第14章「土のクリスタル」
AH.「絶体絶命」
main character:セシル=ハーヴィ
location:磁力の洞窟・前
『フシュルルル・・・・・・どうだ・・・・・・? ・・・・・・かつての主と・・・・・・戦わねばならぬ・・・・・・気分は・・・・・・』
「くっ・・・王の死体がなかったのは、貴様が・・・!」
『その通り・・・・・・さあ・・・・・・どうする・・・・・・?』スカルミリョーネの言葉が途切れると、それが合図だったかのように、再び地中からゾンビが出現する。
だが、セシルは動けない。
そんな呆然としているセシルに、ヤンの叱責が飛ぶ。「セシル! 自分で言ったことを忘れたのか!」
「ヤン?」
「 “人は死ぬということを知らなければならない” ―――そう言って、ファブールで私を諫めたのはお前だろう! そのお前が、身内の死体に剣を向けることを躊躇うのか!」
「違う! そうじゃない、これは―――」
「! セシル、前だ!」ヤンの方を振り向いたセシルに、ヤンの警告が飛ぶ。
その警告に、セシルはなんの警告かを確認せずに、反射的に後ろに身を退く、
ヒュッ、と風を切る音が目の前で鳴った。みれば、いつの間にか踏み込んできたオーディンが剣を振り下ろしたところだった。「くっ・・・在れ!」
セシルの言葉に応え、先程はじき飛ばされたライトブリンガーが手元に出現する。
それを握りしめ、セシルは構えるが―――「!」
次の瞬間、オーディンゾンビの放った斬撃に、容易くセシルの剣ははじき飛ばされる。
「・・・ッ!」
再び武器を失ったセシルは、剣を呼ばずに後ろに下がって間合いを取る。
オーディンゾンビは追撃することなく、剣を構えなおした。「何をやっている! セシル!」
「おい、そいつは違うぜ。あいつは身内が相手だからって容赦するようなヤツじゃねえ」憤るヤンに、いつの間にか傍に来ていたロックが言う。
ロックはバロンでの事を思い返す。自分の恋人の姿をした敵を、ほんの瞬きも躊躇わずに瞬殺したセシルのことを。「馬鹿な! ならばどうして、セシルは二度も剣を」
ロックの方を睨み、言いかけて―――気づく。
はっ、としてヤンはセシルを見た。「まさか・・・あのゾンビはセシルよりも技量が上だというのか」
「正解だよ、ヤン」目の前のオーディンゾンビを凝視し、顔中に冷や汗を流しながら、セシルは呟くように答えた。
「最初に剣を弾かれた時に解った。あれはオーディン王の技だ」
『フシュルル・・・・・・その通り・・・・・・それは特別製・・・・・・・生前のオーディンと・・・・・・全く同じ動きをすることができる・・・・・・』愉快そうにスカルミリョーネが不気味な笑い声を上げる。
それを聞いて、ロイドが舌打ちする。「まずいな・・・セシル隊長どころか、カイン=ハイウィンドでさえ、バロン王には手も足も出なかった・・・隊長一人じゃ絶対に勝てない!」
「くそっ、加勢するぞセシル! 一人じゃ無理なら数で攻める!」リックモッドが大剣を担いで駆け出そうとする。
だが、そこに。『フシュルル・・・・・・そうは・・・・・・いかぬ!』
スカルミリョーネの声を合図にして、さっきと同じように無数のゾンビ達が出現する。
ゾンビたちはセシルやヤンを無視して、一斉にリックモッド達へと殺到する!「のやろ・・・ッ! セシルに加勢させないつもりか!」
「これ、ヤバくねえか?」苛立つリックモッドに、ギルガメッシュが暢気に呟く。それをリックモッドは無視して剣を振り回した。
「ならば、私が!」
手近に居たゾンビを殴り倒して、ヤンはセシルの元へ駆け寄ろうとする―――その瞬間。
「!?」
殺気を感じてヤンはそちらを振り向く。
唸りを上げて鋭い何かが迫るのを察知して、ヤンは背後へと飛んだ。「こいつは・・・」
それはさっきオーディンと共に現れたゾンビだった。
手から鋭く硬化した爪を伸ばしている。今、ヤンを襲ったのはこの爪だろう。
どうやらこのゾンビも “特別製” らしい。オーディンと同じように身体は腐っていない―――が、全身が炎で焼けたかのように醜く焼けただれている。そのせいで、表情が全く判別できない。あと、尖った耳も特徴的だった。もしかしたら人間のゾンビではないのかもしれない―――そこまで考えて、ヤンは妙な感覚を覚えた。「・・・なんだ・・・? このゾンビ・・・見たことがあるような・・・」
ゾンビに知り合いなど居るはずもない。
一瞬、ホブス山で失った自分の弟子達がゾンビ化したものかとも思ったが、ヤンの弟子に耳が尖ったものなど居るはずもなかった。
悩むヤンに、答えは別の方から飛んできた。「アストス・・・!」
ファーナの声。
振り向けば、ファーナがヤンの前に立つゾンビを見つめて哀しくも切なそうな顔をしている。
その名前を聞いて、ヤンはようやく合点がいった。「そうか・・・! このゾンビは、あのダークエルフの・・・!」
『・・・・・・ご名答・・・・・・それも特別製だが・・・・・・急ごしらえで・・・・・・大して強くはない・・・・・・魔法も使えぬしな・・・・・・』スカルミリョーネの言葉通りに、アストスゾンビは魔法を使わずに、鋭い爪を振り回してヤンに攻撃する。
俊敏な攻撃だったが、見切れないほどではない。ヤンはアストスゾンビの攻撃をかいくぐると、その胸元に硬く握った拳を叩き付ける。強打に、あっさりと吹っ飛ぶアストスゾンビ。しかし―――「・・・この手応えは・・・!」
ヤンはハッキリと思い出していた。
出現した時に感じた奇妙な手応えを。それは、磁力の洞窟の中で、アストスと戦った時にも感じた手応えだ。「効いていない・・・!」
ヤンの呟きを肯定するかのように、アストスゾンビは何事もなかったかのように立ち上がる。
『覚えているだろう・・・・・・エルフには・・・・・・大地の加護がある・・・・・・打撃では倒せぬ・・・・・・』
「馬鹿な!」ヤンの背後で、テラが叫ぶ。
「闇に墜ちたとはいえ、エルフならば大地から力を得ることも出来よう。だが、アンデッドには大地の生命力は相反する力のはず・・・・・・」
『普通ならば・・・・・・な。・・・・・・しかし・・・・・・この大地は・・・・・・歪んでいる・・・・・・歪んだ生命ならば・・・・・・我らと同じ・・・・・・』
「そうか・・・クリスタルの力で大地に無理をさせたために、それが歪みとなってしまったというのか・・・!」テラはロックの抱えるクリスタルを振り返る。
ロックの腕の中で、大地のクリスタルは淡く光り輝いていた。だが、その輝きも、テラが以前にミシディアで見た水のクリスタルの輝きと比べれば、幾分かくすんでいるように思える。「クリスタルの使いすぎで生まれた歪みが、私がクリスタルを守るために利用したアストスに力を与えているなんて・・・・・・なんて、皮肉・・・・・・」
「お姉ちゃん・・・」セシルの後ろで、哀しそうにアストスを見つめるファーナと、それを気遣うファス。
「小難しい話はどうでも良い!」
ヤンが吠え、アストスゾンビを睨付ける。
「あれが、あのダークエルフと同じように、打撃が通じないというのなら―――テラ殿、魔法を!」
「お、そうか。考えて見りゃ、魔法が使えないなら、こっちの魔法も防げないはず」ロックが歓声を上げる隣で、テラが火炎魔法を唱えるべく集中する。
「――― “ファイラ”!」
テラのロッドから灼熱の炎が溢れ出し、それはヤンの隣を大きく迂回して、アストスゾンビに直撃する!
「やったか!」
「・・・いや」魔法の炎を浴びて、一体のゾンビが炎と共に崩れ落ちる。
その向こうから、アストスゾンビが現れた。「直撃の瞬間、別のゾンビが庇いおった!」
「くっ・・・それならテラ殿、もう一発・・・」
「・・・いや、また同じように庇われては意味がない。瞑想して多少は回復したが、私の魔力も残り少ない。あと2、3攻撃魔法を使えば再び尽きてしまう」
「おのれ・・・っ」歯がみするヤンに、アストスゾンビが襲いかかる。
それに対して、ヤンは拳を強く握りしめて迎え撃った―――
******
セシルとオーディンゾンビの戦いは、勝負にすらなっていなかった。
セシルがどんなに攻め立てても、逆に守りに徹しても、結果は変らない。
オーディンゾンビの鋭い斬撃に剣ははじき飛ばされ、セシルの身体はじわじわと刻まれていく。
バロンで、無念無想の境地に達したバッツを相手にした時と同じ状況。圧倒的な攻撃力の前に、セシルは為す術もない。「ぐあっ!?」
また剣が弾かれる。
もしもライトブリンガーでなければ、剣を失った時点でセシルの負けだっただろう。
セシルがオーディンゾンビよりも唯一優位にある点が剣だった。
オーディンゾンビは、生前オーディンが使っていた神剣ミストルティンではなく、ミスリルソードを装備している。魔法金属とも呼ばれるミスリルでできた剣は、剣を志す者ならば、誰もが憧れる最高級の剣だ。
しかし、聖剣や神剣に比べれば、流石に質も落ちる。(ミストルティンだったら、僕はもう剣を落とされたのと同じ数くらい殺されてる・・・)
剣から槍にも変じるオーディンの神剣。
一度だけ、一対一で “本気” のオーディンと試合をしたことがあるが、文字通り瞬殺された。カインですら1分と持たなかった。キィン!
セシルとオーディンゾンビの剣が正面から激突する。
力はほぼ互角だった。だが、押し合いになったところで、オーディンが身を退く。「うっ・・・」
押し合っていた相手がいきなり退いたために、セシルの身体が前のめりに泳ぐ。
そうやってバランスの崩れたところに、勢いよく再びオーディンが押してくる。「うあっ!」
重心を狂わされたところに、強い力で押されれば吹っ飛ぶしかない。
真後ろに身体が浮いて、尻餅をつく。受け身も取れなかったため、尾てい骨から脳天に衝撃が響いた。「ぐっ・・・」
「せしるっ!」後ろからファスの悲鳴。
見上げる必要もない。おそらく、オーディンゾンビがとどめをさそうとしているのだろう。「光よ!」
倒れたまま、セシルは剣に念じる。
ライトブリンガーから目映い光が溢れ、オーディンゾンビに向かって吹き上がる。「GYAAAAAAAAAA!?」
聖なる光を浴びて、不浄なる存在であるゾンビの肌が焦げる。
腐っていない特別製だとはいえ、ゾンビはゾンビ、聖なる光には弱いらしい。
オーディンゾンビが苦しみのけぞった隙に、セシルは立ち上がり、オーディンゾンビに剣の切っ先を向けてさらに叫ぶ。「光よ!」
もう一度、ライトブリンガーから光の一撃がオーディンゾンビに向かって飛ぶ。
聖なる光に、オーディンゾンビはさらに苦しむが、苦しみながらもセシルに向かって一歩踏み出す。「なにっ!?」
「GAAA!」悲鳴を上げながらも、正確にして強烈な一撃を、ライトブリンガーに叩き付ける。
今までと同じように吹っ飛ばされるライトブリンガー。「在―――」
失った剣を呼ぶよりも早く、返したオーディンゾンビの剣がセシルを襲う!
「―――ッ!」
身を捻って回避しようとするが、間に合わない。
ミスリルソードはセシルの左肩に直撃し、肩当てが吹っ飛ぶ。「ぐあ・・・ッ」
肩当てのお陰で守られたが、幾分か衝撃は肩に響いた。
利き腕である右の肩だったら、痛みで剣を握る力が半分になっていたところだ。セシルは右手の中に戻ってきたライトブリンガーをしっかりと握りしめ、目の前の敵を見据える。
「強い・・・・・・」
オーディンの強さは誰よりも知っている。
何故なら、セシルにとってバロン王オーディンは自分を拾ってくれた恩人であり、目標でもあったからだ。
少しでもオーディンに近づこうと、毎日剣の稽古を繰り返した。オーディンの使う技を何度も練習した。軍隊に入り、オーディン王と初めて手合わせして、コテンパンにやられた夜は感動で眠れなかったほどだ。そんなセシルだからこそ、解る。
目の前のゾンビはオーディンそのものだと。
自分が、絶対に敵う相手ではないと。(駄目だ・・・・・・勝てない・・・・・・)
いつも、最後の最後までは沸き上がることの無かった感情。
“諦め” という思いが、セシルの心の中に静かに染み渡っていく―――
******
セシルがオーディンゾンビに、ヤンとテラがアストスゾンビにそれぞれ苦戦している間だ、リックモッド達もゾンビの群れ相手に窮地に立たされていた。
さっきとゾンビの強さは変らない。リックモッドやギルガメッシュで十分に倒せる相手だ。
だが、数が違いすぎた。
さっきはセシルとヤンが前線でゾンビたちを蹴散らしてくれていた。
それが、今はセシル達はそれぞれの強敵に苦戦して、ゾンビ達はそれを素通りしてくる。「きゃあっ!」
リックモッドの大剣から逃れたゾンビの一体が、トロイア兵に殴りかかる。
それを剣で受けたものの、衝撃を抑えきれずに転倒する。そこへゾンビが覆い被さるように飛びかかり―――「させるかよッ!」
跳んだゾンビの頭を、マッシュがボレーシュート!
蹴られ、吹っ飛ばされるゾンビ―――だが、致命傷にはならないようだった。すぐに起き上がり、向かってくる。
向かってきたそれを、もう一度殴り倒す―――と、ギルガメッシュが横からエクスカリバーを叩き付けて、ゾンビの肉体を砕く。
それを見て、マッシュは歯がみする。(くそっ・・・やっぱり俺の拳じゃゾンビを倒せない・・・)
何故だと疑問が掠める。
確かに拳ではゾンビに対して相性が悪いかもしれない。
しかし、それならばヤンも一緒だ。しかし、ヤンの一撃は確実にアストスゾンビ以外のゾンビを打ち砕いていた。(俺はまだ修行不足だっていうのか! 必死で修行してきたのに、こんな時に力が足り無いだなんて意味がねえ!)
心の中で絶叫し、嘆くマッシュ。
その心を静めようとするかのように、穏やかな竪琴の調べが聞こえてきた。ポロン・・・ポロロン・・・♪
振り返れば、ギルバートが竪琴を鳴らしている。
「なにを暢気に竪琴鳴らしとるんだ?」
「馬鹿、ありゃ呪曲だ!」マッシュの後ろでシドがつっこみ、そこにロイドがさらにつっこむ。
一応、ロイドは剣を持ってはいるが、剣の腕はトロイア兵よりも遙かに劣り、全く戦力にならないため、後ろでギルバートやシド、メイシーナと共に守られていた。ちなみにシドは武器すら持っていない。「飛空艇に置いてあるワシのハンマーがあれば、戦えるんだがのー」
技師とはいえ、バロン製の飛空艇を完成させるために世界各地を渡り歩き、数々の修羅場をくぐり抜けたと豪語するシドならば、確かに戦力になったかもしれないが、武器がなければ意味がない。
「呪曲ってのは、まあ、歌の魔法みたいなものだ。普通の魔法よりも威力や使いやすさは劣るけど、効果範囲や持続時間はケタ外れ」
「ほほう。お前、詳しいのう」
「セシル隊長が魔法系に疎いからな。だから色々勉強したんだよ―――んで、この曲はアンデッドを昇天させる鎮魂歌・・・レクイエムだ!」ロイドの言うとおり、ギルバートが奏でているのは、ホブス山でも使われたレクイエムだった。
ホブス山ではこの曲で、ゾンビ達は全滅した。
だが―――「・・・効いていない!?」
竪琴を奏でながら、ギルバートは愕然とする。
レクイエムを聞いてもゾンビ達は未だ健在で、リックモッド達に襲いかかってくる。「いや、少し動きが鈍くなってる!」
ロイドが冷静に分析する。確かに、オーディンゾンビとアストスゾンビの特別製の動きに変化はないが、他の雑魚ゾンビの動きは鈍くなっているようだ。とはいえ、多少動きが鈍くなったところで、数に押されるのには変わりない。
『フシュルルルルル・・・・・・それには一度・・・・・・やられている・・・・・・だから強化した・・・・・・短い時間ならば・・・・・・問題ない・・・・・・』
特別製とまでは行かなくても、それなりに呪曲に対して耐性を付けたようだった。
長い時間聞かせ続ければ効果もあるだろうが、それより先にゾンビ達はリックモッド達を突破して、ギルバートを倒してしまうだろう。「万事休す・・・かよ!」
ロイドが悔しそうに呻く。
だが、ギルバートは諦めない。諦めずに奏で続ける。(僕には・・・これしかできないんだ・・・!)
「ギルバート王子!」
一心不乱に竪琴をかき鳴らすギルバートの元へ、リックモッドやトロイア兵達の隙をついてゾンビが迫る。
モールのように太い腕を振り上げ、ギルバートに向かって振り下ろすゾンビ。
それを見続けながら、しかしそれでもギルバートは竪琴を奏で続け、そして―――