時、ようやく解ったよ」

 セシルは、アストスゾンビを殴り続けるヤンの方を見る。

「ヤンの言うとおりだ。どうやら僕はオーディン王が相手と言うことで、飲まれていたらしい。普段なら、こんなこともっと早く気がつかなきゃいけないはずなのに―――最低でも “僕がまだ立っていられる” という意味に気がつくべきだった」

 後で謝らなきゃね、と呟いて、セシルは再び目の前の敵に目を向ける。
 オーディンゾンビは、すでに剣を振るう手を止めている。自分の剣が届かないと解ったのだろう。

(本物のオーディン王ならば、剣が通用しないなら何か手だてを考えるだろう。だけど、目の前にいるのは皮を被ったゾンビに過ぎない・・・)

「意志無き剣に意味はない―――そろそろ、終わりにしようか」

 セシルは傍らに浮いたままの、鞘に収まったライトブリンガーを掴む。

「―――この剣は真なる一太刀」

 セシルの動きに反応して、オーディンゾンビが剣を構える。
 が、構わずにセシルは続けた。

「抗うべき剣は無く、追うべき剣も無い、振り抜きて終わるが故の真の一太刀―――」
「!」

 オーディンゾンビがセシルに向かって剣を振るう。
 だが、セシルはそれを見ようともせずに、鞘から剣を抜きはなった。

 空気を裂き唸る斬撃の音。
 しかし、音はそれだけ。何かを斬った音はない。

 当たり前のようにオーディンゾンビの剣は外れて当たらず、セシルが振り抜いた一太刀もオーディンゾンビを斬った様子はなかった。
 だが。

 

「―――これこそが究極奥義」

 

 斬鉄剣

 

 不意に、オーディンゾンビの手から剣が落ちて、次いで身体から力が抜けて地面に倒れる。
 その寸前、セシルはオーディンの身体を抱き止めた―――

 

 


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